第14話 永田町の中心で「出すもん出せ」と叫ぶ
「……死ぬ。マジで死ぬ。お堀の水、絶対に飲んじゃいけない味がした」
永田町。日本の政治の中枢。
国会議事堂を望む並木道。本来なら高級車とスーツ姿のSPが闊歩するその場所に、今、一人の「全身ずぶ濡れの不審者」がいた。
目出し帽からはお堀の汚水が滴り、黒ジャージは水を吸って五キロくらいの重さになっている。
唯一、右手に握られた『成金バール』だけが、汚れ一つ寄せ付けずに黄金の輝きを放っていた。
「リスナー、見てるか……。俺は今、永田町に立っている。……Googleマップによれば、この先に多目的トイレがあるはずなんだ。俺はそこに行きたいだけなんだ……」
スマホの自撮り棒を震える手で支える。
カメラの向こう側では、同接がついに二十万人の大台に乗ろうとしていた。
画面は「#出すもん出せ永田町」の弾幕で埋め尽くされている。
『不審者が国会議事堂に王手!!』
『阿久津、そのまま議場に殴り込んで増税を止めてこい!』
『「出すもん出せ」がこれほど政治的メッセージに聞こえる日が来るとは』
『後ろ! 阿久津、後ろにSPが群れで来てるぞ!』
「ひぃっ!? な、なんだあの黒スーツの数! 蛇喰さんの部下か!?」
振り返ると、そこにはナイト・メア・プロモーションのスカウトマンではない、本物の「公権力の守護者」たちがいた。
耳にイヤホンをつけ、眼光鋭いSPたちが、一糸乱れぬ動きで俺を包囲していく。
「止まりなさい。貴方の行為は、国家安全保障上の重大な脅威とみなされます」
SPの一人が、冷徹な声で告げた。
だが、その瞬間だった。
《条件:最高レベルの権威(国家権力)による包囲を確認》
《スキル『シャドウ・強奪者』がリミッターを解除:モード『国家転覆』へ移行します》
《ステータスが「上の下」から「特級(期間限定)」へ爆増中》
「……は!? 爆増!? 待て待て、身体が熱い! 筋肉がバーストしそうなんだけど!」
目出し帽の隙間から見える視界が、真っ赤な戦術マップへと書き換えられる。
SPたちの動きが、スローモーションのように見える。
バールを握る手に、凄まじい力が宿る。
「……阿久津煉!! 私の追跡を逃れてこんな神聖な場所にまで不法侵入するなんて、もはや言い訳のしようがありませんわよ!!」
さらに最悪なことに、後方から白金凛子率いるダンジョン対策課の機動部隊が到着した。
右にSP。左に聖騎士。
正面には、重厚な石造りの国会議事堂。
そして上空には、蛇喰エリカが手配した中継ヘリが数台、爆音を立ててホバリングしている。
「(……これ、どう考えてもバッドエンド直前だろ)」
俺は絶望した。だが、リミッターを解除したスキルは、俺の意志に関係なく『最適解』を導き出す。
逃げ場はない。
ならば、中へ入るしかない。
「お前ら! どけぇぇぇ!! 俺は……俺はただ、個室でゆっくりしたいだけなんだよぉぉ!!」
俺は成金バールを地面に叩きつけた。
ドォォォォン!!
アスファルトがクレーター状に陥没し、衝撃波がSPたちをなぎ倒す。
そのまま、俺は重力を無視した速度で国会議事堂の正面階段を駆け上がった。
「なっ……機動隊! 突入準備! 彼を議場に入れてはなりません! 国家の機密が、あの変態にカツアゲされてしまいます!!」
白金凛子の叫び声を背に、俺は巨大な重い扉にバールを突っ込んだ。
「こじ開けろぉぉ! 物理的にぃ!!」
ギィィィ、バキィィィン!!
歴史ある正面扉が、不審者の腕力によって無残にこじ開けられる。
俺が中に飛び込むと、そこは……普通の議事堂ではなかった。




