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最弱竜、人間になる  作者: 日暮
【旅立ち編】
7/21

第6話

 時折風に煽られて揺らめく焚き火の炎をぼんやりと眺めながら、ウィルは向かい側で規則的な寝息を立てている、昼間出会ったばかりの少女について考えていた。

 ユイと出会ったのは、冒険者ギルドの依頼を片付けてきた帰り道でのこと。

 近頃富みに魔物の活動が活発化しており、例年に比べて街道に出没する魔物の数が多い。ギルドに所属している冒険者たちは何度となく討伐に駆り出されているが、なかなか目に見えて魔物による被害が減ることはなく、慢性的な人手不足に陥っていた。そんな折、ウィルもまた懇意にしている商人に頼まれては断りづらく、護衛を兼ねて魔物の討伐依頼を引き受ける羽目になってしまったのだ。

 色々な街を行き来する行商人が持ち込む多種多様な商品以上に、鮮度の高い情報には価値がある。ウィルにはローゼリウムでの暮らしにこれといった不満はないが、王都から離れている分どうしても最新の情報には疎くなってしまう。しかも、民間での主な情報伝達手段といえば、郵便かこうした行商人などの口伝のみ。商人らがウィルにもたらしてくれる情報の数々は、噂程度と馬鹿にできるようなものではない。機嫌を損なうような真似は、できるだけさけたかった。

 依頼自体はつつがなく完了した。出没した魔物は巣穴が近くにあったせいで数こそ多かったものの、個体の強さはそれほどでなく、魔物たちが巣穴に溜め込んでいたアイテム類を一部もらいうけることができたため、いい儲けになった。ウィル自身は金に困っているわけではない――装備類を充実させるくらいで他に使い道がないため、支出に比べ収入の方が多く、溜まる一方である――が、やはりないよりはあったほうがいい。

 思わぬ臨時収入に気をよくしながらローゼリウムへの帰路をたどっていると、森の中から木の枝をへし折るほどの勢いで「何か」がウィルのいる方向に向かって飛んでくるのが視界に入り、瞬時の判断で飛び退る。その「何か」に目を凝らすと、それは死に体のゴブリンであった。

 一体何があったというのか。

 気を惹かれたウィルが気配を押し殺してゴブリンが飛んできたあたりへと目測で進んでいくと、一人の少女が大立ち回りを演じている最中に出くわした。

 その少女こそが、ユイだったのだ。

 年の頃は十代半ばといったところか。いや、ともすればそれ以上に幼く見える少女だというのに、ゴブリンに周囲を取り囲まれてひるむ様子は微塵もない。ウィルが加勢すべきかどうか逡巡している間にも、ユイは己の腕程の太さがありそうな棍棒を片腕で軽々と振り回し、一体、また一体と冷静にほふっていく。

 木々の合間からのぞき見たその光景には、我が目を疑ったウィルである。立ち直るのにいささかの時間を要したせいで、気づいたときにはすべてが終わっていた。

 動きを止めたところは、極々まっとうな子供に見える。ウィルとは頭一つ分ほど違う、小さな体だ。


「うへえ、何をどうしたらこんな芸当ができんだよ」


 思わず漏らしたつぶやきだったが、それに対するユイの返答がまたとんでもなかった。「棍棒で殴っただけ」とは。ユイには自分がどれほどすごいことをしてのけたのかという自覚がないようで、あまりにもあっけらかんとしていたため、ウィルも毒気を抜かれてしまった。

 ウィルの知り合いには女性冒険者も複数人いるが、おそらくユイが使っていたのと同じ武器を手渡したところで、そんな芸当ができる者はいないだろう。ユイはその女性冒険者たちと比べても華奢で、ちょっと力を入れれば壊れてしまいそうな体つきをしているというのに、その膂力りょりょくたるや尋常ではない。

 魔法を用いて身体能力の強化を行っているのかとも思ったが、どうもそうではないらしい。魔法を発動させるには必ず引き金となる呪文の詠唱が必要だし、ユイの体のどこにも魔法の作用している痕跡は見つけられなかったからだ。ゴブリンの死骸を燃やすのにウィルが魔法を行使して見せた際の反応を見ても、ユイがそれほど魔法に明るくないことはわかっている。純粋にあれがユイのもって生まれた身体能力なのだとしたら、驚くべきことだ。

