第5話 警察署の裏にあるダンジョンで、バレずにどれだけカツアゲできるかやってみた
「……正気か、俺?」
深夜二時。俺は、警視庁多摩川警察署の裏手に位置する、通称『ポリ裏ダンジョン』の入り口を見下ろす電柱の影にいた。
当然、格好はいつもの通りだ。
使い古された目出し帽(掲示板のアドバイス通り、ネットに入れて弱水流で洗ったので少し毛玉が取れた)。
闇に溶け込む黒ジャージ。
そして、前回のクエスト報酬で手に入れた、鈍く黄金色に輝く『成金バール』。
「いや、違うんだリスナー。これは決して挑発じゃない。効率なんだ」
俺は自撮り棒を固定し、小声でスマホの向こう側に語りかける。
深夜にもかかわらず、同接はすでに三〇〇〇人。深夜のテンションで頭がおかしくなった連中が、俺の「自首」を今か今かと待ち構えている。
『警察署の裏で不審者スタイルw』
『自殺志願者かな?』
『成金バールが暗闇で目立ちすぎてて隠密性ゼロなの草』
『早く捕まって、どうぞ』
「いいか、よく聞け。このダンジョンは警察署の敷地に隣接しているせいで、普通の探索者は敬遠するんだ。だから魔物の密度が異様に高い。つまり、短時間で効率よく『カツアゲ』ができるってわけだ」
理屈は通っている。……はずだ。
だが、問題は入り口からわずか五十メートル先に、地域課のパトカーが停まっていることである。
「……よし、行くぞ」
俺はスキル『逃走経路の勘』を全開にした。
脳内に描かれるのは、警官の視線が外れる一瞬の空白時間。
俺は電柱の影から飛び出し、まるで獲物を狙う泥棒――というか事実そう見えるのだが――のような足取りで、ダンジョンの入り口へと滑り込んだ。
《条件:極限状態での不審行動を確認。スキル『シャドウ・強奪者』の出力が120%に上昇しました》
「出力上がっちゃったよ! やっぱ悪いことしてる自覚があると強くなるのかこのスキル!」
皮肉なシステムメッセージを無視し、俺はダンジョンの内部へと足を踏み入れた。
ポリ裏ダンジョンは、コンクリートの壁に囲まれた地下通路のような殺風景な場所だった。
中に入ってしまえば、ひとまずは安心だ。警察官といえども、探索者免許なしにダンジョンの奥深くまでは入ってこない。
ペタッ、ペタッ。
奥から聞こえてくるのは、多摩川水系ダンジョン特有の湿った足音。
現れたのは、レベル一〇程度の魔物『ドロヌマウオ』だ。二足歩行する魚という、見た目からして不快なクリーチャーである。
「おっしゃ、一発目だ。……出すもん出せやぁ!!」
俺は黄金のバールを振りかざし、ドロヌマウオの死角から飛び出した。
バキィッ!
成金バールの威力は凄まじかった。
ただのクロムバナジウム鋼だった前作とは違い、重厚な手応えと共に、ドロヌマウオの硬い鱗を軽々と粉砕する。
《アビリティ『カツアゲ』発動!》
【獲得アイテム:新鮮な白身(大)、謎のウロコ×5、誰かの財布(空)】
「誰かの財布とか落とすなよ! 警察署の裏で拾ったらややこしいだろ!」
俺は焦って財布を放り投げた。
だが、ドロップ効率はやはり最高だ。普通なら数時間かかる稼ぎが、わずか五分で手に入る。
俺はノリノリでダンジョンの奥へと突き進んだ。
「これだよ、これ! リスクを取った者だけが勝利を掴むんだ!」
バールを振り回し、次々と現れる魚人どもを「恐喝」していく。
視聴者も、俺のあまりの「手慣れた感」に引き気味だ。
『阿久津、お前もうこれ天職だろ』
『バールの扱いが完全にベテランなんだよなぁ』
『あ、今カメラに映った角のところ、誰かいない?』
コメント欄の指摘に、俺は動きを止めた。
確かに、通路の先からカツカツと規則正しい靴音が聞こえてくる。
魔物の音じゃない。これは……軍靴か?
