表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
僕らの未来に正義は無い  作者: 智恵理陀
第二部『異餌命編』:第三章
45/90

三ノ伍

 それほど遠い距離では無いようで、彪光は携帯の画面を見ながら十分ちょっとね……と呟いていた。

 その呟きは正確で、十分経った頃には一軒家が目の前に。

 彪光は扇子を開いて、家を見上げる。

 ここは僕が呼び鈴を押さなければならないのかな――いや、押すべきなのだろう。

 呼び鈴を押して、対応を待つ。

『はい、どちら様でしょうか?』

 すっと、彪光が前に出る。

「秋野嶋杏子さんの友達なのですが、杏子さんはいらっしゃいますか?」

 杏子さんも引きこもってやしないだろうな。

『あら、お友達? 娘は今買い物に出てるのよね、すぐ帰ってくると思うわ。中で待つ?』

 すぐ帰ってくる、か。

 僕は何気なく視線を左右へと向けると、こちらへ向かってくる一人の少女に目が留まった。

 小さめの買い物袋を下げて、まるで絶望に呑まれてしまったかのような落ち込んだ表情で、力の無い歩き方。

 そりゃあすぐに目が留まるよ。

 微風でも吹いたら飛ばされるか倒れてしまいそうなくらいにふらついている。

 携帯電話を操作していて画面から目を一瞬離したその少女と僕は目が合い、少女は足を止めた。

 じっと、僕達を見ている。

「あの人……こっち見てるけど何だろう」

「ん、あいつかしら」

 彪光も視線を彼女へと向ける。

 すると彼女は勢い良く踵を返した。

 危険人物でも目撃したかのように。

「追うわよ」

 彼女の履いているものは安っぽいサンダル。

 走りづらそうに上体が激しく揺れるが、それでも走らなければならないと必死さが伝わる背中。

 追いつくにはそれほど時間は掛からなかった。

 近くの小さな公園へと逃げ込まれ、ベンチの影に隠れようとしているところをばっちりと目撃していたので彪光が来るまで監視。

 まだ見つかっていないと思っているのか、丸くなってその場を動かない。

 彪光はハイヒールのため、早歩きでしか来れなかったが杏子さんらしき人は動かないでくれたおかげで無事に確保できそうだ。

「逃げられた?」

「あそこに隠れてるよ、隠れてると言っていいのか怪しいけど」

「彼女は馬鹿なのかしら」

 ベンチはそれほど大きく無く頭が完全に出てる、しゃがんで隠れているつもりなのだろうが微塵も隠しきれていない。

 彪光はゆっくりと、まるで忍び足で獲物を捕らえようとする虎のように近寄った。

 僕は彪光のやや後方で同じ歩調を保つ。

 ベンチの裏は塀、木々も生えていて退路は少ない。

 秋野嶋さんは逃げようとしてもすぐに退路を確保して逃げ出すのは難しい。

 その余裕があるから彪光は正面からゆっくりと向かっているのかもしれない。 

 実に、凛々しい。

「こんばんわ」

 丸まった秋野嶋さんの肩が上下に揺れる。

 まさか、見つかった? そんな揺れ方。

 恐る恐る彼女は顔を上げる。

 怯えた表情だ、僕達を何だと思って逃げ出したんだか。

 今日の服装は特に相手を恐れさせるような服装ではなく親しみやすい明るめの服装で悪い印象は与えないと思うんだけどなあ。

「た、卵はやめてっ」

「卵?」

「そ、それに異餌命は休日やらないのが鉄則でしょ!」

「ふーん」

 聞くのがめんどくさそうな彪光。

「ふーんじゃなくて! し、しかもあんた、顔を出さないのが異餌命なのに、何堂々としてるのよ! 兎に角、ほっといて!」

 話がよく見えない。

 異餌命、さっきから何度もそう言ってるが、僕達を異餌命とでも思ってるのか?

