雪組vs神無風!
2016/08/23
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ジャキン――!
掲げられた幾多の穂先が、いざ戦場を切り開かんと勇ましい輝きを見せ付ける。
数多の傘下ギルドを持つというUWOでも有数の大ギルド――楓柳の正規メンバーだ。
彼らの腕章には、雪組の所属を示す“氷晶”を象った紋章が刻まれていた。
その先頭に立つのは、もちろん雪組の長。
長めの白髪に蒼銀の鎧――ベリガだ。
ベリガは、重厚なガントレットで覆われた右腕を前方に振りかざし、声高に告げる。
「左翼――陣形を維持、賊を逃がすな! 右翼、前進して全て燻り出せ!」
「「「――了解!!」」」
一糸乱れぬ武士たちが、列を成して大きな蔵造の倉庫へと突貫していく。
「救護班、ともに決して町人に被害を出すなと肝に命じろ! 誘導と封鎖を急げ!」
「「「――了解!!」」」
白の和服の男女が周囲の通りを封鎖し、辺り一体への出入りを禁ずる。
時折、傷を負った者が運び込まれるとすぐさま治療へと取り掛かった。
「……賊め。随分と逃げ回ってくれたが、とうとう年貢の納め時だな」
片眼鏡をコツコツと叩くベリガ。
それは、興奮した時に無意識に行う癖なのだろう。
ゲームの装備品――というカテゴリーでなければ、帯刀しているベリガ――つまり、近接戦闘に耐えうる代物ではない。
そのレンズの奥の瞳が和装束の少女の姿を思い浮かべてうっとりと逆弧に歪む頃、
「ベリガ様、今は戦闘中です! トリップはまた後ほどに!」
「――っ!? わ、分かっている! このわたしを誰だと…………えぇい、お前もさっさと行かぬか!」
副官から思わぬ指摘を受け、煙払いをするよう片手を激しく横に振るう。
「は――? わ、わたくしもですか――!?」
言われ、人差し指を自らの顔に向けて問い直す。
副官は、武官ではなく文官の立場にあり、こうした場において前線に立った経験などほとんどない。
無論、ベリガもそのことは知っているが、勢い任せの前言を撤回することを芳しいとは思わず、
「……無論だ。たまには部下に示しを見せてみたらどうだ?」
とってつけた言葉で、そのまま副官を敵陣へと突っ込ませた。
突撃の命令がくだれば、副官や参謀だろうがあとは野となれ花となれ。
一介の兵士と化した副官は、黒ぶちの眼鏡を懐に仕舞い、自身が露と消えぬことを祈りつつ名乗りを上げる。
「ゆ……雪組参謀、リデル――参ります!」
細身の刺突用片手剣――ドレスレイピアを抜くと、リデルと名乗った男は風のような速さで敵陣に突入した。
「御覚悟!」
さすがは楓柳が誇る“雪月花”の精鋭幹部――といったところか。
自信なさ気なその口調からは想像が付かないほどに機敏な動きで、次々と相手を圧倒していく。
「はぁっ、≪閃千牙≫――!!」
ひとつ縛りの後ろ髪が走り抜けると、その後を多重の斬撃が追従する!
「うあぁーーっ!!」
敵味方の入り混じる混戦状態の中、敵だけを打ち倒す見事な剣捌きだ。
「こ、こいつ、強いぞ――!?」
「下がれっ! 下がれえぇっ!!」
篭城戦にてわずかに押され気味だった戦線が、少しずつ雪組陣営へと傾いていった。
「よくやった。さすがは、わたしの右腕だ」
「お、お褒めに預かり光栄です、ベリガ様!」
第二の主の賛辞が届いたのか、剣を奮いながら受け答えをするリデル。
深雪の影に隠れ目立たないが、彼はかつて西国の国境警備隊を率いていた猛将だ。
自信が伴えばその剣技はますます映え、情勢はどんどん雪組が押す形となっていった。
「……ふふふ。部下には悪いが、こうも一方的だと興に欠けるな」
ベリガは、部下たちが開いた道を悠々と歩き進める。
そうして、視界にかかった髪をかき上げたところか――
「はあっ――!」
ベリガの死角から剣閃が煌めいた!
