タナカさん、襲来
「拍子抜けだなー。で、こっからどうすんの」
よしんば異世界に入れたら、あちこち探検する予定だった。何も起きなかったので、これはボツ。
深夜2時に映る人影、も試したいけど、まだ時間がある。
「一旦多目的室に戻ろう。丑三つ時まで千鶴を連れ回すわけにもいかない」
「大丈夫だよ。金もらえるし」
「正味7時間の睡眠は確保すべきだ。学業に支障が出てはいけない」
ホワイトじゃん。やってることグレーなのに。刀とか持ってるくせに。
「オッケイ。帰ろっか」
ジッとしてても時間の無駄だと、照明を消してわたしたちは移動を開始した。
多目的室はA校舎の奥。2階に上がり、渡り廊下経由で行くことにした。
コツコツと、2人分の足音が静けさを割って響く。
手元から伸びる懐中電灯の明かり。その先端の闇との境界に、フッと何かが浮かび上がって来そうで、自然と足が速くなる。
――ふと、わたしたちの前を光が通り過ぎた。
白く輝くそれは、小さな蝶の姿をしていて、廊下を横切ったあと窓ガラスを擦り抜けて、校庭へ消えた。
つられて、視線が外に向く。
遠くに人家の明かりが点在している。星空を地面に映したみたい。それが無性に気になった。
「千鶴?」
「んー……」
暗すぎるのだ。
熊本だぞ? 所詮熊本だけどさ。ちょっと行けば駅だってあるのに。
「――お前たち、そこで何やっとるんだ!」
違和感が疑問になりかけたとき。背後から男性の怒鳴り声がして、わたしは跳び上がった。
「誰!? ――っ!」
振り向いた瞬間、眩しさに目を細める。ライトを降ろせ。そう手振りで伝えると、光は斜め下を向いて、現れた誰かの外観が、ようやく分かってきた。
白のポロシャツに黒のスラックス。縞柄のネクタイ。大柄で、てっぺんが平たくなった制帽を被っている。警備員さんだった。
警備員……。
なんか忘れてないか?
「生徒が遅くまで残ってはいけない。すぐに帰りなさい」
たしなめるような口調で警備員さんが言った。
「お勤めご苦労。生憎だが、こちらには正当な理由がある」
ユウが切り返す。
「怪異の調査を行っているんだ。校長から聞いていないかね?」
「こちらはこちらのことなので、起きる通りになります」
「有り得ない。ちゃんと許可も得ているんだぞ」
「あいいいいいい」
「なるほど」
言い負かされてるし。何やってんだか。
「警備員さん。わたしたちもう帰るから」
「ふみつけるべきのぞき穴は、過ぎ去ったあとです」
「わたし寮暮らしなんだ。心配しなくても大丈夫」
「くろいぬさまがくるので」
「そうだけどさ――」
答えかけて、詰まった。何がとは言えないけど、噛み合ってない感じがする。
わたしはユウと顔を見合わせた。彼女もどこか腑に落ちない表情をしている。
ユウがわたしを押し退けて、庇うように前へ出た。後ろ手にわたしの手元を指す。
そうだ。写真。
一歩下がってカメラを構える。全身が入らない。もう数歩後ろへ。こんくらいかな? わたしはシャッターを押した。
撮れた写真を懐中電灯で照らして観察する。映っているのはユウの背中と、それを見下ろす大男。風船のように膨張した頭が、人並みの胴体に乗っかっている。目玉と口は真っ黒い穴。そこから意味不明な言葉が溢れ出す。くろいぬさまがくる――。
瞬間。わたしはガラスが砕け散ったような感覚に襲われた。
「そいつ人間じゃない!」
「何!?」
「この学校に警備員なんていない。わたしたち騙されてたんだ!」
「くそ――ぐっ!?」
刀を抜こうとしたユウの首を、大男が掴んだ。軽々と持ち上げ、もう片方の手で脇腹を打ち据える。
吹き飛ばされたユウはきりもみして宙を舞い、背中から壁に激突した。
「ユウ!」
駆け寄ろうとした時、ゾワッと背筋が凍りつく。
纏わり付くような視線。化け物がわたしを見ている。
「はやくかえらせるます」
こっち来んのかよ! ざけんな!




