三ノ参
自分は休日の過ごし方が下手な気がする。
気がするってだけでどうなのかは解らないけど、休日はいつも何をしようかと無意味に床でごろごろ。
時刻は朝の九時、もうちょっと寝ててもよかったかもしれない。
やる事はあるといえばある。
あるにはあるけど、それほど時間は掛からない。
こっくりさんは狐、狗、狸の三人――その中の狗として願いを叶えて欲しい人のために情報収集したり、実際にネットを使って行動をしたり、している。
平日に。
休日はその後の結果確認とかで、しかも最近は大きな願い事をする人はいなくて結果は見なくてもいい、みたいな感じ。
最近はというととある学校で好きな人がいるのだが相手は恋人がいて、どうにか恋人と別れさせて自分と付き合うように仕向けて欲しいみたいな願い事だったかな。
これがねぇ、もうどろっどろ。
相手の恋人とその恋心抱く依頼者と友人でもあって……まあ、この話はいいや。
思い出すだけで、気分が落ちていく。
女の人って怖い。
本当にさ。
錯覚じゃなければ、いきなり僕の部屋に入ってきて冷蔵庫を開けて僕があとで食べようとしていたプリンを取り出して食べ始める女の人がいたりさ。
それ、僕のなんだけどって言おうとすると睨みつけてくるし、怖いよね、こういうの。
「彪光、どうしたの?」
「出かけるわよ」
あ、はい。
どうせ暇だったからいいけど。
「デートのお誘い?」
「ち、違うわよ!」
「えー……僕ショック」
このまま一日中部屋でだらだらするかもう一つの部屋に行ってこっくりさんとして過ごそうかなあ。
「あっそ、死ねっ。ショック死しろ」
「酷いっ!」
彪光はプリンを優先して僕の言葉を聞き流した。
「今日は休日だよ、よかったらさ。映画でも見に行くってのはどう?」
一度でいいから休日に女性と映画とか一緒に見に行ったりゲームセンターで遊んだりしたかったんだよね。
彪光はこのアパートに来てからの休日は部屋でテレビ見ながらだらだら過ごしてた、少しくらいどこか一緒に遊びに行きたいものだ。
それにストレスが溜まってるようだし発散は大切。
「却下。今日は秋野嶋杏子に会いに行く。あいつについていっぱい調べたんだから」
「最近はさァ、ピリピリした日が続いたから今日くらいリセット、リラックス、リフレッシュしようよ」
「うざっ。死ねっ」
「酷いっ! 映画、ゲームセンター、本屋、ボウリング、少しは高校生らしい休日を過ごそうよ! まったく、中学校の頃の休日は何をしてたんだ君は」
「……お偉方や親戚と会談に会食、自分の時間はあまり無かったわ」
「そうなんだ……でも少しはあったでしょ?」
「ええ、あったわ。あの頃はいつも家族の事を調べてた」
「家族の事……?」
「小鳥遊グループの不正や隠蔽について」
「なんていうか、ごめんなさい」
結論――
彼女の中学時代の休日は遊ぶ余裕など無かった。
「しかし、貴方の言う事にも一理ある」
おや、これは……?
彪光は遊ぶという事に、満更でもないような反応。
彼女にとって遊ぶという言葉は新鮮に感じたのかもしれない。
「というと?」
「別に秋野嶋杏子と話をするのに一日が必要ではない、午前か午後を選んでちょっと話を聞きに行くだけ。残りの時間を遊ぶ事に費やして休日という時間を効率的に使うのは利口」
「堅苦しい言い方だね」
素直に用件はそんなに時間が掛からないから今日はどこか遊びに行きましょうとか言えばいいのにさ。
素直じゃない君も、可愛いからいいけど。
「ふん、堅苦しくて結構。それで、どうするの?」
「どうするって?」
「秋野嶋杏子には何時に会いに行くのか、そして今日はどこに行くのか」
「おや、遊びに行く気満々だね。本当は遊びに行きたかったとか?」
「別に」
彪光は扇子を取り出していきなり扇ぎ始めた。
特に暑くは無いと思うんだけどなあ。
「素直に言っちゃいなよ、遊びに行きたかったって。むしろ今日は遊びまくりましょーって」
「私は秋野嶋杏子に話を聞きに行きたい、しかし今日はそれ以外の用は無く時間が無駄に余る。貴方が遊びに行きたいというのならば、私は貴方に付き合ってあげるわ」
何この人面白い。
そのうち「べ、別に遊びに行きたいんじゃないんだからね!」とか言いそう。
これがツンデレという生き物か。
「えー、付き合わせる形は悪いなあ……秋野嶋さんに会ったらすぐ帰ろうかあ……残念だけど」
「私の厚意で付き合ってあげるのよ? 感謝して遊べばいいじゃない」
「君を引っ張りまわすのも悪いよ、今日はレンタルショップで何か借りて家でポテチでも食べながら一日を過ごすとしますかな」
「高校生らしい休日を過ごしなさいよ! 付き合ってあげるから!」
「あれっ!? 何かさっきと立場が逆になってない!?」
僕が君に言ったはずの言葉が、何故かそのまま返ってきてるんだけど。
