初めてのフラグと・・・・・
迷宮内の、固い土で出来た地面を蹴る。
「アリス、気分は大丈夫か?」
「はい……さっきよりかは………」
アリスは今、俺の背中におぶられて、今にも吐きそうな顔でぐったりとしていた。
人一人背負っているせいで、走る速度はどうしても遅くなってしまう。
いま俺たちが追っている二つの影とは、中々距離を縮められずにいた。
俺は数分前、二つの怪しい影、まるで片方がもう一方を引きずっているような動きをする影を見つけた。
アリスの姉であり、今回行方を捜しているエアリーゼが居たはずの部屋には、襲われたのなら壁に飛び散っているはずの血の痕跡も無いという事で、俺はその二つの影の、引き摺られているような方がエアリーゼでは無いかと考えたのだ。
俺の【気配察知】は文字通り気配を感知するスキルである。なので、死体に反応する事は無い。
もし、それが本当だとしたら、エアリーゼはまだ生きているはずだ。
だから、俺はそれを追いかけようと走り出したのだが、
「……待って!置いてかないで!……」
そんな声が微かに、いや、かなり後ろから聞こえた。
え?……と思いつつも、振り返って後ろを確認する。とやっぱり、かなり後ろで、アリスが必死に俺を追いかけてくる姿が見えた。
── なんと言えば良いのだろうか、持久走で、後方集団から更に遅れてやってくる子のようだな…………と、この時一瞬思ってしまったのは秘密である ──
俺は数歩地面を蹴っただけなのだが、二、三十メートル程距離を離してしまったらしい。
どうやらこれまでに何度も経験した戦闘、そしてその経験値から引き起こされる「レベルアップ」は、俺の身体能力をかなり上昇させていたようだ。
今まで常に死と隣り合わせの状態だったから、全く気にして無かったけど……
俺が地球に居た頃と、この世界の俺とでは身体能力に大きな違いが出る事は必然だろう。
アリスは女の子で、しかも下流とはいえ、れっきとした貴族育ちの娘なのである。
何故、アレンズとやらは、アリスを迷宮に連れ出したかは知らないが、俺に助けを求めるぐらいだから、体力や筋力もそれ相応だろう。
今の俺が普通に走ったとしてもアリスがついて来れる事は難しいか……。
やむを得ん、少し走りにくくなるけど、ここは、俺がアリスを…………!
一度、アリスの元へと引き返す。
「アリス悪かったな、置いていっちゃってさ」
いきなり飛び出していった俺に驚いて焦ってしまったのだろう。肩で息をしながら、一筋の汗を垂らしていた。
アリスは引き返して来た俺を見て、安堵したように走りを緩め、膝に手をついた。
「い、いえ………やはり、冒険者さんは、お速いのですね……私の、方こそ、何だか足でまといになってるみたいで…………っ」
息も絶え絶えに、アリスはそう呟いた。
穢れを知らないくらいに真っ白な長い髪が、重力に倣って肩から垂れ下がり、はあっと小さな口から白い吐息を何度も漏らしている。
そのなんとも色っぽい姿に、思わず見蕩れてしまっていた。
…………って馬鹿か俺は!
頭を振って邪念を振り払う。
「アリス、足でまといなんかじゃないよ。こうすれば大丈夫だから、ほら、な?」
「えっ?」
俺はアリスの膝と肩を抱き抱え、自分の胸元へと引き寄せる。
「え?あ、あの、これは、えと、その……」
そう、俺は今人生で初の、お姫様抱っこをしたのである!や、ヤバい、緊急時とは分かっているけど緊張する……!
アリスもお姫様抱っこは初めてだったようだ。目をぐるぐると回し、顔を真っ赤にしつつ、あわあわとした感じになっていてすごく可愛らしい。
正直グッと来た……!
