第1話 その傷、まだ終わっていない
「先生、本日のカウンセリングすべて終了しました。患者様は二重の全切開と、鼻フルコースをご契約いたしました。」
「……ああ。分かった。じゃあ、最後の施術に入ろう。事前のアレルギー検査、陰性だったよね」
「はい。問題ありません」
白く無機質なオペ室に、心電図の規則的な電子音が響く。 それが、俺――相澤雄介の日常だった。
美容外科医として働き始めて五年。
二重術、脱毛、肌再生治療、ヒアルロン酸注入、痩身オペ――。 コンプレックスに悩み、「もっと綺麗になりたい」「自分を好きになりたい」と願う人々の手助けをしてきた。 患者が術後に鏡を見て、パッと表情を輝かせる瞬間。それだけが、俺の支えだった。
だが、現実は綺麗事ばかりではない。
過密な手術スケジュール。ひっきりなしに訪れる新規患者のカウンセリング。 利益ばかりを追い求める経営陣からの圧力。後輩医師の教育。そして、理不尽なクレーム対応。
すべての重責を一人で抱え込み、気づけば己の身体と心を削り続けていた。
その夜。最後の患者を見送った直後、無人になった診察室でデスクに深く身体を預ける。 瞼が重い。心臓が、妙に嫌な脈打ち方をしていた。
「不整脈か?……今日は、もう帰るか」
つぶやいたのが、俺の意識の最後だった。
◆
冷たい風が、頬を撫でた。
(……ん?)
嗅ぎ慣れた消毒液の匂いではない。 湿った土と、青々とした草木の匂いが鼻腔を突く。
ゆっくりと目を開けると、視界いっぱいに広がっていたのは、見たこともない巨木がそびえ立つ深い森だった。
「……ここ、どこだ……?」
身体を起こす。 着ているのは淡路色のスクラブの上に羽織った白衣のまま。ポケットのスマートフォンを取り出してみるが、画面には「圏外」の文字すらなく、電波のピクトすら消えていた。
頬をつねってみる。痛い。夢ではない。
「マジかよ……」
仕事のストレスで見ている幻覚か、それとも過労死して異世界にでも飛ばされたのか。 状況を整理しようと思考を巡らせかけた、その時だった。
「誰かいるぞ!」 「救急だ! 人を呼んでくれ!」
遠くから、人々の切迫した叫び声が風に乗って聞こえてきた。 雄介は反射的に立ち上がり、声のする方へと足を向けた。長年の医師としての習性が、身体を動かしていた。
木々の隙間を抜けると、木造の素朴な家々が立ち並ぶ小さな集落があった。 その中央の広場に、人だかりができている。
「どうしたんだ!?」 「怪我人だ!」 「可哀想に……まだ若いんだろ?」 「顔にあんな大怪我を……」 「治癒術師様は呼んだのか!?」 「呼んだ。でも……」
人垣の隙間から、一人の少女の姿が見えた。 年齢は十代後半ほどだろうか。素朴な服を着た少女は、地面に座り込み、両手で固く顔を覆って肩を震わせている。
その指の隙間から見えたものに、雄介の目が留まった。
頬から目元にかけて、斜めに走る大きな傷跡。 赤黒く盛り上がり、引きつれた痛々しい痕。
「治癒魔法では……これが限界なんです」
少女の傍らに立つ、立派な杖を持った男――治癒術師が、申し訳なさそうに告げる。
「命に別状はありません。出血も止め、皮膚も塞ぎました。ですが……これ以上の修復は、神の領域です。私の魔法でも、この傷痕を消すことはできません」
周囲から、重苦しい溜息と哀れみの視線が注がれる。
「そんな……」 「まだ若いのに……」 「これじゃ、もう嫁にも……」 「やめなよ」
残酷な同情の言葉が、容赦なく少女に突き刺さる。 少女は小さく身をすくめ、すすり泣いた。
雄介は黙って少女の顔を見つめた。
傷の位置。 瘢痕の状態。 皮膚の引きつれ。
――医師としての視線が、自動的に解剖学的な分析を始める。
(……なるほど。傷の位置は頬骨から頬のライン。深さは真皮層を超えて皮下組織に達している。治癒魔法とやらは、傷口を急速に『接着』させただけか……)
魔法によって表面の皮膚が無理やり引き合わされた結果、重度の「瘢痕拘縮」を起こしている。 皮膚の突っ張りが強く、これでは顔の筋肉を動かすたびに引きつれ、歪みが生じるはずだ。
現代の形成外科を知らないこの世界の人々からすれば、塞がった傷痕は「治癒の限界」に見えるのだろう。
だが――美容外科・形成外科の領域を知る雄介から見れば、話は別だった。
事故で顔を割られた患者。火傷で引きつれた皮膚。深い裂傷。 これまで何度も見てきた。
治癒魔法が何を意味するのかは分からない。 だが、この傷を見た瞬間、医師としての経験と使命感が告げていた。
まだ、終わっていない。
「……なあ」
雄介は少女の前に歩み出た。そして膝をつき、目線を合わせた。
「その傷――俺に診せてくれないか?」
少女がゆっくりと顔を上げる。涙に濡れた瞳が、見知らぬ服を着た雄介を映した。
「……あなたは?」
雄介は少しだけ迷ってから答えた。
「医者だ」
そして、周囲のざわめきを余所に、静かに、しかし力強く言葉を継いだ。
「――美容外科医だけどな」……
異世界美容外科医略して「いせび」です!
異世界転移系ですが初めての投稿です!!
医療・美容に関する描写は、現実の知識を参考にしつつ、異世界ならではの魔法や素材を組み合わせて描いていきます。
「こんな美容医療が異世界にあったら?」を楽しんでいただければ幸いです!
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