リンレイのお見合い
スピネリア王宮の庭園に、春が訪れていた。
冬の間は静まり返っていた花壇にも新しい緑が芽吹き、白い水仙や淡紫色の菫が朝露を受けている。宮廷調香師のために設けられた温室では橙の木が花をつけ、硝子戸を開くたび、清らかな甘さを含んだ風が回廊へ流れ出した。
アデル・スピネリアは、その香りを確かめながら、手元の書簡をもう一度読み返していた。
「……やっぱり、そろそろよね」
向かいの長椅子で娘を膝に乗せていたリュシアンが、顔を上げた。
「何が?」
「リンレイ様のことです」
「ああ」
それだけで話が通じたらしい。リュシアンは小さく頷き、膝の上でもぞもぞと動く娘の手から、自分の襟飾りを救い出した。
「もう十八か」
「ええ。スピネリアへいらした頃は十五歳でしたのに、早いものですね」
「最初は、ライレイの後ろに隠れているような子だったな」
「隠れてはいらっしゃいませんでしたよ。きちんとご挨拶くださいました」
「その後ろにライレイが張りついていただろ」
「……それは、そうでしたね」
思い出したアデルは、つい笑ってしまった。
ライレイ・シャン。今ではシャン王国の王太子となったあの青年は、昔から妹のこととなると少々度を越していた。本人はごく自然に振る舞っているつもりなのだろうが、リンレイへ向ける気遣いは、時として心配というより監視に近い。
もっとも、その妹は三年前とは随分変わった。
自ら望んで駐スピネリア使節となり、交易に関わる官吏や商人たちの間を取り持ち、今では両国を結ぶ外交官として欠かせない存在になっている。会議の席で堂々と意見を述べる姿を見るたび、アデルは親しい妹の成長を見守るような誇らしさを覚えていた。
「縁談か」
リュシアンが言う。
「はい。ご本人が望まれるなら、そろそろお相手を探してもよい頃かと」
「ライレイが許すかな」
「それが問題なのです」
アデルは書簡を机へ置いた。便箋の端には、リンレイがシャンから持ち込んだ香木を使って試した、微かな白檀の残り香がある。遠い東の国を思わせる温かな香りだった。
「ですから、まずはご家族にお伺いしようと思っております」
「誰に?」
「ライレイ殿下とユエ様に」
リュシアンはしばらく考えた。
「……ユエ殿だけでよくない?」
「なぜです?」
「あいつに聞いたら、絶対面倒なことになる」
「お兄様ですもの。ご意向を確かめずに進めるわけにはまいりません」
「まあ、そうだけど」
リュシアンは娘を抱き直した。
「俺だったら嫌だな」
「何がでしょう」
「この子が嫁に行くの」
黒髪の王太子は、まだ幼い娘の額へ頬を寄せた。娘は父親の苦悩など知るはずもなく、灰青色の瞳を輝かせながら、再び襟飾りへ手を伸ばしている。
アデルはその光景を見つめ、静かに息を吐いた。
「……リュシアン様」
「何?」
「まだ随分先のお話ですから」
「先でも嫌だ」
「それでは、ライレイ殿下と同じですよ」
そう言うと、リュシアンは少し不満そうな顔をした。
結局、アデルは夫の意見を聞き流し、シャンへ送る書簡をしたためた。
『リンレイ殿下も妙齢かと思いますが、お相手はスピネリアとシャン、どちらで探すおつもりでしたか? よろしければ、私たちもご協力いたします』
それが、騒動の始まりだった。
*
シャン王宮へ届いた書簡を読んだライレイは、しばらく動かなかった。
執務室には沈香の落ち着いた香りが漂い、格子窓の向こうでは庭の杏が薄桃色の花をつけている。春とはいえ、朝の空気にはまだ冷たさが残っていた。
「……ユエ」
「はい、殿下」
「これ、読んで」
差し出された便箋へ目を通したレン・ユエは、特に驚いた様子もなく頷いた。
「もっともなお話でございますね」
「どこが?」
「リンレイ様も十八歳になられました。婚姻のお相手をお探しになるには、よい頃合いかと」
「まだ十八だよ?」
「もう十八でございます」
「俺の妹だよ?」
「存じております」
「リンレイが?」
「はい」
「結婚?」
「そう書いてございます」
ライレイは椅子の背へ身を預けた。
長い赤褐色の髪が肩から滑り落ち、金色の瞳が天井を仰ぐ。戦場でも政争でも滅多に動じない男が、今は一枚の便箋を前に、どうしようもなく困った顔をしていた。
「……早くない?」
「早くございません」
「だって、ついこの前まで小さかったんだよ」
「その『ついこの前』から三年が経っております」
「三年なんて、あっという間じゃない」
「それほど短い年月でもございません」
ユエは淡々と答え、卓上の茶を一口飲んだ。焙じた茶葉の香ばしさが、沈香の残り香に重なる。
「そもそも無理じゃない?」
「何がでございますか」
「相手が見つからないよ」
ユエの暗赤色の瞳が、わずかに細くなる。
「なぜ、そのようにお考えなのでしょう」
「だってさ、まず俺が兄の時点で理想が高くなってるでしょ?」
「…………」
「それで、スピネリアで近くにいるのがリュシーでしょ? もう無理だよ。お眼鏡に適うわけない」
「……左様でございますか」
「俺より強くて、リュシーより頭が良くて、しかもリンレイを大事にしてくれる男なんて、どこにいるの?」
「随分と高い自己評価にございますね」
「事実でしょ?」
「少なくとも、ご自身を基準にするのはおやめになった方がよろしいかと」
「いやあ、でもさ」
ライレイは腕を組み、真剣な顔になった。
「そもそも、俺を倒してからでしょ?」
ユエは茶杯を置いた。
細い磁器の底が受け皿へ触れ、澄んだ音を立てる。
「……殿下」
「何?」
「先ほど、殿下より強い男性など見つからないと仰いませんでしたか」
「言ったよ」
「では、リンレイ様は一生ご結婚できないことになりますが」
「そうだね」
「……そうだね、ではございません」
ライレイは悪びれもせず笑った。
「だって、仕方ないじゃない。大事な妹を任せるんだから、それくらいの覚悟は見せてもらわないと」
「それは覚悟ではなく、単なる無理難題にございます」
「そうかなあ」
「左様にございます」
ユエは夫の顔を見つめた。
ライレイは昔から、こういう男だった。自分の能力について妙な謙遜をすることはないし、できることをできると言って何が悪いのか、本気で分かっていないところがある。
まして妹のこととなれば、理屈の通じる余地はさらに狭くなる。
「そもそも、リンレイ様が殿下と同じような男性を望んでいらっしゃるとは限りません」
「え?」
「殿下ほど武芸に優れずとも、誠実で、リンレイ様を大切にしてくださる方はいらっしゃるでしょう」
「でも、弱かったらリンレイを守れないじゃない」
「リンレイ様ご自身も、十分にお強い方でございます」
「俺が教えたからね」
「……ご自慢ではございません」
ユエは小さく息を吐いた。
ライレイは満足そうだった。妹の武芸を褒められたことが、よほど嬉しいらしい。
「それに、リンレイ様はご自分で人生をお決めになれる方です。十五歳で異国への赴任を志願し、三年間、立派にお務めを果たしてこられました。お相手を選ぶことも、ご自身でお決めになるべきかと」
