22話 予約外の急患と、美容外科医の誇り
『AIZAWA skin beauty』の診療時間が終わり、すっかり日の落ちた夕暮れ時。
受付カウンターで本日の売上と予約表を集計していたミーナがふうと息をつき、処置室ではアリアとリーナが器具の洗浄と高圧力魔導釜による滅菌作業を進めていた。
「よし、本日の業務はすべて終了だ。みんな、お疲れ様」
白衣を脱ぎかけながら雄介が声をかけると、スタッフたちから「お疲れ様でした、先生!」と晴れやかな声が返ってくる。
その、まさに直後だった。
バンバンバンッ!
「頼む! 誰か開けてくれ! 助けてくれ!!」
静まり返ったクリニックの重厚なドアが、壊れんばかりの勢いで叩かれた。
「えっ……!?」
ミーナが驚いて跳ね起きる。雄介は静かに手元を止め、玄関へと視線を向けた。
ミーナが恐る恐るドアの鍵を外し、少しだけ隙間を開けると、そこから乱暴に扉が押し開けられた。 飛び込んできたのは、絹の上着を乱した体格の良い中年の男と、その腕の中で顔を覆ってすすり泣く一人の少女だった。
「先生はどこだ!? 頼む、娘を……シャロンを診てくれ!」
男の表情は半狂乱そのものであり、その衣服や手には乾きかけた血痕がこびりついている。
「あ、あの……! 申し訳ありません、当院は完全予約制となっておりまして、本日の診療はすでに終了して――」
ミーナが必死に制止しようとするが、男はそれを突っぱねるように怒鳴り散らした。
「予約だと!? そんなものを待っていたら娘の顔が手遅れになるんだ! 金をいくらでも払う! だから今すぐ診ろ!」
「ですが、ルールを守っていただかないと他の患者様に――」
「どうした、ミーナ」
押し問答になる受付へ、奥から雄介が足音もなく歩み出てきた。 その背後からは、異変を察知したアリアとリーナも不安そうな表情で続いてくる。
「先生! この方が突然押し入ってきて……」
「……先生とおっしゃるか!」
男は雄介の姿を見るや否や、すがりつくように駆け寄ってきた。
「頼む! 娘の顔を治してくれ! 事故で負った傷を治癒術師ギルドで治療してもらったんだが……こんな、こんな恐ろしいことになってしまったんだ!」
男が抱えていた少女の腕を退けさせると、少女――シャロンの顔が露わになった。
「っ……!」
背後にいたアリアが小さく息をのんだ。
シャロンの右頬から首筋にかけて、痛々しくひきつれた真っ赤な痕が走っていた。傷口自体は塞がっている。しかし、皮膚の柔軟性が完全に失われ、組織が過剰に盛り上がってグニャリと歪んでいた。さらに、よく見ると皮膚の下にうっすらと黒ずんだ汚れのようなものが透けて見えている。
雄介の目が、一瞬で厳しく細まった。
「……酷いな。深刻な瘢痕拘縮……それだけじゃない。傷口の泥や雑菌をろくに洗浄もせず、強大な魔力で強引に皮膚だけを閉じ合わせている」
雄介の言葉に、大商人の男――ゴルドーは目を見開いた。
「そ、その通りだ! ギルドのマスター・リュウという男に魔法をかけさせたら、一瞬で傷は塞がったが、こんな醜い痕が残ってしまって……! それなのにあいつは『治してやったんだから文句を言うな、傷痕が残るのは当たり前だ』とぬかしおったんだ!」
悔しさと怒りに震えながら訴えるゴルドー。シャロンは顔を覆い、「私、こんな顔じゃもうお外に出られない……っ」と号泣している。
「先生、これは……」
アリアが雄介の横に寄り添い、耳元でひそやかに囁いた。
「……あの方は、王都の大商人ゴルドー様です。治癒術師ギルドの最大の筆頭パトロン(スポンサー)でもあります。……もし、当院で処置をして万が一のことがあれば、ギルドとの決定的な対立どころか、当院の存続に関わる大問題になります……」
アリアの懸念はもっともだった。失敗すれば、王都の有力者を敵に回すことになる。
ゴルドーもまた、焦りと焦燥感から雄介に鋭い眼光を向け、威圧的に言い放った。
「おい、聞いての通り私は大商人ゴルドーだ! 金ならいくらでも出す! だが……もし娘の顔が元に戻らなかったり、今より酷いことになったら、お前たちなどこの王都から即刻追放してやるからな! 覚えておけ!」
威嚇するようなゴルドーの言葉に、ミーナもアリアも息を詰まらせた。
だが――
相澤雄介の顔には、恐怖も動揺も一切なかった。
彼は静かに白衣の袖をまくり上げると、まっすぐにゴルドーの目を射抜いた。
「脅しや金の力で医師を動かせると思うな」
「なに……!?」
「俺にとって、患者の肩書きや立場なんて関係ない。王様だろうが、大商人だろうが、あるいは路地裏の孤児だろうがな」