 半分冗談、半分本気という具合でローゼリウムまで一緒に行かないかと誘いの言葉を口にしたが、ユイに受け入れてもらえたのは幸いだった。

 ユイのことを知りたいと、話してみたいと思っていたから。


 その後、大した休憩もとらずにここまで歩き通しだったのに、ユイは終始ペースを乱すことなくついてきた。少女は腕っ節だけでなく、体力まで並外れているようだ。見通しの悪い林道を歩くのには、かなりの疲労を伴うというのに。急遽旅の同道者となったユイをおもんばかって、日が傾いてきたあたりで無理せず野宿をしようと判断したのだが、率先してたきぎ拾いに動き回れるくらい余力があるのだから恐れ入る。この分なら、明日はもう少し歩くペースをあげても問題なさそうだ。

 どのくらいでローゼリウムの街に到着するかというユイの問いに、「明日の夕方に到着できれば御の字」という言い方をしたが、それは難しいだろうというのが、ウィルの偽らざる本音だった。ところが、このままいけば本当に明日の夕方には目的地に着いてしまいそうだ。

 ここに至るまでの道中、気づかれないようにユイの言動をそれとなく観察していたウィルだったが、少女はまるで初めて外に出た子供のように何にでも興味を持った。聞かれるままにあれこれ答えてやると、更に突っ込んだ質問をしてくることもある。頭の回転が早く、ユイとの会話は純粋に楽しい。

 そうかと思えばこちらが面食らうほど世間の常識を知らず、年相応の幼さを覗かせる。辺境出身なら身分証明書を持っていなくとも不自然ではないが、その存在自体も知らないとは。服装からしてそう遠方でないことは確かだが、この付近にそんな地域があったろうか。

 聞けば頼れる親類はおらず、用意した食料は底を尽き、極めつけには無一文だという。それでローゼリウムに行こうというのだから、向こう見ずにもほどがあると呆れもした。

 その一方で、少女の素性に興味がわいたのも事実だ。

 農家の子供には見えない。かといって少女が狩猟を生業なりわいとしているわけでもあるまい。貴族のように気品のある顔立ちだが、それにしては振る舞いがそれらしくない。

 その身状がどのような種類のものなのか考え込んでしまった。

 もっとも、あれこれと詮索するような不躾な真似はしなかったが。


(変な奴だよなあ)


 ウィルのユイに対する印象は、このひと言に尽きた。


(大体、初対面に等しい男と、致し方ないとはいえ野宿をすることになったっつーのに、思うところはないのかね? ぐうぐうと無防備に安心しきったような顔で寝こけてるってのは、ちょっとどころじゃなく問題があると思うんだが)


 無論、ユイに対してよこしまな気持ちはこれっぽっちも抱いていないが、それにしても神経が太いというのか……。信頼のあらわれであろうことを思えば悪い気はしないが、年頃の娘なのだからもう少し警戒心を持ってしかるべきなのではないだろうか。

 あまりにも無防備に人を信用しすぎだ。

 人を信じられる真っ直ぐな心根は美徳だが、この世界は必ずしもそういう者たちに優しくできていない。ウィルはそのことを既に嫌というほど知っている。

 ウィルの目から見ても、ユイは魅力的な少女だった。今はまだどちらかといえばあどけない顔立ちをしているが、もう二、三年もすれば、道行く男たちがこぞって振り返らずにはいられないような、美しい女性に変貌するであろうことは容易に想像がつく。

 残念なことに、若い娘が夜道で男達に襲われ、乱暴されるというのはありふれた話だ。それは、治安がいいとされるローゼリウムでも変わらない。

 また、アストレリアでは表向き奴隷の売買は禁止されているが、若い娘は特にいい値段で売れるらしく、組織だって辺境の村々で女子供をさらい、奴隷商に売り渡す例も枚挙に暇がない。ウィルのような冒険者たちがギルドからの依頼を受けて拠点をつぶしても、結局はトカゲの尻尾切りにしかすぎず、根本的解決には至っていないのが現状だ。奴隷を購入する筆頭が貴族だというのも、頭の痛いことである。