「……しまっ、警察の巡回か!?」
俺は咄嗟に天井の配管の隙間に身を隠した。
スキル『隠密(不審者限定)』が発動し、俺の気配が闇に溶ける。
現れたのは、一人の女性だった。
警察の制服ではない。白いプロテクターを身に纏い、腰には白銀の細剣。
長いポニーテールを揺らしながら歩くその姿は、まるでファンタジー映画から飛び出してきた女騎士そのものだった。
「……ふぅ。やはりこの時間帯は魔物の活性が上がっているわね」
凛とした声。彼女は、多摩川警察署・ダンジョン対策課のエース、白金凛子――通称『多摩川の聖騎士』だった。
彼女もまた配信者であり、その圧倒的な美貌と「正義」を象徴する戦い方で、登録者数五十万を超える超人気冒険者だ。
『うおおおお! 凛子ちゃんキター!』
『不審者VS聖騎士、ついに激突か!?』
『阿久津、逃げろ! 彼女のレイピアは「悪」を自動追尾するぞ!』
「(マ、マジかよ……最悪の相手だ。あんな光り輝いてる奴に、この目出し帽が見つかったら、一秒で串刺しにされる……!)」
俺は配管の上で息を殺した。
だが、運命は残酷だった。
プルルルルルッ!
静寂を切り裂いたのは、俺のポケットの中のスマホ――視聴者からの「投げ銭(赤スパ)」通知音だった。
「誰!? そこにいるのは!」
白金凛子が鋭く天井を見上げる。
彼女の瞳が、暗闇の中に光る「成金バール」の黄金の輝きを捉えた。
「その格好、そしてその禍々しいバール……! 貴方が最近噂の『多摩川の切り裂き魔(※ただのカツアゲ魔です)』ね!」
「ち、ちが……っ、これはその、ボランティアというか、健康のための夜間の運動で……!」
俺は動転して、配管から足を滑らせた。
ドサッ!
白金凛子の目の前に、目出し帽の変態がシュタッと着地する。
「問答無用! その歪んだ欲望、私が断ち切ります!」
「話を聞けえええええ!!」
白銀のレイピアが、一閃。
俺は成金バールを盾にして、必死の防御姿勢をとった。
キンッ!!
火花が散る。
聖騎士の全力の一撃を受け止めた俺のステータスは、スキルの「出力上昇」のおかげで、辛うじて彼女と渡り合えるレベルに達していた。
「……あら? 私の剣を止めるなんて。見かけによらず、なかなかの手練れのようね」
白金凛子が、ゾッとするような美しい微笑を浮かべた。
彼女は完全に「悪の怪人を退治するヒーロー」のモードに入っている。
「いや、マジで待ってください白金さん! 俺、阿久津って言います! 善良な市民なんです!」
「善良な市民は、深夜に目出し帽でバールを振り回しません! 大人しくお縄につきなさい!」
「これ、カクヨムでいうところの『勘違いもの』ですよね!? でも笑えないんですけど!」
俺の必死の叫びは、彼女の正義感という名の防音壁に跳ね返された。
スマホの画面では、同接が一万人を突破。
『世紀の対決w』
『不審者が聖騎士にナンパしてるようにしか見えない』
『阿久津、ここで勝ったら伝説だぞ』
『いや、普通に逮捕されてくれ』
「はぁ……はぁ……。こうなったら……やるしかないのか」
俺は成金バールを構え直した。
正義のヒロイン相手に、カツアゲのスキルを使うわけにはいかない。
だが、逃げ切るためには、彼女を一瞬だけ「怯ませる」必要がある。
「白金さん、あんたの弱点は分かってるんだよ……!」
「なっ、なんですって……!?」
俺は一歩踏み出し、あえて彼女の懐に飛び込んだ。
そして、耳元でこう囁いた。
「……あんた、さっきの戦闘で、プロテクターの隙間にドロヌマウオの粘液がついてるぞ」
「えっ!? うそ、どこ!? やだ、臭い……!?」
完璧な聖騎士が、一瞬だけ視線を落とした。
その隙だ!
俺はアビリティ『逃走経路の勘』を起動。
彼女の横をすり抜け、全速力でダンジョンの出口――ではなく、さらに深い下層へと向かって走り出した。
「ああっ! 待ちないさ不審者ぁぁぁ!!」
背後から響く、聖職者にあるまじき怒声。
「誰か助けてええええ! 俺、ただ普通に働きたかっただけなんだよおおお!」




