二ノ伍
ビラ配りも終えたし、僕は選挙準備室に一度寄った。
音々子さんは既に戻ってきており、それぞれ生徒達に指示を出して各自仕事を終えたら報告して解散の流れになっていた。
新蔵の姿は無い、もう帰ったのかな?
「新蔵見ませんでした?」
「彼ならさっき来たアンナにどこかに連れられて行っちゃったわよ」
二人の仲の良さが羨ましく感じる。
「彪光と裏萩さんはまだ演説です?」
「もう終わったわよ、今日の選挙活動終了報告を選挙委員に報告して、その後は打ち合わせをするって言うからまだ時間が掛かりそうね」
なるべく遅い帰りにはならないでほしいなあ、頑張ってる君のために夕飯を作ってあげたいからね、あと一緒に食べたいからあんまり遅いと空腹で僕がまいってしまう。
それと無理をしないでほしいね、頑張りすぎるのは毒だ。
僕はポスターの貼り終えを報告してお先に失礼させてもらって帰路に着いた。
帰る途中で食材の買い足しをすべくスーパーへ。
食材は三人分必要だ。別に、華奈枝さんのために食材を買い足すわけじゃないし。
しばらく住むらしいから、仕方なく用意してやるだけだしっ。後でお金請求するしっ。
豚肉と鶏肉、それに野菜を何種類か購入したので多種類の料理を作れそうだ。加えてカレールーやシチュールーも買っておいた。これらは別に今日使わずとも保存が利く便利なものだ、買っておいて損は無い。
彪光はカレーとシチューどっちが好きなんだろう? 気になる。
アパートに帰ると鍵が掛かっていた。
華奈枝さんは外出したのかな? 扉の隣の窓を見るも室内の光は見られない。
鍵を開けて中に入るも人の気配は無かった。
「どこ行ったんだろ……」
荷物はある、まさか夕食の買い物とか行ってるんじゃないだろうな。僕の買った食材と華奈枝さんの買った食材で冷蔵庫が満員電車状態になるのは勘弁だ。
テーブルの上には書置き。
“ちょっと出かけてくるよ”
だそうだ。
僕は小さなため息をついた。
帰ってきて早々に華奈枝さんと一緒にいなくていいこの安心感で。
食材を冷蔵庫に突っ込んで着替えをして、テレビをつけて、彪光が帰ってくるのを待つだけとなったこの時間。
ごろごろとして、時計の針が一周したところで僕は上体を起こした。
いくら待っても彪光も華奈枝さんも帰ってこない。
時計の針と見てもいないテレビの音だけが室内に流れて、僕は孤独を堪能中。
そんな室内に、流れた新たな音は――普段まったく鳴らない部屋の電話だった。
夕方六時過ぎ、何か勧誘の電話にしては遅い時間だ。
アパートに直接電話を掛けてくるとすれば、学校から? でも特に何か連絡がくるような事も無さそうだし、どうであれ大した事じゃあないだろう。
僕は受話器を取って耳に当てた。
「もしもし?」
『私だが、分かるかい? 電話越しだと普段聞く時よりも少しばかり声が違って聞こえるとよく聞くが』
「……華奈枝さん、どうしたの?」
それほど声は違って聞こえはしなかったけどもしも違って聞こえたとしても口調で僕は華奈枝さんだと判断できたであろう。
『すぐに私だと分かってくれて嬉しいよ。唐突なんだが今、平輪中央病院にいてね。すぐに来てくれないかい?』
「病院に? どうして?」
『あやみっちゃん、病院に運ばれたのだよ』
「……えっ?」
受話器を落としそうになった。
彪光の帰りが遅いのは、病院に運ばれたから……?
どうして? どうして……!?
『今検査をしている、こういう時は男が迎えに来ると実にいい』
「わ、分かった! 今すぐ行くよ!」
何を持ったらいい? 財布? 着替え? いや、何を持っていっていいか分からないからもうそのまま行こう!
後で何か必要になったら取りに行けばいい、今は病院にいくのが先決だ。
タクシーを拾って僕はすぐに病院へ。
僕が帰る時は特に何も無かった。僕が帰ってから何かあったとして、彪光は学校で、若しくは学校の帰りにトラブルに巻き込まれた?
