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僕らの未来に正義は無い  作者: 智恵理陀
第二部『異餌命編』:第二章
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ニノ漆


 用意するものがあるからと、昨日の放課後は虎善さんの尾行を僕達に任せて彪光はすぐにどこかへ行ってしまった。

 昨日は新蔵とアンナと一緒に行動したが結果は何の成果も無く。

 風紀委員も校内から卵を投げてくる異餌命をどうにか捕まえようとはしているものの、重い足取りで鍋島さんに報告していた事から、僕らと同じく捕まえられておらず、苦戦してる模様。

 しかし虎善さんの周囲を風紀委員が警戒する事によって卵以外の悪戯は受けてはいないようだ。

 休み時間も鍋島さんがついて回ってくれているおかげであろう。

 そして今日。

 昼休みに召集がかけられた。

 隠し部屋へ行くと、そこには段ボール箱が一つ。

 彪光は段ボール箱を嬉々として見ていた。

 僕達三人は状況が飲み込めず段ボール箱をじっと見つめていると、

「あの……」

 驚く事に、中から声がした。

 聞き覚えのある声だ。

「……音々子さん?」

「うん」

 何故段ボール箱の中に入ってる?

「新蔵、これ運んで」

 これ。

 これ――とは音々子さんが入ってる段ボール箱。

 ……考えてみよう。

 これ、をどこに運ぶのか。

 これ、を使ってどうやって出席簿またはデータの入ったUSBメモリを盗むのか。

 これ、はこれからどうなるのか。

 ……嫌な予感しかしない。

 新蔵は難なく持ち上げて、次の指示を待つ。

「よし、職員室に行くわよ。三年担当教師の座席は憶えてるわね?」

「ばっちしです」

 やっぱり職員室かあ。

 窓からそっと音々子さん入り段ボール箱を運ぶ新蔵、彼がいなかったら苦労したね。

 音々子さんの体重がどれくらいかは解らないが、少なくとも力仕事は不安が生じる。

 まるで引越し業者の人が荷物の詰まった段ボール箱を軽々と扱うかのように、音々子さんが入ってるとは思えない段ボール箱をよく運べるものだ。

 所々、何か手を加えられた部分があり、この段ボール箱、やや強度は高めのよう。

 本来ならばすぐに底が抜けてしまうはずだ。

 何か回線みたいなものも段ボールの切れ目から見える、他にも仕掛けがありそう。

 昼休みの職員室の扉は開けっぱなし、生徒の出入りが多いためである。

 職員室の扉、その近くには段ボール箱がいくつも積まれていた。

 意識してなかったけど、昨日からその段ボール箱はあったのは辛うじて憶えている。

 段ボール箱に書かれてる会社名など、見てみれば音々子さんの入っている段ボール箱と同じもの。

 積まれてる段ボール箱の中に一つ、明らかに他のものよりも膨らんでるのがあり、これはまるで“段ボール箱二つ分を一つに強引に押し込んだ”かのような――そんな膨らみ方。

 では空になった段ボールは?

 それはだね、音々子さんが入っているよ――である。

 新蔵は彪光に指示されて音々子さん入り段ボール箱を職員室の入り口近く――積まれてる段ボールに紛らわせるように置いてきた。

 指示した時、段ボール箱に何か紙を貼ってたけど何をしたんだろう。

 この後はどうするのか、と彪光を見ると彼女は扇子を開き、そのまま距離を置いて様子見。

「彪光、どうするの?」

 不安に煽られて、聞いてみる。

「少し待ってて」

 四人で音々子さん入り段ボール箱を遠くから見つめるとする。

 すると職員室へ入ろうとする生徒が段ボール箱を見るや足を止めていた。

 生徒会役員かな?

