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僕らの未来に正義は無い  作者: 智恵理陀
第一部『継承編』:第四章
24/90

四ノ陸



「アンナ! しっかりして!」

 縛られていたものを解き放った途端に、彪光はアンナの元へと飛び出していった。

 腹部に三箇所の刺傷、さらに大量出血は一刻の猶予も無い。

 既に救急車は手配済みだが待っている間がアンナにも、僕達にも酷だ。

 ただ見ているだけでしかない、やれる事は衣服で傷口を覆うくらいしか思いつかず、そっと力を入れ過ぎないよう傷口に衣服をあてて手で押さえた。

「アンナはダイジョブ……」

 大丈夫そうにはまったく見えないが、それは彪光へ向ける言葉として最も安心させるためのアンナなりの配慮。

 救急車が来たのはそれから五分後の事。

 重傷者は二名、一人はアンナなので乗せるのは構わないがもう一人は要注意ってやつ。

 偽彪光は警察が見張りとして付き添い病院へ直行だ。

「マタ、ネ」

 僕らは救急車へ運ばれていくアンナを見送る。

 付き添って救急車に乗り込みたいのもあるだろうし彪光の傷は深くは無が、救急隊員に病院へ行くよう勧められたものの彼女はそれを断った。

 簡単な治療でいいとだけ言って傷口はガーゼを当てて包帯で巻いてもらって治療は一先ず終了。

 でも痛みが和らいだわけじゃない。

 それなのに平気そうに立ち振る舞うのは彪光の心の強さ故だ。

 これから継承式もある、今は小鳥遊に使える人達と合流するのが優先でありもしもまた狙われたら、そういう不安を解消するためにも小さな不安要素であれそれを雲散すべき立ち回りをしなければならない。

 彼女はきっとそう考えている。

 心の強さが警戒を未だに再発、維持さえていた。

 でも僕も彼女の立場ならそうすると思うし、そうするしかないと思う。

 そういう世界にもう踏み込んでしまっている。

 僕だけでもアンナに付き添おうかとついていこうとすると彼女は、

「あやみちゅにツイテテ」

 そう言われてアンナは付き添いを拒んできた。

 アンナは最後まで彪光に優しく言葉を、彪光はアンナに何度も謝罪の言葉をお互い交わしていた。

 救急車に運ばれている間も笑顔は絶やさず、僕らは病院へ向かっていく救急車が視界から消えるまで見送り続けた。

「私のせいで……アンナが……もし、もしも……」

「――もしもの続きは言わないでよ、アンナは絶対に助かるんだからさ」

「……そう、そうよね。た、助かるわよね……」

 落ち着かせるために僕は彪光の頭を撫でた。

 おとなしく頭を撫でさせてくれるなんてこういう場面でしか無いので僕はそっと優しく味わうかのように撫でてやった。

 さて……残るは継承式のみ。

 大きな問題はもう片付いた。

 あとは彪光次第だ。

 ここからは何も言わず彪光がどうしようと僕は彼女に任せるとする、所詮僕は口出しをする資格など無いのだから。

 彼女の背中を見つめつつ、しばらく一人で考えさせてあげようと僕は少しだけ距離を取る。

 まだすぐにはここから離れるわけにも行かず、僕らは警察の目の届く場所にいなければいけないらしく、倉庫近くには壁に凭れる新蔵が目に留まり僕は彼のところへと足を運ぶ。

「しっかし、人使い荒いなお前は」

 僕と目が合うや開口一番、そんな言葉を投げ掛けられて僕は苦笑い。

「そう? 彼らはそう思ってないようだけど?」

 僕が視線を投げた先にはスーツ姿の男性が数十人、じっと直立して僕を見ていた。

 もっと他に指示をと待つ訓練犬のような逞しさを纏うその雰囲気。

「お前の指示した場所にあの女の仲間みたいな奴らがいたのは驚いたが、数えたらかなりの人数だったぞ? それにしてもこんな大事、よく気づいたな」

 こんな大事、そう言いながら新蔵が一瞥した倉庫とは少し離れた何も無い広い場所には警察車両数十台が停車しており、警察官が何十人も見られた。

 立ち並ぶいくつかの倉庫の前では倒れている黒服の男性や戦意喪失して視線を地面に落としている男性等が警察や刑事達に囲まれていた。

 一網打尽、そんな風景。

「ちょっと調べ事しててね。偶然知っちゃったんだ」

 なんて言ってみる。

「それではたまた偶然にも協力者が現れて、その人のおかげで囮を使って事前に彼らは散らばせておいたんだよ、それに彼らは奇襲されるなんて思ってもいないだろうから絶対に不意はつける」

