第5話
ウィルに見守られながら、ようやく最後の一匹の処理が終わり、ユイは快哉を上げた。
「やった、終わった!」
「やっとか、おつかれさん。まあ、初めてにしては上出来なんじゃねーの」
「ありがとう。ウィルのおかげだよ」
「それじゃあ、このままにしておくわけにもいかねえし、ゴブリンの死骸は燃やしちまうか」
「燃やすって言っても、どうやって?」
「まあ見てなって」
どうするのかとユイが興味深く見つめていると、ウィルはいたずらをたくらむ子供のような顔でにやりと笑った。
「『火よ、わが魔力を糧に悪しきものを焼き尽くせ』」
ユイの目には、ウィルを中心とした魔力の流れがはっきりと映った。きらきらとした赤色のそれが渦を巻くようにウィルの手元に集まり、呪文を唱え終えた瞬間、とりわけ強い輝きを見せーー一斉に解き放たれた。
同時、それまで何もなかった空間にぶわりと人間大の火柱が上がり、ゴブリンの死骸の悉くが青色に飲み込まれていく。魔法によって作り出された炎は、一体、また一体と燃やし尽くし、瞬きするほどの短い時間で消し炭へと変えていった。
パチリ、とウィルが指を鳴らすと、次の瞬間には先ほどまでの光景が嘘のように炎は姿を消している。あとには骨のひとかけらも残っていない。
「うわあ……」
ユイが感嘆の声を上げ、尊敬の眼差しで傍らに立つウィルを見上げると、その横顔は心なしか得意げだ。
「魔法によって生み出された炎は燃え広がったりしないし、術者の意思で瞬時に消すこともできる。なかなか便利だろう?」
「魔法ってそんなに使い勝手がいいんだ」
「まあ、適性がなけりゃ使えねえけどな」
ウィルの言葉に、ユイはがっくりと肩を落とした。
(適正、かあ。竜体でブレスも吐けなかったんだから、多分私にはその適正ってやつがないんだろうな……。せっかく魔力だけはあるんだし、すっごい魔法使ってみたかったのに! でもまあ、ないものねだりをしても仕方ないか)
無駄なことは考えないに限る。
さっくりと思考を切り替えたユイは、ゴブリン十五匹分の魔石を適当に背負袋に放り込み、すでに歩き出していたウィルのあとを小走りで追いかけるのだった。
△▼△
それから一度の休憩を挟み、視界に映るすべてが茜色に染まる頃になって、ユイとウィルは小さな池のある開けた場所に出た。
「今日はこの辺で野宿だな」
せっかく水場の近くに出られたのだからと、その池のほとりで野宿をすることになった。
その際、こちらを気遣うようなウィルの視線を感じたが、ユイとしては野宿でも何ら問題はない。なぜなら、ユイの本体は竜である。野外で過ごすのが当たり前、暖かな布団がなければ寝られない、などということはないのだ。
ウィルが野宿をすると決めたあたりは、短い草の絨毯が敷き詰められていて、居心地は悪くなさそうだった。
火を起こすというのでそれはウィルに任せ、ユイは薪として使えそうな木の枝を集めるのに精を出した。あまり遠くに行き過ぎないように注意しながら、できるだけ乾いているものを選んで手に取る。
ひと抱えほどの木の枝を集めてから元の場所に戻ってくると、パチパチと焚き火の爆ぜる小気味いい音が聞こえ、辺りにはいい匂いが漂っていた。
――ぐうぅ。
匂いに刺激され、ユイのお腹が可愛いらしい悲鳴を上げる。
(竜の体と違って、人間の体でいるときはお腹が減るんだよね。なんでなんだろ?)
竜は自然界に存在する魔素を体内に取り込み、それを魔力に変換することで生命を維持しているため、基本的に食事は必要としない。口から食物を摂取することもできなくはないが、それはいわゆる嗜好品のようなもので身にはならないのだ。
しかし、不思議なことに人化の術を使っている最中は、空腹を感じるし、体が食物を欲する。どういう仕組みになっているのかはユイ本人にも定かではないのだが、当然食事を取れば排泄もするし、睡眠もとらなければならない。
と、埒もないことを考えていると、ユイに気づいたウィルが声をかけてきた。
「お、ちょうどいいとこに帰ってきたな」
(お腹の音、聞こえたのかな? 聞こえたよね?)
