四ノ壱
静かな朝を迎えた。
華奈枝さんの荷物も病院に届けたので少しばかり室内はすっきりした。
寂しいと正直に思うようになったのは、僕もあの人に対して素直になったからかもしれない。
無理をしてまで華奈枝さんは僕に会いに来た、それを考えると……嬉しい気持ちはあった。
僕には家族はもういない。
けれど家族と呼んでいい人ならいると、思う。
食卓を三人で囲んだのも悪くは無かった、華奈枝さんの作る料理も悪くは無かった、目が覚めると誰かがおはようって言ってくれるのも、悪くは無かった。
今は、その声は聞こえないけど。
華奈枝さんはいないから、今日はこっくりさんの部屋にすんなりと行ける。
最近は自重してたから調べたい事は今日調べるとするかな。
定期的に換気や掃除をしておかないといけないしね。
こっくりさんの部屋に入って、パソコンを起動。
窓を開けて、軽く室内の掃除を済ませてから着席。
願いはここのところきていない、噂のせいで僕に願いをという生徒が減っているのだろう。
噂が風化すれば願いも増えると思うし、心配する事でもないかな。
「さて」
パソコンで調べるのは襲撃について。
これ以上特に何か手がかりを得られそうには無いが、一応だ。
最近はここのパソコンを使って調べてはいなかったので、もしかしたら何か得られるかもしれない。
こちらから願いを誰かに押し付けて情報を集めるのもいい。
気になるのは、不自然なくらいに襲撃の手がかりが境界線でも引かれたかのように、調べていくと何も無くなって行き止まりになってしまう事だ。
見事なまでに行き止まりへ誘導されて、その間に残る痕跡を綺麗に消されたら今から調べてもどうしようもない。
だから僕は襲撃について調べるといっても、次に襲撃される可能性も考えられるのでそれについて、何か学校で不穏な動きがないかを調べている。
生徒会が全員で調べても行き着けなかったのだ、今更調べたところで襲撃を企てた奴は痕跡を残すようなヘマは絶対にしないだろう。
いいように利用されてはらわたが煮えくり返る気分だが、この怒りをぶつける先は何処にも無く。
気になっている人物に問い質すわけにも、いくまい。
結局何も分からないまま僕は自分の部屋へと戻った。
着替えて彪光を起こしに行き、朝食を作ってやる。
久しぶりにそんな朝を迎えた。
二人きりだと少し寂しくもあった。
華奈枝さんは今頃病院のベッド。
「今日は華奈枝さんのお見舞い、行きましょう」
彪光に説明した昨日、彼女は相当動揺していて荷物を届けに行ってしばらく話し込んでいた。
二人の仲は僕の予想以上だ。
襲撃によって怪我をした額もすっかりよくなってもう絆創膏で十分のようだ、包帯によってあまり靡けなかったサラサラの髪は解放されたのを喜ぶかのように靡いていた。
「分かったよ」
「……素直ね」
「何が?」
「嫌がると思ってた」
「別に」
ふーん。
彼女はそんな声を漏らして微笑。
なんか嫌だ。
「物音がしたわ、あの部屋へ行く音」
耳がいいね君は。
それとも起きていたのかな? 今日はいつもよりすっといい寝起きだったようだし。
「ちょっと、調べごとをね」
「襲撃の件?」
朝食を食べ終えて、彪光は言う。
「まあ、ね。何も分からないままだけど」
「裏萩に聞けばいいんじゃない? お前が襲撃を計画したんだろう? って」
「い、いや、彼女だと決まったわけじゃないよ」
「今回の襲撃、あまりにもこちら側がプラスになる事しかないわ。あの子の自作自演に決まってるじゃない」
君の鋭すぎるその思考には驚かされるよ。
「しかし大人数を動かすほどの人脈があるとは思えない。選挙を手伝っていた彼女の友達も考えられないわね」
「どうして?」
「仕事が出来ない奴にそんな人脈があるわけない」
君って厳しい人だね。
「密かに何者かと会って、襲撃をお願いしたという事になるけど、思い浮かぶのはこっくりさん。でもこっくりさんは目の前でアホ面してるから違う」
「アホ面!?」
「こっくりさんを知っていてそれを利用して自分は安全圏に。うまくやられたものね」
「ほんと、やられた……」
連鎖的に、怪しいのはこっくりさんだと、ちょっとしたピタ○ラスイッチの仕掛けを見ているかのようにそこへ誘われてしまう。
「裏萩は時々遅れてやってくる。それは誰かと会っていると思うのだけど、どうかしら」
誰かと?
……一人、思い浮かんだ。
「といっても、もう既に音々子に頼んで調べてもらったのだけれどね」
「調べてもらった? じゃあ誰かも分かったかい」
「一年一組、生天目天生」
思い浮かんだ人物と見事に一致。
しかし彼女はどうなのだろうか。
僕はポスターの貼り付けを手伝ってもらったり、会話をした程度。
彼女が裏萩さんと二人で話していたところは一度しか見ていない。それだけでは判断は出来ないな。
「貴方とも面識があるようね」
「……でも、天生ちゃんなのかな?」
「ちゃん?」
「ああ、いや、ちゃん付けで呼べって言われててつい……」
眉間のしわが少々不愉快になったのを教えてくれる。
扇子を取り出して開き、頬を仰いで彪光はやや不機嫌ながらも話を続けた。
「彼女の友人関係は皆無、裏萩くらいしか会話しているところは見た事が無い。そんな生徒が大勢の生徒を動かして襲撃させるのは難しいかもしれない」
友人関係は皆無ってなんか悲しいな。
「だからこそ怪しい」
「どうするっていうの? 厳しく監視?」
「それもありね。しかしきっと監視したところで何も期待できないわ」
でしょうね。
僕が襲撃者ならいつでも誰かに監視されても問題ないようにしばらく振舞うかな。
「拘束して拷問でもしようかしら」
「やめてっ!」
流石にそれは駄目だと思うよ! 音々子さんにやるのならいいと思うけど。
とりあえず強引に取り調べようとするのはやめてほしいね、これで人違いだったらもう取り返しがつかないよ。
「相手の出方を待って警戒するのみ、待ちの姿勢は嫌なものね。少し突いて様子見をするのも面白いかもしれないけど」
「突く?」
「ええ、突く」
彪光は不敵な笑みを見せた。
「私は頼まれた事はきちんとこなすつもりでいる。けれども、目に付くものを野放しにしろとは頼まれてはいないわ」
センスを閉じて、彼女は続けて言う。
「二つをきちんとやり遂げるのは大変だけどね」
彪光は何かしてくれる。
僕はそれを思うと、失礼ながらわくわくっていうのが沸いてきた。
ここは僕が動くよりも彪光に任せたほうがいいのかもしれない。
僕は――こっくりさんは今怪しまれている、そんな中こっくりさんとして動いたらまた利用されかねない危険もある。
まあ……。
簡単に言うと他人任せの保身だ、この選択は。