四ノ捌
彪光の言うとおりだ。
異餌命サイトが、荒れ始めたのだ。
殴られたメンバーは誰が自分の事を教えたのかと激怒し、殴られても自分の事を教えるなよと保身に走るメンバーもいたりでサイト全体の雰囲気は最悪もいいとこ――元から最悪ではあったけど、最悪は最悪でも違う最悪な雰囲気だ。
メンバーはそれほど深く知り合ってはいないが、それぞれある程度メンバーが仲間を把握していたようで、これ以上殴られたくないからと簡単に仲間を売った結果が悪循環の始まりだ。
二日目はチャットで大喧嘩。
三日目には掲示板で書き込みの嵐、書き込みの荒らし。
彪光は嬉々としてその様子を眺めていた。
風紀委員は三日前の暴力事件の犯人に対して校内巡回などの警戒を行うも、異餌命の活動も警戒しなくてはならないので忙しそうだ。
放課後――今や異餌命が怯える時間帯。
あの女性の暴力を僕はこの目で見ている、抑止力など働かない暴力を。
僕は誰かを殴れと言われたら躊躇して出来ない、やるとしてもよほど怒りに身を任せなくては無理だろう、それかやっても仕方の無いくらい大きな理由が無ければ。
だから、本当に怖い。
特に学校を出たら下着姿でベンチに縛り付けられている女子生徒を見ると、背筋が凍る。
おそらく――おそらく、は要らない。
この女子生徒は異餌命だ。
そしてあの人の仕業。
ご丁寧に「私は異餌命という裏サークルのメンバーで悪い事をしました」と胸に張り紙がされていた。
気絶しているようだ、顔は数箇所殴られてやや出血。
近くには携帯電話が落ちていた、画面を意図的に踏み潰されたかのような壊れ方で。
教員が駆けつけて女子生徒は気が付くも怯えた目をしていた。
自業自得だ、とは言えない――なんというか可哀想だとも思えてくる。
けれど、この人達はそれ以上の事を今まで仕出かして、それで笑っていて、何事も無く過ごしていて、何人も追い詰めていたのを考えると、僕の心の中では複雑な気分ってのがずっと渦巻いていた。
彪光もここまであの女性がやるとは思っていなかったのか、眉間にしわを寄せて溜め息一つ。
閉じた扇子で頬を掻き、扇子をポケットに入れて代わりに携帯電話を取り出した。
指を走らせて画面に視線を固定させる。
何か操作中だ。
何を操作中か。
……よろしくない事、それだ。
「今日はスーパー前園に寄りましょう」
「何か特売日でもあるの?」
「ええ、とびっきりの特売日」
彪光は携帯電話の画面を嬉しそうに見せてきた。
僕がどう反応するのか、それを見たいようだ。
君の期待通りの反応を出来るか自信は無いけど、画面を見た僕の反応は苦笑い。
「何よその顔は」
「……気持ち悪いくらいに、君の思い通りに事が運んでるなって」
どこかに台本でもあるのかと探したくなってしまうよ。
「新蔵とアンナには既に動いてもらってるわ。後は待つだけ」
今日は隠し部屋に二人は来ていなかった、どうしたんだろうと思ったけどもう何か行動していたってわけね。
それから暫しの時間を経て僕達はスーパー前園に。
多くの主婦が店に入る中僕達もその中の一部となって店内へ。
以前の入店よりは溶け込んでいられている、私服だからね。
買い物かごは取らず、店内を不必要にはうろつかず卵が置いているコーナーが見える場所で棚を挟んで商品の隙間からじっと見張り続けた。
まるで万引き犯を取り押さえようと目を光らせる私服警官みたいだ。
「異餌命のリーダーは、どんな人だと思う?」
今のところ見張ってから三十分が経過したところ。
退屈しのぎにでもと言いたげな開口だった。
「さあ、想像も出来ない。それでも、想像するならばなんかこう、苛めるのが好きな性格の悪い生徒? 人を苛める事で快楽を得るような、人かなあ」
「何も情報を得ていなければやはり、想像も難しいわね」
「まったくだ、でも君はリーダーが誰かある程度想像――ではなく予想できてるんだよね?」
彪光は小さく頷いた。
予想?
