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ネタ帳  作者: 刹那玻璃
11/20

『二人静』

今日のマスターは機嫌が良かった。

好きな歌手である中森明菜のCDをかけている。

カラン……ドアのチャイムベルが鳴り、現れたのはびしょ濡れの女性。


「急に雨が降りだしましたの……少しお邪魔してもよろしいですか?」


髪を纏めた、暗めの色の訪問着の女性である。


「大丈夫ですか?お着物が濡れては……タオルをお出ししますね」


マスターが差し出すタオルにはにかむように微笑む。


「ありがとうございます」

「いいえ、体は冷えてらっしゃるのでは?私用のものですがお茶でも……」

「ありがとうございます、頂戴いたします」


お湯を沸かすと、蒸らして、淹れる。

香ばしい香りが広がる。


「まぁ、玄米茶ですね」

「この香りが好きで……」

「私も好きです。ありがとうございます。温かい」


湯呑みをそっと近づけ香りを嗅ぎ、一口飲む。


「美味しいです。あの……日本茶のカクテルみたいなのはあるのでしょうか?」

「グリーンティリキュールにウーロン茶を使った『照葉樹林しょうようじゅりん』と言うカクテルがあります。お作りしましょうか?」

「よろしくお願いいたします」


上品な口調と良い、彼女はどこかのお嬢さんか奥さんらしい……まだ22くらいだろうか。

何曲か流れていた曲も、『二人静』と言う曲になっていた。


『きっと愛しすぎたから……』


と言うフレーズに、彼女は耳をそばだてる。


「中森明菜さんの曲で『二人静』です。映画の導入歌をカバーしているんです」

「そうなのですか……」


囁くような独特の歌い方だが本当に歌唱力は見事である。


グリーンティーリキュールとウーロン茶を準備し、決められた分量を入れると、シェイカーを振り始める。


するとサビの部分の前に流れた歌詞にビクッとなる。


「どきっとしますね、この歌詞……殺めたいって……」

「そうですね。愛と言うのは情愛……そして情念……になるのでしょうね。自分の手から離れようとすれば、追いかける……強い思いです。愛情の良い悪いと言うのは私にも良くわかりませんが、それほどの愛を相手にと言うのは、愛しているのでしょうね……」


照葉樹林を目の前に置く。

着物の女性は視線をさ迷わせる。


「殺めたいくらい愛していた……と言うのは、自分がその恋人をでしょうか……恋人を殺してしまいたいと……?自分のものにしたいから……」

「この曲では激しい恋慕を恋人だった人に向けて『殺してしまいたい』と歌っています。でも、傍にいたいと歌っているのだと思いますよ」

「……でも、私は……」


視線をさ迷わせた。


「愛していたのか、解らない……ただ、先輩の……彼氏と会うようになって……ちょっと、気の迷いだった……」

「お客さん……照葉樹林を飲んでみては?」

「は、はい……」


手を伸ばし、カクテルを光に掲げると、


「素敵……」


と呟き、一口口にした。


「さっぱりしてる……」

「そうですね。お客さんが笑ったのは本当にホッとしました。大丈夫ですか?」

「……先輩を傷つけるつもりはなかった……悲しませるつもりも……ただ……」


好きになった人が……先輩の彼氏だっただけ……。


ポツリと呟き、一筋の滴がこぼれ落ちた。


「ありがとうございます……私はこれから行かなければ……」

「……またのお越しをお待ちいたしております……お客様」

「タオルを汚してしまって申し訳ありません」


頭を下げると、静かに出ていった。

が、外で、


後藤紗希ごとうさきさんですね?篠田葛葉しのだくずはさんを殺害した件について、ご同行願えますか?」

「……はい」




マスターは血に染まったタオルや店内を荒らされることを嘆いたのだった。

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