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”千里眼”長瀬郁香の怪奇現象ファイル  作者: どくだみ
File1:”千里眼”熊本にあらわる
7/13

タナカさん、襲来

「拍子抜けだなー。で、こっからどうすんの」


 よしんば異世界に入れたら、あちこち探検する予定だった。何も起きなかったので、これはボツ。

 深夜2時に映る人影、も試したいけど、まだ時間がある。


「一旦多目的室(アジト)に戻ろう。丑三つ時まで千鶴を連れ回すわけにもいかない」

「大丈夫だよ。金もらえるし」

「正味7時間の睡眠は確保すべきだ。学業に支障が出てはいけない」


 ホワイトじゃん。やってることグレーなのに。刀とか持ってるくせに。


「オッケイ。帰ろっか」


 ジッとしてても時間の無駄だと、照明を消してわたしたちは移動を開始した。

 多目的室はA校舎の奥。2階に上がり、渡り廊下経由で行くことにした。

 コツコツと、2人分の足音が静けさを割って響く。

 手元から伸びる懐中電灯の明かり。その先端の闇との境界に、フッと何かが浮かび上がって来そうで、自然と足が速くなる。

 ――ふと、わたしたちの前を光が通り過ぎた。

 白く輝くそれは、小さな蝶の姿をしていて、廊下を横切ったあと窓ガラスを擦り抜けて、校庭へ消えた。

 つられて、視線が外に向く。

 遠くに人家の明かりが点在している。星空を地面に映したみたい。それが無性に気になった。


「千鶴?」

「んー……」


 暗すぎるのだ。

 熊本だぞ? 所詮(しょせん)熊本だけどさ。ちょっと行けば駅だってあるのに。


「――お前たち、そこで何やっとるんだ!」


 違和感が疑問になりかけたとき。背後から男性の怒鳴り声がして、わたしは跳び上がった。


「誰!? ――っ!」


 振り向いた瞬間、眩しさに目を細める。ライトを降ろせ。そう手振りで伝えると、光は斜め下を向いて、現れた誰かの外観が、ようやく分かってきた。

 白のポロシャツに黒のスラックス。縞柄のネクタイ。大柄で、てっぺんが平たくなった制帽を被っている。警備員さんだった。

 警備員……。

 なんか忘れてないか?


「生徒が遅くまで残ってはいけない。すぐに帰りなさい」


 たしなめるような口調で警備員さんが言った。


「お勤めご苦労。生憎だが、こちらには正当な理由がある」


 ユウが切り返す。


「怪異の調査を行っているんだ。校長から聞いていないかね?」

「こちらはこちらのことなので、起きる通りになります」

「有り得ない。ちゃんと許可も得ているんだぞ」

「あいいいいいい」

「なるほど」


 言い負かされてるし。何やってんだか。


「警備員さん。わたしたちもう帰るから」

「ふみつけるべきのぞき穴は、過ぎ去ったあとです」

「わたし寮暮らしなんだ。心配しなくても大丈夫」

「くろいぬさまがくるので」

「そうだけどさ――」


 答えかけて、詰まった。何がとは言えないけど、噛み合ってない感じがする。

 わたしはユウと顔を見合わせた。彼女もどこか腑に落ちない表情をしている。

 ユウがわたしを押し退けて、庇うように前へ出た。後ろ手にわたしの手元を指す。

 そうだ。写真。

 一歩下がってカメラを構える。全身が入らない。もう数歩後ろへ。こんくらいかな? わたしはシャッターを押した。

 撮れた写真を懐中電灯で照らして観察する。映っているのはユウの背中と、それを見下ろす大男。風船のように膨張した頭が、人並みの胴体に乗っかっている。目玉と口は真っ黒い穴。そこから意味不明な言葉が溢れ出す。くろいぬさまがくる――。

 瞬間。わたしはガラスが砕け散ったような感覚に襲われた。


「そいつ人間じゃない!」

「何!?」

「この学校に警備員なんていない。わたしたち騙されてたんだ!」

「くそ――ぐっ!?」


 刀を抜こうとしたユウの首を、大男が掴んだ。軽々と持ち上げ、もう片方の手で脇腹を打ち据える。

 吹き飛ばされたユウはきりもみして宙を舞い、背中から壁に激突した。


「ユウ!」


 駆け寄ろうとした時、ゾワッと背筋が凍りつく。

 纏わり付くような視線。化け物がわたしを見ている。


「はやくかえらせるます」


 こっち()んのかよ! ざけんな!

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