雄介の声は、どこまでも冷徹で、そして揺るぎない熱を帯びていた。
「傷を負い、自分の容姿に絶望し、コンプレックスと恐怖に苦しんでいる患者が目の前にいる。それを救い出し、心からの笑顔を取り戻すこと――それが、美容外科医の仕事だ。目の前の患者を、くだらないリスクや都合で見捨てるわけがないだろう」
「あ……」
ゴルドーは息をのんだ。 金や権力に群がるギルドの術師たちとは根底から異なる、目の前の男の『圧倒的な医師としての誇り』に、完全に圧倒されたのだ。
雄介は振り返り、スタッフたちに鋭く指示を飛ぶ。
「アリア、第二処置室のライトを点灯! 手術器具の再滅菌と局所麻酔、創傷洗浄セットを準備しろ!」
「は、はいっ!」
「リーナ! お前の魔法が必要だ。感染予防と組織再生のサポートに入れ!」
「はい! 喜んで!」
「ミーナ、待合室の鍵を閉め、ゴルドー氏をソファへ案内しろ」
「承知いたしました!」
テキパキと動き出すスタッフたちを見送り、雄介は泣きじゃくる少女・シャロンの目線に合わせてかがんだ。
「大丈夫だ、シャロンちゃん。俺たちを信じろ。……君の顔は、事故に遭う前よりもずっと綺麗に治してみせる」
その優しく力強い言葉に、シャロンは涙を拭い、小さく頷いたのだった。
◆
第二処置室。
無菌操作が徹底された手術灯の下で、緊急オペが始まった。
「これより、瘢痕切除および創傷清拭、形成外科的縫合術を行う」
雄介の手には、魔法陣によって完全滅菌された極小のメスが握られている。
「麻酔の通りを確認。……よし、切除開始」
雄介のメスが滑るように動く。 強引な治癒魔法によって肥厚し、硬化した醜いケロイド組織を、mm単位の精度で正確に切除していく。
「吸引、アリア」
「はい!」
「創傷洗浄だ。生理食塩水と抗菌魔導液で、内部に残った泥と雑菌を完全に洗い流す」
創部に溜まっていた微細な異物や汚れが綺麗に洗い流され、無菌の健全な皮下組織が露出する。
「……すごい」
助手についたリーナが、息をのんでその手技を見つめていた。 ギルドでは「傷を塞ぐ」ことしか考えない。だが雄介は、傷の内部を完璧に清潔にし、後から感染や腫れを起こさない『環境』を完璧に作り上げているのだ。
「ここからが本番だ。肌の張力線(ランガー線)に沿って、緊張がかからないよう真皮層から段階的に縫合する」
雄介の手動きは、まさに神業だった。 極細の医療用縫合糸を用い、顕微鏡レベルの精密さで皮膚のレイヤーをぴったりと合わせていく。ズレや歪みは一切許されない。
「縫合完了。……リーナ、仕上げだ。炎症を抑え、細胞の自己再生を促せ」
「はいっ! ――『生気湧出』!」
リーナの両手から溢れ出たエメラルドグリーンの光が、雄介が完璧に縫い合わせた創部を優しく包み込んだ。
雄介の精密な縫合と、雑菌を排した無菌環境、そしてリーナの『組織再生・抗炎症魔法』。 3つの要素が完璧に噛み合った瞬間、劇的な化学反応が起きた。
縫い合わされた皮膚の継ぎ目が、まるで最初から傷などなかったかのように、滑らかに馴染んでいく。突っ張りや赤みは瞬時に消え去り、白くキメの整った素肌へと再生していった。
「……オペ終了だ。お疲れ様」
雄介がガーゼを当て、鏡を準備する。
「シャロンちゃん、目を開けてごらん」
処置台の上で息をひそめていたシャロンが、恐る恐る目を開け、差し出された手鏡を覗き込んだ。
「……え……?」
そこにあったのは―― あの醜く引きつれていた赤いケロイドではなく。 事故の傷跡すらほとんど分からない、生まれたてのようにツルツルとした、自分の綺麗な肌だった。
「嘘……嘘でしょう……? 傷痕が……なくなってる……!?」
シャロンの目から、今度は歓喜の涙があふれ出させた。
「お父様! お父様!!」
ドアが開かれ、待合室で生きた心地がしていなかったゴルドーが飛び込んできた。
「シャロン! 大丈夫か――なっ……!?」
娘の顔を見た瞬間、ゴルドーはその場にへたり込んだ。
「な……なんということだ……! 傷痕が残らないどころか……事故の前より肌が綺麗になっているじゃないか……!?」
「雄介先生とリーナさんが……私のお顔を元通りにしてくれたの!」
「ああ……あああ……っ!」
大商人ゴルドーは、なりふり構わず床に膝をつき、雄介に向かって頭をこすりつけた。
「相澤先生……! 無礼な口を叩いて本当に申し訳なかった……! 娘を……娘の未来を救ってくれて、本当に、本当にありがとうございます……っ!」
「頭を上げてください、ゴルドーさん。これが俺たちの仕事です」
雄介が静かに微笑んだ、その時だった。
ドガァンッ!