いいや、特定できている目だ――君のその瞳は。
「やあ、どうも」
「うわっ……! ……小十太さん?」
びっくりした、いきなり後ろから声を掛けられたもんだから。
「来たのね」
「……彪光、まさか!」
小十太さんが異餌命のリーダー!?
灯台下暗しとはこういう時に使うのだな、しかしどうしようか、彼を取り押さえる? 僕は身体を動かして成果をあげるような人間では無いんだけど、やれといったらやれるだけやってみせよう。
「彼は違うわよ。私が呼んだの」
「違うの?」
そう、と溜め息混じりで言われた。
勘違いしただけなのだからそんなに落胆しないで欲しい、泣いてしまいます。
「彪光、さんだっけ? カタコトを言う外人の若い子にここへ来るよう言われたんだけど、何か用があるの?」
「貴方、異餌命のリーダーを探しているのよね。そのリーダーが現れるからよく見てなさい」
「ほ、本当かい……?」
三人揃って商品棚の隙間から卵コーナーを覗く。
この光景、周囲の主婦達にはどう見られているか――考えないようにしよう。
それから十分後。
彪光の携帯電話が振動する。
彼女は携帯電話を取り出して画面を見て薄笑い。
そろそろのようだ。
時刻は夕方の五時半に針が向かう頃。
客は更に増え、卵のコーナー付近も客に阻まれて見づらくなってきている。
これは注意して観察しなくてはならないな。
すると再び彪光の携帯電話が振動する。
「……リーダーが入ってきた」
彼女は画面を見て呟く。
新蔵の鼓動が徐々に早く脈動していく。
相手は若い客、今なら主婦ばかりですぐに判別できる。
「……あれね」
彪光は扇子を取り出して指す――その方向には買い物かごは持たず手ぶらで卵のコーナーに向かう人物の姿があった。
フード付きの薄い生地の上着、フードを活用して顔は見えないようにされている。
誰かに顔を見られたくないと言っているようなものだ。
卵を一パック、手にとって周囲を見回す。
同時に、レジまで人が少ない道筋の確認もしたようだ。
やや遠回りながらもレジまで向かって、会計を済ませる。
焦げ茶の紙袋に卵一パック入れ、片手には携帯電話、指の動きから操作している。
このまま取り押さえる?
僕はリーダーと思しき人物を数メートル後ろから見失う事無くしっかりと見つつ言う。
彪光は、首を横に振って尾行はまだ継続。
店の外に出るや、新蔵が僕達と合流。
リーダーが家から出てこの店に来るまで尾行していたらしい。
つまり新蔵はもうリーダーが何者かは知っているという事だ、よければ教えて欲しいけどこのままついていけばどうせ知れる答え――用意されているのだから折角なので待つ。
「小十太、異餌命の掲示板は見た? チャットでもいい」
「掲示板なら見たよ、何人かが異餌命を襲ってる奴を捕まえるとか話してたね」
「リーダーの書き込み、あったかしら」
見てみるよと小十太さんは携帯電話を取り出して画面を見る。
お? 何かを発見したらしい言葉を漏らした。
「明日、平輪学園近くの空きビルの中、窓の近くに卵を置いておくだって。総生徒会長に卵を投げつけて異餌命を襲っている奴をおびき出す、囮と捕まえる奴の二組で動くらしい。結構な人数がやるようだなあ」
結構な人数――それは偽り。
手のひらの上で踊る異餌命、そしてリーダー。
彪光は清々しいと言わんばかりに扇子で自身を扇ぎ、口元をにんまりと歪ませた。
歩く事十分、顔の角度を変えれば学校が見えるほどの距離にある空きビルの前にリーダーは到着。
僕達は近くの脇道から、左右を確認して警戒して中へ駆け足気味で入る姿を確認して急いで飛び出した。
新蔵は裏口があるかを確認するべく建物の裏側へ回り、僕達は正面から入った。
半開きの扉はなるべく音を立てないように触らず、開いた隙間に身体をずらしてうまく入り込む。