いやいや、そうでは無い。これからあの二つの影を追わなければ行けないのだ。
「じゃあ行くぞ!」
「えええ!?は、恥ずかしいぃ…………」
そうして俺は全速力で走り出したのだが…………途中、アリスが、慣れないスピードと溢れ出る羞恥心によって、吐き気を訴えて来たのだ。
俺そこまで速いのか……?こっちの世界の速さの基準が分からないからなんとも言えないな……。
仕方が無いから、スピードを少し緩めて、お姫様抱っこからおんぶに切り替えてやったのだが、そしたら何故か不満そうにされた。
死ぬほど恥ずかしそうにしてたクセに…………
俺が弱気になっておんぶに替えた訳ではない。断じて違う。
二つの影は途中見失ったりしたが、今は辛うじて追いついている状態だ。
スピードを緩めているので、中々距離が縮まらない。
もどかしさは感じるが、ここは我慢するしかない。速度を上げてしまえば、またアリスが酔ってしまうかも知れないし。
あと二つの怪しい影までの距離は、およそ百メートル、といった所か?
こいつらは一体何処に向かって居るんだよ………
そう言えば、気が付くとかなり遠くまで来てしまっているな。
追跡が終わったら、一度場所を把握しなくては……。
と思っていると、俺の思いが伝わったのか、その影の動きが急に止まったのだ。
いいタイミング……これはまさかあのことわざの “噂をすれば影がさす” ってやつか!…………ちょっと違う気がする。
その影は部屋の中へ入るかのように、ゆっくりと左へ動いて行った。
俺はなるべく気付かれないよう、音を立てずに近づく。するとそこには…………
「……壁?」
壁があった。どどーんという効果音が付きそうなくらい、でかく構えた壁が。
どういう事だ?
確かにあの二つの影はこの先へと進んで行ったし、【気配察知】もこの先に反応を示している。
壁があったらその先に進めるはずないのに、やつらは一体どうやって…………
まあ、影の正体を知ってる訳でも無いから、何か固有のスキルでも使って潜り抜けたんだろう。
さて、どうしたものか……。
「あ、あの、この壁の先に行かなければならないのですか……?」
壁の前で止まってしまった俺を疑問に思ったのだろう。
アリスが俺の背にしがみついたまま、そう尋ねてきた。
「た、確か…………壁や天井などの物質は、『腐乱属性』と呼ばれる属性攻撃で破壊できると聞いたことがあるのですが……」
なっ、本当かよ、壁なんて壊せんの?そしたら迷宮の意味が無いじゃんかよ……あれ?そういや俺って確か……
俺はある事を思い出し、自分自身に【鑑定】を掛けた。
…………あ、あった!
俺は【腐乱属性付与 Lv.5】の項目を発見した。
このスキルって俺、いつゲットしたっけ?
……初めにゾンビに襲われた後、いつの間にかゲットしていた気が……
まさかこれ元々ゾンビが持っていたスキルじゃあ…………そうだ、俺ずっとこのスキル使いたくないと思ってて、放っておいてたんだった…………。
俺はこの先に進まなければならない。他に通れる道は無さそうだし。
という訳で、待たせたな【腐乱属性付与】。ようやくお前の出番が回って来たようだ!
「でも腐乱属性は、アンデッド系の魔物しか持ってないはずだし……やっぱりこの方法は無理ですよね。他には、えっと」
「アリスでかしたぞ!アリスのアドバイスのお陰でこの壁を通り抜ける事が出来そうだ」
こういうスキルの発動はフィーリングでどうにかなるだろ。後は、イメージしやすいように声に出して……!
俺は鉄剣を抜き、上に掲げて言い放つ。
「『腐乱属性』付与!」
俺の持つ鉄剣が輝き、何とも禍々しいオーラが刀身に纏わり付き始めた。それが、一本の紫に輝く剣、「紫剣」が誕生した瞬間だった。
「え……腐乱属性!?何でそれは……」
「ん?そんなに珍しいのか?」
「そ、そうですよ?一応、腐乱属性を操る職業もあったはずですが、普通は人が習得出来るようなスキルではないのに……」
まじすかアリス姐さん。このスキルは今後自重した方が良いってことかな。まあいいか!
