第68話 聖女の同意
「皆が助かるなら、私は続けます」
会談は、その一言で終わらなかった。
シィルヴィアが終わらせなかった。
「続けたい?」
「はい」
「休みたい?」
セレスティアの返事が止まる。
グレゴリウスが口を挟もうとした。
シィルヴィアは視線だけで止めた。
「あなたに聞いている」
聖女ではなく、目の前の本人へ。
「……分かりません」
初めて、整っていない答えが出た。
◇ ◇ ◇
会談の後、タクミは台所で昼食を作った。
大きなものではない。
薄い野菜のスープと、柔らかいパン。
セレスティアは窓際の席に座っている。
「さっきの質問、難しかったですか」
「はい」
「じゃあ、別の聞き方にします」
タクミはパンを一口分だけ皿へ置く。
「祈りを断ったら、何がしたいですか」
セレスティアが瞬きをした。
「何を、とは?」
「何でも」
「誰かを治す以外で?」
「はい」
返事が来ない。
スープの湯気が薄くなる。
タクミは急がせなかった。
ミアは隣で木のスプーンを布で磨いている。
やがて、セレスティアが言った。
「朝」
「朝?」
「一度だけ」
指が皿の端へ触れる。
「誰にも呼ばれずに、起きてみたいです」
タクミは頷いた。
「じゃあ、それを試せますか」
「祈りを、休むのですか」
「一回だけ」
セレスティアの顔から血の気が引いた。
「その間に、助からない人が出たら」
「代わりを用意します」
声をかけたのはユリウスだった。
扉のところに、赤茶の短髪の女性が立っている。
「イレーネ・ファル。中央施療院の治癒師です」
女性は頭を下げた。
「聖女様にしかできないことと、聖女様にしかさせてこなかったことは違います」
「でも」
「一朝だけ、任せてください」
セレスティアはイレーネの左手を見た。
薄い魔力過負荷の痕。
「あなたも、無理をしている」
「します」
イレーネはあっさり認めた。
「だから一人でやりません。四人で分けます」
オルガが配置表を机へ広げる。
「対象を限定する。高難度の治癒は延期できるものを選ぶ。緊急時はセレスティアを起こす」
「起こして、よいのですか」
セレスティアの問いに、シィルヴィアが答えた。
「あなたが、起こしていいと決めるなら」
長い沈黙の後。
セレスティアは、自分で配置表の余白へ線を引いた。
朝の鐘から、二刻。
その時間だけ、空白にする。
「……試します」
翌朝。
聖女が一度だけ、祈らない朝が始まることになった。
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