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最弱竜、人間になる  作者: 日暮
【旅立ち編】
9/21

第8話

 そんな一人の衛兵の心配など知る由もなく、ユイは初めて訪れたローゼリウムの街並みにすっかり心を奪われていた。

 かつて街中に水路があった名残なのか、住居や店舗などの建物が碁盤の目のように整然と立ち並んでいる様は見事なものだ。

 門を入ってすぐの大通りには、人間ヒューマンだけでなく、獣人やエルフなどの多種多様な人種が闊歩かっぽしている。アストレリアでは人種の差別なく有用な人材は取り立てるべきという風潮が強く、亜人の受け入れを積極的に行っていることで、他国に比べてさまざまな人種が集いやすいという背景があるのだ。

 落ち着かなげにユイが周囲の様子を見回していると、横合いからぺしりと頭をはたかれた。


「あいたっ! うぅ……ウィル、ひどい」

「あんまりきょろきょろしてると田舎もんだってのがばれるぞ」

「そんなの本当のことなんだから仕方ないじゃん」

「スリの標的にされるからやめろって言ってんだよ」

「あ……」


 アストレリアは比較的犯罪率の低い街だが、おのぼりさんよろしくあちらこちらを眺めていては、いいカモだと思われる。

 いきなりのことにはじめは唇をとがらせていたユイだったが、ウィルの親切心から出た言葉であることを知り、忠告は有り難く受け取った。


「気をつけるようにします」

「そうしてくれ」

「そういえば、この後はどうするの?」


 道行く人にぶつからないように道路の端によけながら、ユイはウィルの耳元に顔を寄せた。

 露店の客引きの声に負けないように話そうと思うと、いつもより声を張り上げなければならない。


「うーん。俺としちゃあ、できれば今日中に冒険者ギルドに依頼達成報告をしちまいてえとこなんだが……」

「ウィルがいいなら、私はべつにそれでかまわないよ」

「でもなぁ、結構時間がかかると思うんだよ。……あ、そうだ! ユイは待ってる間に冒険者登録しといたらどうだ? ギルドで発行された登録証は身分証明書になるって話、昨日したよな。登録するんなら、早いにこしたことはねえだろ」


(確かにそうかも。この先も身分証明書がなければ、入場門を通過する度に通行料を払わなくちゃいけないし、まともな働き口にありつけないんだもんね)


 竜の里を出てきたはいいものの、ユイの現在の身分はスラム街でたむろしているような浮浪者と何ら変わりないふわふわとしたものだ。そうなれば諸々の不都合が出てきてしまうため、ユイは早急に身分証明書を手に入れる必要がある。


「でも、なんで冒険者ギルド? ほかのギルドじゃだめなの?」

「商人ギルドや職人ギルドは登録すんのに下積み経験やら後見人やらが必要になるが、冒険者ギルドにはそれがねえ。犯罪歴がなくて、満年齢十三歳以上ならだれでも登録できるから、一番手っ取り早いんだよ」

「へえ、そうなんだ」


 そういうことなら、ユイに否やはない。

 二つ返事で了承すると、冒険者ギルドに向かうべくウィルの案内でローゼリウムの大通りを再び歩き始めたのだった。


△▼△

 

「ここが冒険者ギルドだ」


 目的地への到着を告げる声に足を止め、ユイは目の前に鎮座する建物を仰ぎ見た。


(でっか!)


 冒険者ギルドは周囲の建造物と同じくレンガ造りの二階建てだったが、優に三倍ほどの大きさがあり、圧倒的な敷地面積を誇っている。

 ぐるりと周囲を見回すと、その付近は物騒な格好をした者たちの姿がちらほらと見受けられた。腰にいた剣を誇示するように歩く戦士然とした大男、ローブを着込んだ魔術師らしき女、ガントレットを付けた軽装の拳闘士風の男など様々で、ほかの通りとは違いいささか空気がピリピリとして剣呑に感じられる。


「行くぞ」

「あ、待ってよ」


 ユイは自分が酷く場違いなのではないかと気後れしながらも、ウィルに置いて行かれてはならじと慌てて後を追う。

 そうして入った冒険者ギルドの内部は、役場と飲食店を足して二で割ったような風情であった。

 入口からすぐの正面には、依頼者やギルドに登録している冒険者の相談を受けるための窓口があり、順番待ちをする者用の長椅子と、左の壁面には依頼書を貼り付けた掲示板。そして、ホールの右手側には幾つものテーブルと椅子が並び、飲食が可能なスペースが設けられている。夕方という時間帯故かそれほど混雑している様子はなく、どちらかといえば空席が目立つが、ここは冒険者たちの休憩所や情報交換の場も兼ねているようだ。