 武器を持った相手に新蔵達を差し向けるのは自殺行為、でも武器を持っていても少人数の時に多人数から不意打ちされたら無力と化す。

 それにこれから襲う側が襲われるなんて想定もしていなかっただろう。

 単独行動に加えて彼らの油断、これらによってうまくいく確信が僕にはあった。

「そうだな、面食らってされるがままってやつだ」

 その結果、偽彪光に気づかれる事無く彼らを殲滅。

 総力戦になれば流石に偽彪光も状況に気づくだろうが、奇襲する事で外の様子はまったく気づかなかったために部下との連絡も行わず、余裕から油断さえ抱いていただろう。

 結局、その油断もあってか偽彪光は計画も潰されて入院というおまけ付き。

「けどこいつらは何なんだ? 俺の指示に従うし、お前……一体……?」

「彼ら? 彼らは……遠い知り合い、的な……。まあ、新蔵に従うようお願いしたら聞き入れてくれた良い人達だよ」

 なるべく指揮者は僕に近い人物なら時間が無くとも連絡や状況を伝えやすかったから、指揮者は新蔵を選んだけど当然、彼らは新蔵を知らない。

 でも事前に彼らには新蔵の顔写真と彼と共に行うこれからの作戦を伝えておいたし、腕っ節もピカイチ。

 隠密部隊と言ってもいいくらいの組織が数分で出来上がり。

 僕は彼らに直接お願いをした事は無いが、これは狐が手配してくれた人達だ。

 狐からのお願いは僕の指示に従う事、そして僕は新蔵の指示に従う事、と間接的にこっくりさんの願いを狐から僕へと代えられる方法だ。

「貴方にと」

 直立する彼らの中から一人、僕へ寄って電話を渡してきた。

 僕はそれを耳へ当てると、

『おめでとう』

 女性の声が聞こえくてる、しかも溜息混じりですごくだるそうな声。

 考えるまでも誰とは問うまでも無く、それは狐の声である。

「ありがとう、久しぶりだね」

『お前が知りたい情報はパソコンに送っておく、とりあえず今回の奇襲はリスクが高かったし、囮にも手配が苦労したんだけど』

「ご、ごめん……」

『拳銃も所持してるし、ドスなんて携帯電話を持つかのように当然所持してた』

 女の子がドスとか渋い単語呟くのは何だかなぁって思うが、それはおいといて。

「うん……」

『警察全体は動かせなかったけど、一部の警察だけは動かせた。近くには警察の巡回を手回しして発砲の抑止力になったけど、万が一キレた奴が出てきたらという不安が大きかった』

