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我ら、神無風!

2016/8/23

本文修正しました



 



神無風(かなかぜ)ぇ――心得(こころえ)ぇ!」


「「「神無風心得――!!」」」


 ゲンマが作業場の高台から声を張り上げる。

 それに続くようメンバー全員が唱和をした。

 その音量は、隠れアジトとは思えないほどの豪快さで内壁を震わせた。


(カミ)に頼るな! 追い風は、俺たちで吹かせぇ!!」


「「「押忍(おす)――!!」」」

「おすですっ!」


 メンバーの掛け声に合わせ、もげ太も精一杯の声を張り出した。

 低音の中に、変声前特有のソプラノボイスが混じり込む。


「意義と流儀は、俺たちで作れぇ!! ――以上だ、各自持ち場に戻れぃ!!」


「「「あざーっした――!!」」」

「ありがとうございましたー!」


 メンバーが駆け足で己が現場に戻っていく。言わば、朝礼のようなものか。

 ギルド【神無風】とは、文字通り“神風(かみかぜ)”に由来した名前だ。

 しかし、その本意は“無”の字が示す通り真逆。

『誰ぞの気まぐれ、幸運に頼るなかれ。望むなら自ら動き働け』――という理念の基に成り立っている。

 当主ゲンマは、まさにその言葉を体言したかのような人物だ。


 しかし、現在に続く神無風と楓柳の諍い――。


 事ここに至った原因、発端については、彼の一時の不断によるものだ――と、本人は大きな後悔をしていた。

 本来ならばひとりでけりをつける物事だと考えていたのだが、長年付き従ってきたメンバーは頑として首を縦には振らなかった。

 皆、古くから彼の世話になっていたせいだ。

 それは、この世界における親や保護者に近い存在だった。


「ふーっ……」


 高台――積み上げられた木製の大箱だ――から降りてきたゲンマは、煙草に火を点けて一服した。

 深く息を吐くと紫煙が縦横に大きく広がる。

 そんな彼に駆け寄ってきた少年は、顔からまともに紫煙を浴び、


「――ご、ごほっ、ごほっ! ……うえ~」


 堪らずにむせ込んだ。


「あん? ……っともげ太か」

「はっ……はい……すいません」

「いや、謝るのはこっちだぁな。わりぃ。だが、仮想世界(VR)の煙草でむせるたぁ…………お前さん随分と育ちが良いんだな」


 すーっ、と再びゲンマは煙草を吸い込み、今度は横を向いて煙を吐き出した。

 さりげなく風下に首を向けてるのも彼なりの些細な気遣いなのだろう。


「あの……皆さんは何の作業をしてるんですか?」


 もげ太は、せわしなく動く男たち見回しながらゲンマに尋ねた。

 彼らの持ち場に落ち着いた様子など微塵もない。

 そんな中、メンバー入りした少年が何もせずに立っているのを心苦しく思い、何か手伝えることはないかと問い掛けたのだろう。


「そりゃあ…………ふむ」


 ゲンマは、着物の胸元から出した手を顎に掛け、わずかに視線を泳がせる。

 その表情は複雑で、説明に難儀しているようにも見える。


「……ま、そうだな。祭り(・・)の準備てぇヤツだ」

「祭り、ですか?」


 まさに“きらきら”という表現が適切といえる少年を目の当たりしたゲンマも、言葉のバツの悪さを感じたのか。


「いや、なんだ…………おう。平たく言えば荒事っつーかな」


 言葉をどう飾ろうが、物騒な単語なことに変わりはない。

 迷った末に、ゲンマはストレートな物言いで説明することにした。


「喧嘩――じゃあ、ちと聞こえが良過ぎっか。ま、俺様のエゴみてぇなもんだぁな」

「はぁ……」


 それでも、わざわざ喧嘩――なんて表現を選んだのは、相手を(おもんばか)ってのことだろう。

 聞いた当人はといえば、きょとんとした表情でわずかに首を傾げるだけだったが。


 それを見、ゲンマは、ほんの少しだけ苦い笑みを浮かべた。


「は……。ったくよ、どんだけキレーな世界で生きてきたんだお前さんはよ。何聞いても濁りも曇りもしねぇなぁ、おい」

「はい? 雲り、ですか? えっと、祭りだと天気悪いのは困りますよね……」


 そんな少年の反応に、ゲンマはかかか、と笑った。


「参ったな。こりゃ俺様も白旗だ」

「白旗です?」

「おうよ。負けだ、俺様のな」


 言って、ゲンマは両手の平をもげ太に見せた。


「…………てっきり小僧(・・)の回しモンだとばっか思って、やっこさんに首輪ぁ着けるつもりで連れてきたんだがなぁ」