「私達は異餌命では無いわ」

「……え?」

「異餌命の話を聞きにきたの」

 彪光は僕に視線を投げた。

 何の意味か、は秋野嶋さんを次に向いて顎を軽く上げたので彼女をベンチの後ろから引っ張り出して来いという意味なのを把握。

「あの、良かったら、こっちに来てお話を」

 手を差し伸べたが警戒される。

 こういう時は笑顔に限る、敵意は無いですよって言葉ではなく表情にするのが効く。

 彼女は僕の手を取ってありがと、と小声で言ってベンチへ。

 彼女は身を縮めてベンチに着席。

 視線は安定せず、常に周囲を警戒している様子。

「貴方、異餌命について何か知ってるわね? それも重要な事、知ってる――というより隠してると言ったほうが正しいかしら?」

 彪光は睨みつけるように彼女を見下ろす、加えて顔を近づけて威圧。

「あ、あたしは……その……」

 手足が震えていた。

 冷や汗が米神から頬へと垂れる。

 彪光と視線を一瞬だけ合わせて、すぐに逸らして地面へ。

「何故そんなに怯えているの?」

「い、いえ……別に……」

「嘘を付くたびにビンタしていいかしら?」

「彪光、落ち着いて」

 彪光は微笑しているも、眉は時折ぴくぴくと動き眉間にはシワ、秋野嶋さんが口篭っているので相当苛立っているのだ。

「異餌命にも詳しいわね、貴方……知り合いに異餌命のメンバーがいる? それとも貴方自身異餌命のメンバー……いえ、異餌命のメンバーが異餌命の標的にされるはずがないし……」

「いや、ははは……」

 妙な反応。

「怪しいわ、貴方から何かクズの臭いがする」

「ク、クズの臭い!?」

「不登校になる前は女子グループのリーダー的な立ち位置、先月から異餌命の標的にされ卵を投げつけられるなどのいじめを受けて孤立して不登校」

 そういえば秋野嶋さんの事を調べたとか言っていたな。

 どちらかというといじめる側の生徒、異餌命のメンバーなのではないかという噂もあった――と彪光はまるで目の前に僕には見えない秋野嶋さんの資料があるかのように、流暢に彪光は続ける。

「学校では携帯電話を常に持ち、授業中ですら充電と操作を繰り返すほどだとか。さぞ携帯電話が大切なのでしょうね」

 彪光は言下に扇子を彼女の喉に押し当てて、空いた手で彼女のポケットを探って携帯電話を奪う。

「あ、ちょ、ちょっと!」

 じたばたと動く秋野嶋さんだが、彪光はすぐに距離を取って扇子を僕に投げ渡して携帯電話を開き両手で持つ。

 どういう持ち方か――というと。

「わわわ、や、や、やめ、やめて!」

 ミシミシと軋む音を生じて、谷折りにすると割れる音がするであろう持ち方。

 秋野嶋さんの携帯電話は最新機種でスライド式、あえてスライドさせて接続部分を軸に谷折りするのなら女性でも出来る。

「洗いざらい、吐いてもらうわ。じゃないと、解るでしょう? どうなるのかは」

 携帯電話は人質代わりといったところか。

「か、勘弁、して……」

「これ、購入してまだ間もないのね。壊れたらショックでしょう?」

 軋む音をわざと鳴らす彪光。

「うわぁぁあ! やめてぇ!」

「私は別に壊したいわけじゃないの、貴方が洗いざらい吐いてくれないからその苛立ちをこの携帯電話にぶつけるの」

「こ、壊したら警察に言うからね!」

「どうぞ、言って頂戴。私は構わない、だって貴方が吐かなければこの携帯電話だけは確実にぶっ壊すと決めたのだから。警察沙汰になっても、貴方の携帯電話の運命は変わらない」

 すごいよ彪光、警察という言葉を出されたら普通は怯むものだがまったく動じてない。

 それどころか強気に携帯電話を握って軋む音を彼女に聞かせている。

 たとえ自分がどうなろうが、死なばもろとも――吐かなければ携帯電話は破壊される。

 その断固たる決意を彼女に見せ付けた。

 携帯電話が使えなくなるのは彼女にとってかなり辛いようで、汗の量が半端ない。

 目も涙目になってる、こりゃあ彼女のほうが先に心が折れるだろうね。

 携帯電話が折れるよりも先に、ね。

 なんて。

 つまらないなあ僕。

 もしも僕の心の声を聞ける人が近くにいたら是非忘れて欲しいものだ。

 いたらの話だけど。

「な、何でも……話すからぁ……」

 倒れこむようにベンチへ秋野嶋さんは座る。

「それでいいわ」

 彪光は携帯電話を片手で持って折らないと見せるも、渡さず全部話すまでは返さない姿勢をとる。

「では聞きましょう、貴方が何を隠しているのか、を」

「あたしは……」

 躊躇している、それほど重要な事を隠しているのか。

「い、いや、その前に……あんた達がどうして異餌命を調べてるのか教えて」

「いいわよ。私達は異餌命が気に入らないから潰すために調べてるの」

 私達――ではなく私と言ったほうが正しい気がする。

 彪光は僕に手のひらを差し出した。

 なんだ? ああ――扇子ね。

 僕は彼女に扇子を渡すと、彪光は軽快な手首の動きで扇子を開いて扇ぎ始める。

 秋野嶋さんが携帯電話中毒だとしたら、彪光は扇子中毒といったところかな?