「……分かってるよ」
ライレイの笑みが、ほんの少し薄くなった。
開いた窓から風が入り、机の上の便箋を揺らす。彼はそれを指先で押さえ、アデルの整った文字へ目を落とした。
十五歳でシャンを離れた妹は、もう十八になる。
あの子が自分の後ろに隠れていたのは、ずっと昔のことだ。今では自分の考えを持ち、自分で選んだ場所に立っている。
分かっている。
その成長を、誰より誇らしく思っている。
けれど、だからといって、簡単に手放せるものでもなかった。
「……変な男に騙されたら?」
ぽつりと漏れた声に、ユエはわずかに表情を和らげた。
「リンレイ様は、そのようなことを容易く許す方ではございません」
「泣かされたら?」
「その時は、お力になって差し上げればよろしいでしょう」
「……俺が?」
「はい。今までと同じように」
ライレイは妻を見た。
ユエは静かに続けた。
「ご結婚なさったからといって、兄妹でなくなるわけではございません」
しばらく沈黙があった。
やがてライレイは、小さく息を吐いた。
「……そうだね」
「はい」
「まあ、本人が好きだって言うなら、仕方ないか」
「左様にございます」
「でも、相手はちゃんと確かめないとね」
「それはもちろんです」
ユエがようやく頷いた、その時だった。
「……あ、そうだ」
「はい?」
「うちの娘も、いつかお嫁に行くのかな」
ユエは、夫を見た。
「当然、その可能性はございます」
「…………」
ライレイの顔から、再び笑みが消えた。
「……ユエ」
「はい」
「まだ、そんな話をするには早いでしょ」
「リンレイ様のお話も、同じでございます」
「…………」
「お分かりいただけましたか」
ライレイは答えなかった。
代わりに、両手で顔を覆う。
「……娘も嫁に行くのかあ」
ユエは、深く息を吐いた。
先ほどまでの理屈も、妹の成長を認めた言葉も、娘の将来を想像した途端、どこかへ消えてしまったらしい。
まったく、困った父親である。
もっとも、妻としては、その困り方を少しだけ愛おしく思わないでもなかった。
「殿下」
「……何?」
「アデル様へ、お返事を差し上げてもよろしいでしょうか」
「……うん」
「リンレイ様のお相手探しに、ご協力いただくということで」
「…………」
ライレイは指の隙間から妻を見た。
「……俺を倒してから、って書いといて」
「書きません」
即答だった。
その日のうちにスピネリアへ送られた返書には、ユエの端正な文字でこう記されていた。
『リンレイ様のお相手探しにつきましては、どうぞよろしくお願い申し上げます。なお、ライレイ殿下は現在、冷静なご判断が難しいご様子にございますので、条件につきましてはお気になさらずお進めくださいませ』
数日後、それを読んだアデルは思わず笑い、隣から覗き込んだリュシアンも、呆れたように息を吐いた。
「……やっぱり、あいつに聞くんじゃなかったな」
「でも、お許しはいただけましたよ」
「ユエ殿からな」
「十分ではありませんか」
リュシアンはしばらく考えた。
それから、膝の上で無邪気に笑う娘を見下ろした。
「……俺も、将来はああなるのかな」
「もう半分ほど、なっていらっしゃいます」
アデルが微笑むと、王太子は少し不本意そうに眉を寄せた。
*
「……兄様らしいですね」
その数日後、王宮の温室でアデルから事情を聞いたリンレイは、少し困ったように笑った。
赤褐色の髪を肩のあたりで揃え、今日は淡い萌黄色の衣装を纏っている。袖口にはシャン式の細い刺繍が施され、胸元にはスピネリアで流行している小粒の真珠が留められていた。二つの国の装いを自然に合わせた姿は、彼女が両国で過ごしてきた年月を思わせる。
母フェイランに似た金色の瞳は、目尻がわずかに吊り上がっている。黙っていれば近寄りがたいほど整った顔立ちなのに、笑うと年相応の愛嬌が覗くところは、兄によく似ていた。
「でも、あながち外してもいませんが……」
「まあ。リンレイ様まで?」
アデルが目を丸くする。
リンレイは慌てて首を振った。
「いえ、兄様に勝てる殿方でなければ嫌だという意味ではございません。ただ、兄様が少し睨んだだけで逃げ出すような方では、困りますので」
「……それは、確かに」
ライレイがその気になれば、相手の出自も仕事も交友関係も調べ上げ、最も答えに困る質問から投げかけるだろう。
しかも本人は、にこにこと笑いながら。
「わたくしも、結婚を考えたことがないわけではないのです」
リンレイは膝の上で手を重ねた。
「ですが、今の仕事は続けていきたいと思っております。シャンとスピネリアの間には、まだやるべきことがたくさんございますから」
「ええ。私も、そう思います」
「ですから、お相手には、わたくしの仕事を理解していただきたいのです。お互いの考えが違っても、きちんとお話しできる方がよいですし……」
そこで、少しだけ言葉を探す。
「……強い方がよいのかもしれません」
「強い方?」
「はい。兄様のように」
アデルは笑みを深めた。
「ライレイ殿下のような方を、お探しなのですか?」
「……いいえ」
リンレイは即答した。
あまりにも早い返事に、アデルが瞬きをする。
「兄様のような方は、もう兄様だけで十分です」
「……まあ」
「お強いですし、頭もよく回りますし、誰とでもすぐに仲良くなれる方です。けれど、その分、周囲がどれほど振り回されることか」
少し遠い目をする。
「ユエ姉様は、本当にすごい方だと思います」
アデルは堪えきれずに笑った。
確かに、ライレイを相手に一歩も引かず、必要ならきっぱり叱るユエの姿は、何度見ても感心するほどだった。
「では、まずは何人かの方とお話ししてみてはいかがでしょう」
「……お話し、ですか?」
「ええ。お見合いといっても、最初から結婚を決める必要はございませんもの。どんな方なのか、少しずつ知っていけばよろしいのです」
アデルは温かい茶を注ぎ足した。
橙花の微かな甘さが、湯気とともに立ち上る。
「私も十八歳の頃、お見合いをいたしました」
「存じております」
リンレイの口元が、少しだけ上がった。
「リュシアン殿下が、大層ご機嫌を損ねられたと」
「……どなたからお聞きになったのですか?」
「メリル様です」
「……メリル殿下」
アデルは額へ手を当てた。
あの頃の話を、いったいどこまで聞かせているのだろう。
「でしたら、メリル殿下にもご相談してみましょうか。騎士団の方々とも親しくしていらっしゃいますし」
「騎士団……」
リンレイの金色の瞳が、少し輝いた。
「それは、よいかもしれません」
*
「強い男性?」
メリルは、訓練場を見下ろす回廊で、興味深そうに首を傾げた。
亜麻色の髪を高く結い上げ、濃紺の乗馬服を纏った姿は、王女というより今にも剣を取りに行きそうな雰囲気だった。灰青色の瞳が春の日差しを受け、快活な光を宿している。
「はい。まずは、どのような方がいらっしゃるのか知りたいのです」
リンレイが答えると、メリルは訓練場へ視線を向けた。