「確かに」

 僕のためにかなり手回ししてくれて、とても感謝してる。

 おかげで奇襲は大成功だ。

『確かにじゃないよ馬鹿野郎』

「すいません……」

『車も二台手配しておいたから、一台は服部新蔵を病院へ送る車。もう一台はお前の好きな場所に指示すればつれていってくれる』

「ありがとう、本当に」

『私のお願いを聞き入れた警察が辻褄合わせておいたから早く帰れよ。んじゃ……あたしも忙しいんだ、またな』

 電話は途端に切れた。

 こちらの状況も報告してもっと感謝の言葉を述べたかったけど切れてしまったらもうこの電話からは絶対に繋がらない、そういう奴だ。

 警察側から何か質問の一つくらいあるのかなとか思ってたのに何も言ってこないのは狐のおかげってわけだ、助かるね。

 電話を手渡すと彼らはその場から去っていき、僕達三人のみが残った。

 警察らが帰る彼らに敬礼さえして見送る様子が、彼らは一体何者なんだろうなあとか思うものの、深く考えるのはよそうと僕は思考を雲散。

「これからどうするんだ?」

「車が来るから待ってて」

 待つ事数分、警察に誘導されて二台の車両が目の前に停車。

 黒塗りの高級車はこの場にはまったく馴染まないね。

 狐の手配は早くて驚愕してしまうよ、本当にさ。

「服部新蔵様はこちらへ」

 運転手がそう告げてわざわざドアまで開けてくれる。

「……乗っていいのか?」

 そんな不安そうな視線で僕を見ないでくれよ、新蔵らしくない。

 僕は小さく頷いてちょっとした笑顔で送った。

 誰もが警戒すらしてしまうだろうけど、僕らのために用意されたものだ。

「今日子ちゃんのところにいってあげなよ、こっちはもう大丈夫だからさ。今日はありがとう」

「ああ……またな」

 そこで新蔵とはお別れ。

 僕らも高級車に乗り込むとしよう。

 ふかふかの座り心地、いやあ最高の気分だ――なんてにやついた顔は絶対にしない。

「南学までお願いします」

 とりあえず出発。

 それにしても豪華なタクシーだぜ。

 狐はどんなコネでこんな高級車を用意したのか、僕はこのようなお金の掛かりそうな業界には手を出していないので想像が出来ない。

 ちなみに僕は人との繋がりが得意なこっくりさん、わんわん人と触れ合うところが狗らしいだろう?

