第32話 遭遇
というわけで、三園駅周辺までやってきた。
まだ午後七時ぐらいということもあって、駅前の人通りは多い。
学生らしき人もそれなりにいるので、オレたちが不自然に映ることもないだろう。
「それじゃあ行くか、善希」
「ああ」
オレと善希は歓楽街のほうまで移動することにした。
ザナドゥが現れるなら、目撃情報のあるそちらだろう。
人も多いし。
現在、オレと善希は二人一組で行動している。
その後ろを、睦月、梦、ユーク、ソラの四人が尾行しているような形だ。
ザナドゥは美しい少女の姿をしており、その美貌で男を誑かすとされている。
その性質上、女がくっついている男より、一人で歩いている男が狙われやすいのは当然と言えるだろう。
もちろん、こちらからもザナドゥを探すつもりではあるが、向こうのほうからやってきてくれる可能性がある男が主に動いたほうがいいという判断だ。
……ザナドゥは、何らかの方法で男たちを消失させている。
それがどういった方法なのか、行方不明になった男たちが無事なのかはわからない。
わからないが、一人よりは二人のほうがマシだろうということで、男同士で二人一組になるという妥協策を取った。
もしザナドゥが見つかった場合は接触を図り、最終的には拘束して消失した男たちの行方などを吐かせる、という流れになっている。
うまく事が運べばいいのだが……。
「スマホの充電ちゃんとあるよな?」
「ほとんど満タンだ。問題ねぇ」
オレの手の中にあるスマホの充電は九十パーセントを超えている。
よほど無茶なことをしない限り充電が切れることはない。
LINEのおかげで、こちらの位置情報は睦月たちにしっかり伝わっているはずだ。
万が一オレたちの身に何かあったとしても、女性陣が後方に控えている。
安心である。
「ん?」
そんなことを善希と話していると、ポケットから軽快なメロディーが流れてきた。
「電話か?」
「そうみたいだな」
オレはポケットからスマホを取り出す。
ディスプレイに映し出されているのは『高峰 睦月』の文字だ。
「もしもし?」
「あ、もしもし? 秋二さんですかー?」
案の定、向こう側から聞こえてきたのは睦月の声だった。
「どうした? 何かあったのか?」
何か問題でも起こったのだろうか。
それにしては声の調子が軽いか。
もしかして、ザナドゥを見つけたとか?
「いやー、ぶっちゃけ暇だったので。何か面白い話でもしてください」
「お前真面目にやる気あんの!?」
兄との温度差がひどい。
ふざけていい場面じゃないだろうに……。
「え? ……あー、はいはい、わかりましたよ。……秋二さん、今ソラさんに怒られちゃったので切りますねー」
「あ、ああ」
「それでは秋二さん、ノシです」
普通に口で『ノシ』と言われてから通話が切れた。
「今の電話の相手、睦月だよな? アイツ何か言ってたのか?」
「……いや、別に」
まさかお前の妹が暇とか抜かしてただなんて言えない。
兄の知り合いが行方不明になってるってのに、不謹慎すぎるだろあいつ。
緊張感の欠片もないし。
……あれが強者の余裕というものなのだろうか。
『高峰』である睦月なら、ザナドゥが魔術師だろうが超能力者だろうが何とかしてしまいそうな気はするが。
そんなことを考えていると、再び電話が鳴った。
「またか」
いい加減しつこい。
この手のネタは二回目以降からは急激に面白くなくなるのだ。
オレは電話を取った。
「おい、いい加減にしろ。真面目にやれよ」
「ふえっ!? ど、どうしたのシュージ……?」
スマホの向こう側から聞こえてきたのは、想像していたのよりもだいぶ幼い声だった。
この声は……。
「あ、アミちゃん!?」
慌てて通話画面を確認する。
そこにはたしかに、『アミラ・シェフェール』の文字があった。
「ごめんアミちゃんなんでもない。ちょっと友達の電話と間違えただけだから」
「あ、そうなんだ。びっくりしたぁー……」
向こうから安堵のため息が聴こえてきた。
「それで、どうしたんだ?」
どんな用事だろうか。
昨日の今日で、そんなに急ぎの用事ができるとも思えないが。
「シュージ、あそぼ!」
……ああ。
なるほど。
単純明快だな。
「ちなみに、何して遊ぶつもりなんだ?」
「えっとねー、いっぱいあるよ! お人形さん遊びとか、おままごととか! あ、この前おじちゃんに教えてもらったアヤトリもやりたい!」
うん、女の子だね……。
というかヨーゼフさん、あやとりできるのか。
意外だ。
「だから、シュージのお家に行ってもいい?」
「えーっと、オレは今高校の寮で生活してるから、家にはいないんだよ」
「りょう?」
スマホを片手に、アミちゃんが小首を傾げる様子が容易に想像できた。
寮がわからないのか。
改めて説明するとなると少し難しいな。
「家が学校から遠い学生とかが、家には帰らないで学校の中で生活する場所……みたいな感じかな」
「……孤児院みたいなもの?」
「ん? あー、まあイメージ的にはそれが近いかも」
アミちゃんは可愛らしく唸っていたが、とりあえず納得したようだ。
それにしても、なんで孤児院が出てきたんだろう。
もしかして、アミちゃんは孤児院にいたことがあるのだろうか。
……今度会ったとき聞いてみるか。
まぁ、今はそれは置いておこう。
「遊ぶのはいいけど、どこか集合場所を決めといたほうがいいな」
アミちゃんは美幼女だが『大罪』の一人だ。
『高峰』が三人もいるこちらに来るのはさすがにマズイだろう。
となると、オレのほうから出かける必要があるのだが……。
「たぶん今週末の日曜日なら……あ、そういえばゴールデンウィークか」
スマホのカレンダーを見て思い出した。
すっかり忘れていた。
明日の二十九日は休みで、週明けの月曜と火曜も休みらしい。
となると、ゴールデンウィーク中のどこかで会うのがいいだろう。
「アミちゃん、ゴールデンウィークで空いてる日――」
「――秋二!」
突然、善希に大声で呼ばれたせいで、オレの声が遮られてしまった。
もしかして、ザナドゥを見つけたのか?
「ごめんアミちゃん。今、友達に呼ばれてさ。また後でラインするよ」
「えー! やだ! もっとシュージとお話ししたい!」
「うっ!?」
すごく嬉しい。
……嬉しいが、今はアミちゃんと話している場合ではない。
今は目の前のことに集中するべきだ。
これが終わったら、いくらでも話せばいいのだから。
「……ホントにごめん」
アミちゃんの落胆混じりの声に心を揺らされながらも、何とか通話を切ることに成功した。
トーク画面のほうに、後で連絡する旨を軽く書いておく。
「どうした善希?」
「あれ見ろ」
そう言われて、善希が指差したほうを見る。
「――だーかーらー、全然タイプじゃないんだってばー。しつこいなぁもう……」
軽薄そうな男が、制服姿の少女に言い寄っていた。
ナンパだ。
少女のほうは、露骨に顔を歪めている。
どうやら、男は少女の好みのタイプではないらしい。
「あの子がどうし――ッ!!」
気づいた。
着崩された制服。
背中のあたりまで伸びた茶髪。
監視カメラの映像に映し出されていた女よりも、少し髪の色が濃いような気はするが……細部の特徴は一致している。
映像で見たものとは違って迷惑そうな顔をしているが、間違いない。
あの監視カメラに映っていた少女。
ザナドゥが、オレたちの目の前にいた。