土の上では騎士たちが二人一組で木剣を打ち合わせている。乾いた打撃音が響き、踏み込むたびに砂埃が舞った。春の風には若草の青さと、馬房から漂ってくる乾草の匂いが混じっている。
「でも、剣が強いからといって、結婚相手としてよいとは限らないわよ」
「そうなのですか?」
「ええ。私だって、ユリウスの剣だけを見て好きになったわけじゃないもの」
メリルは、訓練場の奥に立つ夫へ目を向けた。
ユリウス・フェルナーは、ちょうど若い騎士の構えを直していた。短い黒髪と静かな灰色の瞳。無駄のない身のこなしで木剣を受け、相手へ何かを説明している。
「ユリウスは、私が王女だからって適当に褒めたりしなかったの。できていないことは、できていないって教えてくれた。もちろん、できた時にはちゃんと認めてくれたわ」
「……素敵ですね」
「でしょう?」
メリルは嬉しそうだった。
「だから、リンレイも、剣の腕だけじゃなくて、その人がどういうふうに人と向き合うのかを見た方がいいと思う」
リンレイは頷いた。
強さというものが、腕力や剣技だけで測れないことは分かっている。兄もまた、武芸に優れているだけの男ではない。
それでも、どうすれば人の本当の姿が見えるのかは、まだよく分からなかった。
「まずは、お茶でも飲んでみましょうか」
メリルが言った。
「……お茶、ですか?」
「ええ。いきなり手合わせを申し込むより、その方が穏当でしょう?」
それは、もっともな意見だった。
リンレイは素直に頷いた。
*
最初に紹介されたのは、王室騎士団第一部隊隊長、アルベルト・クロイツだった。
淡い金髪を短く整えた長身の青年で、深い紺色の瞳は涼やかに切れ上がっている。二十代後半ほどの精悍な顔立ちには、どこか近寄りがたいほどの生真面目さがあった。
メリルが用意した小さな応接室へ入ってきたアルベルトは、リンレイの前で足を止め、寸分の隙もない礼を取った。
「シャン王国第四王女殿下。このたびはお声がけいただき、光栄にございます」
「こちらこそ、お忙しい中ありがとうございます」
「とんでもございません。殿下のお役に立てるのであれば、何よりの光栄です」
見事な挨拶だった。
礼をする角度も、椅子を引く仕草も、言葉遣いも。何ひとつ非の打ちどころがない。
茶席には春摘みの茶葉が用意されていた。青い草を思わせる爽やかな香りと、焼きたての菓子に使われた蜂蜜の甘さが、開け放たれた窓から入る風に混じる。
リンレイは茶杯へ手を伸ばし、まずは仕事の話から始めることにした。
「クロイツ卿は、長く王室騎士団にお勤めなのですか?」
「はい。若年の頃より騎士団に所属し、現在は第一部隊をお預かりしております」
「それは素晴らしいことですね。お仕事は大変ではございませんか?」
「王族の皆様をお守りすることが、我々の務めですので」
アルベルトは真面目な顔で答えた。
「大変というより、責任の重い仕事と考えております」
「……そうですか」
リンレイは微笑んだ。
責任感の強い方なのだろう。
それは、とてもよいことだ。
「では、お休みの日は何をなさるのですか?」
「主に身体の鍛錬と、部隊の記録整理を」
「お休みの日まで?」
「必要なことでございますので」
「趣味などは?」
「剣術が最も性に合っております」
「……そうなのですね」
会話が途切れた。
リンレイは茶を一口飲みながら、次の話題を探した。
アルベルトは穏やかに答えてくれる。こちらの言葉を遮ることも、見当違いな褒め言葉を並べることもない。シャンの交易について尋ねられた時には、警護の立場から見た商隊の安全について、興味深い意見も聞かせてくれた。
けれど、どれほど話しても、二人の間には見えない机がひとつ余分に置かれているようだった。
アルベルトが見ているのは、シャンから来た王女。
異国の使節。
礼を尽くすべき客人。
それは間違いではない。
むしろ、彼は自分の立場に忠実であろうとしているだけなのだろう。
なのに、リンレイは少しだけ寂しく感じた。
(……兄様でしたら)
ふと、そんな考えが浮かぶ。
兄なら、初めて会う相手にも気軽に話しかけるだろう。茶が美味しければ美味しいと言い、菓子を気に入ればもうひとつ欲しいと笑う。相手の話を聞きながら、いつの間にか自分の話まで始めてしまう。
あの人懐っこさは、時として困ったものだった。
けれど、話している相手まで自然と笑わせてしまうところが、兄にはある。
「……殿下?」
声をかけられ、リンレイは顔を上げた。
「あ、失礼いたしました」
「何かお気に障ることでもございましたでしょうか」
「いいえ、そのようなことは決して」
「でしたら、よろしいのですが」
アルベルトは少し安堵したように頷いた。
その表情に、不意に優しいものが滲んだ。
きっと、よい方なのだ。
リンレイはそう思った。
ただ、自分がその優しさをもっと知りたいと思うかどうかは、また別の話だった。
*
「どうだった?」
茶会を終え、アルベルトを見送ったところで、メリルが尋ねた。
「……とても立派な方でした」
「でしょう?」
「礼儀正しく、職務にも忠実で、騎士として素晴らしい方だと思います」
「うんうん」
「ですが……」
リンレイは少し言葉を探した。
「最後まで、王女として扱われていた気がいたします」
メリルは一度瞬きをし、それから小さく笑った。
「ああ……アルベルトだものね」
「もちろん、それが正しいことだとは存じております。わたくしはシャンの王女ですし、あの方はスピネリアの騎士ですから」
「そうね。でも、お見合いとなると少し堅すぎるかもしれないわね」
メリルは腕を組んだ。
「アルベルトは昔からああなの。部下のこともよく見ているし、失敗した相手を頭ごなしに叱ったりしない。けれど、仕事となると誰より真面目なのよ」
「……そうなのですね」
「まあ、お茶を飲んだだけじゃ、分からないこともあるわ」
リンレイは素直に頷いた。
人を知るというのは、思っていたより難しい。
「では、もう一人ご紹介しましょうか」
「……もう一人?」
「同じ第一部隊の副隊長よ。アルベルトとは正反対の人」
メリルの灰青色の瞳が、楽しそうに細められた。
「きっと、退屈はしないと思うわ」
*
数日後。
「……いやあ、参りましたね」
マルセル・デュランは、茶席へ着くなりそう言った。
柔らかな茶色の髪が額へかかり、大きな黒い瞳には人懐っこい光が宿っている。口元にはすでに笑みが浮かび、騎士服を着ていなければ、気のよい商家の青年にも見えただろう。
「何かございましたか?」
リンレイが尋ねると、マルセルは困ったように笑った。
「いえ、メリル殿下からお茶に誘われた時点で、何か失敗をしたのかと思いまして」
「失敗、ですか?」
「ええ。騎士団の備品を壊したか、訓練中に問題を起こしたか、それとも報告書に何か不備があったか……一通り思い返したのですが、心当たりが多すぎまして」
「まあ。そんなにございますの?」
「いえいえ、冗談ですよ。半分くらいは」
「半分?」
「……そこは聞かなかったことにしていただけると助かります」
