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十二話

 鳥が歌いながら空を飛ぶ。

 蝶が戯れながら宙を舞う。

 盛りを迎えた花の香りを含んだ風が、縁側に座る美鈴と鈴世の体を撫でた。

「もうすぐ生まれるのよね?」

「ええ」

 美鈴は前に張り出した腹をさすりながら頷く。

 来月、四月に生まれる予定だ。早く会いたいから、今すぐ生まれてきてもいい。マツから、出産は人生最大の痛みだったと聞いた。そんな痛み、我が子に会うためなら耐えられる自信がある。

「絶対に赤ちゃん抱っこさせてね!」

「ええ、ぜひ。抱っこしたら、鈴世の歌を聴かせてあげて」

「お安いご用です」

 塀の向こうから、「桜きれいだったね」と少女が言ったのが聞こえた。

 そんな時期だな、と美鈴は思う。起居が一苦労で、最近は外に出ていない。毎日、家の中でじっとしているだけだ。

「お姉様は今年、桜を見に行きましたか?」

「いいえ」

「ちょうど満開なんですよ。よかったら見に行きませんか?」

「そうだね。行こうか」

「嬉しいわ。私、お姉様と一緒に外を歩いてみたかったの!」

 鈴世とは縁側で話すばかりで、一緒に外を歩いたことがなかったな、と美鈴は気がついた。

「早速、行きましょう!」

 立ち上がった鈴世が、美鈴に肩を貸してくれた。

 玄関では草履を履かせてくれ、三和土に降りるときは手を差し出してくれた。

 車の隣を通り過ぎるとき、「ゴホンゴホン」と使用人が咳をした。帰りますよ、の合図だ。

「お姉様と桜を見に行ってくるから、少し待ってて」

 使用人はうんともすんとも言わなかった。わざと無視したように見える。

 むっとした鈴世は鞄から財布を取り出した。十銭硬貨を使用人の目の前に突きつける。

「これでいいかしら?」

 使用人は小銭を一瞥して無視した。鈴世は使用人を睨めつけ、今度は五十銭硬貨を彼に突きだした。五十銭あれば食堂で充分、食事ができる。

「満足?」

 使用人はにやりとし、小銭を背広のポケットに入れた。

「いってらっしゃいませ」

「さあ、行きましょう!」

 振り返った鈴世に、美鈴は手を引かれる。

「お金、いいの?」

 鈴世は訪ねてくるとき、使用人に駄賃を渡している。そして必ず菓子も買ってくる。今月は四回遊びに来ている。かなりの金額を美鈴のために使っていそうだ。

「いいの。毎月、余るほどもらっているから。それにお姉様と過ごせる時間が延ばせるのなら、彼に渡すのをもったいないと思わないわ」

「そう言ってくれるのは嬉しいけど、あまり私のためにお金は使わないでほしいな。お菓子は私が準備するから、鈴世は何も買ってこなくていいよ」

「それはダメよ。訪ねるのだから、手土産くらい買ってこないと」

「私にはそこまで気を遣わなくていいのに」

「お姉様がなんと言おうと、お菓子は買ってきますから! お姉様は、お菓子の準備はしなくていいですからね!」

 鈴世が顔を近づけてきた。目が大きくて華やかな顔立ちは迫力があって圧倒される。

「……わかったわ」

 美鈴が言うと、鈴世は満面の笑みになった。律儀なのか頑固なのかわからない。

 家からほど近い神社の桜を見た。

 神聖な場で咲いているからか、他の場所の桜よりも神々しく見える。

「お姉様と一緒に見てるからか、一段ときれいに見えるわ」

 鈴世は桜に目を細めながら言った。かわいいことを言ってくれるなと思う。

「来年は私とお姉様、赤ちゃんの三人で来ましょうね」

「そうだね」

 美鈴は視線を腹に向け、さすりながら言った。内側から蹴られた。『絶対に連れて来てね』。そう意味だと感じた。

 しばし桜を眺めてから、二人は帰宅した。

「じゃあね、お姉様。元気な赤ちゃん産んでね」

「うん。ありがとう」

 車が発進する。見えなくなってから、美鈴は家に入った。


 それからちょうど二週間後の夜。美鈴は出産した。マツが言っていた通り、人生最大の痛みだった。

 それを乗り越えて生まれたのは女の子だった。

 千昭は静かに感涙を流し、幸助とマツは号泣した。

 生まれたての我が子は小さくて温かかった。我が子は体温以上の温もりを、与えてくれた。

 佳人になってほしいから、佳乃(よしの)と名づけた。

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