「くたばれ、フラッシュピアース!!」
スキル光を帯びた突剣が、ベリガの無防備な脇腹目掛けて放たれる!
「――ふん。小賢しい真似を」
ベリガは、相手の方を見ないままに片腕を上げる。
その腕が受けるのは相手の剣ではなく――青銀の鎧に着けられた外套だ。
外套がばさりと翻る。
「抉れ――スウィフトブレード・ウイング」
そして、小さくスキル名を告げた。
外套がスキル光を帯び、先端に付いた鋭利な金属片が意思を持ったように動き出す!
「う、うあぁぁぁーーっ!!」
ジャイーン! と外套のブレードがチェーンソーのような重音を奏で、敵の身体を武器ごとなぎ払った!
識別できないほど厚みの攻撃が一瞬に積算され、直撃を受けた男が悲鳴を上げながら昏倒する。
HPバーは、減ったことが視認できないほどの速度でゼロまで削り取られていた。
「生憎だが…………わたしを剣士だとは思わない方がいい」
ジャラリ――と無数のブレードが力を失い、元の白い外套へと戻る。
それをまた身体に纏うと、ベリガは、踵をコツコツと鳴らしながら再び戦場の奥へと進んでいった。
◇
商業区と居住区の境にある裏路地――。
そこには、古びた倉庫が数多く建ち並んでいた。
ここは、その中のひとつ。
今は、多くの人――プレイヤーが入り乱れた戦場と化していた。
「だ、旦那ぁ! このままじゃ持ちやせんぜ――!!」
煤だらけの作業服を着た丈夫が、物陰から小銃を連射しながら叫ぶ。
「バカヤロウっ! 泣き言は泣いてから言いやがれぇ!!」
旦那と呼ばれた男が一喝する。
改造され、ポケットだらけになった法被のような衣装に腹巻――ゲンマだ。
「え……えーんっ!!」
「マジ泣きするヤツがあるかぁ、このアホンダラぁ!!」
怒鳴りながら、手に持った紙玉に刺さったピンを口で抜き、即座に前方へ放り投げる。
眼前の地面、コロンコロンと転がった玉を一瞥し、お互いの見合わせる雪組の男たち。
「は?」
しゅうっと小さな狼煙を上げるそれを見て、正体を悟る――!
「ば…………爆弾――!?」
「ちょ待――!!」
「にっ、逃げろおぉぉぉぉぉ―――!!」
言葉を言い終える間もなく、一帯の視界が白灰に染まった。
「――――――!!」
次いで訪れるのは空気の振動――爆音だ!
