第21話 第五階層、あるいは「ヤジ」という名の精神汚染
永田町・魔議場、第五階層。
扉が開いた瞬間、俺の耳に飛び込んできたのは、数万人の怒号が重なり合ったような、地響きに似た「音」だった。
「――っ! なんだ、このうるささは! 耳が、耳が割れそうだ!」
第五階層『審議の暗黒街(不信任の連呼)』。
そこは、天井から無数のマイクがシャンデリアのように吊り下がり、壁一面がテレビモニターで埋め尽くされた異様な空間だった。モニターには、口々に何かを叫ぶ「顔のない議員」たちが映し出され、スピーカーからは絶え間なく罵詈雑言が降り注いでいる。
「阿久津、耳を塞いではダメですわ! これはただの音ではありません、魔力による『精神汚染』……浴び続ければ、自分の存在そのものを否定され、消滅してしまいます!」
凛子が「聖域の障壁」を展開するが、物理的な攻撃ではないため、音は障壁を透過して俺たちの精神を削りに来る。
「『……ヤメロ!……ヤメロ!……ヤメロ!』」
「『……セキニンヲ……トラナイノカ!』」
「『……フシンシャ……フシンシャハ、カエレ!』」
「……ぐっ、キツい……! なんか、昔お母さんに『あんたは将来、目出し帽を被るような大人になっちゃダメよ』って言われた記憶がフラッシュバックしてくる……!」
「そんなニッチなトラウマ、克服しなさい! 来ますわ、ヤジの具現体です!」
音の塊が物理的な形を成し、廊下の奥から巨大な「文字」の姿をした魔物、『罵倒・ワード』が押し寄せてきた。
『辞任』『無能』『不審者』といった漢字が、鋭い刃となって俺たちの皮膚を切り裂く。
「いてぇ! 文字に斬られるとか、SNSの炎上かよ!」
「阿久津、この階層の魔物は、こちらが『正しいこと』を言えば言うほど強くなります。彼らは反論を餌にして肥大化するのです。……つまり、理屈で戦っては勝てません!」
「理屈で勝てない? ……だったら、俺の出番じゃねーか!」
俺は黄金のバールを構え、溢れ出すヤジの嵐の中へと一歩踏み出した。
スキル『国家転覆モード』が激しく脈打つ。
俺に向かって『無職』という巨大な文字が飛んでくる。俺はそれを、バールの腹で真っ向から受け止めた。
「無職……? ああ、そうだ、俺は無職だ! それがどうした! 無職は時間はあっても、失うもんはねぇんだよぉ!!」
――ガギィィィン!!
黄金の衝撃が『無職』の文字を粉砕する。
通常、正論や倫理観で戦う者にとって、これらのワードは致命傷になる。だが、俺は自他共に認める不審者。自分のダメさを「出すもん出せ」と開き直って受け入れた俺にとって、ヤジは単なる「ドロップ品の前触れ」に過ぎない。
「白金さん、いいか! こいつらには『無視』と『逆ギレ』が一番効く! あんたは耳を貸すな、俺のバールが作る『不条理の道』だけを見てろ!」
「……不審者に、そんな格好いいことを言われるなんて……! わかりましたわ。私の耳、貴方のバールの音だけを聞くことにします!」
凛子が耳を塞ぐように魔力を集中させ、全神経を俺の背中に預けた。
俺は襲いくる『不信任案』という名の巨大な斧を、バール一本で弾き飛ばし、その中心にいるボス――『審議を止める者』へと突撃した。
そいつは、巨大なマイクスタンドを六本の腕で操る、タコのような姿の魔物だった。
「『……モンダイ……ハ、センオクリ……!……ケツイを……ヒョウメイ……セヨ……!』」
「表明なんてしねぇ! 俺が表明するのは……お前のその、高そうな金の延べ棒で作られたマイクスタンドを『没収』するってことだけだ!」
俺は空中へ跳躍し、マイクスタンドの根元にバールをねじ込んだ。
「出すもん……出せやぁぁ!!」
《アビリティ『カツアゲ』特大成功!》
【獲得アイテム:黄金のマイク(広域沈黙効果)、失言の録音テープ、答弁拒否の盾】
バールがマイクスタンドをこじ開けた瞬間、階層を埋め尽くしていたヤジが、ピタリと止んだ。
静寂。
あまりの静かさに、自分の鼓動が聞こえるほどだった。
「……終わった、のかしら」
凛子がゆっくりと目を開ける。
モニターは全てブラックアウトし、吊り下げられていたマイクは砂となって崩れ落ちていく。
「ああ。五階層クリアだ……。……って、白金さん、今の『俺の背中だけ見てろ』ってセリフ、配信でバッチリ流れてるけど大丈夫か?」
「……っ!? な、何ですか、今さら! あれは戦術的な、その、不可抗力ですわ! だいたい、貴方がもっとマシな格好をしていれば、こんなに恥ずかしい思いをせずに済んだのです!」
凛子が顔を真っ赤にして、レイピアで俺の目出し帽の端をツンツンと突く。
配信画面は、もはやお祭り騒ぎだった。
『【速報】不審者、ついに聖騎士の「耳」までカツアゲする』
『今のは完全にプロポーズだろwww』
『「俺のバールの音だけを聞け」←今年一番のパワーワード』
『阿久津、お前もうこれ主人公だわ。目出し帽脱いだらイケメン確定だろ』
「脱がねーよ! これがないとステータス下がるんだよ!」
俺はドロップ品の『黄金のマイク』をアイテムボックスに放り込み、六階層への階段を見上げた。
「白金さん、行くぞ。次は俺があんたの背中、守ってやるからな」
「……ふん。期待せずに、ついていってあげますわ」
不審者の背中。
そこには、いつの間にか小さな「信頼」という名のリボンが、青く揺れているような気がした。




