表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
”千里眼”長瀬郁香の怪奇現象ファイル  作者: どくだみ
File1:”千里眼”熊本にあらわる
9/13

一段落

 ユウの推理は見事に当たった。

 鏡の前で逆さ呪文を唱えて、無事現実に帰還したとき、時計の針は午前2時を指していた。体感じゃ30分そこらの冒険だったので、わたしの頭はまたしても混乱した。


「時間の流れが狂うのも、よくあるパターンだ」


 ユウが言った。理屈で考えちゃ駄目なんだろう。そういうものと受け入れるしかない。

 鏡を覗く。警備服を着た人影が、階段の影にフラッと隠れるのが見えた。

 ヒッと仰け反るわたしを抱き留めて、ユウが(ひと)()つ。


「深夜2時に鏡を覗くと、いない筈の人間が映る――タナカは元々、人間だったのかもしれないな。何かの拍子にあちら側へ踏み込み、帰れないまま怪異になった」

「そういうのも、よくあるの?」

「ある。人間と怪異の境界は、意外に曖昧なものだよ」


 ユウが目を細めた。


「崇徳天皇や菅原道真は、恨みで人間が怨霊になった良い例だ。あるいは平安時代の鬼。怪異として語られるが、実際は反朝廷の勢力を(かたど)った存在と言われる」

「天狗の正体が、実は山に隠れ住む民族だった。みたいな?」

「そうだ。天狗については実在を主張しておくがね」


 んな馬鹿な。でも、七不思議は実在するもんな。だったら妖怪もいるのか?


「ユウ」

「ん?」

「もし、さ。あそこでタナカに捕まったら、どうなってたんだろ」

「捕まってみればいい」

「はぁ!?」

「はっはっは! 冗談だ!」


 こんな時に冗談言わないで欲しいなぁ!

 呆れたわたしは今度こそ帰ろうとした。が、そこで腕を掴まれる。


「待て」

「まだ何かするわけ?」

「謎が残っているだろう。あの空間はどういったものか。何故この鏡が、入り口として機能するのか」

「何故って、そういうもんだからじゃないの」


 疑問を持たずに受け入れろ、ってスタンスだと思ったけど。

 問い返すと、ユウはちっちっちと舌を鳴らした。


「私たちの目的は?」

「怪奇現象の調査、鎮圧でしょ」

「怪異の定義は“よく分からないもの”だ」

「分かる」

「だが彼らには彼らなりのルールがあり、確固たる正体があるわけだな」

「まあ、分かるよ」

「そういうことさ」


 どういうことだよ。


「ルールや正体を解き明かせば、それはもう怪異ではない。ただの“脅威”だ。怪異は怪異としての格を落とし、対処が可能になる」

「受け入れなくていいけど、どういうものか知る必要はある、ってこと?」

「ああ」

「ふーん」


 よく分かんないけど、そういうもんなんだろう。


「どれ、少し()てみようか」


 瞼を閉じて、ユウが手を三角に組む。背筋を伸ばして仁王立ち。

 身長が高いのもあるけれど、何より女性にしてはガッチリした体が、堂々たる振る舞いに拍車をかけている。

 モテるんだろな。

 わたしには関係ないけどさ……。


「――なるほど」

「どうよ」

「現実の学校に重なって、裏返しの校舎が視えた」

「裏返し……鏡の中ってことか。他には?」

「校庭や敷地外の道路は存在しなかった。異空間の範囲はABCの3校舎、その建物内に限定されるようだな」


 ピンと立てた指をこめかみに当て、思案するようにユウが続ける。


「校内にいくつか光の点があった。この踊り場が最も大きく、次いで小さなものがチラホラと。おそらく“入り口”だな」

「他の場所からも入れるの?」


 七不思議には、C校舎の踊り場って指定があったけど。


「入ろうと思えばこじ開けられる。ではその入り口は、どういった条件下で生まれるのか? 答えは、合わせ鏡だ」

「ああ、2枚の鏡を向き合わせるやつね」


 鏡に鏡が映り、その中にまた鏡が映る。果てしなく広がって非常に気色悪い。魔物を呼ぶとか幽霊が見えるとか、ホラーな噂があることは、わたしも知っている。けれど、


「鏡が足りないよ。1枚はこれでしょ? 2枚目はどこにあんのさ」

「君の後ろにあるじゃないか」


 ユウが答えて、わたしは振り返った。その先には窓。……いや、違う。窓だけど、これは窓じゃない。


「外が暗く、こちら側は明るい。この状況において、《《窓は擬似的な鏡になるんだ》》。私たちが映っているようにね」


 目を見開いたわたしに向けて、ユウが解説を加える。


「合わせ鏡は異界に通ずるとされる。夜、かつ明かりが点いている時、この踊り場には擬似的な合わせ鏡が出来上がるんだ。すなわち、異界への入り口がね」

「ちょい待ち。さっき他にも入り口があるって言ったよね。てことはさ」

「気付いたか」


 ニヤッと唇を歪める。嬉しそうだなと思いつつ、わたしは自分の推測を口にした。


「C校舎の鏡って七不思議にはあった。だけど鏡はあくまで入り口なんだね。大切なのは、合わせ鏡を通って行ける異世界の方」

「そうだ。現実の裏側に張り付いたもう一つの校舎こそ、この七不思議の正体というわけさ」



 そうと分かれば後は簡単だった。

 次の日から、校内を練り歩いて、危険な場所に手を加える日々が続いた。壁掛けの鏡を布で隠したり。動かせるやつは向きを変えて、合わせ鏡が偶然にも出来ないようにする。これで異界と繋がる可能性は格段に下がる、らしい。

