四ノ参
華奈枝さんの手術の話はまだ少し先かと思っていた。
彪光もそう思っていたかな? どうだろう。
どうであれ、昨日病院に行って医者に開口一番告げられたのは明日手術する――つまり今日だ。
朝から午後まで、およそ四時間半の予定だとか。
今日は学校が終わったら選挙活動には参加せずに病院へ直行するつもりだ。
すぐさま病院に張り付いてもいいが、華奈枝さんは大した手術じゃないから学校を早退してまで病院に来なくてもいいと言うのでそれに従う事にした。
立会演説会まで残り二日、大事な時期だが僕達が今日一日抜けても裏萩陣営は音々子さんのおかげでうまくやれている。
あの人は彪光に罵られて叩かれて快感を得る性格じゃなかったら僕は尊敬する人の一人に入れていたのだけれど、惜しい人だ本当に。
時計の針が十二時に近くなるたびに僕はそわそわしていた。
今日は一日授業が見に入らない、まったく全然微塵もね。
「大丈夫?」
「えっ、あ、うん……大丈夫っ」
やっぱりすぐにわかるくらいそわそわしてましたかね柳生さん。
「何かあった? あったの? あったりする?」
「別になんでもないよっ?」
こんな気分になるなら今日は休めばよかったなあ。
ようやく黒板に書かれた呪文のような文字を書き取ろうとしたものの先生は消し始めて僕のノートは真っ白から進展は無し。
ため息だけをノートにかぶせて僕はノートを閉じた。
やっぱり今日は早退しようかな。
彪光は……流石に僕のようにそわそわしてないよね、僕だけだよね。
「選挙でお悩み? 立会演説会近いし、悩み事はいっぱいありそうね」
「うん、今週は悩み事が爆発的に増えたよ」
天生ちゃんだろ?
裏萩さんだろ?
立会演説会だろ?
手術だろ?
もうぱっと思いついたのは四つ。
一つ一つ解決するならまだしも全て未解決。
今日は天生ちゃんにも会ってない、裏萩さんとは顔を合わせたものの会釈されただけで会話は一言も無し。
裏萩さんも彪光が送った脅迫状で不安を抱いていると思われるが、立会演説会に影響しなきゃいいな。
そういう面ではちょっとあの脅迫状は失敗だったんじゃない?
襲撃についての真相と、関係者をあぶりだすには十分な効果だったけど立会演説会を控えているからね。
まあそれよりも、だ。
手術が気になって仕方が無い。
「朝カラドシたネー?」
「どうした?」
「大丈夫? 大丈夫なの? 大丈夫かな?」
先生の目を盗んで振り返るはアンナと新蔵。
三人に見つめられて縮こまる僕。
「……お気になさらず」
身内が手術といったら皆は普通どうするのかな。
やっぱり学校なんて行かず病院で手術まで付き添って、手術中はずっと祈る?
「言ってみろよ」
「えっと……」
「プリーズ」
「うーん……」
「もう、気になるなあ!」
「いやあ……」
三つの視線が僕を突き刺してくる。
三つ、じゃなかった。
先生も僕を見ていた。
僕を見るとなると新蔵の背中が嫌でも目に入る――注意しようと口を開きかけるも先生は新蔵の存在感に臆して授業を再開してしまった。
新蔵=不良、そのような数式が先生達の間では基礎知識が如く知られている。
刺激したくないのはわかりますが先生としてそこはもうちょっと強気にいってもいいんじゃないでしょうか。
てか新蔵は悪い奴じゃないし。
それはいいとして。
「親戚っていうか、身内っていうか、そういう身近な人がさ、入院してて今日手術ってなったら普通みんなはどうする?」
「すぐにでも病院に行くべきだ」
「イエス!」
「それでそわそわしてたの? つーか今日よく学校来たわね、病院に行って励ましの言葉でもかけてやるべきよ」
そういうものかなやっぱり。
そうこうしているうちに授業が終わり、休み時間に。
やっぱり病院に行こうって彪光へ提案しに行こうかなあ。
しに、行くべきだね。
「少なくとも選挙での悩み事は一つ解消されてるし、病院行っちゃいなよ」
「選挙、での?」
教室を出る足取りが些か迷いがあったのは選挙のせいなのだと思い込んだ柳生さんは僕へそう言うも、彼女の言葉には少々引っかかるものがあった。
「知らないの?」
「何を?」
「知らないか、知らないね、知らないな。兄貴から聞いたんだけど、裏萩さんを襲った生徒が名乗り出たらしいわよ」
「な、名乗り出た!?」
天生、ちゃん……?
裏萩さん、は席に座っているな。彼女もこの件はまだ耳に入れてない……?
新蔵達も顔を見合わせていて初耳の様子。
「朝からちらほら噂にもなってたわよ」
もし近くで誰かが噂していても僕はきっと聞いていなかっただろう。朝からずっと頭の中で渦巻いているものが兎に角周囲の音を妨害していたからね。
「らしいわ」
「うぉっ!?」
いつの間にか彪光が俺の前に立っていた。
「名乗り出た生徒は十一人、私達を襲った生徒の数に値するわね。主犯もこの中にいるとみて教師と姉さんが話を聞いているって」
「そうなんだ」
「それはそうと、行くわよ」
「行く?」
彪光は扇子を僕の頬にめり込ませて言う。
「病院」
「痛い痛い痛いっ! 行きます行きます! 僕もそのつもりだったし!」
「よろしい」
彪光も僕と同じ気持ちで朝からそわそわしていたに違いない。
一時間目を終えて我慢ならず、といったご様子。
「襲撃の件についての結果は音々子に情報を集めさせる。新蔵とアンナは放課後の活動は音々子に従って行動して」
「解った」
「オッケーネッ」
下校する準備も万端のようで、彪光はすぐに玄関へ向かった。
僕は職員室に寄って先生に事情を説明してからなのでやや時間が掛かり、玄関で扇子を頬に減り込まされた。
校門前にはタクシーが既に停車していた、用意が良すぎる事を考えると授業終了間近では既に下校準備やタクシーの手配をしていたのでは?
聞いたら扇子を減り込まされそうなのでやめておくとする。
「華奈枝さんは、大丈夫よね」
「多分ね」
「多分とか言わないでよ」
「じゃあ、きっと大丈夫」
「よろしい」
きっとならいいんだ。