 その生徒は何人か生徒を呼んで、段ボール箱を職員室の中へと運んでいた。

「よし、いいわよ。計画通りね」

「ああなるの知ってたの?」

「ええ、勿論。中へ運んでくださいと書いた紙を貼れば教師に媚を売りたい生徒は自らすすんで段ボール箱を運ぶ」

「生徒が皆先生に媚売りたいわけじゃないと思うけどなあ……」

 僕が見る限りでは、段ボール箱を運んでる生徒達は皆下心無く親切心でやってるように見える。

「そうなの? この学校の九割が貴方みたいに腹黒い人達ばかりだと思ってたわ」

「ぼ、僕みたいにっ!?」

 僕は腹黒くないよ、多分。

 完璧には否定できない自分がいて、なんか悔しい。

 五分後にはすっかり段ボールは職員室内に運ばれていた。

 一つだけ、なんか重いなあと生徒達が怪しんでいたものの中身を開けるわけにはいかず、すんなりと侵入成功。

「ここからが本番」

 彪光は無線機と、モニタ付きの妙な機械を取り出した。

 大きさ的には携帯電話くらい、画面には職員室の一部が映されているようだ。

「少しずつ前進、死角に移動」

 無線機は音々子さんと繋がってるのだろう、ここからでは見えないがモニタの映像は動いているので多分音々子さんは今移動中。

 こういう道具を何処から仕入れてくるのやら。

 怪しまれないようにか、彪光は廊下を歩き回りながら、携帯電話をいじってる風な仕草で指示を続ける。

 皆ついて行こうとはしたが、新蔵は職員室近くで止められて、多分音々子さんの回収待ち。

 僕とアンナは彪光を挟むように並んで歩行。

「出席簿は取りづらいわね、USBメモリにして」

 モニタを見ているとアームのようなものが画面外からにゅっと出てきて、器用にUSBメモリを先端の部分で挟んで回収。

「先生が来るわ、一度机の下に隠れて」

 モニタが慌しく揺れる、机の下へ潜り込んで停止。

 ローラーでもつけてるのかな、動きは滑らか。

 見ているとこちらまで緊張してくる。

 職員室で昼食を摂っている教師は少なく、人が少ないのは好機だが物音を立てればすぐに気づかれてしまう。

 隠れるにも段ボール箱が変な場所に置いてあれば不審に思われるので、隠れる時も気をつけなくてはならない。

 USBメモリの回収は六個を越え、あと一個ではあるが時間が掛かっていて教師が職員室へ戻ってき始めた。

 音々子さんは動ける隙もつけず、最後の一個まで苦戦の模様。

「三歩、前進。近くの段ボール箱に並んで」

 彪光の指示も的確、教師達の目を掻い潜りうまく立ち回らせている。

「ねねコー、頑張るネー」

 アンナは声を潜めての応援、僕もつられて応援に回った。

「頑張ってください、あと少しです」

 モニタの映像が上下に揺れる、頷いてる様子。

「少し遠いけど、アーム伸ばして」

 アームが、ゆっくりと伸びる。

 関節を曲げて、机と机の僅かな隙間があったのでそれを利用してアームの先端を出してUSBメモリをキャッチ。

 そのまま引っ込んだ時、隙間がやや狭いのもあってUSBメモリが机に接触、床に落ちた。

「あっ……」

 すぐにアームを引っ込めた。

 モニタの映像は近くの教師を映していた。

 床に落ちているUSBメモリを不思議そうに見つめている。

 どこから落ちたものか、周囲を見てUSBメモリを拾い上げた。

 どうする?

 このままだと動けない。

 よく見れば、一年の国語を担当している橘先生だ。

 あまり画質のよろしくない映像からでも長い黒髪やぱっちりとした瞳、潤いのある唇、全体的に整った顔立ちが美人さを伝えてくれる。

 彪光はすぐさまに携帯電話を取り出した。

 誰かに連絡するようだが……誰に?

 すると、映像に変化があった。

 橘先生はポケットから携帯電話を取り出して、電話に出る。

「こんにちわ、橘先生」

 こちらの状況と、映像に共通点あり。

 彪光が喋ると橘先生の口も少しして動く。

 いつの間に橘先生の電話番号を手に入れてて驚いた、こういう事態でも予測していたのかな。だとしたら君は本当に凄い奴だよ。

「USBメモリ、拾ったわね?」

 橘先生は頷いている。

 室内を見回して、どこから見られているのか気になってる様子。

「それを、近くの段ボール箱の上に置いて」

 橘先生は、不思議そうにUSBメモリを段ボールの上に。

「今から見る光景は、気にしないで」

 そう言って、彪光は電話を切る。

 そして音々子さんに指示。

「見られてるけど構わずUSBメモリ取って動いて。あとは職員室の入り口に向かうわよ」

 モニタの映像は橘先生に向けられている。

 橘先生は目を点にして凝視、映像はやや横移動――ゆっくりと音々子さんは動いているようだ。

 橘先生からすれば段ボール箱にUSBメモリを置いたらアームが出てきてそれを取って回収され、ゆっくりと段ボール箱は職員室の入り口へと動き始めた――みたいな光景?