リンレイは思わず笑った。
マルセルも、つられるように笑う。
春の午後の光が、開け放たれた窓から斜めに差し込んでいた。卓上には橙花を添えた茶と、杏の蜜を使った小さな焼き菓子が並んでいる。甘酸っぱい香りは軽やかで、アルベルトとの茶会よりも少しくだけた雰囲気を作っていた。
「リンレイ殿下は、こちらへいらして長いのでしょう?」
「はい。もう三年になります」
「三年! それでは、すっかりスピネリアの暮らしにも慣れましたね」
「ええ。ですが、時折シャンの料理が恋しくなることはございます」
「どんな料理です?」
マルセルが興味深そうに身を乗り出した。
リンレイは故郷でよく食べていた香辛料の煮込みや、蒸した肉料理について話した。するとマルセルは、王都にも最近シャンの料理店が増えていることや、アルベルトを誘って一度行ってみたいことを楽しそうに話してくれた。
「隊長は、初めて食べるものには随分慎重なんですよ。毒が入っているとでも思っているのか、必ず一口ずつ確かめてから召し上がるんです」
「まあ」
「もちろん、食事の席での話ですから、仕事とは関係ないんですけどね」
「ふふっ。クロイツ卿らしいですね」
「でしょう?」
マルセルは嬉しそうに頷いた。
それから、アデルが騎士団のために作った夏用香料の話になった。
「本当に助かっているんですよ。あれがなかったら、昨年の夏はどうなっていたことか」
「アデル姉様が?」
「はい。装具に使うものも、肌に使うものも、非常に評判がよくて」
「それは何よりでございます」
「今年もお願いできるといいんですが」
マルセルは自分の袖口へ目を落とした。
「特に、アルベルト隊長は喜んでおられました。ああ見えて、身だしなみには結構気を遣う方なんです」
「……そうなのですね」
リンレイは少し驚いた。
先日のお茶会では、そんな一面は見えなかった。
今度会う機会があれば、聞いてみてもよいかもしれない。
そう思いながら、目の前の青年を見た。
(……お話ししやすい方)
マルセルは、相手の話を聞くのも、自分の話をするのも上手かった。
何より、リンレイが笑えば嬉しそうに笑い返してくれる。気負うことなく言葉を交わせるのが、こんなに心地よいとは思わなかった。
そして。
(……兄様に、少し似ていらっしゃる)
人懐っこい笑顔。
誰とでもすぐに打ち解ける気安さ。
相手の緊張をほぐすような、軽やかな冗談。
ライレイも、こういうところがあった。
兄は初対面の相手であっても、気づけば昔からの知り合いのように話してしまう。相手が何を好み、何を嫌がるのか、会話の端々から見抜いてしまうところも似ていた。
そのことに気づいた瞬間、リンレイの胸へ温かなものが広がった。
けれど、次の瞬間。
(……あら)
別の記憶が蘇った。
兄様。
よく笑う。
人懐っこい。
誰とでも仲良くなれる。
そして。
花街。
「…………」
リンレイの笑みが、ぴたりと止まった。
そうだった。
兄は昔から女性にも随分と人気があった。戦場から戻るたび花街へ遊びに行き、年上の女性たちに可愛がられたと、悪びれもせず話していたことがある。
その話を初めて聞いた時には、アデル姉様も驚いていた。リュシアン殿下など、何とも言えない顔をしていたものだ。
今でこそユエ姉様一筋であるものの、かつてはなかなかの遊び人だったらしい。
リンレイは、目の前のマルセルを改めて見た。
茶色の髪。
人懐っこい笑顔。
軽やかな話し方。
女性を緊張させない気安さ。
(……まさか)
マルセルが不思議そうに首を傾げた。
「どうかなさいました?」
「……マルセル様」
「はい」
「ひとつ、お尋ねしてもよろしいでしょうか」
「もちろんです。何なりと」
リンレイは茶杯を置いた。
金色の瞳が、静かに相手を捉える。
「マルセル様は、花街などはお好きで?」
「…………」
マルセルの手が止まった。
「……はい?」
「花街でございます」
「……ええと」
「お好きですか?」
マルセルは瞬きをした。
何を聞かれたのか分からなかったわけではない。ただ、この場でその質問が飛び出すとは、夢にも思っていなかった。
「……どういう意味で、でしょうか」
「では、行かれたことはございますか?」
「…………」
今度こそ、彼は黙った。
王女との茶会である。
慎重に言葉を選ぶべきなのだろう。けれど、目の前のリンレイはただ真剣に尋ねているだけで、からかっている様子も、咎めようとする気配もない。
「……あります」
少しの逡巡の末、マルセルは正直に答えた。
「若い頃、先輩方に連れられて何度か。酒を飲んだり、芸を見たりといった程度ですが」
「何度か、ですか」
「……はい」
「今も?」
「いえ。最近はほとんど」
「ほとんど」
「……ええ」
「では、たまには?」
マルセルは一度口を開き、閉じた。
それから、そっと茶杯を置く。
「……リンレイ殿下」
「はい」
「もしかして、私は何かの取り調べを受けておりますか?」
「まあ」
リンレイは目を丸くした。
「そのようなつもりはございません」
「そ、そうでしたか」
「ただ、確認しておきたいことがございまして」
「……確認」
「はい」
リンレイは真剣だった。
「では、もうひとつ」
「まだございますか」
「お付き合いなさる女性ができても、花街へ行かれますか?」
マルセルはしばらく彼女を見つめた。
それから、ようやく質問の意味を理解したらしい。
「ああ……なるほど」
少しだけ表情が柔らかくなる。
「そういうことでしたか」
「はい?」
「ご心配なのですね。遊び歩くような男では困る、と」
リンレイは少し頬を染めた。
「……そのような意味も、ございます」
マルセルは笑わなかった。
先ほどまでの軽い調子を少しだけ抑え、きちんとリンレイへ向き直る。
「それでしたら、行かないでしょうね」
「……なぜでしょう?」
「好きな女性ができたら、その方と過ごす時間を大事にしたいので」
「……そうなのですね」
「もちろん、友人と酒を飲むことまでやめるつもりはありませんが、相手が嫌がるのであれば、わざわざ花街へ行く理由もありません」
彼は少し笑った。
「それに、自分に恋人がいるなら、ほかの女性にいい顔をしている場合じゃないでしょう?」
リンレイは黙った。
「……まず、その恋人を作るところから始めないといけませんけどね」
マルセルは照れくさそうに笑った。
リンレイは、思わず吹き出した。
「……ふふっ」
「あ、笑いましたね」
「申し訳ございません」
「いえ。笑っていただけたなら何よりです」
マルセルも笑った。
その笑顔を見て、リンレイは少しだけ考えた。
兄様に似ている。
けれど、同じではない。
兄なら、きっとここで余計な冗談を重ねるだろう。花街で人気があったとか、女性に困ったことはないとか、そういうことを悪びれもせず口にする。
マルセルは、そこまで自分を飾ろうとはしなかった。
軽い調子ではあるけれど、聞かれたことには正直に答えてくれた。
それは、少し意外だった。
「……マルセル様」
「はい」
