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”千里眼”長瀬郁香の怪奇現象ファイル  作者: どくだみ
File1:”千里眼”熊本にあらわる
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七不思議―No.1―

・C校舎の鏡は異世界に繋がっている

 C校舎には、1階から2階へ上がる階段の踊り場に鏡がかけてある。

 鏡の前で目を閉じて「ソウテベ・スハシナ・ハノコ」と3回唱えると、鏡の世界に行くことが出来る。

 深夜二時に鏡を覗くと、そこにいない筈の人間が映る。

 昔、鏡の世界に行って、帰って来れなくなった人なのだそうだ。



「で、これがその鏡ってわけだね」


 夜9時。わたしとユウはC校舎の1階から2階に上がる階段の途中にいた。

 先生たちも帰宅して、校内にいるのはわたしたちだけ。警備員、は古い。昨今の防犯は機械が主流だ。それも調査の邪魔になるので、今は電源を切ってもらっている。

 さあ、時給1300円の仕事を始めよう。


「華のJKをこんな夜中に連れ回すとか、本当なら大問題だけど」

「まったくだな。終わったら家まで送ろう」

「いいよ。わたし寮暮らしだし」


 学校の敷地内だ。ここが家みたいなもんである。


「珍しい。高校生で一人暮らしか」

「父親が転勤族でさ。出身は高知だけど、色んなとこ引っ越して回ってたの。けど高校は転校難しいから、寮がいいかなって」

「母君は……すまない、亡くなっていたのだったな」

「謝ることじゃないよ」


死んで欲しくはなかったけど、受け入れるしかない。初めはポッカリ穴が開いたようでも、やがてそれが当たり前になる。


「辛いことを思い出させた。しかし驚いた。家事と学業の両立は大変だろう?」

「最初はね。すぐ慣れるんだなこれが」

「偉いぞ。私の家など魔窟だ」


 散らかってんのか。意外に思いつつ、鏡に向き直る。わたしたちがいる踊り場には、一方の壁に巨大な姿見が取り付けられていて、噂じゃ結構な年代物。反対側の壁は窓になってて、外の様子を窺える。

 踊り場以外の明かりが消えて、人気の絶えた夜の学校は、別世界のように静かだった。夜は好きだけど、ちょっと不気味だ。


「『鏡』をテーマにした伝承は多い。吸血鬼は鏡に映らないと思えば、鏡にだけ映る怪異がある。古来より鏡には魔力があると考えられ、時には御神体として祀られてきた。別世界の入り口になる、いわゆる『鏡中異界譚』も有名だ。『鏡の国のアリス』がそうだね」


 楽しげに知識を披露した後、わたしにカメラを渡してくる。フィルムタイプの、インスタントカメラ、というのだろうか? 撮影して即座に現像出来るやつだ。


「千鶴は記録係だ。私が指示した時や、何かを感じた時、これで写真を撮ってくれ」

「骨董品だね。ユウの趣味?」

「前はデジカメを使っていたんだ」

「なんで時代を逆行してんのさ……」

「データが消えまくって話にならなかった。デジタルは心霊に弱い」


 言いながら、ユウは背負っていた竹刀袋を開いて、スラリと長い棒状の物体――刀を取り出した。

 ……刀?

 幻じゃないよな。何ですかそれは。


筑後八雲(ちくごやくも)。相棒さ」


 固まったわたしを安心させるように、ユウが片目を閉じる。


「九字切りは分かるか? (りん)(ぴょう)(とう)(しゃ)(かい)(じん)(れつ)(ざい)(ぜん)、と唱える護法の1種だ。こう、印を組んでみろ」

「えっと、こう?」

「そうだ。これは刀印(とういん)といって、刀を模している」

「だから?」

「本物を使った方が強い。刃物はそれ自体で魔除けになるしな」


 そういう問題じゃねぇよ。


「心配無用。許可証は持っている」


 現物取り出したらアウトだろ。とツッコミかけたけど、ちょい待ち。武器があるならそれはそれで安心だ。

 いや、でも法律……まあいいか。大丈夫でしょ。


「始めよう。手を」

「ん。いつでもどうぞ」


 鏡の前に立つ。わたしが右、ユウが左に。互いの指を絡めて、呪文とやらを脳内に思い浮かべる。


「せーので唱える。せーの」


 スッと息を吸って。


「ソウテベ・スハシナ・ハノコ。ソウテベ・スハシナ・ハノコ。ソウテベ・スハシナ・ハノコ」


 唱え終わった瞬間、変な感じがした。

 何かのスイッチが切り替わったような、言語化出来ない違和感。手に自然と力がこもる。

 耳鳴りのする静寂の中、おそるおそる目を開けた。

 鏡には、わたしとユウが映っていた。

 わたしが()で、ユウが()だった。


 あ?


 ……いや、合ってるか。変じゃないな。うん。


「ガセネタだったか。何かしらの反応を期待していたのだがね」

「ユウ、変な感じしなかった?」

「変な感じ?」

「上手く言えないけど、大事なとこがズレちゃったみたいな」


 ジェスチャーで必死に表現すると、ユウは片手を刀に添えたまま「ふむ」と周りを見渡した。


「異常は無さそうだ。だが、こういうのは相性がある。君と鏡の相性が良かったために、私では気付けぬ何かを感知したのかもしれない」

「写真、撮っとこうか」

「そうだな。念のため」


 鏡にカメラを向け、シャッターを押す。


 現像された写真には、わたしたちの後ろ姿が写っていた。


 ……おかしくね?

 どこが?

 別におかしくない。何を疑ってるんだろう。

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