二ノ壱
また卵が投げられた。
虎善さんはそれでも冷静な態度で、慌てふためく御厨さんに連れて行かれて校内へ早々に行ってしまい僕らは挨拶を交わせず校内へ。
周囲からは次第に異餌命かと言葉が飛ぶようになっていた。
彪光も怒りは頂点、扇子が悲鳴を上げてそろそろ折れるんじゃないかと心配になる。
朝は緊急朝会が行われ、総生徒会長へ卵を投げつける行為は許されざるものだと校長は話していた。
学校に非公認のサークルについても話があったがあまり触れられず、強調されたのは卵を投げつけた生徒には厳しい処罰を与えるという事。
しかしながら、目撃者がいないのは困った。
朝登校する生徒は多く、その中で虎善さんを狙って卵を投げつけたのに誰一人として見ていないなんて。
少しだけでも手がかりを得たい。
自分の後ろあたりから投げられた気がする――聞き耳を立てるとそんな会話を拾ったが、続きを聞いてみるも誰々が投げてたとか、有力な話は無く僕は小さな溜め息をついていた。
綿密な計画を立てて目撃者がいないように動いてるとしたら、一人では先ず無理。
集団行動を取って確実に見つからないような死角を見つけてそこから投げ込んでいるとして、遠くから投げている……と考えても投げた奴はどれほど確実な命中力を持っているのやら。
放課後、隠し部屋に全員集まり、僕達はテーブルを囲む。
ああ、全員ではない。音々子さんはパソコンとにらめっこしていた。
「どうしたんです?」
聞いてみると、音々子さんは溜め息をついて倦怠感を滲み出しながら答えた。
「異餌命のサイト、見つけたけどパスワードを知らないと入れないようになってるの」
「パスワードねえ……」
音々子さんは何度もキーボードにパスワードを打ち込んでいくも弾かれての繰り返し。
途中で諦めて指を止め、飲み物を飲み始めていたが天井を見つめるその瞳はパスワードで思考を支配されてるようだった。
異餌命のサイトは実にシンプル。
真っ暗な画面の中央に赤い文字で異餌命と書かれ、その下にパスワードと名前の入力欄があるだけ。
不気味、一言で表現するならそんな雰囲気。
「メンバーを捕まえて吐かせるとするわ」
彪光の怒気はまるで見えるくらいに、はっきりと解った。
メーターで表したらもう振り切れるんじゃないだろうか。
「虎善さんの近くに潜んで張り込むとするかい」
「あら、何だかやる気満々じゃない」
「まあね。でも異餌命に僕達が調べてる事を知られるのは――」
「口封じ、それも強烈なのをしてあげるだけよ」
捕まった人は可哀想な目に遭うのは間違いない。
さて……。
手柄は彪光にあげて、虎善さんに彪光の口から報告してもらって、ハッピーエンド。
この流れを作りたい、僕はよしっと心の中で気合を入れた。
「早速行くか」
新蔵も乗り気で嬉しい。
でも指の骨を鳴らされるとちょっと怖いかな。
「あんパン、ギューにゅう、用意シタね!」
アンナは早くあんぱんを食べたそうだ。
「彪光様、総生徒会長は校内の見回り中です」
音々子さんはいくつかあるモニタの中から虎善さんを見つけてそう言う。
カメラ増設した? なんだか廊下やホール等色々な角度から映された映像が前に見た時よりも増えてる気がするんだけど。
「よし、二手に分かれて尾行するわよ」
「アンナはしんぞーとネー」
「なら僕は彪光とネー」
すんなり二組出来上がった。
廊下に行き、前に使った無線機を使って音々子さんと通信して虎善さんのいる場所へと向かう。
もし見つけたとしても単独行動をしている奴を捕まえて、他の目撃者は出さず隠密に。
彪光の命を受けて僕達は頷いた。
周囲は選挙活動やら部活動で騒がしく、油断すればすぐ人にぶつかりそうになってしまう。
五分ほど歩行していただけで二年、三年の選挙ビラを五枚以上貰った。
新入生は候補者の事が解らないから、どれだけアピールするのかが鍵。
おかげで僕達はちょっとした人気者だ。
清き一票を! と囲まれて、ビラ渡されて、候補者が握手してきて、手を振ってお別れ。
三回くらい同じような事があると流石に廊下を歩きたくなくなってきた。
「色んなマニフェストあるね」
「そうね、さっきの奴のマニフェストは気に入らないから一票は入れないようにするわ」
「さっきの奴?」
僕は貰ったばかりのビラを見る。
「裏サークル撲滅ですって」
「当選したら大変だね」
「三年ならあのクソ御厨がいるから無理でしょうけど」
そうだね、彼女の評判は休み時間や昼休みによく耳に入ってくる。
御厨さんは去年は二年生徒会副会長だったのもあり、周りよりも有利。
あの人を良く見てきたけど立派な活動をしていておそらく生徒からのウケもいい。
虎善さんもついてるし当選はほぼ確実といったところか。
「とても不愉快」
彪光はビラをくしゃくしゃに丸めてゴミ箱へ投げた。
コントロールはよろしくないようで、枠に弾かれて床へ寂しく転がる。
「不愉快っ!」
丸まったビラに扇子を向けて言葉を放つ。
紙相手にそんな怒らなくてもいいじゃない。
「そこ! ポイ捨てはいけないであります!」
すると後方から女性の声。
覇気のある声が背中に響いた。
僕達は振り返るとそこには仁王立ちして睨んでくる女子生徒が一人。
「早く拾うであります!」
指差す先には丸まったビラ。
「拾うであります!」
彪光の反応が無かったので、彼女は再びビラを指差して言う。
「うるさいわね」
彪光はその女子生徒をよく観察して、
「ぺちゃぱいめ!」
罵倒するにはどの言葉が適切かを探していたようで、選ばれたのかまさかの胸について。
「ペ、ぺちゃぱいは関係無いであります!」
両手の拳を握りこんで彼女は怒った。
腕章を付けてるが生徒会の人かな。
腕章の文字はしわが寄って見えづらいが、角度を変えて見てみる。
風、紀……ああ、風紀委員の人か。
「ほら、早く!」
「解った解った。解ったわよ」
廊下の奥まで響き渡りそうな大きな声に彪光は嫌そうな顔をしてビラをゴミ箱へ。
「私は三年風紀委員・委員長鍋島律子であります! このようなポイ捨ては認めないのであります!」