「では、もうひとつだけ」
マルセルが、わずかに身構えた。
「……何でしょう」
「ご自分より強い女性はいかがですか?」
「強い女性?」
「はい。剣でも、仕事でも、考え方でも。ご自分より優れているところを持つ女性です」
マルセルは少し考えた。
「別に、構いませんよ」
「……そうなのですか?」
「ええ。そもそも、何もかも自分の方が優れていなければならないというのは、なかなか大変でしょう」
リンレイは目を瞬かせた。
「騎士団にも、自分より剣の上手い人間は大勢います。アルベルト隊長もそうですし、ユリウスだって、ああ見えて相当な腕前です」
「はい」
「だからといって、悔しくないわけではありませんが」
マルセルは少し笑った。
「でも、上手い人が近くにいるなら、教えてもらえばいいんですよ。自分にないものを持っている人と一緒にいるのは、結構楽しいものです」
リンレイは静かに頷いた。
兄と自分。
アデル姉様とリュシアン殿下。
ユエ姉様と兄。
どの二人も、同じものを持っているわけではない。
それぞれ違う力を持ち、違う考え方をする。だからこそ、一緒にいる意味があるのかもしれない。
「……ありがとうございます」
「いえいえ」
マルセルが茶杯を持ち上げた。
そこで、リンレイはふと思い出した。
「あの、最後にもうひとつ」
「……はい」
「兄様と手合わせをなさることになったら、どうされますか?」
マルセルは茶を飲みかけた姿勢で止まった。
「……兄様?」
「ライレイ殿下です」
「…………」
しばらく沈黙が続いた。
やがてマルセルは、そっと茶杯を置いた。
「……シャンの王太子殿下、ですよね?」
「はい」
「武芸に優れ、実戦経験も豊富で、戦場では負け知らずと伺っておりますが」
「はい」
「……その方と?」
「はい」
マルセルは天井を仰いだ。
それから、深く息を吐いた。
「……なぜでしょう。私、今日はお茶を飲みに来たはずなのですが」
リンレイは不思議そうに首を傾げた。
「お茶を飲んでおりますよ?」
「そうですね。確かに」
マルセルは笑った。
少し困ったような、それでも楽しそうな笑顔だった。
「まあ……勝てるとは思いませんが」
「はい」
「どうしても必要だというなら、逃げはしませんよ」
リンレイの金色の瞳が、わずかに大きくなった。
「……本当ですか?」
「ええ。ただ、できれば理由を聞いてからにしたいですね。理由も分からず斬りかかられるのは、さすがに困りますので」
「……そうですね」
「その時は、リンレイ殿下からも少し助け舟を出していただけるとありがたいのですが」
リンレイは、しばらく彼を見つめた。
そして。
「……考えておきます」
「そこは即答していただきたかったですねえ」
マルセルが苦笑する。
リンレイは思わず、また笑ってしまった。
窓の外で、風が橙の枝を揺らした。
白い花弁が一枚、開いた窓から舞い込み、二人の間に置かれた卓上へ落ちる。
マルセルがそれに気づき、指先でそっと拾った。
「春ですねえ」
何でもないような声だった。
リンレイは、その花弁を見つめた。
兄と同じように人懐っこいのに、兄とは少し違う青年。
何を聞いても、逃げずに答えてくれる。
そういう人を、もう少し知ってみたいと思った。
*
その日の夕方、王室騎士団第一部隊の詰所に、ひとりの男が帰ってきた。
マルセル・デュランである。
騎士服に乱れはなく、髪もきちんと整っている。怪我をした様子もない。だというのに、その顔には、戦場から敗走してきた兵士のような疲労が浮かんでいた。
「…………」
扉を開けたまま、しばらく動かない。
詰所の奥ではアルベルトが報告書を確認しており、その向かいには王族警護部隊のユリウスが座っていた。二人とも仕事の話をしていたらしいが、マルセルの姿を見た途端、ぴたりと会話を止めた。
「……マルセル?」
アルベルトが声をかける。
「はい……」
「どうした」
「…………」
「何かあったのか」
マルセルはゆっくり扉を閉め、壁際の椅子へ腰を下ろした。
「……終わりました」
アルベルトが眉を寄せた。
「何がだ」
「私の人生です」
「……は?」
ユリウスが書類を置いた。珍しく、心配そうな顔をしている。
「何をやらかしたんですか」
「何もしていないんだよ」
「その顔で言われても説得力がありません」
「本当に何もしていない。ただ、お茶を飲んだだけなんだ……」
アルベルトとユリウスは顔を見合わせた。
今日、マルセルがシャンの第四王女と茶を共にすることは、二人とも知っている。メリルが席を整え、王女本人も承知の上だと聞いていた。
第一部隊の副隊長であるマルセルなら、礼儀に大きな問題はないはずだった。多少口が軽いところはあるが、女性を不快にさせるような男でもない。
だからこそ。
「……何を言った」
アルベルトの声が低くなる。
「何も」
「デュラン」
「隊長、本当なんですって!」
「では、なぜそのような顔をしている」
マルセルはしばらく黙っていた。
そして、諦めたように呟いた。
「……花街へ行ったことがあるかと」
「…………」
「聞かれました」
アルベルトの手が止まった。
ユリウスが瞬きをする。
「……誰に?」
「リンレイ殿下に決まっているだろう」
「……殿下が?」
「そうだよ! お茶を飲んで、故郷の料理の話をして、香料の話をして……ああ、今日は楽しいなあと思っていたら、急に!」
マルセルは身を起こした。
「『マルセル様は花街などはお好きで?』って!」
「…………」
「しかも、行ったことがあるか、今も行くのか、恋人ができても行くのかって!」
ユリウスが、そっと視線を逸らした。
「……それは」
「笑うなよ」
「笑っていません」
「口元が笑っている!」
「申し訳ありません」
まったく申し訳なさそうではなかった。
アルベルトは額へ手を当てた。
「それで、お前は何と答えた」
「正直に答えました」
「……正直に?」
「若い頃、先輩方に連れられて何度か行きましたと」
アルベルトが目を閉じた。
「……お前な」
「嘘をつくわけにもいかないでしょう!」
「それはそうだが」
「しかも、殿下は怒っていらっしゃるわけではないんです。むしろ、すごく真面目に聞いてくださって」
「……なるほど」
ユリウスが静かに頷いた。
「面接だったのですね」
「そう! そうなんだよ! お茶会だと思ったら、いつの間にか審査されていた!」
マルセルは机へ突っ伏した。
「しかも最後に、もっと恐ろしいことを聞かれたんだ……」
アルベルトの眉間に皺が寄る。
「まだあるのか」
「あります」
「何だ」
「……ライレイ殿下と手合わせすることになったら、どうするかと」
今度こそ、二人とも黙った。
しばらくして、ユリウスがゆっくり口を開いた。
「……シャンの王太子殿下と?」
「そう」
「戦場経験が豊富で、武芸にも優れているという?」
「そう」
「……なぜです?」
「俺が聞きたいよ!」
マルセルは勢いよく顔を上げた。
「勝てるわけないだろう、そんな方に!」
「それで、何と?」
アルベルトが尋ねる。