「たぁーーまやぁーーっ! かかかっ、三人討ち取ったぜぇ!!」
攻撃の成果を確認して歓声を上げるゲンマ。
その破壊力はさるもの――を通り越し、防衛するべき倉庫にも軽微ながら損害が生じていた。
しかし、使ったのが別の者であったなら、もっと甚大な被害が発生していただろう。
風向きや爆発時の志向性――というかそもそもが、
「は~…………相変わらずふざけた威力っすね、旦那の花火……」
そう、花火なのだ。
すなわち、点火すれば特定の方向に大して文字通り爆発的な加速を放ち、炸裂する。
「おうよ。花火職人に転職して良かったろぉが?」
ゲンマも元は戦闘でも上位に数えられるプレイヤーだったのだが、何を思ったのか急に生産職に転向したのだ。
「………………」
部下はゲンマの台詞に無言で返した。
花火も、度を過ぎれば立派な凶器だというのを身に染みて理解していたからだ。
ひとりしかいないとある某上司のせいで。
「かかかっ、そんなシケた面ぁすんな。在庫は、まだまだあるぜぇ?」
ゲンマがニヤリと笑い、法被の懐を外側に捲ると……現れたのは大量の爆弾――――もとい、花火筒だった。
もし引火すれば本人もろとも木っ端微塵だが、むしろそれが狙いなのか。
日頃なら蒼白になる部下も、今ばかりは心強いことこの上ない。
顔に英気が戻り、武器を握る手にも力が入った。
「野郎どもぉ! テメェらの足元ン転がってる箱どもは、全部このゲンマ様特性の花団子だぁ! 客人たちにたんっと見舞ってやりなあぁ!!」
ゲンマが部下――仲間たちに、大声で激励を飛ばす。
彼の言う足元とは、倉庫内に無数に積み上げ、または散乱している木箱らのことだ。
「「「おおぉぉぉぉぉぉーーーっ!!!!」」」
神無風メンバーからの歓声が上がった。
何か分からずに運ばされていた積荷の中身が、まさか全部爆弾――もとい、そんな危険物だとは思いも寄らなかったのだろう。
各々が両手両脇に大量の殺戮兵器――もとい、花火玉を抱き上げる。
「…………ふふふ(にやり)」
神無風メンバーの首がぎぎぎっ、と横を向き目がギラリと輝く。
その狂気のような光景を、正確に理解した雪組のメンバーたちの足が竦まないはずがない。
「おっ、おい――! 聞いてねぇぞこんなの!?」
「ひ、怯むなぁ! 陣形を維持するんだ!!」
「ば、バカっ! 無茶言うなよ――ひぃぃぃぃぃ!?」
雨霰のように頭上から降り注ぐ花火たち。
降り注いでは炸裂し、炸裂しては誘爆し、また降り注ぐ。
「にょるずっ――!」
「はるどるっ――!」
「へいむだるっ――!!」
謎の悲鳴を上げて雪組メンバーが爆散していった。
人数の差など知ったことか――と一方的に蹴散らす。まさに阿鼻叫喚絵の構図だ。
倒れたプレイヤーが、眩い転送光を伴って復帰ポイントへと帰還していく。
「かかかっ、いいぞぉテメェらぁ! やりゃあ出来るじゃねぇか!!」
さらにゲンマが声を張り上げる。
「おおっと。そういや言い忘れてたが……その大事に包まれてお寝んねしてっヤツぁ、ゲンマ様特製の大筒よ!」
振りかざした右拳をグッ、と握り締める。
「テメェら! ケツ叩いてぶっぱなしてやりやがれぃっ!!」
「「「押忍――!!!!」」」
指示を受けた神無風のメンバーたちが、てきぱきと大筒を立ち上げていく。
――言わずもがな、大型の打ち上げ花火だ。
「悲しいけど、これGvGなのよね――! バスター!!」
「GvGすると無駄死にするだけだって、何で分からないんだ! キングファイア!!」
逃げ惑う雪組メンバーに向け、両肩に担いだキャノン――打ち上げ花火が、次々に火を吹き襲い掛かる!
「ひあっ――ー―かっ……鍵ゃあぁぁぁぁーーーーーっ!!」
悲惨にも直撃を受けた者は、次々と綺麗な大輪の花となって大空からセーブポイントへと吹き飛んでいった。
「かーっかっかっか……! こりゃあ愉快痛快だっ!!」
そんな惨憺たる光景を満足げに見下ろすゲンマ。
「………………あの」
「あん? どうした、ズベコウ?」
ゲンマの隣、ズベコウと呼ばれた男が気弱に呟く。
「…………旦那、今までそんな場所で堂々と煙草吸ってたんすよね?」
「おうよ。クールだろうが?」
腕を組み、どや顔で告げる。
……一歩間違えば、あぁいう目に遭っていたのは自分たちだったのかもしれない。
ズベコウは軽い眩暈を起こし、フラフラと木箱から落下した。
あの可愛らしい新参の少年が真実を知らないことが、せめてもの幸いだろうか――と火薬にまみれ、真っ黒になりながら気を失った。