42話 審問開幕――目に見えぬ脅威と解剖学
「治癒魔法は、傷を塞ぐことができる。……だが、それだけで『医療』と呼べるのか?」
王都中央大聖堂前広場に特設された巨大な屋外会場は、早朝から押し寄せた群衆の熱気と異様な緊張感に包まれていた。
中央に設けられた審問壇を挟み、二つの陣営が対峙している。 片や、絢爛豪華な刺繍が施された絹の長袍を纏い、威圧的な笑みを浮かべる第一施術室長バルトロメウスと、治癒術師ギルドの幹部たち。
そしてもう片方は——『AIZAWA skin beauty』。
雄介は、王都の伝統的な医師の黒衣服ではなく、機能的で無駄のないネイビーのスクラブを着用していた。その隣には、器具の点検を終えたアリア、記録用のカルテと患者対応の板を抱えたミーナ、そして滅菌ドレープと術後管理品を丁寧に並べるリーナが控えている。
幾度もの手術とケアを共に乗り越えてきた三人が、初めて一つの「チーム」として公の舞台に立っていた。
「ひ、ひえぇ……すごい人ですね、先生。王都中の人が集まってるんじゃないですか……?」
ミーナが緊張で声を震わせながら、観客席を見渡す。 そこには王立医療監察官や貴族院の重鎮・オルランド公爵をはじめ、エノレアやレティシアといった患者たち、魔導工学者、他街の医師、そして一般市民がすり鉢状の傍聴席をギッシリと埋め尽くしていた。
雄介は落ち着いた手つきで手首のスクラブの袖を整え、微笑んだ。
「大丈夫だ。場所が広くなっただけで、俺たちがやるべきことは何も変わらない。いつも通り、患者さんを正しく診るだけだよ」
「……はい」
雄介の言葉に、小さく、だが芯のある声で答えたのはリーナだった。 かつてギルドで「出来損ない」と蔑まれ、組織の威光に怯えて身を縮めていた少女の瞳には、いまや明確な自覚と覚悟の光が宿っている。
(リーナも、みんなも……確実に成長している)
頼もしいスタッフたちの姿に胸を打たれながら、雄介は前を見据えた。
◆
「これより、王立医療規範に基づく『新医療技術検証公開審問』を開廷する!」
監察官長の重厚な声が広場に響き渡り、騒然としていた観客席が一瞬で静まり返った。
「双方、まずは第一審査——【衛生および安全管理】の検証に入られたし!」
「ハハッ、よかろう!」
バルトロメウスが前へ出ると、大げさな身振りを交えて高らかに宣言した。
「観衆の皆様、ならびに監察官殿! 医療における安全とは、すなわち『清浄』であること! そして我ら治癒術師ギルドには、千年の歴史の中で培われた聖なる技が存在します!」
ギルド側の金等級術師が一人進み出で、審問台の上に並べられた銀の器具と自らの両手に向け、朗々と詠唱を唱えた。
「——『浄化』!」
パッと眩い白い光が立ち昇り、器具と術師の手を優しく包み込んだ。 「おお……!」と観客席から感嘆の声が漏れる。光が収まると、金属の表面はツヤツヤと輝いていた。
「これこそが、神より授かりし不浄を払う光! 道具の汚れも、目に見えぬ不潔も、すべてこの光一つで無へと帰す!」
バルトロメウスは嘲笑を浮かべ、AIZAWA陣営を指差した。
「それに引き換え、相澤雄介! 噂によれば貴様らは、道具をわざわざ沸騰させた湯に浸けたり、酒の精で拭いたりしているそうだな? なんと原始的で滑稽な無駄飯食いか! 光の奇跡を信じぬ不敬者どもめ!」
ギルド側の術師たちから、どっと失笑が巻き起こる。 しかし、アリアは一切動じることなく、スッと審問壇の前に進み出た。
「……いいえ」
静かな、だが通る声だった。
「私たちは、湯と高圧の蒸気、そして適切な消毒薬品を用いて洗浄し、最後に『滅菌』を行います」
「ふん! 言葉を飾るな! やっていることはただの水洗いと酒拭きではないか!」
バルトロメウスの嘲笑に対し、アリアは淡々とした口調で問いかけた。
「室長。魔法によって『綺麗に見えること』と、そこに『目に見えぬ病原体(病の芽)が存在しないこと』は……まったくの別問題です」
「なに……!?」
「監察官殿。検証の許可を」
アリアが合図を送ると、準備していた魔導工学者の協力のもと、台座に据え付けられた大型の【魔導顕微鏡】(レンズと光線魔法を組み合わせて微小物体を投影する魔導具)が起動した。広場の巨大な魔導投影膜に、拡大された映像が映し出される。