「そこに座りなさい!」
何故か正座させられて、彪光に見下ろされている。
おかしいなあ、どうしてこんな状況になったんだろう。
「貴方は高校生でしょう?」
「……はい」
「レンタルショップで何か借りて家でポテチ食べる休日が高校生らしい休日? そんな休日は楽しい?」
「……いいえ」
「ならば休日は何をするのが楽しいの?」
「えっと、街にでも行って、遊んだり……」
「ならやればいいじゃない! しかも私が貴方に付き合ってあげるというのよ? 感謝すべきでしょう? 遊ぶべきでしょう? そうじゃないの?」
「はい、そうですね。ありがとうございます」
僕はただ彪光と遊びに行きたかっただけなのに、最終的に正座して彪光に感謝の言葉を述べている。
何かがおかしいよね。
「よし、午前から午後にかけて遊びに行きましょう。夕方前に会いに行き、話を聞いて帰宅。今日の予定はこれで決まり」
なんか予定も決められちゃった。
しかも彪光はすぐに部屋から出ていってしまい、どうしたのだろうと待つこと数分。
部屋に戻ってきた彼女は、カジュアルな服装を纏っていた。
黒いスカートは膝よりやや上、短めのもの。
白を基調とした半袖の上着は高級感漂う装飾が首の辺りに施されていた。
女性用ハットをかぶり、完璧に着こなすその姿、綺麗だねえ。
それよりも、今日は遊ぶぞっていう意気込みが感じられる。
なんかスカートを両手の指でつまんでひらひらと靡かせてるし。
「どうかしら?」
「すごく、うん、すごく綺麗」
何か言葉を飾ろうかと思ったけど、その前に感想が素直に出てしまった。
「ありがとう、ふふっ」
嬉しそう。
初めて着たのかな、洗面所の鏡に自分の姿を映して左右に身体を振って全身くまなく確認している。
「しかし貴方に付き合わなくちゃいけないから面倒だわ、本当に」
それにしては早く遊びに行きたいと言わんばかりにそわそわ廊下を歩き回ってるね。
「やっぱり悪いから今日は無しにしよっか」
「ふざけてるの? 私はもう着替えてしまったわ、折角着替えて貴方に付き合ってあげようとしている私の厚意を貴方は裏切るの?」
「あ、いえ、遊びに行きます、付き合ってくれてありがとうございます」
「本当、仕方ないわね。今日は映画、ゲームセンター、本屋、ボウリング、何でも付き合ってあげるわ」
何この人本当に面白い。
「アンナとかも誘う?」
「……そうね」
どうせなら皆で遊んだほうが楽しい、楽しいに決まってる。
皆の携帯の電話番号は交換済み、今日は交換して初めての活用である。
さて、最初はアンナに。
『モシモシネー』
「やあアンナ、今暇?」
『どしタノ?』
「彪光と遊びに行くんだけど、どう?」
『アヤミチュと?』
しばらくアンナはうーんとうめくような声を出して長考。
『あー! キョーはヨージ、ヨージあったネー! おふたりデ、楽しむネー! 兄じゃ、がんばヨっ』
彼女はそう言ってすぐに電話を切られてしまった。
用事ねえ、それなら仕方ない。
がんばヨって何を頑張れというのかよく解らなかった。
じゃあ次は新蔵だ。
「もしもし、新蔵?」
『どうしたんだ?』
「彪光と遊びに行くんだけど、どう?」
『彪光と?』
新蔵はふむ、と軽く声を漏らす。
『彪光が俺を誘おうって言ったのか?』
「え? 僕が言ったけど」
『彪光の反応は?』
「そうね、ってだけで特に反応は無かったけどどうしたの?」
『いや別に。お前は少し女心を理解したほうがいい』
またな、と電話を切られた。
何だろう、女心を理解したほうがいいって。
最後は音々子さんに連絡。
「あの、音々子さんですか?」
『ハァハァ……』
「やっぱりなんでもないです」
何かやばそうだったのですぐに電話を切った。
しかし新蔵の言っていた事が気になる。
女心、ねえ。
……あれか? いつの間にか気遣われていたのかな僕は。
――出かけるわよ。
――デートのお誘い?
――ち、違うわよ!
今日のやりとり。
これだよ。
一度は否定されたけど、取り戻せる。
彪光と遊びに行く、皆とではなく二人で。
そうする事で、これは遊ぶのではなくデートに出来るのだ。
リア充への第一歩を踏み込めるチャンスなのだ。
通りすがりの一人で歩く男性が爆発しろと言ってくれるかもしれないのだ。
アンナはおそらく用事なんて無い、皆僕の阿呆なお誘いを断ってくれている、チャンスを与えてくれているのだ、音々子さんは違うけど。
ありがとう皆、僕頑張る。
緊張してきた、一先ず着替えるとする。
落ち着け、落ち着くんだ僕。
奥の部屋へ行き、扉を閉める。
着替えはすぐに終わり、こっそりと居間で待機してる彪光の様子を見てみた。
彼女は鼻歌を歌いながら扇子でテーブルをリズムよく叩いて早く行きたそうにしていた。
時計を見て、若干考えていたのは遊ぶ時間がどれくらいあるかを計算していたのかな?