「……勝てるとは思いませんが、必要なら逃げません、と」
ユリウスの表情が少し変わった。
アルベルトも腕を組む。
「……そう答えたのか」
「はい」
「悪くない」
「……え?」
「少なくとも、騎士としては悪くない答えだ」
マルセルは目を丸くした。
「隊長……」
「もっとも、王太子殿下に挑むような事態になれば、まずは外交上の問題として扱うべきだがな」
「そこは分かっていますよ!」
「では問題ないでしょう」
ユリウスが平然と言った。
「どこが!?」
「殿下のお尋ねに、すべて正直に答えたのでしょう?」
「そうだけど」
「なら、それ以上はどうしようもありません」
マルセルは黙った。
言われてみれば、その通りだった。
相手はシャンの王女である。機嫌を取ろうとすれば、いくらでも綺麗な言葉は並べられた。花街など行ったことがないと答えることも、自分は一途な男だと大げさに誓うこともできた。
けれど、リンレイは妙に真剣だった。
だから、自分もいい加減なことを言いたくなかったのだ。
「……まあ」
マルセルは小さく息を吐いた。
「楽しかったんだけどなあ」
その言葉に、アルベルトが顔を上げた。
「何?」
「お話ししやすい方だったんですよ。綺麗ですし、頭もよくて。こちらの冗談にも笑ってくださるし」
「……ほう」
「何より、こちらが話したことをちゃんと聞いてくださる。ああいう方とお話しするのは、楽しいものですね」
マルセルは少しだけ笑った。
「……だから、余計に惜しかったなあって」
アルベルトはしばらく副隊長を見つめた。
それから、書類へ視線を戻す。
「……まだ、断られたわけではないのだろう」
「はい?」
「勝手に終わったことにするな」
マルセルが瞬きをした。
ユリウスも頷く。
「そうですね。むしろ、そこまで踏み込んで尋ねられたのなら、興味を持たれているのかもしれません」
「……そうかな」
「分かりませんが」
「そこは少しくらい期待を持たせてくれない?」
「期待しすぎるのもよくありませんので」
相変わらず、ユリウスは冷静だった。
マルセルはもう一度、机へ突っ伏した。
その時、扉が叩かれた。
「デュラン副隊長。お手紙をお預かりしております」
若い騎士が差し出したのは、王宮の封蝋が押された小さな封筒だった。差出人は、メリル・スピネリア。
マルセルは嫌な予感を覚えながら封を切った。
短い文面だった。
『リンレイ殿下が、もう少しお話ししたいそうです。明日の午後、訓練場へお越しください』
マルセルは手紙を見つめた。
もう一度読む。
それから、ゆっくり顔を上げた。
「……隊長」
「何だ」
「明日、訓練場へ来るようにと」
「誰から」
「リンレイ殿下から」
アルベルトが僅かに眉を上げた。
ユリウスが手紙へ視線を落とす。
「……それは、よかったではありませんか」
「そう、かな……」
「少なくとも、お嫌われになったわけではないのでしょう」
「……そうだよな」
マルセルの顔へ、少しずつ明るさが戻ってくる。
「そうか。もう一度会ってくださるのか」
アルベルトが頷いた。
「失礼のないようにな」
「もちろんです!」
ユリウスも穏やかに言った。
「よい機会になるといいですね」
「ありがとう、二人とも!」
マルセルは久しぶりに、心から笑った。
ただし。
この時、彼はまだ知らなかった。
翌日から始まるものが、茶会の続きではないことを。
*
翌日の午後、訓練場へ現れたリンレイは、ドレスを着ていなかった。
身体へ沿った淡い灰色の上衣に、動きやすい濃紺の袴。袖は手首で絞られ、腰には細い帯が結ばれている。赤褐色の髪は高い位置でまとめられ、普段の優雅な王女姿とは随分印象が違っていた。
その姿を見た瞬間、マルセルは足を止めた。
「……リンレイ殿下?」
「ごきげんよう、マルセル様」
リンレイはにこやかに微笑んだ。
「本日はお時間をいただき、ありがとうございます」
「いえ、それは構いませんが……」
「実は、少しお願いがございまして」
「お願い?」
「はい。兄様の強さについて、お話ししたことを覚えていらっしゃいますか?」
「……ええ」
覚えている。
忘れられるはずがない。
王太子と手合わせできるかと聞かれた、あの恐ろしい会話である。
「兄様は剣術だけでなく、体術もお得意なのです」
「……そうなのですね」
「はい。ですから、もし兄様と向き合うことになった場合、剣だけでは不十分かと」
「……なるほど」
なるほど、と答えた。
答えたが、嫌な予感しかしない。
リンレイは真剣な顔になった。
「そこで、わたくしにできることがあればと思いまして」
「……殿下に?」
「はい」
リンレイはすっと一歩下がり、軽く腰を落とした。
両手を身体の前へ構える。
「シャン式の体術を、少しお教えできればと」
マルセルは黙った。
目の前にいるのは十八歳の王女である。
細身で、華奢で、昨日は優雅に茶杯を持っていた女性だ。
その女性が、今、自分へ拳を向けている。
「……リンレイ殿下」
「はい」
「私が、殿下と?」
「はい」
「体術を?」
「はい」
「……本当に?」
リンレイは不思議そうに首を傾げた。
「お嫌でしたら、もちろん無理には申しません」
その言葉に、マルセルは少し安心した。
断ってもいい。
そうだ。
別に、無理をする必要はない。
ただ、目の前のリンレイは、こちらをまっすぐ見ていた。
自分より強い兄と戦えと言われて、逃げないと答えた男。その言葉を、彼女は覚えているのだろう。
だから、できることを考えてくれた。
マルセルは小さく息を吐いた。
「……分かりました。せっかくのお申し出です。ぜひ、お願いいたします」
リンレイの金色の瞳が、ぱっと輝いた。
「ありがとうございます!」
その笑顔は、本当に嬉しそうだった。
マルセルも思わず笑い返す。
少し離れたところでは、ユリウスが訓練の様子を見守っていた。王女本人からの申し出とはいえ、王族と騎士が直接手合わせをするのである。万一のことがないよう、周囲には十分な場所を確保し、地面には厚い訓練用の敷物も用意されていた。
「では、まず受け身から確認いたしましょう」
リンレイが言った。
「受け身?」
「はい。兄様の体術は、相手を地面へ落とすことも多いので」
「……落とす」
「ご安心くださいませ。危険な技は使いません」
マルセルは頷いた。
騎士として組み討ちの訓練も受けている。転倒した際に頭を守ることも、身体を丸めて衝撃を逃がすことも知っていた。
だから、ある程度は大丈夫だろうと思っていた。
最初の十分間は。
*
「では、次は木剣をお持ちください」
受け身の確認が終わると、リンレイがそう言った。
マルセルは木剣を手に取る。
「私も剣を?」
「はい。普段通りにお構えください」
「……殿下は?」
「わたくしは、こちらで」
リンレイは何も持っていなかった。
マルセルは困惑した。
「……素手で?」
「はい」
「いや、それでは危険です」
「大丈夫です。剣を振り下ろす前に、きちんと止めていただければ」
「……そういう問題では」
