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異世界美容外科医 ~美しくなりたい彼女たちと、俺のクリニック経営~  作者: シャロン=ミ


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44話 真理のメス

「ただ傷を塞ぐだけの、今までと同じ治し方をするつもりはない」


雄介の力強い言葉が、王都中央大聖堂前の静まり返った広場に朗々と響き渡った。


「な……なにをふざけたことを……!」 バルトロメウスは顔を歪ませ、怒声を張り上げた。 「切除もできず、治癒魔法も使えん患者だぞ! 治せるわけがない! 虚勢を張るのも大概にしろ!」


「虚勢かどうかは、その目で確かめるといい」


雄介は静かに振り返り、スクラブの袖を捲り上げた。


「アリア、局所麻酔と無影灯(魔導照明)の準備。術野の滅菌と拡大観察鏡のセッティングを」


「承知いたしました、相澤先生」


アリアが迷いのない動きで滅菌ドレープ(清潔な布)を青年の周囲に敷き詰め、青い魔導光を放つ収束照明を患部へと照射する。さらに、精密レンズを組み合わせた視界拡大器具を雄介の目元へと装着させた。


「ミーナ、バイタルの観察と患者さんのメンタルケアを頼む」


「はいっ! ……大丈夫ですよ、相澤先生の手に任せれば絶対に綺麗になりますからね」


ミーナが青年の手を優しく握り締め、震える肩を温かく包み込む。


そして、雄介は最後に一人の少女へと視線を向けた。


「——リーナ」


「……っ、はい!」


小柄な体を緊張で強張らせながらも、銀髪の少女は青紫の瞳をまっすぐに見つめ返した。


「この手術の勝敗は、君の『生気湧出(アナボリック・ブースト)』にかかっている。俺が切り拓いた皮膚の血流を殺さず、細胞が自力で生着する力を……君の魔法で引き出してほしい」


「私の……魔法で……」


「よし。これより——瘢痕拘縮形成術を開始する」


雄介が掲げた指先に、アリアから滅菌済みの鋭利なメスが吸い付くように手渡された。


◆


「な、なんだあの手つきは……!?」


観客席の最前列で見ていた魔導工学者や、他都市から集まった医師たちが息をのんだ。


雄介のメス捌きには、一切の無駄がなかった。 青年の首から頬にかけて固く突っ張っていた赤黒い瘢痕組織——その異常増殖した無駄な肉芽のみを、mm単位の精度で正確に層ごとに削ぎ落としていく。


「痛くない……? 刃物で切られているのに……!?」 観客から驚きの声が漏れる。アリアが手際よく施した局所麻酔と、雄介の血管を極力傷つけない精密な剥離技術によって、出血は最小限に抑えられていた。


「ただ切るんじゃない……。拘縮(引きつれ)の解除だ」


雄介は、引きつれを起こしている最大の原因である皮下の強靭な線維束を切離し、周囲の健全な皮膚を丁寧に剥離(すはく)していく。 さらに、皮膚の張力を分散させるため、切開線に対して『Z』の字状に切れ込みを入れ、三角形の皮膚(皮弁)同士を互い違いに入れ替える——形成外科の至宝【Z形成術】を施していく。


(首と頬の運動ベクトルを一致させ、皮膚の引きつれを物理的に解除する……! これで、皮膚は本来の遊びを取り戻す!)


「ば、バカな……! 皮膚をあんな風に切って組み替えるなど、肉が腐り落ちるぞ!」 バルトロメウスが悲鳴のような声を上げる。


たしかに、切り開いた皮弁(皮膚の組織)は血流が途絶えやすく、普通に縫合するだけでは壊死を起こす危険がある。だからこそ、従来の異世界医療では「魔法で一気に塞ぐ」ことしかできなかったのだ。


「——今だ、リーナ!」 雄介の鋭い声が飛んだ。


「ひ……っ!」


リーナが一歩前へ踏み出そうとしたその時、バルトロメウスの怒号が浴びせられた。


「やめろ、相澤! よりによってそんな『出来損ない』の治癒魔法を使う気か! ギルドを追い出された落ちこぼれに何ができる! 組織を即座に修復することもできん欠陥品だぞっ!!」


かつてギルドで叩きつけられた蔑みの言葉。 周囲の何千人という観衆の視線が一斉にリーナへ注がれ、少女の華奢な手が小さく震えた。過去のトラウマが、一瞬だけ胸を締め付ける。


(私なんかが……先生の完璧な施術を台無しにしたら……)