 開いた口をそろそろ閉じないと折角の美人が台無しですよ。

 彪光はすぐに職員室へと引き返す。

 新蔵を見つけて、職員室を指差して、その後手を回す。

 段ボール箱を回収しろという意味を彼はちゃんと受け止め、職員室へさっと入ってすぐに回収。

 周囲の生徒には疑問に思われぬよう、何事も無かったかのように教室から出て裏口へ回り、急いで隠し部屋へ。

「何とか、なったね」

 橘先生が見逃してくれなきゃどうなっていた事やら。

 先生という立場ではあるも、彪光には弱い立場にあったおかげだ。

 今でも橘先生は部長と付き合ってるのだろうか、気にはなったけど知ろうとするのはいけないなと僕は思考を雲散。

「ご苦労様、と言うと思った?」

 彪光は音々子さんの顎に扇子を当てる。

「ちょ、ちょっと彪光……」

「貴方は黙って」

 はい、すみません。

「もう少し速やかにやれなかったの?」

「も、申し訳ありません……」

「一つ間違えれば見つかってたのよ、というよりもう見つかってたわ。これは、誰のせい?」

「わ、私です……」

「そうよ、貴方のせい」

 彪光は音々子さんの尻を、扇子で叩く。

「あぁん!」

「この! メス! 豚! が!」

「すみません! すみません! 許してくださいぃ! あぁぁぁぁぁぁあん!」

「喜んでるくせに!」

「そうですぅ! 私は彪光様に叩かれて喜ぶメス豚ですぅ!」

「この世に存在していられるだけで感謝する事ね!」

「ありがとうございますぅ!」

 お仕置き終わったら教えてね。

 僕達はUSBメモリ確認するから。

 データを見てみると、出席簿データはそれぞれちゃんとあり、中身を見れば不登校の生徒が解るだろう。

 解る、だろうけど。

 今自分達がやってる事は非常に、生徒としていけない事。

 指が止まる、僕の正義感が働いたからだ。

「早く中見なさいよ、五臓六腑を引きずり出してぶちまけるわよ?」

「あ、はい」

 指が動く、僕の危機感が働いたからだ。

 お仕置きは終わったようだね、荒い呼吸で床に恍惚な表情を浮かべて倒れている音々子さんは実に幸せそうだ。

 とりあえず五臓六腑を引きずり出してぶちまけられるのは勘弁してほしいから素直に応じるとする。

 仕方の無い事なんだこれは、そう、そうなんだよ。

 僕の正義感は棘のある言葉を投げられただけで逃げていくほどちっぽけじゃあない、ただ彪光を怒らせるとね、ほら、後々大変だからさ、やむを得ない事情というものなのだ。

 データを開いて、画面を覗いて欠席の続いてる生徒を探す僕達。

「一人いるわね、先月からずっと欠席だって」

「今年の新学期に入って一度も登校してない生徒もいるね」

「こっちは先週からですね」

 結構いるもんだ、不登校の生徒は。

 全クラスで、不登校は九人。

 音々子さん曰く、所謂不良で学校に来ようとしない生徒が自分の知る限りでは三人らしい。

 その不良たちは異餌命の標的にされての不登校では無いので除外――六人に絞られた。

「この二人、聞いた話と時期が一致してる」

「他にも似た時期に不登校になった生徒がいるわよ?」

「うん、でも虎善さんの話だと今も学校に一度も来れてないって言ってたから、多分この二人」

 というのも、他の生徒は度々学校に登校しているのだ、不登校よりも不真面目。

 その中でも綺麗にと言うのも変ではあるが、一度も学校に来ていないのは二人のみ。

「えっと、南方好子なんぽうすきのこ秋野嶋杏子あきのじまあんず……」

 好きに子と書いてこのみこ、か。

 ちょっと変わった呼び名だ。

 僕も人の事言えないような変わった名前だけど。

 南方さんは冬――僕達が入学する二ヶ月前から、秋野嶋さんは先月から不登校。

 柳生さんが言っていた話から、時期も一致となれば多分、合っている。

 米印がついてるけど、印を付けられてる理由は書かれていない。

 異餌命によって不登校、という意味での印?

「若しくは異餌命について何か知ってるかもしれないという意味での印?」

 いやあどうだろう。

「まあ、どうでもいいわ」

 てか今僕の心読んでない?

「気のせいよ」

 気のせいじゃない気がするよ!

「住所書いてあるわね、直ぐにでも会いに行きましょう」

 ……ああ。

 そうだね、なんか腑に落ちない点があったけど気にしないでおこう。

 彪光の指示で一応USBメモリのデータはコピーし、残す問題はどうやってUSBメモリを返すか。

 難関かに思えたが、彪光は電話で橘先生を呼び出してUSBメモリを渡して職員室のどっかに置いといてと言って解決。

 橘先生は若干怯えた表情ではあるが用件がそれだけと解り、胸を撫で下ろして、しかしこのUSBどうしようかみたいな困惑に染まった表情で職員室へと向かっていった。

 とても申し訳なく思う、僕の中に溜まる罪悪感がそろそろ満タンだ。



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