「存在していてもプラスにはならないでしょうから、この際綺麗に抹消するつもりよ」

「そ、そうなの……。それなら、うん、それなら、話す、話すわっ」

 両手が震えている。

 秋野嶋さんは親指を口に当てて、爪を噛み始めた。

 携帯電話をちらちらと見て落ち着きが無い。

「マジで、潰してくれるんでしょうね?」

「何なの、しつこい」

「あ、どうしても、潰してほしくて……」

「潰すわよ、車に轢かれたヒキガエルのように」

 彪光と二人で会話するのは彪光の雰囲気に呑まれて彼女は疲れてしまうかも。

 なので僕はちょくちょく間に入るとした。

「あの、好きな飲み物は何です?」

「……は?」

「好きな飲み物ですよ、ほら、すぐそこに自動販売機があるじゃないですか。あそこから選べって言われたら、貴方は何を選びます?」

 彪光は直ぐに本題へ入りたいだろう。

 今にも殴りかかってきそうな目つきで僕を見ている。

「……紅茶」

「解りました、ちょっと待っててください」

 僕は駆け足で自動販売機へ。

 紅茶……りんごジュースもあるな、よし。

 それら二本を購入して二人に手渡した。

「どうぞ。さあ、話、再開しましょう」

 これでも飲んで、先ずは落ち着いて――そういう意味を兼ねた差し出し物。

 秋野嶋さんは爪を噛むのを止めて飲み物を口に運んでからは少しは落ち着きを取り戻した。

 深呼吸して、彼女は口を開く。

「あの、実は……異餌命、さ」

 まだ言葉にするのを躊躇しているも、勇気を振り絞って彼女は言う。

「あたしが、リーダーだった、んだよね」

「え?」

 思わず。

 思わず、阿呆な声を出してしまった。

 隙を突かれたような、いきなりで驚愕に取り込まれて一瞬どう反応していいものやらと頭の中は真っ白。

 そんな俺とは違い、彪光は扇子で先ほどと同じく扇ぐのみ。

 眉間が一瞬だけ動いたくらい。

「面白い」

「お、面白い?」

 彪光、何その笑顔。

「異餌命のリーダーが貴方、ねえ?」

「そう、なの。前のリーダーが卒業して、あたしが異餌命を引き継いでたんだ」

 それでは何故、異餌命のリーダーが異餌命の被害に遭う?

 阿呆な声を出した理由の一つとしてその疑問が僕の中にあった。

「苛める対象はどういう基準で決めるの?」

「サイトのチャットで気に入らない奴の名前を出して話し合うのが主で、決まってなかったらリーダーが見つけた奴、理由なんて些細なものばっかりさ。あたしが最後に活動したのは南方って名前だったかな。チャットで話し合って決めたんだ」

「南方は何故?」

「言ったでしょ、理由なんて、些細なものだって。つまり――」

「それほど理由も無く、ちょっと気に入らなかっただけで標的、ですか?」

 僕の問いに秋野嶋さんは黙って頷いた。

 胸糞悪くなるとはこういう時に使うのだな。

 異餌命がどのようなものか、予想は出来ていたけど、予想通りならば、予想以上に胸糞悪い。

 よく苛める側と苛められる側、どちらにも原因があるとか、苛める側が一方的に悪いわけではないとかそういう意見を聞く。

 この場合、そのような意見など必要は無い。

 苛められた側からすると、小石に躓いただけで日常を変えられたようなものだ。

「何故貴方が被害に? リーダーなら被害に遭うはずが無いでしょう?」

「そうなんだけどさあ……なんか、最後に活動した後から……変な事が起き始めたんだ」

「変な事、とは?」

「あたしの噂、それも嘘っぱちの噂が、周りに流れるようになって、裏掲示板でも広まって、さ」

「ざまあ」

「ざ、ざまあ!?」

 彪光、人の傷口に塩を塗るような真似はやめようよ。

「ごめんなさい、続けてください」

 彪光の代わりに謝っておく。

「……更には、異餌命サイトに入れないようになってて、他のメンバーのパス知ってたから、入ってみたら、次の標的はあたしにされてて……」

「ふうん、つまり異餌命を乗っ取られた、と」

 秋野嶋さんは小さく頷いた。

「ざまあ!」

「ま、またざまあ!?」

 言われて彼女は涙目に。

 彪光、そろそろ無用な追い討ちは止めてさしあげて。

「自業自得ね。今まで人を苛めてきたのだから、苛められる側になってよく解ったんじゃないかしら。ええ、解ってるからこそ異餌命を潰してと願ってる。自分の都合が悪くなったらこれだものね、このクズが」