クリニックの玄関扉が、激しい音を立てて叩き開かれた。
「おい重畳! ゴルドー殿はどこだ!!」
ドカドカと品のない足音を響かせて怒鳴り込んできたのは――金糸の法衣を身に纏った男、治癒術師ギルドマスター・リュウだった。
「リュウ……!? なぜお前がここに……!」
ゴルドーが顔をしかめる。リュウは待合室を見回すと、鼻で笑いながら吐き捨てた。
「ハッ! ゴルドー殿がこんな怪しげな無許可治療院に駆け込んだと聞いて追ってきたのだ! おいゴルドー殿、騙されるな! 傷痕が残るのは治癒魔法の仕様だと言っただろう! こんな医術のイロハも知らんエセ治療院に金を払うなど――」
そこまで捲し立てたリュウの視線が、シャロンの完璧に治癒した美しい頬に止まった。
「……なっ……!? き、傷痕が……消えている……!?」
リュウが絶句する。そこへ、白衣を着た雄介が静かに一歩前へ出た。
「医術のイロハも知らない、か。……それはそのまま、お前に返すよ、ギルドマスター」
「なんだと!? 貴様、この私に向かって――」
「手洗いもせず、血や泥で汚れた手で患者に触れ、雑菌ごと傷口を魔法で閉じ込める。その結果、内部で感染と炎症が起き、あんな醜い瘢痕拘縮を作った」
雄介の冷ややかな声が、診察室に響き渡る。
「形成外科の観点から言わせてもらえば、お前がやったのは『治療』じゃない。無知と慢心が引き起こした、劣悪な**【医療ミス】**だ」
「い、医療ミスだと……!? ふざけるな! 治癒魔法とはそういうものだ! 傷を強引に繋ぎ合わせるのが正当な魔法であり――」
「だからお前たちは三流なんだよ」
雄介は吐き捨てるように切り捨てた。
「正しく無菌操作を行い、皮膚の張力に逆らわず緻密に処置し、炎症を抑える。そして何より、お前たちが『出来損ない』と追い出したリーナのアシスト魔法があって初めて、完璧な組織再生が完成する」
雄介は脇に立つリーナの肩に優しく手を置いた。
「お前たちが捨てたリーナの魔法は、お前たちの雑でヘタクソな魔法の失敗を完璧に補正する『最高の仕上げ魔法』だ。自分たちの無知のせいで最高の才能を捨て、患者に醜い傷痕を押し付ける……恥を知れ、藪医者」
「ぐっ……な、なにを……っ!!」
専門知識と圧倒的な事実を突きつけられ、リュウは顔を真っ赤にして口をパクパクと開閉させた。
周囲にいたゴルドーやミーナ、アリアたちの冷ややかな視線がリュウに刺さる。
「……リュウ殿」
ゴルドーが冷徹な声で告げた。
「私は二度と、貴様らのギルドに一銅貨も出さん。明日から我が商会は、すべてこの『AIZAWA skin beauty』様を全面的に支援させてもらう」
「な……っ!? ゴルドー殿、正気か!?」
「見苦しいぞ、出て行け!」
ゴルドーの怒号に押され、リュウは「く、くそがぁぁぁっ!」と捨てゼリフを残して、逃げるようにクリニックを飛び出していった。
静けさが戻ったクリニック内。
「先生……私、役に立てましたか……?」
不安そうに見上げてくるリーナに、雄介は温かく微笑み、その銀髪を優しく撫でた。
「ああ、完璧だったよ、リーナ。お前のおかげで、一人の少女の未来が救われた」
「……っ、はい……っ!」
リーナは胸に手を当て、感涙を浮かべながら嬉しそうに頷いた。
大商人ゴルドーという強力な後援者を得て、そしてギルドの無能を完全に打ち砕いた『AIZAWA skin beauty』。
相澤雄介と彼のクリニックの名は、これからさらに王都全体へと響き渡っていくことになるのだった。
傷って後の処理がとても大事なのです。
一話ぶり…、の話ですね。ドラマとか見て1番気になるのが心臓マッサージと清潔操作な主なのです。
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