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中古系異世界へようこそ!  作者: 高砂和正
3章 『中古系異世界へようこそ!』
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54 鋼の雪崩、オーラを持つ娘

 デヴォニッシュ家と〈鷹羽〉によるクーデター計画を阻止してから数ヶ月。

 そして、丘崎がこの世界に顕現し、リインを始めとする〈変り種〉との邂逅から数えると1年以上の時間が過ぎていた。 

 トゥレス及びイルマは昨年末の騒動で協同した〈変り種〉の所属となり、〈負け犬の遠吠え亭〉に拠点を移していた。

 ギルドの新メンバーとなった2人は、丁度良いとばかりに丘崎、リインら組まされての中難度以下の魔窟探索をメイン活動としながら、ニコラウスやお柚、アブドラ、そしてベネットたちにしごかれ、時に高難度の魔窟を引き摺り回されたりすることが日常となっていた。

 2人は少しずつ〈変り種〉のスタイルに慣れながら、今ではトゥレスはスロット4、イルマはスロット3にレベルアップしている。

 

 余談だが、移住にあたりイルマの方は〈鷹羽〉潜入時代に使っていた部屋を引き払っただけだが、放火されたトゥレスの住んでいたアパートはオーナー、当時の入居者に対して行政から結構な補助金が出ていた。

〈鷹羽〉とデヴォニッシュ家の過去の行いの被害者に対しても同様だった。

 それらは戦争時の被害者のために確保してある財源から出た物で、ウィケロタウロス行政は多方面に補償金を支払う事になり総額はかなり大きくなったのだが、クーデターが実行されていればそんな程度の損失では済まなかったであろうという意見が通り、可能な限りの救済を行うべきとして実施されていた。

 勿論、それらの被害者に含まれる丘崎とトゥレスはクーデター阻止の報奨に加えて補償金を得てそれなりの収入を得ていたが、丘崎はそのどちらもが活動で生じた借金の返済へと消えて行ってしまっていた。

 また、トゥレスに関してもアパートに溜め込んでいた本や家具類の買い直しと、貧乏時代に手の出せなかった物の購入等でほとんど残っていないようである。


 









 整頓された室内と畳敷きの居心地の良さから、談話室とはまた違う〈変り種〉の溜まり場となった丘崎の部屋で、みしり、と何かが軋むような音がした。


「ん? 何か今聞こえませんでした?」


 寝転がり、ニコラウスの蔵書から借りた少女漫画を読んでいたイルマが顔を上げて言った。

 ちゃぶ台で家計簿を付けていた丘崎と、薄めたウィスキーをちびちびやりながら新聞を読んでいたアブドラが顔を見合わせる。


「アブさん。何か聞こえました?」

「ワシは良う分からんかったわ。山育ちの白精人種ドワーフなら割と耳が利くんじゃけど……」


 人種特性を活かして鉱山等で働くタイプのドワーフは他の人種以上に地盤変動などに敏感になる傾向が有るのだが、少年の頃から地母神の神殿に入っていたアブドラはそういった特有の能力があまり高く無かった。


「イルさんの気のせいじゃないか?」

「……うぅん、なぁんか重い物が動いたみたいな気がしたんですけど……」


 そう言う丘崎に、イルマは納得出来ていないように首を傾げて部屋の中を見渡す。

 立ち上り、素足でたしたしと畳を叩いてみる。


「ふむ……」


 何かを確かめるように狭い部屋の中を歩き回り、少し動いては再びたしたしと足の裏で畳を叩く。

〈土気〉を司る黄精人種ノーミィも、育ち次第の部分は有るが地面の震動を感知する能力が発達しやすい。

〈源世界〉の日本のような地震多発地帯で成長すれば、迷信におけるナマズの如き探知性能になると言われていた。

 いくらかの探査を行ったイルマは、部屋の押入れの前で立ち止まった。


「……ここかな? 丘崎さん、押入れ開けますよ?」

「え、ああ。別に良いけど」

「む、何かひっかかってる? 重いですね……」


 丘崎は許可を出し、イルマが押入れに手をかけたその時になってから、


「あっ!? もしかして、イルさんちょっと待っ――」


 気付きは一瞬遅かった。


 開かれた押入れ。

 その中段の板がばきっと音を立てて割れ倒れた。

 