 ゴブリンと対等以上に渡り合っていた少女が、そこいらにいる破落戸ごろつきごときにいいようにされるとは考えにくいが、万が一ということもある。用心するに越したことはないはずだ。


「あんま簡単に人を信用すんな。俺が悪い奴だったらどうすんだ」


 ついついそんな忠告めいたことを口にしたウィルだったが、ユイは「でも、ウィルはいい人だよね」と屈託なく笑いかけた。


「それに、もしウィルが悪い人だったとしても、私の見る目がなかっただけでしょう。だから、いいの」


 そう言いきられては、さしものウィルもなにも言えなくなってしまった。

 どうにも危なっかしくて放っておけない。守ってやらなければいけないようなか弱さとは無縁なはずの少女に、なぜか無性に庇護欲が掻き立てられる。

 そんな自分の心の動きに、ウィルははてと首をかしげる思いだった。


(俺ってこんなにおせっかいな奴だったっけか?)


 一人を好むウィルが誰かと行動を共にすることはあまりないことだ。ギルドの依頼内容によっては、臨時でほかの冒険者たちとパーティを組んだことも過去に何度かあったものの、正式にメンバーに加わってほしいという勧誘の類は全て断るようにしていた。

 それなのに、わざわざユイには自分からローゼリウムまで一緒に行こうと、誘いをかけていた。厄介事は御免だと、確かにそう思う自分がいたにもかかわらず。

 どういうことかと自問自答するウィルだったが、面倒になってそれ以上考えるのをやめにした。

 いずれにせよ、ユイに宣言した通り、彼女がローゼリウムで自活できるようになるまで、しばらくの間はウィルが面倒をみてやるつもりでいるのだ。これから考える時間はいくらでもある。

 それよりも今考えるべきは、ユイの今後の身の振り方だ。

 ユイは住み込みで働ける場所を探しているというようなことをいっていたが、いっそのことウィルは冒険者になることを勧めてみようと思っている。冒険者ギルドへの登録条件は、犯罪歴がないことと満年齢十三歳以上であることのみ。それさえ満たせば、老若男女を問わず登録は誰でもできるようになっているのだ。

 金を稼ぐなら、あるかどうかもわからない働き口を探すより、その方が確実である。冒険者という職業は常に生命の危険と隣り合わせだが、その分実入りがいいのは確かだ。普通に働いたのでは一生かかっても手にすることができないような金額を、ほんの短期間で稼ぎ出すことも決して夢ではない。

 それが実現可能な冒険者は全体の極々ひと握りだとわかっていても、一攫千金を夢見て冒険者になる者はあとを絶たない。特に後ろ盾のない辺境に住む者たちにとって、冒険者になることは立身出世の最大のチャンスでもあるからだ。

 現時点で既に、冒険者になるために必要な要素をユイは十分に備えている。体力的には申し分ないし、世間知らずな部分があるとはいえ、好意的に解釈すれば何も知らない分物覚えは早そうだともいえた。好奇心旺盛で物怖じしない性格も、冒険者に向いている。まだまだ足りない部分もたくさんあるだろうが、これからの経験によって補っていけばいいのだ。


(ユイは自分がどれだけすごいのか、自覚してないってのが問題なんだ。俺がしっかり監視しておかないと、誰にどんな迷惑をかけるかわかったもんじゃねぇ)


 鍛え甲斐のありそうな後輩ができると思えば、それはそれで面白そうだと、ウィルはにやりと笑みを浮かべた。


「まぁ、全てはユイの選択次第だけどな」


 焚き火に木の枝をくべながら、ウィルはおもむろに立ち上がった。

 そろそろ火の番の交代時間だ。ユイを起こさなければならない。


「おい、ユイ。そろそろ交代の時間だから起きろ」

「んぅ、もう食べられないよぉ……。むにゃむにゃ」

「……夢の中でもなんか食ってんのか?」


 ユイののほほんとした寝顔に眠気を誘われ、ウィルはこみ上げてきたあくびを噛み殺しながら夜空を見上げると、中天にかかる月と幾千もの星が瞬いていた。

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