三ノ弐
油断、まさにそれだ。
僕が油断したせいで、こんな事になった。彪光も裏萩さんも怪我をしたのは僕の責任だ。
何が何でも犯人を見つけ出さなければ。
皆がいなくなって独りでパソコンのモニタを見て、たまには仕掛けられたカメラの映像で観察。
立候補者達は今日も演説活動を行っている。
次の公開討論会は来週だ、それまでに何か仕掛けてくるかもしれない。
僕が襲撃者ならば、公開討論会に出れないように手を打っていくが、それならば討論会直前に行うね。
何より生徒会も動いたこの時期に次の襲撃は考えにくい。
……とりあえず。
やる事が無いな。
こちらから動いても何一つとして手がかりを得られそうにない。
結局このまま隠し部屋にいても何だしなと僕は選挙活動の手伝いに混じる事にした。
一応、犯人が近くにいる可能性もあるからと自分には言い聞かせてはいるものの、見つけられる可能性なんて無いに等しい。
落ち込み気味での帰宅する僕の足取りは実に重い。
「そう落ち込まないの」
彪光は僕の頭を軽く扇子で叩いて言う。
「でも……」
「私が襲撃された時だけ落ち込んで」
「それはそれで嫌な落ち込みだよっ」
落ち込みすぎてしばらく学校休んじゃうかも。
「しかし襲撃者には感謝しなくちゃ」
「感謝?」
「あれほどまでに選挙活動で効果的なものはなかったわ」
「そうかもしれないけど……」
だからといって身を削ってまで今回の選挙を行うのは無茶すぎる。
「なんにせよ、裏萩が当選する確立は高くなった。選挙をしても聞いてくれる人がいなければそれは無意味。今は聞いてくれる人ばかり、こちら側は学校をよくしたいっていう熱意を込めた言葉をばらまけばいいだけになったのだから」
「油断は禁物だよ」
僕自身、油断は禁物を分からされた。
「分かってるわ。次の討論会では私は出席せず、裏萩に任せるつもり。今から討論会にむけて練習もしてるの」
「練習?」
「私が様々な質問をして、五秒以内に納得のいく返答をする練習」
かなり大変そうだね……。
「まだものにはならないけど来週までには一人前にしてみせる」
「期待してるよ」
「ええ、これで選挙に裏萩が当選すれば私達は一年生徒会長を通して様々な情報を得られる、これで虎わんこは安泰よ」
そのネーミング、毎回苦笑いしてしまう。
おっと、こんな表情見られたら怒られる事間違いない、すぐに表情を戻そう。
「あわよくば学校を裏から支配したいものね」
「僕は君が正義の心に目覚めて素晴らしい学校にしてくれるのを祈るばかりだよ」
「はいはい」
はいはいで打ち切られた。
アパートに帰ると、扉を開けるや香ばしい香り。
「今日は何かしら」
「何だろう、カレー?」
「あ、カレーっぽいわね」
僕の作るカレーとは違ってすごく美味しそうな香りだった。
買っておいたルーじゃなく、本格的な香辛料などを入れたカレーを作っているのかな?
台所へ行くと、華奈枝さんはサングラスをかけながら料理中。
この人は何故にサングラスをかけたがるのやら。
「ただいま」
僕は何も言わず、彪光が僕の代わりにその言葉を言う。
僕を睨んで、早く貴方も言いなさいみたいな視線。
「おお、おかえり。今夜はカレーにしてみたのだよ。市販のルーを一切使わないで作ってみた」
「すごいわね、香りだけで美味しそう」
「味見してみたが、最高傑作だと、私は思うのだよ」
そうですか。
特に僕は何も言わずに着替えを開始。
背中に突き刺さるような視線を感じる。
「私も着替えてくるわ」
その視線が過ぎ去るのを待ち、僕はため息をついて着替えを終えて居間へ。
「学校はどうだった?」
「別に、普通だよ」
「楽しいかい?」
「まあね」
クラスメイトとも仲良くやっている、といっても放課後や休日に遊んだりする仲ではないけどね。
親しすぎずっていう関係だ、僕にはそれが丁度良い。
楽しいのは、裏サークル活動をしている時だ。
皆と一緒に今日はどうするとか、環境を整えるために機材そろえたりとか、何処何処を調べに行くとか、そういうのをやってる時が一番楽しい。
学校の活動としては駄目だけどね。
「あの子、あやみっちゃんとは長い付き合いなのかい?」
「四月からなんだかんだいってずっとだけど」
「そうか」
カレーをおたまでゆっくりかき混ぜながら華奈枝さんは一呼吸置いて言う。
「彼女の事、好きかい?」
心臓の鼓動が跳ね上がった。
そっぽを向いていたが思わず華奈枝さんのほうを見て、こっちをサングラス越しで見ていた華奈枝さんと目が合った――気がした。
「な、何をいきなり!?」
「高校生というのは青春を味わうだけ味わったほうがいいと、私は思うのだよ。青春といったら、恋愛だろう?」
「青春も色々あるでしょ!」
「そうではあるが」
華奈枝さんにとって青春とは恋愛である、と?
「謳歌するにはやはり、恋愛はすべきだと、私は思うのだよ」
「そうですか」
「あの子と付き合うべきだ」
「いやいや僕と彪光はそんな関係じゃないし!」
「毎晩一緒に食事をして、アパートも隣同士でほぼ同棲みたいなものじゃないか」
「彪光はまだ料理はあまりできないから僕が作ってやってるだけで……」
言い訳っぽくなってきた気がする。
「ご飯を食べ終えてもしばらくここで寛いでるし、朝はお前が起こしに行っているのを見ると、私には二人はカップルだなと思ってしまう」
勝手に思っててくれ。
そこへ彪光がやってきて僕は、
「さ、さーてご飯の準備でもしようかー!」
話をすぐにでも打ち切って雲散すべくすっと立って食器を取りに台所へ。
ちょっと不自然だったかもしれないが今の話を継続させたくない。
「素直じゃないな」
僕の気持ちを察して、小声で華奈枝さんはそう言う。
「二人とも、どうかしたの?」
「ん? いやいや! 何でもないよー!」
「まあ、何でも無いな」
意味深さを引きずる言い方に僕は、
「ちょっと……!」
小声で威圧。
「悪い悪い。面白くて」
「面白がるなよ!」
ちょっとむかつくなもう!
カレーを食べる準備が出来て、頂きますと両手を合わせて食事へ。
うーん……コクがあって、あとから来るほどよい辛さが絶妙だ。具材もカレーとの相性は抜群、炒める時にカレー粉でもまぶして下味をつけたのかな? 噛むとカレーと味が絡まって更に深い味わいになる。
どういうレシピで作ったのか教えてもらいたいな。
教えて欲しいけど、素直に教えてと言えない僕。
確かに、素直じゃないかもね。
「美味しいわ」
「ありがとう、嬉しいよ」
僕は黙々と食べる。
「どうだい?」
この前もまったく同じ口調で聞いてきたよね。
「……まあ」
それだけ。
この人は一々料理の感想を聞くつもりだろうか。
食べてる最中に聞かれるのは面倒だ、これからはまあ、とか、うん、とか、ああ、とか簡単な返事にしよう。
すると、
「痛い痛い痛いっ!」
彪光がすかさず僕の頬へ扇子をめり込ませる。
「まあって何よまあって!」
くそう……肩身が狭いっ。