第1話 『調理』という名のハズレスキル
十年前。
ひとりの少年が作った、たった一杯の雑炊。
その味を、少女は忘れなかった。
やがて少女は皇帝となり、十年間、たった一人の料理人を探し続ける。
これは、追放された少年料理人と、彼を待ち続けた皇帝が再び出会う物語。
「相変わらず、パンは固いなぁ……」
タクミは黒パンをちぎった。
やっぱり、固い。
「今日くらい我慢しろよ。」
隣でケインが笑う。
「今日は女神様がスキルを授けてくれる日だぞ。」
「分かってるよ。」
タクミは肩をすくめた。
「でもさ。」
「ん?」
「今日くらい、焼きたてを食べてみたかったな。」
ケインは吹き出した。
「タクミは今日もタクミだな。」
「そうかも。」
ケインにつられて、タクミも笑った。
広場のあちこちから声が聞こえてくる。
「剣士だったら親父が喜ぶな。」
「俺は魔法がいい!」
「商人でも十分当たりだろ。」
「タクミは?」
「腹いっぱい食べられたら十分かな。」
ケインは呆れたように笑う。
「欲がないなぁ。」
「そうかな。」
その時だった。
「これより成人の儀を始める。」
神官の声が広場に響いた。
「ケイン。」
ケインが壇へ上がる。
石碑が淡く光る。
──『剣士』
「おおっ!」
「やっぱり!」
「ケインらしい!」
照れくさそうに笑ったケインは壇を降りる。
すれ違いざま、タクミへ親指を立てた。
タクミも笑って親指を返す。
神官が名簿をめくる。
「リーナ。」
──『治癒』
「よかったね。」
神官が名簿をめくる。
「タクミ。」
壇へ上がる。
石碑の前で立ち止まる。
「手を置きなさい。」
「はい。」
そっと手を置いた。
石碑が淡く光る。
文字が浮かぶ。
──『調理』
「……え?」
「調理?」
「聞いたことないな。」
「料理人のスキルか?」
「でも、戦えないんだろ?」
先ほどまでケインを囲んでいた声が、少し遠のいた。
誰かが目を逸らし、後ろの方で小さく息を吐く音がした。
「間違いありません。」
「授かったスキルは──『調理』です。」
父が口を開いた。
「……調理か。」
夕方。
食卓は静かだった。
父は、ほとんど手をつけていない黒パンを見つめていた。
「タクミ。」
「うん。」
「……すまん。」
父の手が、膝の上で強く握られる。
「今年は麦がほとんど採れなかった。このままじゃ、家族全員で冬を越せない」
タクミは父を見た。
「戦えるスキルがあれば、村の狩りに加われた。……この家には、成人したお前を養い続ける余裕がない」
「そうか。」
タクミは手元の黒パンに目を落とした。
朝、自分でちぎったものと同じ、固いパンだった。
指先に少し力が入り、やがて、ゆっくりと手を離した。
「分かった。」
◇ ◇ ◇
夕焼けが村を赤く染めていた。
タクミは荷物をまとめる。
包丁。
鍋。
木のスプーン。
着替え。
食べかけの黒パン。
「少ないな。」
「まあ、何とかなるか。」
荷物をまとめ終え、扉を開ける。
夜風が頬をなでた。
ふと、月を見上げる。
銀色の髪。
小さな手。
湯気の立つお椀。
『……おいしい。』
どこか懐かしい気がした。
翌朝。
朝日が、見慣れた屋根を照らしていた。
タクミは荷物を背負う。
一度も振り返らず、村を出た。
◇ ◇ ◇
帝都ヴァルハイト。
玉座の間。
「陛下。」
近衛騎士リディが頭を下げる。
「例の村より報告です。」
「……話して。」
リディは書類へ目を落とした。
「十五歳の成人の儀が終わりました。」
「タクミという少年は──」
「『調理』のスキルを授かりました。」
シィルヴィアの手が止まる。
「今、どこにいるの」
「村を出たとの報告です」
「……一人で?」
「はい」
シィルヴィアの指が、玉座の肘掛けを一度だけ叩いた。
リディは静かに息を吸う。
「護衛を手配します」
「まだ命じていない」
「これから命じられるかと」
シィルヴィアはリディを見た。
「……そう」
ゆっくりと目を閉じる。
そして、ほんの少しだけ微笑んだ。
「見つけた。」
最後まで読んでいただき、本当にありがとうございました。
ここからタクミの旅が始まります。
一杯の料理が人の心を変え、やがて国や世界まで変えていく物語を、最後まで楽しんでいただけたら嬉しいです。
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また次の一皿で、お会いしましょう。