ユイの顔が赤らんでいるのは、決して焚き火に照らされているからというだけではあるまい。
お腹の音が聞こえただろうかと内心で悶々としながらも、つとめて平静を装って返事を返す。
「なに」
「簡単なスープだけど、飲むだろう?」
「え……」
ユイがきょとんとしていると、今出来たところだと言って、ウィルからこぶりなマグカップを手渡された。
一体どこから出したのか、黒塗りの鍋が火にかけられ、ゆらゆらと白い湯気が立ち上っているのが見える。ずいぶん準備のいいことだ。その旅慣れた様子は、冒険者としての経験から来るものなのだろうか。
なんにせよ、ユイとは大違いである。
「ありがとう」
「こういうのは持ちつ持たれつ、だからな。ユイは薪を集めてくれたんだし、お互い様だろ」
そう言ってウィルは自らもマグカップを片手に地面に座ると、近くの木の幹にもたれかかった。
「飲まないのか? 冷めるぞ」
「あ、そうだね。……いただきます」
ふうふうと息を吹きかけて冷ましながら、マグカップに口をつける。すると、ふわりと舌の上にハーブの香りが広がった。
「おいしい!」
空腹は最大の調味料とはよく言ったもので、具材はシンプルに豆だけだったが、暖かなスープがとてつもなく美味しく感じられた。
「どうせ、食べるもんもないんじゃないかと思ってな」
「うう、おっしゃる通りです」
「まったく……」
生来食物を必要としない竜の住処には、自生している果物くらいしか食べられる物がない。それも腹にたまるものではないため、ここまでの道中で食べ尽くしてしまっていたのだ。
「それで、ユイは何しにローゼリウムに行くつもりなんだ」
ウィルの問いかけに誘われるようにマグカップに落としていた視線を上げると、一対のはちみつ色をした瞳がユイの反応をうかがうように、ひたりとこちらを見据えていた。
そのまっすぐさに怯みそうになりながらも、何をどこまで話すべきか考え考え口を開くユイ。
「えぇと……働き口を探しに?」
詳しい経緯は省いて、漠然と仕事を探していること、できれば住み込みで働きたいことなどを話して聞かせると、ウィルは難しい顔をした。
「待て、ローゼリウムに行くのは今回が初めてってことか」
「うん」
「誰か頼れる親類がいるとか、そういうことなのか?」
「ううん、誰もいない、と思う」
(だって、竜だし)
竜は住処としている竜の里から滅多に外に出ることもなければ、人里に足を踏み入れることもまずない。そんなことを考えるのは、それこそユイくらいのものである。むしろ、そうでなければ困ったことになる。
「一応確認なんだが、身分証明書を何かしらは持ってきてんだよな?」
「み、身分、証明、書?」
「持ってねえのか」
「すみません、持ってません」
初めて聞く話にうろたえ、思わず敬語を口走るユイをどう思ったのか、ウィルはやれやれと首を振った。
「ほかはどうか知らねえが、ローゼリウムのほとんどの店は、従業員を雇い入れる時には必ず身分証明書の提示を求めるんだ。犯罪者を招き入れるのを未然に防ぐ意味もあるし、身元がわかってたほうが雇う側としても安心だからな」
「そんな……」
(とにかく竜の里を出るって、それしか頭になかったからなあ。ここまで来てまさかの竜の里に逆戻り!?)
ユイは最悪の事態を想像して、頭を抱えた。
「それにしても、住民証も持ってねえなんて、どんな辺境の村からきたんだ」
ウィルの話によると、そこそこの規模の街や都市であれば、住民証、あるいは住民カードと呼ばれる身分証明書が住民たちに交付されるのだという。生まれた場所や名前などが記された簡素なものだが、どこかの店に雇ってもらうのはもちろんのこと、街に入るためにも何らかの身分証明書を提示する必要があるらしい。
住民証以外には、冒険者ギルドや商人ギルドなどに登録する事で発行される登録証も、身分証明書として認められているという話だが、当然のことながらユイはそのいずれも持っていない。
「どうしよう」
「まあ、金さえありゃあ街の中には入れるけどよ」
「え゛っ、お金が必要なの!?」
「おいおい、それも知らねーのか」
身分証明書を持たない人間が街の中に入るためには、通行料――つまるところ税金である――として、銅貨一枚を支払わなければいけないのだ。
「私、お金もってない」
「まじでか」
ユイがコクリとうなずくと、ウィルはぽかんと口を開け、次いで深々とため息を吐いた。
「はあ……。金もねえ、住む場所もねえ、親類がいるわけでもねえ。そんなんでローゼリウムまで行ったところで、どうやって生活していくつもりだったんだよ」
「言いにくいんだけどね、ローゼリウムを選んだのも、単純に私が住んでいた場所から一番近かったから、なの」
「あー、とりあえずあれだ、ユイが世間知らずだっつーのはよっくわかった」
「アハハ……」
ウィルの言っていることが正しいだけに、反論のしようもない。
ユイが空虚な笑い声を上げると、ウィルは乱暴にボサボサの後頭部をかき混ぜ、自らの不運を嘆くように天を仰いだ。
「ああ、もう。これも乗りかかった船ってやつか。しゃーねー、しばらく俺が面倒みてやる」
「へ……」
「ローゼリウムで一人でやってけるように、俺が助けてやるっつってんだよ」
「い、いいの?」
(私にとっては願ったり叶ったりな状況だけど、いいのかな? たぶん、今だってかなり迷惑かけてるのに……)
トントン拍子に進む話に目を白黒させながらも、申し訳なさそうに眉尻を下げるユイを見て、ウィルは苦笑を浮かべた。
「ったく、最初に会ったのが俺みたいな奴でよかったな、ユイ? その世間知らずっぷりは、騙されやすそうっつーより、騙されてるのにも気づかなそうで心配になるな」
「うぅ、返す言葉もございません」
「なんにせよ、明日か。とりあえず火の番は交代で、俺が先にやるからユイは起こすまで寝てていいぞ」
「本当に何から何まで……」
「心配しなくても途中で放り出したりしねえから、今日は寝ちまえ」
「うん……」
自分のダメっぷりにうなだれていると、ぽんぽんと励ますようにウィルの手のひらがユイの頭を叩いた。
その感触があまりにも優しくて、それほど疲れていたわけでもないはずなのに、ユイの意識は徐々に優しい暗闇に塗りつぶされていった。
2015/7/15 通行料を「銀貨一枚」→「銅貨一枚」へ修正しました。
2015/7/25 「商業組合」→「商人組合」へ修正しました。
2015/7/29 第4話内のゴブリンの両耳を切り取る描写を削除したことに伴い、こちらも関連箇所を削除しました。