「いひゃあああああああああああああああああああああああああああああああああっ!?」

「わ、わぁーっ!? すまんイルさーんっ!」

「な、何じゃあ!?」


 中段に置かれていた箱が板の破断で倒れ、イルマはその内部に有った大量の灰色の金属球が起こした雪崩に飲み込まれて押し潰されていた。

 

「あぁ……、やっぱ保たんかったか……」


 丘崎が情けない顔をしながら金属球を掻き分けてイルマを掘り出す。


「う、うぐぐ。酷い目に遭いました……」


 ピンポン玉サイズの金属球が一辺80センチを超えるほぼ立方体に近い木箱に満載されていた。それが一斉に降りかかって来たのだ。頑健なノーミィだからこそ酷い怪我は負わなかったが、全身をしこたま叩かれて結構なダメージを受けていた。


「勢いは無かったけえまだマシじゃろ。〈トリート〉」


 アブドラが治癒神令をかけてやると、打撲で内出血を起こした部分が跡も無く治っていった。


「……何だったんですかこれ。この箱のサイズだとロッカーの中ほとんど一杯になるん、じゃ……」

 

 改めてロッカーを見たイルマは絶句した。

 破断した中段部に乗っかっていた箱とほぼ同じ物が下段にもう一つ納められていたのである。 

 無論、中には金属球が上までみっしりと詰め込められている。


「いや、丘崎さん、ホント何ですかこれ」


 イルマは丘崎を半眼で見ると、呆れと責めを混ぜた様に言った。

 丘崎はばつが悪そうに視線を逸らし、


「こ、これはな、そう。俺の宝物なんだ。〈泥の魔窟〉でたまにサブボスが落とすんだけど、こう、キラキラして綺麗だったから何かに使えるんじゃないかと……」

「……貯め込んでいたと?」

「……ハイ」

「カラスか何かですか貴方はぁーっ!」


 こっぴどく説教を受ける羽目となった。


 正座をさせられ、魔窟の入手物をきちんと捌いて世の経済を回す事の重要性を説かれている丘崎。


「そうでなくても使えないなら捨ててくださいよーっ!」

「うぅ、す、すいません……」


 それを尻目に、アブドラは畳に散乱した金属球を一つ拾い上げて見た。

 結構な質量が有る。指先にかかる重量感。

 そして、疼くドワーフとしての感覚。


「ブボバッ!?」


 彼の横隔膜は現実を認識して酷く痙攣した。

 むしろ現実を認識したくなくて体に叱りつけられたような物だった。


「わっ!? アブさん、どうしました?」

「あ、ちょ、丘崎さん、まだ話終わって無いですよ!」

「ぶぇほっ! げぇーほげほげほげほっ!」


 強烈に吹き出したアブドラへの心配も有るが、これ幸いと説教から逃れようとする丘崎。

 アブドラが治癒役故に心配は程々に、逃げようとする丘崎を押さえようとするイルマ。

 咳き込み続けるアブドラ。

 しかし、アブドラは苦しみながらも何とか口を開く。

 その話し方は声を潜めた物だ。

 

「げほげぇほっ! お、オカ。こいつの事を知っちょるのは他に誰がおる?」

「え? ええと、多分リインくらいですけど」

「……アブドラさんは、それが何なのか分かるんですか?」

「ぜ、絶対に、とりあえず〈変り種〉の外のもんには言っちゃいかん。まずはニコに相談するべきじゃ。リインの口も塞いどく必要が有る……」


 彼にしては厳しい、しかし困った様な表情でアブドラは言った。


「……これは魔鋼じゃ。しかも分化能を持っちょる。この国ではもう随分見つかっちょらんかったタイプの奴じゃ。それも六大匠管轄外で獲得された……」


 一拍を挟み、


「足場を固めるべきじゃ。さもなくば今のオカじゃ六大匠に潰される……」


 悲壮感すら漂わせて、そう口にした。


 