マルセルが戸惑っていると、リンレイは小さく笑った。
「兄様も、最初はよくそう仰いました」
「ライレイ殿下が?」
「はい。ですが、剣を持った相手から身を守るには、剣を持っている相手と稽古をするのが一番ですから」
彼女は少しだけ懐かしそうな顔をした。
「わたくしは幼い頃、兄様に随分と教えていただきました」
マルセルは、改めて目の前の王女を見た。
華奢に見える。
けれど、構えには不思議な安定感があった。足の置き方も、腰の落とし方も、ただ形を真似ただけのものではない。
「……分かりました」
マルセルは木剣を構えた。
「では、ゆっくり参ります」
「はい」
一歩踏み込む。
木剣を振る。
リンレイは半歩だけ身体をずらした。
刃筋を外し、マルセルの手首へ触れる。
次の瞬間。
「……え?」
足元が消えた。
視界が回る。
背中が敷物へ落ちた。
「ぐっ……!」
短い声が漏れる。
マルセルは、しばらく天井のない空を見つめていた。
「……マルセル様?」
リンレイが覗き込む。
「お怪我はございませんか?」
「……ありません」
「よかったです」
王女は安心したように微笑んだ。
「では、もう一度」
マルセルは起き上がった。
今のは何だったのだろう。
自分は確かに剣を振った。リンレイはそれを避けた。そこまでは分かる。
けれど、その後の動きが分からない。腕を引かれたのか、足を払われたのか。気づけば地面にいた。
もう一度構える。
今度は、先ほどより慎重に。
リンレイが頷いた。
「では、参ります」
踏み込んでくる。
マルセルは木剣を横へ払った。
リンレイが身を沈める。
視界から消える。
次の瞬間。
「うわっ!」
また転がった。
「……」
「お怪我は?」
「……ありません」
「よかったです。では、もう一度」
マルセルは、ゆっくり起き上がった。
訓練場の端で見守っていたユリウスが、わずかに眉を上げた。
「……なるほど」
隣に立つアルベルトも腕を組む。
「……あれがシャンの体術か」
「剣を持った相手への対処に慣れていますね」
「ああ。相手の力を利用している」
リンレイは決して、腕力でマルセルを投げ飛ばしているわけではなかった。
踏み込みに合わせて重心を崩し、剣を振る勢いを逃がさず、足を払う。相手が力を入れれば入れるほど、身体の向きが変わるように誘導している。
技そのものは複雑ではない。
だが、間合いの取り方が巧みだった。
「……ライレイ殿下が直接教えたというのも、納得ですね」
ユリウスが呟いた。
アルベルトも頷く。
その直後。
「マルセル様!」
「はい!」
「剣を手放しても、戦いは終わりません!」
「は、はい!」
「兄様は、そこからが本番だと仰います!」
「……本番!?」
リンレイが素早く距離を詰めた。
マルセルが剣を離す。
両手で受け止めようとする。
しかし、リンレイの身体がするりと横へ抜け、肘を取られた。
「うわあっ!」
三度目の転倒だった。
アルベルトが目を閉じた。
「……大丈夫なのか、あれは」
「受け身は取れています」
「そういう問題ではない」
ユリウスは少し考えた。
「……本人は、かなり真剣なようですね」
「どちらが」
「お二人とも」
アルベルトは訓練場を見た。
地面に転がったマルセルが、再び立ち上がる。
リンレイは、彼が起き上がるまできちんと待っている。
ただし。
「では、もう一度お願いいたします!」
休ませる気は、あまりないらしかった。
*
翌日、マルセルは少し筋肉痛になっていた。
その翌日には、かなり筋肉痛になっていた。
さらに翌日になると、椅子から立ち上がるたびに、思わず小さな声が漏れるようになった。
「……隊長」
「何だ」
「身体が、痛いです」
「知っている」
アルベルトは報告書から顔を上げなかった。
「昨日も言っていたな」
「昨日より痛いです」
「なら休め」
「……ですが」
「ですが、何だ」
マルセルはしばらく黙った。
それから、ぼそりと呟いた。
「……殿下が、今日も楽しみにしていらっしゃるので」
アルベルトが顔を上げた。
ユリウスも書類から視線を外す。
「……お前」
「はい」
「毎日、付き合っているのか」
「はい……」
「なぜだ」
「……断りづらくて」
「それだけか?」
マルセルは黙った。
しばらくして、少しだけ笑った。
「……いえ」
アルベルトが眉を上げる。
「何だ」
「殿下、稽古の時はすごく楽しそうなんですよ」
「……ほう」
「技が決まると嬉しそうにされるし、こちらが上手く受け身を取れれば、きちんと褒めてくださる。何より……」
マルセルは、自分の手を見た。
「……前より少しずつ、動きが分かるようになってきたんです」
ユリウスが、静かに頷いた。
「それは、よいことですね」
「はい。まだ全然、勝てませんけど」
「勝てるまで続けるつもりですか」
「……どうでしょう」
マルセルは苦笑した。
「そこまでは考えていません。ただ、毎回同じように転がされているのも悔しいですし」
アルベルトは腕を組んだ。
「……なるほど」
少し考える。
「だが、無理はするな。稽古で怪我をして本来の任務に支障を出すようでは本末転倒だ」
「承知しております」
「殿下にも、休息が必要だとお伝えしろ」
「……はい」
「本当に伝えるんだぞ」
「……努力します」
アルベルトの眉間に皺が寄った。
「その返事は信用できん」
ユリウスが小さく笑った。
*
四日目の午後、訓練場には春の風が吹いていた。
城壁沿いに植えられた木々が若葉を揺らし、湿った土の匂いに、どこからか小さな白い花の甘さが混じっている。剣の稽古を終えた騎士たちの間を抜けると、その香りは汗と革具の匂いに溶け、すぐに分からなくなった。
「では、マルセル様。本日もよろしくお願いいたします」
リンレイは、いつも通りにこやかだった。
マルセルは、いつも通り少し疲れた顔をしていた。
「……よろしくお願いいたします」
「お疲れですか?」
「……少々」
「まあ」
リンレイが心配そうに眉を下げた。
「それはいけませんね」
「……ええ」
「では、今日は少し軽めにいたしましょう」
「……ありがとうございます」
マルセルは、心から安堵した。
ようやく。
ようやく、少し穏やかな稽古になる。
しかし。
「本日は、剣を持たない状態から始めます」
「…………」
「昨日までは、剣を手放してからの動きが遅れていらっしゃいましたので」
「……はい」
「ですから、最初から剣を持たなければよいかと思いまして」
マルセルは、ゆっくり空を見上げた。
ああ。
そういう意味か。
「……殿下」
「はい?」
「ちなみに、軽めというのは」
「剣を使わない分、少し楽になるかと」
ならない。
絶対に、ならない。
マルセルはそう思った。
しかし、リンレイはすでに構えている。
「兄様は剣術だけでなく、体術もお得意です。剣を手放しても戦いは終わらないと思ってください」
金色の瞳が、まっすぐこちらを見つめる。
「では、行きます」
踏み込んできた。
速い。
マルセルは反射的に腕を上げた。
手首を取られる。