入って直ぐには窓はない、光が射しているのは奥の部屋――窓は奥の部屋で、そこにリーダーもいる。
緊張する、ものすごく。
一歩一歩踏み出すが重石でも乗せられているかのように足が重く感じた。
奥の部屋へ、僅かな呼吸でも、僅かな足音でも、僅かな物音でも気づかれるんじゃないかというくらいに静かな空間。
ほとんどの部屋は扉が外されているので音は伝わりやすい、奥の部屋からは紙が擦れるような音が聞こえた。
足音も数歩ほど。
誰かの気配が沈黙の中に流れて伝わった。
彪光は、位置を完璧に把握したのだろう。
迷いの無い快活な足取りで足を進めた。
「こんにちわ、何をしてるのかしら、このクズが」
奥の部屋に入るや、開口一番にクズという言葉が飛んでいった。
驚いて振り返るリーダーは、すぐさまに退路を探そうと左右に顔を振った。
この部屋に入る時に僕は退路遮断を意識して歩いていた、リーダーが逃げようとしても立ちはだかれるような位置だ。
隣の部屋に逃げようにも小十太さんがいて無理だ、逃げられない。
その窓を、開けて出るしかね。
僕と同じ思考にたどり着いたリーダーは、窓を開けるも窓の前には新蔵が待っていた。
「逃げられないわよ」
新蔵は窓から乗り込み、リーダーは腰が砕けて倒れる。
その隙に僕達は距離を一気に縮めて囲んだ。
これでもう積みもいいとこである、後は何をしようがリーダーは逃れられない。
「うまく罠にはまってくれてありがたいわ。ごめんなさいね、異餌命のメンバーの書き込みを見て卵を用意してくれたのよね。あれは貴方が卵を買って置きにこさせるための罠、どう? 騙された感想があったら是非聞かせて頂戴」
苦し紛れにリーダーは紙袋から卵を取り出して彪光に向かって投げた。
何故か、僕の肩を彪光は掴んで引き寄せて、何故か、僕の顔に卵が当たった。
「……なんてことをするのこいつ!」
「君に向けてその言葉を僕が放つべきなんだけど!」
何かがおかしいよ、おかしいよね。
小十太さんはポケットティッシュを取り出して僕に差し出してくれたのでありがたく頂いて顔を拭くが、卵黄がついた部分が特にべたついて気持ち悪い。
隙をついて逃げよう、とするも当然新蔵に首根っこを掴まれて宙ぶらりんになり、床へ強制的に座らされた。
「やってくれたわね」
君がね。
「それはともかく」
ともかくで済まさないで。
「解ってるとは思うけど私達、異餌命のリーダーを探してるの。貴方、知らない? 知ってるわよね? 知らなきゃおかしいわ」
扇子を取り出して、いつでもフードを取って顔を見る事が出来るのに悪戯にフードを突付いて威嚇。
リーダーは必死にフードを取らせまいと両手でがっちりと掴むが、正直時間の問題である。
「小十太、異餌命のリーダーはどんな奴だと思ってた? 貴方の身近にいると思う?」
「……俺の身近に? どうだろう? そんな奴はいないと思う、思いたいな」
「思いたい、ね」
彪光は扇子で突付くのを止め、フードを掴んだ。
必死に抵抗されて、しばらくお互いに拮抗して――
「新蔵、取って」
何故か彪光が先に折れて新蔵に任せた。
あの、ここは格好よくフードを取ってリーダーの顔を曝す場面じゃないの?
新蔵は何の躊躇も無く、何のじらしも無く、すぐさまにフードを取った。
長い髪がさらりと開放された、リーダーは女性だ。
顔を見るも、
「えっと……誰?」
僕には知らない顔。
どう反応していいものやら。
彪光がリーダーを特定出来たなら今まで一緒に行動していた僕も知ってる人だと思い込んでた。
「え、ええ? 馬鹿な、阿呆な……」
大きく反応したのは、小十太さんだった。
「……嘘ぉ」
「本当」
小十太さんはあまりの衝撃に口をあんぐりと開けて、放心状態だった。
何故彼はこれほどに反応を見せたのだろう。
「……ギザウザす」
少女は小さな声で、ぼそりと呟いた。