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僕らの未来に正義は無い  作者: 智恵理陀
第三部『生徒会選挙編』:第二章
68/90

二ノ肆

 笑みといっても、口元がわずかに釣り上がってる程度で無表情に近い。

「お手伝い、しようか?」

「えっと……」

 知らない人だ、裏萩さんの知り合いかな。

「失礼、私は生ものの生に天気の天に目玉の目でなばため、天に生きるでてんき、生天目天生なばためてんきよ。よろしく」

 握手を求められたので思わず握手。

 すべすべとして細い指、温もりあるこの手はずっと握手していたくなる感触。

「ああ、僕は――」

「知っているわ、意外と貴方は皆に知られてるのよ」

「えっ?」

 そうなの?

「貴方は私の事を初見でしょうけど、お気軽に友達のように親戚のように相方のように天生さんでも天生ちゃんでも天生でも好きな呼び方で呼んでくれて構わないわ。私は天生ちゃんと呼んでくれると実に、ええ、実に嬉しいわ」

 初めて会った人をちゃん付けで呼ぶのは抵抗がある、相手が呼んでいいと言ってもさ……。

「じゃあ天生さん」

「よければちゃん付けで」

「好きな呼び方で呼んでいいんじゃないのっ!?」

「あれは嘘だ」

 どうしてそんな意味の無い嘘をつくんですかね。

「天生ちゃん」

「心地良い、君の事を好きになりそうだ」

「ごめんなさい」

「好きになる前に私は振られたのかな?」

 表情が変化しない割りに饒舌な人だ。 

 それにこの容姿、腰近くまで伸びる艶やかな黒髪に長いまつげ、凛とした感じを引き出す釣り眼、身長は僕より少しだけ高くお姉さんのような雰囲気。

 一年の生徒の中では見た事は無いが、上級生かな?

「高校一年でいきなり失恋か、世知辛いね」

 聞く限り同学年、今まで見覚えが無いのは単純に見逃していただけだったようだ。

「それはいいとして」

 いいんだ。

「是非お手伝いをと思って、君に声を掛けたのだが余計なお世話だったかな?」

「それは助かるけど――」

「どうして? と」

 僕の言葉を先に拾って、彼女は口を開く。

 少々屈んで僕を上目遣いで見て、

「裏萩さんの支持者であり、君達のような優秀な生徒達に惹かれたのだよ。私は自分で言うのも難だが優秀なほうではない、だからこそ優秀な君達には実に惹かれるのだ」

 褒められている、それは嬉しい事だが疑問がある。

 僕は特に優秀っぷりを発揮する場面なんか無かった、皆がこの選挙活動中に僕の頑張りを見ていたとすればせいぜい椅子に座ってパソコンをブラインドタッチで操作していたくらいかな。

 あとはただ座ってたってだけで優秀な面は何一つとして見せてはいない。

「先ほど、君達の選挙準備室を覗いていたが相手の気持ちを汲み取って、言葉を掛けてやり、しかも仕事を手伝う君のさりげなさ、優しさ、素晴らしさ、可愛らしさ、いい。とっても、いい」

「それはどうもありがとう」

 あのやり取りを見られていたなんてちょっと恥ずかしいな。

 最後のお褒めの言葉はよく分からなかったけど。

 可愛らしさ、子供の頃なら素直に嬉しいと喜んでただろうが高校生にもなって可愛らしいと褒められても複雑な気分だ。

「持とう」

「あ、どうも……」

 手伝ってくれるのは嬉しいが、どうしても相手を疑ってしまう僕。

 この人は僕に何か目的があって近づいたんじゃないか、僕じゃなくても僕以外の誰かが目的で近づいたんじゃ――こんな自分が嫌になる。

 別の立候補者のスパイか? そうだとしたら下手に何か喋るのはまずい。

 それとこっくりさんとしても、常々警戒心は保っておかなくちゃならない。その面での探りを入れられるのは考えられないがね。

 加えて、裏サークル虎わんこ……。

 彪光のネーミングセンスについて今は問わないでおいて、そちらのほうでも警戒する必要はある。

 彼女は実は裏サークルの一人で虎わんこのメンバーを調べて近づいてきた――可能性も無きにしも非ずで。

「ちょっと曲がってるね」

「こう?」

 左に傾ける。

「いいよいいよ、オッケーだ」

 手伝ってもらっている内にこんな考えは払拭。

 駄目駄目、嫌な人間になってるよ僕ったら。

「よし、これで全部だね」

「ありがとう、助かったよ」

 全てのポスターを貼り終えたのは四十分後の事。

 意外と時間が掛かったものだ、彼女が最後まで手伝ってくれて本当に助かった。

 それに校内地図まで持ってきてくれてどこに貼ればいいかも考えられてよかった、この人ものすごく気が利くぞ。

「裏萩さん、当選するといいわね。当選のために何か作戦はあるのかしら?」

「うーん……あるんじゃないかな」

 僕は聞いていない、彪光はきっとそのうち動くだろうけど。

「……無策?」

「いや、彪光がきっと何か考えてるさ」

「彪光……ああ、あの人ね。討論会でも素晴らしかったわ。どちらが生徒会長立候補者か分からないくらい――っと、これは失言ね」

 同感である。

 だからこそ裏萩さんは自分も十分に生徒会長立候補者であると、生徒会長として自分は自信を持ってやっていけると皆に伝えねばなるまい。

 今日の演説で皆の視点を彪光から裏萩さんへと移せればいいが。

 彪光もそれを狙って自分はビラ配りと何人かに説明程度にしているんじゃあないだろうか。

「きっと裏萩さんへの見方は変わってくるよ」

「頑張って欲しいわね。彼女もそうだけど、貴方達も頑張って」

 最後にまた握手。

 それだけで終わり、特に何事も無かった。本当に、何事も無く終わった。

 ……僕は人を疑いすぎる。

 ……僕は酷い人間だ、悲しくなるくらいに。

 親切な人に結局警戒心を最後まで保ったままの別れとなった。

 なんか罪悪感が沸いてくる、もっと心をオープンにして接していればよかったなあ……。

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