七不思議―No.1―
・C校舎の鏡は異世界に繋がっている
C校舎には、1階から2階へ上がる階段の踊り場に鏡がかけてある。
鏡の前で目を閉じて「ソウテベ・スハシナ・ハノコ」と3回唱えると、鏡の世界に行くことが出来る。
深夜二時に鏡を覗くと、そこにいない筈の人間が映る。
昔、鏡の世界に行って、帰って来れなくなった人なのだそうだ。
※
「で、これがその鏡ってわけだね」
夜9時。わたしとユウはC校舎の1階から2階に上がる階段の途中にいた。
先生たちも帰宅して、校内にいるのはわたしたちだけ。警備員、は古い。昨今の防犯は機械が主流だ。それも調査の邪魔になるので、今は電源を切ってもらっている。
さあ、時給1300円の仕事を始めよう。
「華のJKをこんな夜中に連れ回すとか、本当なら大問題だけど」
「まったくだな。終わったら家まで送ろう」
「いいよ。わたし寮暮らしだし」
学校の敷地内だ。ここが家みたいなもんである。
「珍しい。高校生で一人暮らしか」
「父親が転勤族でさ。出身は高知だけど、色んなとこ引っ越して回ってたの。けど高校は転校難しいから、寮がいいかなって」
「母君は……すまない、亡くなっていたのだったな」
「謝ることじゃないよ」
死んで欲しくはなかったけど、受け入れるしかない。初めはポッカリ穴が開いたようでも、やがてそれが当たり前になる。
「辛いことを思い出させた。しかし驚いた。家事と学業の両立は大変だろう?」
「最初はね。すぐ慣れるんだなこれが」
「偉いぞ。私の家など魔窟だ」
散らかってんのか。意外に思いつつ、鏡に向き直る。わたしたちがいる踊り場には、一方の壁に巨大な姿見が取り付けられていて、噂じゃ結構な年代物。反対側の壁は窓になってて、外の様子を窺える。
踊り場以外の明かりが消えて、人気の絶えた夜の学校は、別世界のように静かだった。夜は好きだけど、ちょっと不気味だ。
「『鏡』をテーマにした伝承は多い。吸血鬼は鏡に映らないと思えば、鏡にだけ映る怪異がある。古来より鏡には魔力があると考えられ、時には御神体として祀られてきた。別世界の入り口になる、いわゆる『鏡中異界譚』も有名だ。『鏡の国のアリス』がそうだね」
楽しげに知識を披露した後、わたしにカメラを渡してくる。フィルムタイプの、インスタントカメラ、というのだろうか? 撮影して即座に現像出来るやつだ。
「千鶴は記録係だ。私が指示した時や、何かを感じた時、これで写真を撮ってくれ」
「骨董品だね。ユウの趣味?」
「前はデジカメを使っていたんだ」
「なんで時代を逆行してんのさ……」
「データが消えまくって話にならなかった。デジタルは心霊に弱い」
言いながら、ユウは背負っていた竹刀袋を開いて、スラリと長い棒状の物体――刀を取り出した。
……刀?
幻じゃないよな。何ですかそれは。
「筑後八雲。相棒さ」
固まったわたしを安心させるように、ユウが片目を閉じる。
「九字切りは分かるか? 臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前、と唱える護法の1種だ。こう、印を組んでみろ」
「えっと、こう?」
「そうだ。これは刀印といって、刀を模している」
「だから?」
「本物を使った方が強い。刃物はそれ自体で魔除けになるしな」
そういう問題じゃねぇよ。
「心配無用。許可証は持っている」
現物取り出したらアウトだろ。とツッコミかけたけど、ちょい待ち。武器があるならそれはそれで安心だ。
いや、でも法律……まあいいか。大丈夫でしょ。
「始めよう。手を」
「ん。いつでもどうぞ」
鏡の前に立つ。わたしが右、ユウが左に。互いの指を絡めて、呪文とやらを脳内に思い浮かべる。
「せーので唱える。せーの」
スッと息を吸って。
「ソウテベ・スハシナ・ハノコ。ソウテベ・スハシナ・ハノコ。ソウテベ・スハシナ・ハノコ」
唱え終わった瞬間、変な感じがした。
何かのスイッチが切り替わったような、言語化出来ない違和感。手に自然と力がこもる。
耳鳴りのする静寂の中、おそるおそる目を開けた。
鏡には、わたしとユウが映っていた。
わたしが左で、ユウが右だった。
あ?
……いや、合ってるか。変じゃないな。うん。
「ガセネタだったか。何かしらの反応を期待していたのだがね」
「ユウ、変な感じしなかった?」
「変な感じ?」
「上手く言えないけど、大事なとこがズレちゃったみたいな」
ジェスチャーで必死に表現すると、ユウは片手を刀に添えたまま「ふむ」と周りを見渡した。
「異常は無さそうだ。だが、こういうのは相性がある。君と鏡の相性が良かったために、私では気付けぬ何かを感知したのかもしれない」
「写真、撮っとこうか」
「そうだな。念のため」
鏡にカメラを向け、シャッターを押す。
現像された写真には、わたしたちの後ろ姿が写っていた。
……おかしくね?
どこが?
別におかしくない。何を疑ってるんだろう。