「いらっしゃいませ。ご用件をお伺いいたします」


 所在なげにユイがギルドの中を眺めていると、唐突に声をかけられる。複数ある受付のうち、『総合案内』と書かれたカウンターにいる女性がユイ――正確にはウィルへと声をかけていた。


「冒険者登録を頼みたいんだが、申込書をもらえるか?」

「ギルド員の新規登録ですね、かしこまりました」


 にこやかに対応したのは、長い黒髪をハーフアップにした端正な顔立ちの女性だ。さすが冒険者ギルドの顔というべき受付を担当しているだけあり、彼女を含め受付を担当する職員は揃いも揃ってみな美形と言って差し支えのない容姿をしている。


「それではこちらの申込書に必要事項をご記入の上、あちらの『新規登録受付』の窓口へご提出いただけますか。代筆が必要でしたら、窓口にいる職員にお声がけください」

「いや、それには及ばねえ。っつーわけだからユイ、俺は依頼達成報告と買い取りの手続きをしてくっから、登録すませとけよ」

「わかった」

「んじゃ、またあとでな」


 ウィルは受付嬢から受け取った申込書をユイに押し付けると、すぐさま別の窓口に向かって行った。

 どうやら複数ある窓口は、それぞれ受付内容が違うようだ。

 一人その場に残されたユイは、カウンターに据え付けられているペンを手に取り、早速必要事項を記入し始める。上から順に氏名、年齢と順調に埋めていったものの、種族と書かれている欄ではたと手を止めた。


(どうしよう……。竜って書くわけにはいかないし、人化じんかの術を使ってるわけだから、人間ヒューマンって書いておけば大丈夫かな?)


 空欄で提出するのはおかしかろうと、ユイはその欄に堂々と『人間ヒューマン』と記入し、申込書を新規登録受付窓口へ持っていく。


「すみません、ギルドの登録をお願いしたいんですが」


 ユイがそう言うと、肩口で切り揃えられた金髪と澄んだ青い瞳を持つ美貌の受付嬢――名札にはラティーナと書かれている――がいぶかしげな顔をした。


「あら、お嬢さんが登録するのかしら?」

「はい、そのつもりです。満年齢十三歳以上で犯罪歴がなければ、誰でも登録できるんですよね?」

「ええっと、ここが冒険者ギルドだということはわかってるのよね? ギルドに登録した冒険者の人たちが請け負う依頼は、生命の危険を伴うものがほとんどなのよ。失礼を承知で言わせてもらうと、あなたはあんまり荒事に向いているようには見えないんだけれど……」


 女性の冒険者もいるとはいえ、男性に比べると少数派だ。しかも、成人年齢に達しているかどうかといった外見のユイである。種族にかかわらず一般的に強い魔力を持つ者は寿命が長いため、数十年は若々しい外見を保つのだが、やはり見た目年齢が幼い者は侮られる傾向にあった。

 さらにいえば、現在のユイの服装は村娘が着ているような野暮ったいデザインのワンピースで、どこからどう見ても戦いとは無縁の格好だ。到底これから冒険者になろうという者には見えない。

 つまるところ、ラティーナのその対応も無理からぬことであった。


「ギルドの登録証が身分証明書になるって聞いて来たんですけど、それだけじゃ冒険者ギルドに登録できないんでしょうか」


 身分証明書目的での登録は受け付けられないのかとユイが表情を曇らせると、ラティーナは自分の考え違いに気づき、慌てた様子で首を振った。


「あぁ、そういうこと。早とちりしちゃってごめんなさい。てっきりあなたが冒険者として活動するものだと思ったから、驚いちゃって。あなた以外にも身分証明書が必要だから登録だけするって人はたくさんいるから大丈夫よ。それじゃあ、手続きをしちゃうから申請書を預からせてもらってもいいかしら?」

「はい、お願いします」


 ユイが一部偽りを記入した申込書を何食わぬ顔で手渡すと、そんなこととは知らずにラティーナがテキパキと手続きを進めていく。


「ユイちゃん、ね。ふんふん、申込書の記入事項に問題はなさそうね。そしたら次は、この水晶に手をかざしてちょうだい」

「これは?」

「この世界の生き物はどんなに微弱でも必ずその身に魔力を宿して産まれ、その波長はみんな異ってるって話よ。だから、この水晶で読み取った魔力の波長を記憶させることで、登録証が第三者に不正に利用されることを防いでいるの」


 どういう仕組みになっているのかは不明だが、おそらくこれも魔道具のひとつであろう。

 ユイが興味津々といった体で透明な水晶に右手をかざすと、数瞬の後、ぼわりと鈍く輝いた。

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