それじゃあやるとするか。
「おらあああぁ!」
俺は剣を大きく振りかぶって壁を剣で切り、否、殴り付けた。
剣は何の抵抗も無く壁にすっと入り込み、大きな裂け目を作る。
剣先をピッと払った。
しばらくすると、裂け目の部分から、段々とくすんだ色へ変色し始め、そして、ボロボロと崩れ出した。文字通り、腐っていくように。
やがて壁の向こう側が見え始める。ゴロゴロと壁の一部だった物が床へと転がっていく。
そして、人一人が入れるくらいの大きさまで崩れると、腐乱効果はピタリと止まってしまった。
「俺が先に入って中を確認する」
そう言って俺は先に中へと入り、危険が潜んでないかを見渡して確認する。
「多分大丈夫だ。アリスも中へ入れ」
「は、はい」
そこは少し大きなホールの造りになっていた。
辺りには何も無く、無機質な壁と仄かに灯した光水晶の光だけがその場所を構築していた。
俺の【気配察知】では、あの二つの影は、ここを直進した所に居るっぽい。
………………。
…………いやちょっとまて。何だかその先に大多数の反応があるぞ?
何十の反応があるんだ?幾ら何でも多すぎる。
これちょっとやばくないか?
「ミノルさん、どっちの方向に向かえばいいのでしょう?」
「……あ、ああ、この先を真っ直ぐだ」
何だこいつらの動き方は……まるで…………
「では早く行きましょう。
…………どうしました、ミノルさん?」
「え?……ああごめん、何でもないよ」
「本当ですか?……あれ、顔が真っ青ですよ!?ど、どこか具合の悪い所でも……」
「いやいや、本当に大丈夫だから!気にしなくていい」
「…………」
アリスは俺の返答に応えることはせず、顔を俯けてしまった。
「さ、行こう?」
そう声をかけたが、アリスはその場を動こうとせず、代わりに口を開いた。
「や、やっぱり私………この先は私一人で行きます」
ん?……何を言ってるんだ?
「だ、だってミノルさん、本当は具合が悪いんでしょう?なのに私の都合で無理させてしまって、ここまで私の我が儘に付き合って下さっただけで感謝するべきなのに…………なのに私はエアリーゼお姉さまに会うことばかり考えていて…………」
……アリス、君はすごくいい子なんだね。エアリーゼって人も多分、自分の妹のアリスのことを自慢の妹だって、思っていたんだろう。俺もこんな妹が欲しかった…………。
「何言ってんだ。大丈夫だって言ってるだろ?」
「で、でも……」
首を横に振り、ポンっと、アリスの頭に手を乗せる。
「俺のせいで気を遣わせたみたいで、悪かったな。俺の事は気にするな。アリスはお姉さんを助ける事だけを考えていればいい、それだけで十分だ」
そのまま優しく撫でてやった。手の動きに合わせ、さらさらと白髪が揺れ動く。
アリスは驚いたかのように俺を見つめた。
「それに……ここまで連れてきたのは俺だしな」
俺はその視線がこそばゆくて、少しだけ、笑ってしまった。
「……ふふっ……」
俺に釣られたのか、アリスも一緒になって可笑しそうに笑う。
「ミノルさん…………ありがとうございます」
腰を折り、丁寧に頭を下げる。
こんな時だからこそそう感じるのだろうか。凄く整っていて、惹かれてしまうほど、美しかった。
「いいって。気にすんな」
アリスは顔を上げる。俺と目が合った。
目が合うと、少し恥ずかしそうに頬を赤らめ、そして笑みを浮かべた。
「それじゃあ行くか」
そして俺達はまた、歩き出した。
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如月稔
Lv.65 男 人間
S P:残り 251pt
装備:鉄剣
スキル:【鑑定 MAX】【剣術 Lv.5】【悪食 Lv.4】【腐乱耐性 Lv.5】【腐乱属性:付与 Lv.5】【痛覚弱化 Lv.4】【成長強化 Lv.5】【気配察知 MAX】【威圧 Lv.5】【自動翻訳 (Lv.1固定)】
【unknown → 託された希望】
特殊能力:【黒き支配者】
……『魔粒子誘導』『黒魔粒子操作』『黒い触手作成』
称号:『死肉を喰らいし者』『蘇りし者』『狩る者』『下層階の覇者』
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ミノルがアリスの言葉を理解できる理由は、スキル【自動翻訳】のお陰です。
Lv.1固定とありますが、単にレベルアップによる特典が無いため、レベルアップの概念が取り込まれていないだけです。
このスキルは転移者が共通して持っているスキルとなります。