 小声でぽつりと呟く。


「……ぼ、僕に首輪ですか?」


 それが、どうやらもげ太に聞こえていたらしい。

 ゲンマが「おっと!」なんて声を上げる。

 それを“ペット扱い”と勘違いしたもげ太が、必死に役に立つアピールをした。

 微笑ましい演武――というよりダンスに、余計にマスコット扱いされそうではあったが。


「かかか、それまで演技だったらもはや俺様の完全敗北だぜ。ま、さすがにもう分かってるんだがよ」

「え? え?」


 結局、ゲンマの言葉は、何ひとつもげ太の要領を得ることがないままに――彼は背中を向けてしまった。

 少しだけ寂しそうに見えるその背中を、少年はしばらく眺めていた。


「――旦那。ちょっといいですか?」

「あん?」


 横から現れた丈夫の報告を聞いた途端、ゲンマの顔色が変わった。

 煙草を握り潰しながら男に指示を出し、持ち場へと戻っていく。


「ちっ……来やがったのか」


 息を吐いたゲンマが、神妙な面持ちで振り返る。


もげ太(・・・)。迷惑ついでに頼みがある。聞いちゃあくれねぇか?」




 ◇




 エルニドは内心で焦っていた。

 というより気が気でないと言った方が適切か。


 突然、もげ太の身に降って沸いたシステムメッセージの件はもちろん、そんなことは猫の毛ほども知らない対話の主――キリュウが、それに(ちな)んだ説明を淡々と続けていたせいだ。

 これが全て陰謀や奸計によって仕組まれていることであれば、反って「やられた!」と納得もできるだろう。

 偶然の恐ろしさを知る。


「…………ふむ、そうか。下がって良いぞ」


 会話を中断して部下から報告を受けていたキリュウが居住まいを正した。


「部下から新たな報せが届いたのじゃ」

「聞かせてくれ」

「うむ。我が雪組が【神無風】とやらの隠れ家の所在を突き止めたようじゃの」

「――ぶほっ!」


 ――こ、これは本当に仕組まれてないのか!?


 と突っ込みを入れたくなるほど盛大にお茶を毒霧に変えるエルニド。


 エルニド同様、もげ太とPTを組んでいる二人にも同じシステムメッセージは見えていたはずだ。

 その証拠にネームレスの顔も引き攣っているし、あのリリルですら顔から微笑みが消えていた。


「ふ。よもや城下に拠点を置くとは大胆不敵。むしろ、灯台下暗しと言うべきか…………む? どうした皆の者?」

「い、いや、何でもない…………話を続けてくれ」


 布巾で畳を拭い、何とか場を取り繕う。

 少々不審がられたようだが、リリルのフォローでことなきを得る。

 どうやら、彼女も事がもげ太に絡むと信頼できる味方に変わるようだ。


「うむ。何やら迷子のような少年を見つけ、気の毒に思って追い駆けたところ偶然隠れ家の発見に漕ぎ着けたようじゃ」


「「「………………」」」


 その迷子の少年の正体を察し、三人は言葉を失った。

 本当にギルドに加入し、連れていったのであれば隠れアジトとやらも見つかって当然だ。

 何せ、あれほど人目を惹くプレイヤーなど他にそうそう居やしないだろう。

 その勧誘した人物とやらの浅慮を恨むべきか否か……。


「そ、それで……?」

「ベリガ――雪組の長じゃの。態勢を整え次第アジトに突入するとの報告を――」

「ちょ、ちょっと待った! そ、その……(いささ)か行動が急過ぎやしないか――!?」


 エルニドが咄嗟にキリュウの言葉を遮り、不審に思われない程度に言い含める。


「ベリガは、思い立ったら行動する男じゃからの。全・即・斬じゃ」

「全――!? どこかの危ない公務員より(たち)が悪いぞ――!?」

太刀(たち)だけにか? くくく、中々上手いこと言いよる。誰ぞ、座布団をここに持って参れ!」

「要らんわ!」


 エルニドは即座に一蹴した。


 ……これは真剣にマズイぞ。


 本来なら、自分とほぼ無関係のギルドと、そしておそらくはさらに関係のない反抗組織がどこでドンパチを起こそうが全く一向に構わない。

 しかし、こと状況の発展次第では、立場が一転して第一関係者や当事者とも成り得る。

 知らぬ存ぜぬで通せはしないだろう。

 そうなれば、楓柳とは敵対関係だ――が、最悪の場合は止むを得まい。


 それは、後ろのネームレスも、そしてキリュウと交友関係のあるリリルまでもが同じ気持ちのようだった。


(オイ、禿天。こりゃこんなとこで座ってる場合じゃねぇだろ?)