だが、今度はすぐに引かれなかった。
相手の動きに合わせて一歩下がり、重心を低く保つ。
リンレイが腕を引く。
マルセルは、無理に逆らわない。
足を払われる。
しかし、踏み出した足を引いて姿勢を立て直す。
「……あら」
リンレイが小さく声を上げた。
マルセルは思わず笑った。
「……どうでしょう」
リンレイの金色の瞳が輝く。
「素晴らしいです!」
その声は、本当に嬉しそうだった。
「今のは、とてもよかったです!」
「……ありがとうございます」
「昨日までなら、確実に転んでいらっしゃいましたのに」
「……そこまで言いますか」
「事実ですもの」
リンレイは悪びれずに微笑んだ。
その笑顔を見た瞬間、マルセルは少しだけ不思議な気持ちになった。
お茶会でも、彼女はよく笑っていた。けれど、今の笑顔は少し違う。王女としての気品も、外交官としての落ち着きも忘れ、ただ純粋に喜んでいる。
まるで、子供のように。
「……殿下」
「はい?」
「そんなに嬉しいですか?」
「もちろんです」
即答だった。
「マルセル様が、少しずつ強くなられているのですから」
「……私が?」
「はい」
リンレイは真剣な顔になった。
「兄様は、とてもお強い方です。わたくしがどれほど稽古をしても、なかなか追いつけません」
マルセルは黙って聞いていた。
「ですが、兄様はいつも仰います。強くなることより、まずは自分がどこまでできるのかを知ることが大切だと」
「……なるほど」
「だから、マルセル様が昨日より上手く動けるようになったことが、嬉しいのです」
リンレイはにっこりと笑った。
「わたくしの教え方が、少しはお役に立てたようですので」
マルセルは、しばらくその顔を見つめた。
そして、少しだけ笑った。
「……それは、光栄ですね」
「はい」
「では、もう少し頑張らないと」
リンレイの瞳が、さらに輝いた。
「まあ! よろしいのですか?」
「……ええ」
「では、次はもう少し速くいたしましょう」
マルセルは、一瞬だけ後悔した。
ほんの一瞬だけ。
その直後、また背中から敷物へ転がった。
「……っ!」
「マルセル様! お怪我はございませんか?」
「……ありません」
「よかったです」
リンレイが心から安心したように笑う。
マルセルは仰向けになったまま、深く息を吐いた。
どうしてだろう。
こんなに身体が痛いのに。
なぜか、少し楽しい。
*
その日の夕方、訓練場の片隅でユリウスとアルベルトが並んでいた。
マルセルは少し離れた場所で水を飲み、リンレイは侍女と何かを話している。日が傾くにつれて土の匂いは穏やかになり、代わりにアデルが騎士団のために調合した薄荷の清涼感が、汗を拭う騎士たちの間から微かに漂っていた。
「……どう思う」
アルベルトが尋ねる。
ユリウスは、しばらく二人を眺めていた。
「……なかなか、よい組み合わせかと」
「そうか?」
「はい」
ユリウスは静かに頷いた。
「リンレイ殿下は、随分とご自分の意思をはっきりお持ちの方です」
「……ああ」
「マルセルは、そういう方に振り回されても、あまり気にしないでしょう」
アルベルトは腕を組んだ。
「……確かに」
「それに、マルセルは負けたことをいつまでも引きずる人間ではありません。悔しがりますが、相手を恨んだりはしない。むしろ、どうすれば次に勝てるかを考える方です」
アルベルトは、しばらく黙っていた。
確かに、そういう男だった。
騎士団に入ったばかりの頃から、マルセルは誰とでもすぐに打ち解けた。剣の腕は優秀だが、突出しているわけではない。アルベルトやユリウスのような剣士を相手にすれば、負けることも多い。
けれど、腐らない。
負けても笑い、悔しがり、それからまた稽古を頼みに来る。
だからこそ、第一部隊の副隊長として、多くの騎士に慕われているのだ。
「……しかし」
アルベルトが呟いた。
「何です?」
「もし本当に婚姻することになったら、あいつは大変だな」
ユリウスが首を傾げる。
「……そうでしょうか」
「見てみろ」
アルベルトが顎を向ける。
ちょうどリンレイが、マルセルへ何かを説明しているところだった。
「ですから、次は足をもう少し外側へ」
「……はい」
「そうです。ですが、腰はもう少し低く」
「……こうですか?」
「違います。もう少し」
「……こう?」
「はい! とてもよろしいです」
マルセルは素直に姿勢を直している。
リンレイは満足そうだった。
アルベルトは、しばらくその光景を見つめた。
「……尻に敷かれるぞ、あれは」
ユリウスが、わずかに口元を緩めた。
「……すでに、そのようにも見えますが」
「……だよな」
二人は顔を見合わせた。
それから、揃って小さく笑った。
少し離れたところでは、リンレイがまた嬉しそうに手を叩いていた。
「素晴らしいです、マルセル様!」
「……ありがとうございます」
「では、もう一度!」
マルセルは、天を仰いだ。
春の夕暮れは、まだ明るい。
訓練場には乾いた土の香りが漂い、その向こうでは、白い花をつけた木々が穏やかな風に揺れていた。
「マルセル様」
「……はい」
リンレイが、にっこり笑った。
「明日も、お時間をいただけますか?」
マルセルは、一瞬だけ黙った。
断る理由なら、いくらでも思いつく。
筋肉痛もある。仕事もある。何より、今日だけで何度転がされたか分からない。
それでも、目の前の金色の瞳が期待に満ちているのを見ると、どうにも断りづらかった。
「……ええ」
マルセルは、苦笑しながら答えた。
「喜んで」
リンレイは、ぱっと笑った。
「まあ! ありがとうございます!」
その笑顔を見た瞬間、マルセルは少しだけ思った。
きっと明日も、何度も転がされるのだろう。身体は痛いし、格好もつかない。
けれど、彼女があんなふうに笑うのなら、もう少しくらい付き合ってもいい。
そう思った直後。
「では、明日は兄様が得意とする組み技を――」
マルセルの笑顔が止まった。
「……まだ、あるのですか?」
「もちろんです!」
リンレイは、心から楽しそうに答えた。
「兄様の技は、まだ半分もご紹介できておりませんもの」
マルセルは、ゆっくり目を閉じた。
シャンの王太子殿下。
あなたは、いったいどれほど妹君を鍛え上げたのですか。
そして、その妹君は、なぜこんなにも楽しそうなのですか。
少し離れた場所で、アルベルトとユリウスが再び顔を見合わせていた。
「……隊長」
「何だ」
「マルセルは、大丈夫でしょうか」
「……分からん」
アルベルトは深く息を吐いた。
「だが、あいつが自分で選んだことだ」
その日も、騎士団の訓練場にはマルセルの悲鳴が響いていた。
ただし、不思議なことに、翌日も、その翌日も、彼は自分から訓練場へ足を運んだ。
春の陽射しの下で、リンレイは少しずつ彼の癖を覚え、マルセルは少しずつ彼女の技を覚えていった。
まだ、恋と呼ぶには早い。
けれど、花を選ぶように簡単には決められないからこそ、何度でも向き合ってみたいと思う。
それはきっと、悪くない始まり方なのだろう。