だが——


「……お願い、します」


かすれ声で呟いたのは、台上の青年だった。 麻酔で感覚のない顔を歪めながらも、青年は瞳に溢れんばかりの涙を溜めて、リーナの手を見つめていた。


「助けて……ください。……僕は、もう一度……人の顔を見て、生きたいんです……!」


その切実な叫びを聞いた瞬間、リーナの心から迷いが消え去った。 ぎゅっと拳を握り締め、震えを完全に止める。そして、バルトロメウスに向かって凛とした青紫の瞳を跳ね上げた。


「……私の魔法は」


静かな、しかし広場全体へ染み渡るような通る声だった。


「傷を、無理やり力任せに塞ぐためのものじゃありません」


リーナはそっと、雄介がZ形成を施した青年の首筋と顔の切開部に両手をかざした。


「この人自身の身体が……綺麗に治ろうとする力を、助けるための魔法です!」


——『生気湧出(アナボリック・ブースト)』!!


リーナの掌から解き放たれたのは、ギラギラとした破壊的な治癒の光ではない。 まるで春の木漏れ日のような、温かく透き通った青紫の粒子だった。


その光は、雄介がミリ単位で組み替えた皮膚組織の隙間へと、染み込むように吸い込まれていく。 微小な毛細血管が急速に再生し、移植された皮弁へ生き生きとした血流が通い出す。細胞一つひとつが「自分のあるべき場所」へと正しく定着し、無理な張力を起こすことなく、極めて滑らかな微小縫合痕へと馴染んでいった。


「な……なんだと……!?」 バルトロメウスが目を見開く。


傷を無理やり強固な肉で塞ぐのではなく、人間が本来持っている「自己治癒力」を極限まで引き出し、形成外科技術で整えられた美しい形状のまま固定する——。 それは、ギルドの誰もが「遅くて役に立たない」と捨て去った、リーナにしかできない「奇跡の再生魔法」だった。


「……縫合完了。手術、終了です」


雄介がメスを置き、静かに息を吐いた。


◆


広場は、静寂に包まれていた。


「……青年、麻酔が切れる。顔を動かしてみてくれ」


雄介の優しい促しに、青年はおそるおそる、自分の首と顎に意識を集中させた。


数年間、びくともしなかった首の皮膚。 少しでも動かそうとすれば、裂けるような激痛と強いツッパリ感に襲われていた顔面。


青年が、ゆっくりと顎を引き下げた。


「あ……」


口が、開いた。 指が二本、三本と入るほど、スムーズに、滑らかに縦に広がる。


「あ、あ……あぁっ!?」


観客席から「おおおっ……!」と小さなどよめきが漏れ出す。


青年は次に、自分の意思で頬の筋肉を引き上げた。 引きつれて赤く盛り上がっていた肉の塊は消え去り、そこにはZ状の微細な傷痕を残すのみとなった、柔らかくしなやかな皮膚が存在していた。


アリアが、青年へそっと手鏡を差し出す。


青年は震える手で鏡を受け取り、そこに映る「自分の顔」を見つめた。


ひきつれは消えていた。 歪んでいた口角は正しく左右対称に整い、首を自由に左右へ振ることができる。 そして何より——


青年は、頬の筋肉を動かした。


ニッコリと、口角が上がった。


「……わ……笑える……っ!」


ポロポロと、大粒の涙が青年の目から溢れ出し、鏡の表面を濡らした。


「笑える……! 僕の顔が……動く……! 普通に……笑えるんだ……っ!! ありがとう……ありがとう、相澤先生……っ!!」


青年が声を出して号泣する。 その姿を前に、何千人もの大観衆は、ただ息をのんで息を止めていた。


不可能なはずだった。 切ってもダメ、魔法を使ってもダメだと言われた「最悪の瘢痕」。 それを彼らは、切断と魔法を完璧に融合させ、完全に「治して」見せたのだ。


静寂の中、雄介はバルトロメウスを、そして茫然と立ち尽くす観客たちを見渡し、静かに言い放った。


「傷を塞ぐだけなら、魔法だけでもできる。だが……患者の人生と、本来あるべき笑顔を取り戻すこと」


雄介の手が、そっと青年の肩に置かれる。


「これが——俺たちの考える『治す』ということだ」


瞬間。 王都中央大聖堂前広場は、割れんばかりの雷鳴のような拍手と、地鳴りのような大歓声に包まれた。

リーナちゃま活躍会です。


この章の主役はリーナちゃまで間違えないですね!


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