 そんで狐はお金関係で、狸は……よく解らない。

 これくらいしか知らないし、これ以上は知る必要は無い。

 こっくりさんっていうのはそういうものだ。

「ありがとう……助けてくれて」

 おっと今は思考を集中させるのではなく彪光に集中しよう。

「君のお願いを聞いただけさ、願いはちゃんと叶っただろう?」

「ええ、叶ったわ。感謝してる」

 彪光は笑顔を見せた。

 その瞳からは涙が流れて頬を伝う。

「やだ……」

「怖かったろう、もう安心していいんだよ」

 彼女は僕へそっと寄り添った、それに対し僕は何も言わず胸を貸す。

 落ち着くまでこうしていよう。

 静かな沈黙がとても心地良い。

 僕としても今回ばかりは彼女の願いを叶えられるかどうかは、不安要素がかなり多くて狐と狸がいなければ正直難しかった。

 何より相手が使用する武器として銃刀が最も使用されるのではと考えられたからね。

 アンナは重傷を負ってしまったし、彪光も怪我をした。

 絶対に怪我人を出すまいと思っていたのに不甲斐ない。

 この時間だけは下を向いても良い時間であり、自由にしていい空間。

 でも車から降りたら、僕らは……。

「継承式、貴方も出て」

 思考の続きを低い車両の天井を見ながら呟こうとしていたが、彪光の声によって遮られた。

「僕が……?」

 継承式なんて、僕は小鳥遊家とは何も関わりが無いし先ず出ていいものなのか。

 こんな一般市民がさ、お偉方の中に一人ちょこんと座ってたらそりゃ奇抜な置物かと思われるんじゃないかな。

「ええ、お願い」

 どうしてもというのならば僕は構わないよ。

 ただ奇抜な置物が動いた! とかお偉方に騒がれたら号泣してその場を去ると思うけどそこのところはご了承いただきたいところ。

 彪光は涙を拭いて深呼吸。

 そこでいつもの扇子を取り出して、開いてみせたがぼろぼろだ。

 無理もない、あれほどの騒動で耐久性の低い物が無傷なんて相当奇跡が起きない限りありえないからね。

「……閉じてれば解らないかしら」

「そうだね、開いてると逆になんかこっちが悲しくなってくるよ」

 彼女は扇子を閉じると、黒が目立つ着色からかある程度の傷跡は見えないし大丈夫だろう。

 開くと切ないくらいにぼろぼろ加減を晒す事になるがね。

 車両が学校へたどり着いたのはもう十五時半を過ぎていた頃。

 授業もそろそろ終わるし、短い時間ながら僕らは本当に質の濃い時間を過ごしたと思う。

 なんていうか一生に一度あるか無いかの経験を詰め込められて体験させられたような、そんな時間だった。

 校門近くには既に車両が一台停車しており、黒服の男性らが周囲を歩いていた。

 以前にもあったように近くの安全確認というやつだ。

 その中には戸上さんもおり、この車両を見るや警戒の視線を向けてインカムで何やら指示を出している様子。

 無駄に警戒させるのも申し訳無いので早いとこ降りるとしよう。

「あの、送ってくれてありがとう御座いました」

「いえいえ、こっくりさんに頼まれたもので」

 狐にこの人はどんなお願いを叶えてもらったんだろうなあ。

 笑顔で僕らを見送ってくれている事から、きっとこの人は最高のお願いを叶えてもらったに違いない。

 腕が痛むのか、彪光は中々すんなりと降りれないようなので僕から先に降りた。

 手を差し出して、

「ほら、捕まって」

 どう? 頼もしいでしょ? みたいな顔をしてみる。

 中々格好良いところ見せられなかったし、こういう面で汚名返上といきたいね。

「……ふんっ」

 ちょっと照れてるのか目を逸らしながら僕の手を掴んで彼女は降りた。

 微妙に不機嫌そうだけどどこか嬉しそうで、その証拠に口元が若干緩んでて今にも笑みを溢したいが周りに人がいるので素直には笑みを作れないと説明文がつきそうなその表情、可愛いね。

「彪光お嬢様! ど、どうしたのですか……?」

 学校そっちのけで見知らぬ高級車からのご登場でしかも左腕には包帯。

 一から説明するには十分ほど時間が掛かりそうだ、いや……十分で足りるか?

 彪光は説明を始め、僕は彼女の隣で説明中に横から小声で補足を伝えておいた。

 うっかり僕がこっくりさんだったとかそういうのは喋られると困るからね。

 一応誤魔化すための言い訳も考えておいたのでそれを伝えて説明終了。

「彪光様!」

 丁度その時、校門から音々子さんが現れた。

 そういえば連絡するのを忘れていた。

 携帯電話は回収した時に電池パックが外れたのか電源が切れたままだったし。

 勢いよく音々子さんは僕らへ走ってきた。

 彪光の顔を見れて本当に嬉しいようだ。

 僕も今の喜びを共有したいから無意識に抱きつくかも。

 でも、

「痛い! た、助け……あっ」

 すぐに取り押さえられた。

 彪光……音々子さんを友人として教えてなかったの?

 いやまあ彪光にとっては音々子さんは友人の枠ではなく奴隷の枠かもしれないけれど僕らのために頑張ってくれている良い人には違いないんだが。

 しかし音々子さんを取り押さえているのが戸上さんとセットみたいにいつもいる女の護衛だからか、どこか気持ち良さそうだ。

 このまま放っておくのが幸せならばそうしておくのも一つの選択。

「放してあげて」

 言われるがままに護衛は彼女を放すも音々子さんにだけは警戒の目が厳しい。

「無事で何よりです彪光様」

「心配してくれてありがとう」

 今日はやけに優しい。

 それも今日でお別れだからとかそういう感情が作用しているのかも。

 もちろん音々子さんは、

「……だ、大丈夫ですか?」

 彪光の様子を心配する。

 第一声が罵倒、音々子さんの想像はそうだったであろう。

 どうして解ったかって? 僕もその想像を正確に模写した予想図を描いていたからだ。

「大丈夫よ、これからまた行かなくちゃならないから今日はもうあそこにも行かないから、帰ってもいいわ。待っててくれてありがとうね」

 すごい、彪光すごいよ君。

 素直に感謝の言葉を述べているけど、

「あっ……は、はぃい……」

 音々子さんに精神的なダメージを与えてしかも現実逃避の結果、それを快楽に変換するという高等技術を取得させるなんて。

「あっ、そっ、そうだ忘れてたわこれ、調べてたものよ」

 音々子さんはUSBメモリを僕に手渡した。

「どうもです」

「何それ」

「ん? これかい? まあ今度ゆっくり話すとするよ」

 戸上さん達も準備しているようだし、今は車両に乗り込むとしよう。

 彪光が誘拐された、その報告を受けて彼女を乗せる車両の前後には更に護衛の車両が走行。

 左右にはバイクが並走して万全の対応。

 僕は助手席に乗せられて、彪光の隣には護衛が座る事になった。

 万が一何かあったら彼女を守るための配慮らしい。

 って僕は誰に守られればいいのだろう。

 運転に集中している戸上さん?

 それとも自己責任でお願いしますとか言われないよね。

 今のところ頼りにしていい護衛はエアバッグくらいかな。

 でも万が一も今日はもう起こりそうにないと思う、杞憂に終わるのは解っているとどこか感じていた。

 だから今……僕が抱くべきなのは不安じゃなく、達成感だろう。

 少なくとも後ろにいる彪光を意識すると僕はそう思うべきなのである。


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