「まずは、ただいま『浄化』の魔法を受けられたギルド術師様の皮膚表面を観察いたします」
投影膜に映し出されたのは——美しい肌の表面……ではなく、そこを蠢く無数の「微小な生命体(細菌や雑菌)」の群れだった。
「「「う、うわあぁぁぁっ!?」」」
観客席から悲鳴と動揺のどよめきが上がった。
「な、なんだこれは!? 肌の上に何か気味の悪い虫のようなものが動いているぞ!?」 「ひぇっ、あれが浄化された手だというのか!?」
顔を青くするギルド術師を余所に、アリアは冷徹なまでに客観的な事実を突きつける。
「『浄化』の魔法は、表面に付着した泥や埃、余分な魔力残渣を散らすことには長けています。ですが……皮膚や器具の溝に潜む、目に見えない微小な病原体を死滅させてはおりません。この状態で患者の傷口に触れれば、術後に肉が腐り、熱を発する『術後感染症』を引き起こす最大の原因となります」
「バ、バカな……! 目に見えぬ蠢くものなど、イカサマだ! 幻影の類に決まっている!」
取り乱すバルトロメウスを無視し、アリアは自身の手——徹底的な手洗いを行い、アルコール消毒を施し、滅菌された手袋を装着した手を顕微鏡のレンズ下にかざした。
投影膜に映し出されたのは、異物一つ存在しない、驚くほど滑らかで清潔な空間だった。さらに、高圧蒸気滅菌器から取り出したばかりのメスや器具の表面も映し出される。そこにも、雑菌の姿は一つとして無かった。
「目に見えないからといって、『存在しない』わけではありません」
アリアの透き通るような声が、広場に静寂をもたらす。
「感覚や神話に頼るのではなく、目に見えぬ脅威を科学的に予測し、排除する。それこそが、患者様の命と健康を守るための『衛生』です」
静まり返る会場の中、雄介が静かに一歩前へ出た。
「医療は、『信じること』じゃない。……事実を『確かめること』だ」
静かだが、圧倒的な説得力。 魔導工学者たちや監察官たちが激しく頷き、記録用紙にペンを走らせる。
「第一審査——【衛生・安全管理】! AIZAWA側の提示した滅菌概念および実証の手法を、極めて高い安全性を持つものと認め、AIZAWAの勝利とする!」
「おのれぇぇ……!」
バルトロメウスが歯噛みする中、観客席からは「おおっ!」と歓声が上がった。
◆
「おののくな! たかが道具の洗い方で調子に乗るなよ!」
バルトロメウスは怒りに顔を真っ赤に染めながら、すぐに第二審査の開始を要求した。
「第二審査は【診断能力】だ! 医療の本質は患者の病を見抜くこと! 道具を磨くだけの青瓢箪に、本当の診断ができるものか!」
審問壇の中央に、事前に選ばれていた被験者の男性患者が連れてこられた。 患者の顔を見た瞬間、観客席から「うわ……」と痛ましそうな声が漏れた。
患者の右頬から顎にかけて、赤く腫れ上がった無数のニキビ(重度の尋常性ざ瘡)が広がり、さらにその中心部には、ゴルフボールほどに不気味に大きく膨らんだ醜い肉の腫瘤が鎮座していた。
「では、ギルド側から診断を行われたし!」
監察官の指示を受け、ギルドのベテラン術師が進み出た。 術師は患者の顔にかざした手に魔力を込め、目を閉じて深々とうなずいた。
「ふむ……判明いたしました。この者は体内の魔力の巡りが著しく滞り、悪しき『毒素』が頬に蓄積しております。診断名は【魔毒鬱積症】!」
術師は胸を張り、堂々と宣言した。
「治療法は明確! 我らギルドが誇る最高級の『解毒ポーション』と『全快ポーション』を朝夕飲み続け、定期的に体内魔力を循環させる浄化施術を受けることです! さすれば三ヶ月で毒素は抜け、完治いたしましょう!」
「おお……さすがはギルドの専門家だ」「魔力の滞りか、納得だな」
傍聴していた貴族や市民たちが感心したように頷く。
だが——雄介は静かに手を挙げた。
「質問があります」
バルトロメウスが眉をひそめる。「なんだ、相澤! 熟練の治癒術師の診断に難癖でもつける気か!?」
「いいえ。純粋な問いです」
雄介は穏やかな、しかし逃げ場を与えない眼光で術師を見つめた。
「その『魔毒鬱積症』という診断は……患者さんの皮膚の下で、具体的に何が起きているかを確認して下した診断ですか?」
