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勇者消失

 雲一つない満月の夜。

 その丘の上には月明かりに照らされて一つの城が浮かび上がっていた。まるでお伽話の中から飛び出して来たようなその城は暗闇よりも黒く怪しい妖気を発している。


 それが、突如内部から爆発した。

 爆発によって生まれた不気味な炎が燃え盛る大広間。そこを幾つもの雄叫びと共に、剣閃が幾重にも重なり走った。最後の猛攻を決めた勇者は不格好にも背中から着地した。


 直後、轟音と共に魔王が倒れた。倒れた次の瞬間には全身が燃え砕けていき吹き荒れた魔力によって炎はきえ、魔王の象徴たる冠がそこに残るだけだった。


 人類を苦しめ続けている諸悪の根源、魔族とその王。彼らの討伐こそが勇者に求められた唯一の物。

 そして彼は勇者として魔王城に訪れ、無事に討伐を成功させた。王国に帰れば『勇者』ではなく、『英雄』になれるのだ。


 だが勇者は帰る素振りを見せずに無造作に転がっている王冠を拾い、更に奥へ進んでいく。城内の魔族を殲滅、これも勇者の仕事だ。と言っても魔王を倒す前にあらかた終らしておいたんだが。


 それでも勇者は奥へ進んでいくのは財宝目当てだった。勇者だって欲はあるのだ。先の戦闘中に魔王は「この先にある我が財宝にだけは触れさせん!」と言っていたのを覚えていた。覚えていたんだから探さずにはいられない。


 ……正直罠の可能性が高い。それでも魔王を倒せたという自信と『財宝』と言う響きには惹かれて行った。


 取り敢えず最上階を目指して進むと重々しい扉に行き当たり、開けてみればそこは魔王の部屋だった--が、中には大した物は何も無かった。代わりに暖炉から下に通じる隠し扉が見つかった。


 勇者は今度こそはと階段を降り始めた。その後、地下に達するかという位まで降りたが行き止まりだった。そこには先程倒した魔王の彫刻があるだけだった。


 これが勇者の癪に障ったのか、勇者は拳を顔面部分に叩き付けた。何度も言うが勇者だって人だ。

 だが壁反共した音に違和感を感じた。もしかしてと思い魔力を籠めて強めに眉間を一突きすると彫刻ごと壁が崩れ空間が現れた。



 その中は階段の燭台からの光は届かず完全な暗闇だった。魔法で照らそうとする掻き消されてしまう。これは明らかに怪しい。

(今までの部屋とは明らかに違う。これは、当たりか?)

 勇者は内心喜びながら数歩進み、止まった。


 勇者には魔王を倒したという自信があった。それは過信と言うべきかもしれないが、どんな姑息な罠に掛かろうとも、ある程度は対処出来ると信じていた。


 のだが……

 勇者の掛かった罠は子供でも作れる程度の構造だ。つまり単純に、魔力を持って拘束するだけ。

 そんな簡単な罠で勇者は動きを止められてしまったのだ。


 勇者にとってこの罠は予想外だった。そして何より勇者を混乱させていたのは単純に魔力量だけで拘束されてしまった事だ。魔王を倒せた自分の魔力量は人類最上位にあるのは間違いない。それでも巧妙な罠に対処しきれずに深手を負う覚悟はあった。だが魔力量で負けるとは思ってもいなかったからだ。



 暗闇の中で身動きが取れないでいると足音が聞こえ、そして瞼が閉じた。目覚めるとまた暗闇に中にいた。

 そこで意識だけが漂う様に存在していた。体の感覚は無い。五感も無い。だが痛みや違和感も無い。


 そのまま暫く漂っていると暗闇から白衣に包まれた一人の老人が表れた。どこかで見たことのあるようなその顔を思い出すよりも早く老人は、予想以上の饒舌で、一方的に語り始めた。


「ひとまず一人の人類として言わせてくれ『魔王討伐おめでとう』と。--にしても今の魔王がやられるなんて六十年ぶり位じゃないかな? ずいぶん暇だったんだから、そのぶん君には期待してもいいかな? ――まぁいいや、取り敢えず僕からささやかな報酬を見せて上げようと思う。拒否権はないよ、ここは既に僕の術の中だ。ここでは僕が絶対だからね」




 直後、老人の体が光り、視界が白く染まった後、目にしたのは……地獄だった。




「酷いもんだったろ? これを見た奴は大体そんな反応をする」

 再びの暗闇の中で老人は苦笑いしながら言った。

 が、勇者の意識は絶望で満たされ満足に返事が出来なかった。

「……あれは……一体?」

 震える声でそう返した。それ以外に返しようがなかった。自分の目で見たものを信じたくなかった。


 人と人とが殺し合い、血が大河となり、屍で丘が出来上がっていた。全てが終わり安泰が産まれようとも次の瞬間には別の戦が始まり再び大河と丘が出来上がる。

 そんな人々の争いは千年間続き、星の数程の命が消えていった。




「……何なんだよ……あんな事って……」

 うわ言の様に繰り返し呟き続ける勇者には、魔王を倒した時の優越は消え去っていた。その意識の中には只々絶望が広がっていた。

 そんな勇者に老人は静かに尋ねる。

「あれはね……人類の過去、昔話の様な物さ。知らなかったのかい?」

 勇者は静かに首を縦にふった。


 勇者は《世界中の国は諸悪の根源である『魔王討伐&魔族殲滅』に向けて手を取り合っている》と教えられていた。少なくとも勇者の国では。


「それは別に間違いじゃないよ。ただ世界の知らない秘密……それ『諸悪の根源』を倒した君には知る義務が君にはある。人々の戦と――魔王誕生の歴史を」

 老人は続けて言う。


「これから見せるのは僕の記憶、偽りない歴史さ。これを見て君にはして貰う事がある。取り敢えず見てくれ」


 再び老人の体が光る。

 目にしたのは先程と同じ燃えるように赤い空と大地。


 唯一違いがあるとすれば――


 老人がそこにいたのだ。

 真っ赤な丘の上に白衣を着ている為よく目立つ。さらによく見ると顔がまだ若々しかった。


「僕ははかつて『歴史上最高の天才頭脳を持つ男』と言われた。――()は人類の争いに終止符を打つ為ある秘術を研究していた。その秘術は『禁忌に最も近い魔法』と言われ、彼は世界から逃げるように研究を続けていた」


 そこで勇者は思い出した。老人の顔を見たことがあると思った理由を。王国で習う歴史上に出てきていたマッドサイエンティスト。それがこの老人だ。


 老人の声が直接脳に響き老人の招待を思い出した。その直後、目の前の彼は巨大な魔方陣を展開させ、視界が白く覆われた。


「そして僕は遂にその秘術を完成させた。その秘術とは――」

「……人を魔族に生まれ変わらせる『再誕術』」

「ご名答。一応僕のことは知っていたんだね」


 そんな老人の声は勇者には届いていなかった。勇者はただ茫然と目の前の現象を見ていた。老人の体が膨れ上がり、肌色がどす黒く変わっていく。


 ――その姿は先程倒した魔王驚くほどと類似していた。

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