 怪異の鎮圧って聞いた時は、お祓いみたいなのを想像したけど、実際は地味なもんだった。

 踊り場の合わせ鏡は、窓のブラインドを常に降ろしておく形で対策した。

 鏡を隠さなかったのはどうしてか訊くと、「ちょっとな」と笑顔で誤魔化された。何か企んでるっぽい。

 こっとんにこのことを話したら、メチャクチャ心配された。タナカや日本刀の件は伏せたけど、七不思議を検証するって時点で、ちょっと有り得ないみたいだ。



 週末。

 自室で勉強してたわたしのもとに、ユウから電話がかかってきた。


『いるのは分かっている。出て来い』

「なんで分かるんだよ。……そっか透視か」


 立て込もり犯扱いしやがってと突っ込みつつ、最低限の身だしなみを整えて降りて行くと、玄関の前でユウが待っていた。


「やあ、おはよう」


 例のごとく太陽のようなオーラを纏っている。白のワイシャツに黒のパンツスーツ。

 執事ですか?


「わざわざ呼び出して何?」

「君に渡すものがあってね」


 片手を上げて歩み寄ってきたユウは、そこで唐突に苦笑いを浮かべ、わたしの髪を優しく指で梳いた。


「寝癖が付いているぞ」

「ひゃう!」

「……そんな反応をしなくてもいいだろう」


 いきなり触られたことにビックリして跳び上がる。拒絶されたと思ったのか、ユウが悲しげに手を引いた。

 あ、ごめん。嫌じゃないよ。急だったから。てかスキンシップ多いなこいつ。


「今週の給料だ。確認してくれ」


 気まずい空気になりかけたところで、封筒が差し出された。

 中には諭吉が1枚、野口が数枚。


「おお……!」


 金だ! 何に使おう。久々に牛肉でも食うかな。


「あざっす」

「どうも。さて、用件はまだあるぞ。今後のことを確認したい」


 エントランスのソファにドッカと座って、ウキウキで(さつ)を数えていたわたしの横へ、ユウが腰を降ろした。


「なんでしょうかユウさん」

「お試し期間は終了だ。この一週間で、私が何をしているか分かったと思う」


 そうだね。普通じゃないことしてるのは、よーく分かったよ。


「これまで私は一人でやってきた。君がいなくとも支障はない。その上で問おう」


 ユウが真剣な顔でわたしを見た。


「止めたいか? 続けたいか? 正直に答えてくれ」

「あ、それなら続けるよ」


 わたしは即答した。


「だろうな止め――待て。続けると言ったか?」

「なんで驚いてんの」

「危険な目に遭ったのだから、断られるかと」


 意外そうにユウが答える。タナカの件は確かにマイナスだった。だけどそれ以上に、続けたい理由がある。


「このバイト、実入りがいいでしょ」

「金だけで仕事を選ぶなら、麻薬の運び人をオススメする。牢獄への片道切符付きだ」

「怪異の調査で麻薬を運ぶの?」

「運ばない」


 ならいいじゃん。


「それだけか?」

「まだある。こっちが本命の理由かな」


 入り口のウォーターサーバーで水を汲んでから、わたしは話を再開した。


「そりゃ、怖い思いも危ない思いもしたよ? だけど、いるもんはいるわけじゃん。タナカとか、他の七不思議だってさ」

「現時点で断定は出来ないが、噂があるのは事実だな」

「でしょ。分かんないままでいる方が怖い。どうせなら徹底的に調べたいなって」


 お化けか怪異か都市伝説か知んないけど。そんな非科学的なもの、絶対にいないって思ってた。

 わたしの世界が狭いだけだった。

 この世には、まだわたしの知らない世界がある。それを知ってしまった以上、もう戻れないのだ。


「ユウのせいだからね。責任取ってよ」

「どう取ればいいか分からん」

「最後までちゃんとやれって意味」


 七不思議は5つが残ってる。黒い犬(ブラックドッグ)の件も進展無し。そんな中途半端な終わり方、わたしは認めたくない。


「イセジョで何が起きているのか、真実を明らかにして欲しい。出来ないとは言わないよね?」


 試すように問うと、ユウはフンと鼻を鳴らした。


「そういうことなら任せておけ。千里眼に見えないものは無いのだからな」


 グータッチ。拳と拳をぶつけ合う。

 うさんくさい。最初にユウに抱いた印象がそれで、鏡面世界の冒険を経ても、あんまり認識は変わらなかった。

 だけど少しずつ、本当に少しずつだけど、わたしはこの女を信用し始めていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