「なっ……! だから言ったろう、体内の魔力の乱れと毒素の蓄積だと!」
「つまり、皮膚の構造そのものは見ていない、ということですね」
雄介は患者に歩み寄ると、柔らかく声をかけた。 「失礼しますね。少し触りますよ」
「は、はい……」
雄介は使い捨ての医療用手袋をはめ、拡大鏡で患部を丹念に観察しながら、手指の腹で腫瘤の硬さ、可動性、波動感を丁寧に触診していった。
「痛みはどこが一番強いですか? ここを押すと、嫌な匂いのする分泌物が出たことは?」 「は、はい! 数ヶ月前から、そこを押すとドロッとした臭い脂みたいな塊が出てきて……でも、すぐにまた膨らむんです!」
「なるほど。よくわかりました」
雄介は患者に安心させるように頷くと、審問壇に用意させておいた大きな黒板へと歩み寄った。 そして、白いチョークを手に取ると、滑らかな手つきで図を描き始めた。
「観衆の皆様、ならびに監察官殿。人間の皮膚は、一枚の単なる肉の膜ではありません」
雄介のチョークが描いたのは、驚くほど精密で分かりやすい『皮膚の断面図』だった。
「皮膚は大きく分けて、表面の【表皮】、その下にある【真皮】、そして最も深い【皮下組織】という三つの層で構成されています」
「な、なんだその絵は……! 肉の中にそんな層などあるわけが——」 バルトロメウスが狼狽えて叫ぶが、監察官長が「静かにせよ! 続けなさい、相澤殿」と制した。
雄介はチョークで毛穴と袋の絵を描き加える。
「まず、この患者さんの顔全体に広がる赤い腫れ……これは『ニキビ』、正式には【尋常性ざ瘡】です。これは魔力の毒などではなく、皮脂の過剰分泌、毛穴の詰まり、そして皮脂をエサとする常在菌の繁殖によって起きる『局所的な炎症』です」
雄介は続いて、一番大きく膨らんだ腫瘤を指し示した。
「そして、このゴルフボール大の腫瘍……これは【粉瘤】と呼ばれる皮下嚢胞です。何らかの原因で表皮の成分が皮下に入り込み、そこに『ケラチン(垢)』や『皮脂』が溜まり続ける『袋』ができてしまった状態です」
雄介は黒板をトントンと叩き、ギルド側をまっすぐに見据えた。
「ギルドの先生方は『ポーションを飲ませて毒素を抜く』と仰いました。……ですが、内服薬や治癒魔法でどれだけ表面の炎症を抑えても、皮下に出来上がった『嚢胞という袋そのもの』を外科的に摘出しない限り、中身は再び溜まり続けます」
患者の男性が、弾かれたように叫んだ。
「そ、その通りです……! 僕は半年間、ギルドで高いポーションを買わされて飲み続けました! 飲むと一瞬だけ赤みが引くのに、少し経つとまた同じ場所がどんどん大きく膨らんできて……! 治らないのは僕の信心が足りないからだと怒られたんです!」
「なっ……! き、貴様、余計なことを喋るな!」 ギルド幹部が慌てて怒鳴りつけるが、会場の空気は完全に冷え切っていた。
「病気の『構造』と『原因』を解剖学的に正しく把握しなければ、どんなに強い魔法や薬を使っても、それは単なる一時しのぎに過ぎない」
雄介は黒板から振り返り、静かに言い放った。
「観察し、構造を理解し、根本原因を取り除く。それが……俺たちの行う『診断』です」
静寂の後——観客席から、地鳴りのような拍手と歓声が沸き起こった!
「すごい……! 皮膚の中にそんな仕組みがあったなんて!」 「解剖学に基づいた診断だ! 説得力がまるで違う!」 「ギルドの言っていた『魔力の乱れ』なんて、ただの言い逃れじゃないか!」
監察官長が力強く槌を叩く。
「第二審査——【診断能力】! 明確な解剖学的根拠に基づき、病変の根本原因を証明してみせたAIZAWAの完全勝利とする!」
二連敗。 完璧なる論理と科学の前に、ギルドの権威は早くもボロボロと崩れ去ろうとしていた。
採血をする時に上手い先輩にどうやったら上手くなります?聞いたところ
A[場数だよ!たくさんやろう!]
B[センス上手い人は上手い下手な人は下手]
C[解剖を学ぼう!そしたら血管を見なくてもできる!]
と三者三様の回答が返ってきて個人的にはCさんが1番腑に落ちたという話です!
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