(落ち着け。ここで不審な動きを見せ、俺たちまで楓柳に目を着けられようものなら、もげ太の身までも危なくなってしまう。そして、俺は禿天など知らぬ。他を当たれ)

(触らぬ禿げに祟りはないですからねー。つるつるー)

(――お前はもう少し動揺しろ!)


 三者は、改めて意思の疎通など無意味であることを確認した。


焔天(・・)。一応、言っておくが……)

(なんだ? 影天(・・)


 珍しくきちんと通り名を呼んで前置きをするネームレス。

 姿勢は崩したままに言葉を続ける。


(俺ぁ、楓柳だの神無風だの、んなのはどうだっていい。勝手にやり合って勝手にくたばりやがれ)

(………………)


 影天の言葉には、他者への拒絶がありありと込められているのを感じた。


(だがな、そこにもげっちを巻き込んでみろ。怪我のひとつでもさせてみやがれ? 俺は、地の果てまでも追い駆けて――――そいつを殺す。絶対にだ)

(ネームレス……)


 その目には、はっきりと燃え上がった意思の炎が見て取れた。

 やはり、この男にとって、もげ太は特別な相手のようだ。


 俺ならば――どうするだろうか? などとエルニドが自身に立場を置き換えて考えていると、


(ちなみにそいつが泣いても、謝っても、俺は、殺すのをやめない)

(いや…………もう分かったって)


 さすがに、天丼――二回目となると空気が白けてしまうが。


 そうして、己の意思をはっきりと伝えたことで双剣使いの覚悟も固まったのだろう。

 ネームレスが立ち上がり、正面のキリュウを強く睨み(おろ)した。


「……おい、戦天」

「なんじゃ?」


 まるで一触即発――とでも言わんばかりの緊張感に、戦天と呼ばれたキリュウも真剣な眼差しを返す。


「俺にテメェの背中(・・)を狙わせる――なんてことがねぇようにその部下に祈るんだな」

「…………ふむ」


 捉え方を間違えれば――いや、間違えなくても露骨な宣戦布告とも取れるのだが、楓柳の主も、招待した友人が連れてきた人物の言葉を額面通りに受け止めることはしなかったようだ。

 しかし、何かインスピレーションが働いたのか。

 放っておいても事がややこしくなるだろう――そう、判断したのか賢姫こと戦天は、目は伏せ入ったまま、両手を軽くパンパンと叩いた。


「スズランや」

「――は。ここに」


 小さく名前を呟くと、妖艶な女性が音も無く現れた。


 ――ネームレスの真後ろに。


 白花とも呼ばれる彼女は、主と瞳を合わせるとわずかに頷き、


「逃がさないわよ?」


 ぎちっ、と。

 中庭から外へと消えようとする男の腕をしっかりと掴んだ。


「ふふ。頂きます(ペロリ)」


 付かず離れず、暗闇に消えゆくふたり。

 そして、高速食虫花のような捕食能力を見せた。


「ひぃあ゛ぁぁぁぁーー………」


 三天の居間から見えぬ先、フェードアウトしてゆく影男の悲哀。



 さらば、影天。

 君の尊い犠牲を忘れない。




(↓ここから過去↓)

ブックマーク100件になりました。

感謝の気持ちでいっぱいです!


今回は、前回添削された部分を一から書き直したものです。

前話と合わせて一話――のような形(わけた分の補完は有り)でしょうか。

三人称で書いた経験がほぼないので、進行に苦労しています……(汗)


【追記】

少々扱いの不憫な影天さんですが、決して彼が白花女史より弱い……というわけではありません。

PKerですが、原則、自分から女性に仕掛けるタイプではなく、また好戦的ではありますが自ら行ったPKより返り討ちKillした数の方が多い――なんて一面も持ち合わせています。

ただ、設定では、影天の武器がリルグリッター(手甲一体型の無属性)+ハイベノン(毒属性)という二刀に対し、白花は鈴蘭の由来通り《毒耐性》を持っているので、真っ向から戦うにしても特殊能力抜きだとネームレスに不利な要素はあるかもしれません。

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