病院に到着してすぐに僕は華奈枝さんを探した。
華奈枝さんは受付付近におり、僕を見るや手を振って位置を知らせてくれた。
病院内くらいサングラスをはずしたらいいのに。
まあそのおかげで見つけやすかったけどさ。
「あ、彪光!」
彪光は受付前に並ぶいくつもの椅子の一つに座っていた。
両手両足は無事、額には包帯が巻かれており、僕を見て扇子を開いて扇ぐその様子からそれほど大した怪我ではないようだ。
「不覚を取ったわ」
「何があったの……?」
「学校の近くで襲われただけ」
「襲われただけって……」
それはそれで大変な事だろうに。
「怪我はかすり傷程度よ。私は額の上あたりを切ったくらい。今裏萩も治療と検査を受けてるわ」
「裏萩さんも襲われたのかい!?」
「私と同じく大した怪我じゃなかったわ、倒れた時に頭を打っただけ」
僕を安心させるためか、彪光は笑顔でそう言った。
その笑みで僕は確かに安心はした、したけど……すぐさまに心配が押し寄せる。
「一体誰が……? 」
「さあ、気ぐるみの頭部だけをかぶって変な奴らだったわ。アンバランスな格好よね」
「気ぐるみ、だって?」
僕はとある願いを思い出した。
――演劇部の練習をどうしても中止させたい、演劇部の使っているきぐるみの頭部を盗んで隠してくれないか。
「何か、知ってるの?」
「えっ? いや、何も……。想像したら、変な格好だなって」
偶然? 偶然きぐるみの頭部が使われたのか?
僕からの願いではそのきぐるみの頭部は願いを受け取った人が自由にしていい事にしていた。
きっとそれぞれ部屋の片隅にでも置いているんじゃないだろうか、と……思う。
「立候補者による選挙妨害の可能性も高いわ、今後の事を考えて選挙は裏萩と音々子に、私達は襲撃してきた奴らを調べようと思うのだけど」
「でも危険じゃ……?」
「危険は何もしなくてもやってくる、ならばやってくる前に見つけるのが危険を回避できる一番の方法じゃないかしら」
それもそうだな。
僕も調べなくては。
こっくりさんの願いをうけとった生徒達があのきぐるみの頭部をどうしたのか、を。
ふと華奈枝さんがいないなと思ってあたりを見回してみると病院の正面入り口から出てきた。
「タクシーを停めさせておいた。裏萩ちゃんの両親にも連絡しておいたからあの子は両親の車で帰るだろう」
それから数分後にて、裏萩さんは僕らのもとへやってきた。
歩行も問題なく、包帯という包帯もされてなかった。
頬やひざには怪我の治療が施されて痛々しい様子ではあったが本人の表情を見る限りは大丈夫そうだ。
「大丈夫?」
「大丈夫、ありがとう。たんこぶが一番の怪我だったわ」
たんこぶができたところをさすり、裏萩さんは笑みを浮かべた。
大怪我じゃなくてよかった。
裏萩さんの両親が来たところで僕達は別れ、アパートへ。
「でもどうして華奈枝さんが病院に?」
「ん? いやあ、歳を重ねると体調が心配になるのでね。健康診断を受けていたのだよ、自分の体は常々労わるべきだと、私は思うのだよ」
そうですか。
華奈枝さんはぺペロンチーノに味付けしたパスタを皿に盛り付ける。
その手つき、慣れていそうだ。
右手から肘にかけて皿は二つ、左手に皿を一つ乗せて食卓へ。
動きもスムーズで、まるで店の店員かのようだった。
「「「いただきます」」」
声を揃えて僕達は食事開始。
「どうだい?」
ほどよい心地良いとも言える辛さ、アルデンテに仕上がったパスタ、味付けは薄からず濃からず。
たまねぎは甘みを残した柔らかさで麺とよく絡みついてぺペロンチーノの味を追いかけるかのように甘みがやってくる。
……美味い。
華奈枝さんの料理の腕は僕より上かもしれない、いいや、上だなこれは。
「美味しいわ」
「ありがとう、とても嬉しいわ」
彪光は言う。
「……」
僕は黙々と食べる。
「どうだい?」
華奈枝さんは僕に顔を近づけて言う。
「……美味しいんじゃない?」
「よかった私はとても嬉しい、元息子に褒められるのは実に嬉しい。元、じゃなくなってほしいと願うくらいに」
「それは叶わないよ」
すぱっと否定。
残念そうに、しかし笑みを見せて華奈枝さんはパスタを口へ。
彪光は僕を睨んで、扇子を頬にめり込ませた。
「痛い痛い痛いっ!」
「少しは素直になりなさいよこのクズが」
「あやみっちゃん、いいのだよ。これがこの子なりの素直さなのだと、私は思うのだよ」
ほら、華奈枝さんもそう言ってるんだから扇子を離してっ。
しばらくは肩身の狭い生活が続きそうだ。




