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君だけが、俺を見ていた。  作者: けい


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第二十話【静寂】

「……き」


「い…き」


「樹!」

「んぁ…?」


気が付けば眠ってしまっていたみたいだった。

悠真はベッドで寝ている俺を覗き込み、揺さぶってきた。

そんな悠真の表情は、少し申し訳なさそうだった。

ゆっくり体を起こす。


「…どれくらい寝てた?」

「ん~、一時間ぐらいかな…?」

「ふぁ~……」


仮眠が効いたのか、妙に頭がスッキリした。

寝起きの目を擦りながら、時間を見れば十六時になっていた。


「悠真…そろそろ帰るか…?」

「うん、その予定で起こしたんだけど…」

「おー…分かった、送ってくぞ」

「大丈夫、ここからなら一人で帰れるし」


俺が寝起きだからなのか、悠真は提案をいとも簡単に断った。

遠慮しているのかと聞けば、別にそういうわけじゃないときっぱり言われる。

まぁ俺が勝手に送りたいと思っているだけだし、いいなら…いいか……。


「…そうか、じゃあ気を付けて帰れよ」

「うん、昨日といい今日といいありがとう」

「いいわ別に」


玄関に向かいながら、少し会話をする。


このまま悠真一人で帰らせて平気なのか…。

いや、俺が行って家に泊まっていることがバレても面倒か…。


なんて考えながら、せめてマンションの前までは送ると言い、了承をもらう。


「起こしちゃってごめんね…?」

「いいって、勝手に帰られてもビビるし」

「うん…じゃあ、ありがとうまたね」

「…おう、またな」


手を振って悠真が見えなくなるまでは、マンションのエントランスから見守る。

階段を上がり、家の玄関を開ける。

靴を脱いで中に入る。

さっきまでと同じ部屋。

そのはずなのになんだか――。


「…すっげぇ、静かだな」


いつもの一人の部屋に戻っただけ。

それだけなのに、静かな部屋に少しの不安を覚えながら。

俺は、またベッドに飛び込む。


「ハァー……」


起きたばかりの冴えた頭。

再度眠ることも叶わずに、ため息を零す。

頭の中には、靄ばかりがかかる。


悠真のことが心配ではある。

でも俺はきっと、少し悠真に嫉妬をしているのかもしれない。

怒ってもらえる。

それだけでも俺にとっては贅沢だ。

何をやっても見てもらえなかった俺は、心底悠真が羨ましい。

関心も、怒りも、なにももらえなかった。



高校の頃。

一度だけ補導された夜。

呼び出されて来たのは、父さんだった。

久しぶりにまともに顔を合わせた父さんの顔は、血縁と思えないほど赤の他人に見えた。

そして疲れ気味に放った言葉は、今でも鮮明に覚えている。


「…まぁ、好きに生きろ」


そんな突き放すような言葉。

それは俺の心に、刃のように刺さった。

俺が何したって、きっとこの人たちにはどうでもいい。

関係のない話なんだと……。


昔の記憶の中には、確かに父とキャッチボールしたことや母と公園の砂場で遊んだことを覚えている。

でも少しずつ、そんな楽しかった記憶は薄れて行った。

孤独の時間があまりにも多すぎて…。


『誰か、俺を見てくれ』


何度そう呟いたか分からない。

でもそう呟いたところで誰にも届かなかった。

…いや、届ける気もなかった。

何も変わらないと分かっていたから。


そんな昔のことを思い出しながらぼーっと、目の前に飾ってあるバスケのポスターを見る。


本当は、大学でもバスケを続けるつもりだった。


中高となんとなく続けていたし、体動かすの好きだし…。

でも、なんだか大学ではバスケをやる気になれなかった。


心機一転大学生活。

俺は、少し地元から離れた所の大学を希望した。

担任には『もう少しレベル上げてもいいんじゃないか』と言われた。


でも、俺は早く地元から離れたかった。

早くあの家から出ていきたかった。


俺にとって、寂しさの象徴だったから。


レベルが低かろうが、高かろうが、俺は地元から離れられれば良かった。

あのクソみたいな家を出て、さっさと一人暮らしをしたかったからだ。

それを考えれば、俺が今バスケを続けていない理由はきっと――。


辛かった…から……。


家に居たくなくて続けていた。

そんな思い出まで、新生活に持って行きたくなかったのかもしれない。


でもやっぱり、体育館に響くボールの音を聞けば、少しだけ体が疼く。

バスケ自体は嫌いじゃない。憧れている選手だっている。

身長は高くないけど、パス回しがめっちゃうまいし、味方を使うのが上手い。

見ているだけで、背筋がゾクゾクするほど興奮をしたのを覚えている。


あんな選手になるのが夢だったな…。


憧れと孤独。


そんな二つの感情に挟まれ、もう分からなくなる。

好きだけど、好きになれない。

この感覚。

ため息も零したくなる。


「ハァ……」


いつもなら何も思わない静かな部屋。

悠真が数分前に居たからか、この静寂が俺の孤独をくすぐり、際立せる。


ベッドに投げていた体を起こす。

重たい足を動かして、冷蔵庫の前に着く。

そして冷蔵庫を開けて一本の酒を手に取り、すぐに開ける。


カシュッ


そんな缶を開ける快活な音を聞き流す。

ゴクゴクと喉を通る炭酸。

酒の苦みが口いっぱいに広がる。


「…ぷはぁー!!」


思い出したくない過去も、考えすぎる頭も、酒で流す。

そんな俺のルーティン。


寂しさも。

孤独も。

嫌なことも。

過去も。


そんな全てを酒で流し込む。


1Kの部屋に一人。

一人暮らしにはちょうどいいはずなのに。

まるで、あの実家の一軒家のように広く感じる。


酒を片手に、ベランダに出る。

窓を開ければ、寒い風が頬を撫でる。

ポケットに入れていた煙草を取り出し、火を付ける。


カチッ

ジジジジッ


煙草の先がゆっくりと燃え、音を立てる。

ふわりと漂う煙草の煙追いかけて、そのまま上を見上げうす暗い空を見る。

雲一つない綺麗な空。星が良く見える。

寒いはずなのに、部屋に入ろうと思わず。

酒と煙草が進む。


自分のことも。

人のことも。


実際どうでもいい。

興味がない。


でも、無視されたりほっとかれたりすると心底寂しい。

なんてわがままなんだろう。


二十歳という形だけの年齢。

精神的には、まだまだ子供。


大人になる間に、取り忘れたピース。

そんな必要なピースに気づけない。

大人になれない子供。


誰かこの必要なピースを持って現れてくれればいいのに…。


そんな都合の良いことあるわけない。

でも俺は無意味にも願ってしまう。


誰かが救ってくれるかもしれない…と。


冷たい冬の風。

綺麗な空。

遠くから聞こえる車の音。


全てが孤独を引き立たせる。


孤独がいい。


そう言い聞かせたところで、心の奥では孤独を拒んでいる。

矛盾だらけの自分。

改めて嫌気がさす。

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