 一言も反論できず、とうとう秋野嶋さんは泣き始めてしまった。

「泣いたところで何か変わるとでも? 変わらないわ、変わるはずがない。貴方はどうせ、泣き終わったら家に帰って携帯をいじりながら異餌命が潰れますようにと願うだけでしょう? 他力本願でしか願いが叶う方法を得られないクズめ。厚顔無恥とは貴方のために生まれた言葉かもしれないわね、厚顔無恥子に改名したほうがいいんじゃない?」

「うああああああん! ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!」

 ちょっと彪光、号泣させないで。

「あ、彪光が強くいい過ぎました……。気にしないでください」

「気にしろクズめっ。貴方が不登校に追いやった生徒もいるでしょう? その人の事を考え、その人のやられてた時の気持ちを理解し、後悔と罪悪感をかみ締めて土下座でも何なりして贖罪していく事ね」

「ごめんなさい……ごめんなさい……」

「私に謝ってどうするの? 生憎私は貴方の率いていた異餌命の被害者ではない、あと貴方の声を聞くだけで反吐が出そうになるからそれ以上喋らないでくれる?」

「彪光、もうその辺で……」

「その辺? どの辺かしら? 底辺? 確かに底辺ね。こいつの人間性は底辺、今、こいつに合わせて底辺の話をしていた。もう少し辺を上げての話をしましょうか? 上辺くらいの話を」

 完全にご立腹。

 彪光は秋野嶋さんの携帯電話を操作し始める。

「おいクズ、メンバーのパスワードはこれに保存してる?」

「メ、メモ帳の一番後ろ……」

 しばらく操作し、終えると携帯電話を彼女に投げつけて、

「弱者を虐げていいのはいつだって弱者の痛みを知る弱者でなければならない。だって――いや、これ以上、貴方に言っても、理解できないでしょうね」

 そう、彼女は言葉を途中で止めて踵を返した。

 帰るようだ、僕は秋野嶋さんに会釈をして彪光を追いかけた。

「彪光……」

「何?」

「ほら、あそこまで言うのもさ……」

「なら貴方はあいつの行いを許せる? 集団となり、大した理由も無く、理由があったとしても一人を狙って痛めつけて笑い合う異餌命、そのリーダーだったのよ」

「許せる行為では無かったけど、反省してるようだし……」

 僕達が彼女を言葉で痛めつける必要は無い、と思う。

 彪光は僕に扇子を向ける。

「反省?」

 この言葉は、今は言ってはいけない言葉だったかもしれない。

「軽い、非常に軽い言葉よそれは。猛省するべきなの、彼女はね。私も、時々人を苛めたくはなる、やっても悪戯程度よ。そうでしょう?」

 ……あ、うん、悪戯程度、かな。

 最近見たのはとても痛そうな悪戯だったけど。

「それにしつこくやらない、今後はやるつもりなど……ないしね」

 何そのちょっとした間は。

「まあ、落ち着いて」

 何ならりんごジュースもう一本買ってくるからさ。

 と、付け足すと結構! と付き返された。

「自分が苛められて、異餌命を潰す人が現れたら喜んでべらべら喋って尻尾振ってるのが何より許せない!」

 通りかかった自動販売機、その隣にあるゴミ箱に彪光は空き缶を乱暴にぶち込んだ。

「明日は異餌命サイトに入って相手の動きを調べるわよ」

 了解。

 彪光をなだめるにはどうすればいいか。

 今日は折角彪光を楽しませようと頑張ったけど、最後はこんな締め方。

 今日はどうだった? ボウリングやゲームセンターで遊んだ感想を彪光に聞ける雰囲気もなく。

 昨日はどうだった? 皆に聞かれても、僕はきっと複雑な心境にやられてどちらとも言えないような表情で、溜め息をついた後に話すだろう。

 それにしても、彪光が秋野嶋さんに言いかけていた言葉。

 途中で止まってしまったけど、何を伝えようとしていたのか少し気になった僕だった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