 所変わって、冒険者役場ウィケロタウロス壁南支部のロビー。


「……ヤルナッハは帰省するのか」


 一仕事を終え、〈変り種〉の構成員と囲んだテーブルでベネットが言った。

 一緒に席についているのはお柚とリイン、そして新入りのトゥレスである。

 ちなみにこの場にも丘崎の部屋にもいないニコラウスは、昨夜に急な知らせを受けて宿を出てから戻ってきていなかった。


「もう何日かでな。向こうじゃお袋が家に帰ってるらしいし、盆だからな。むしろギルドで儂だけってのが珍しいんじゃねえか?」


 トゥレスが言う。

 彼の母親スサニタは、長男であるウノによって夫であるセロと次男トゥレスから引き離され、スサニタの両親に軟禁を受けていたのだという。

 スサニタ本人は強靭な精神力で洗脳を跳ねのけていたようだが、周囲をウノから影響を受けてリアクターになってしまった者たちで固められ、徹底的に言いくるめられたトゥレスの母方の祖父母の洗脳の状況はかなり酷い物だったのだ。

 しかし、その洗脳もカルメの町の自治体によるウノがこれまで行って来た事の公表等のおかげで解けてゆき、娘のスサニタはセロへの土下座を伴って返還されていた。

 傷も治り、ウノが犯罪者として逮捕され、両親たち以上は和解した。

 トゥレスは今年くらいは8月いっぱいの長期帰省をしても良いだろうと思っていたし、それを勧める手紙も届いていたので素直に帰るつもりでいた。

 

「うーん、どうかな。うちやアブドラの故郷は異国だし、イルマちゃんは地元勢だから数日だけ帰るみたいらしいけどねー」


 お柚が補足するように言う。

 言われなかった者の内、ニコラウスは各地を転々としていた女冒険者がウィケロタウロスで生んだ子供だったので、実家を持たないことは身内では周知だった。

 そして、残るリインへと視線が向けられた。


「……キアルージは?」


 振られたリインは視線を逸らし、


「……考えてなかった。というか、私の村は盆の文化が無かったんだ。いや、『帰った者は討ち首』とするっていう決まりが有ったし、この4年ずっと戻って無いけど……」


 言いづらそうに答えた。

 

 ちなみに当然のように話しているが、この世界には日本同様、8月中旬頃に故郷に帰って祖霊を悼む文化、盆が存在している。

 つまり仏教が定着しているのだ。 

 加えて言えば、神道も。

 源世界でヤハウェを崇める3宗教がメジャーでないのは文化を伝えたセトラーがほぼ日本人である以上仕方の無い事であるが、仏教と神道が持つ性質も異世界で受け入れられた理由である。

 仏教は人が解脱し仏と成るための教えであり、神道は八百万にあまねく宿る神性を拠り所とする道だ。

 創造主と預言者の実在に依存する3宗教とは、異世界に概念を輸入して成立するかどうかの前提条件が異なっていたのである。


「キアルージんとこは物騒な決まりが有んだな……」

「いや、私の地元がおかしいのさ。ウィケロに来てからはそれが良く分かる。キースもいない今となっては近づく理由も無くなってるしね」


 呆れた様なトゥレスに、リインは苦笑して言った。

 極自然で、棘の無い態度だった。

 出会った頃は疎遠になった自分と代わるように丘崎と親しくしていたトゥレスに焼き餅を焼き、ツンケンした態度、言動を取っていたリインだが、今ではすっかり打ち解けて仲間の一人として見るようになっていた。

 といっても、丘崎とトゥレスの間に同性愛的な好意が有った訳では無く、リインの当時の意識もそういったことを勘繰った物では無かった。

 また、トゥレスの方はそれが子供が親に構ってもらいたがるような意識の結果だったと看破しており、むしろその未熟さを愛嬌くらいに思っていた。


 引き続き、4人はこの夏の予定についてだらだらと話し続けた。

 事務作業をPA〈不器っちょバディ〉に任せて手の空いた西郷愛美が駄弁りに参加しに来たりもしていたが、何時もと変わらない平和な冒険者役場だった。

 だが、ある時にざわりと一部の者が沸き立つような反応が有った。


『?』


 自然、テーブルを囲んでいた面子はそちらに目を向けた。


「……すごいな」

「何だありゃあ。芸能人か?」

「この世界に芸能界自体が無いわよ……」


 ベネット、トゥレス、西郷。

 3人のセトラーが口々に言う。

 その声には妙に張りが無い。

 沸き立った後に静まり返る妙な雰囲気の中心にいたのは、トゥレスやリインと同年代の冒険者の娘だった。

 酷く目を引く人物だ。

 美醜で言えばエルフ系に匹敵するほどに整った顔立ちと、出る所は出て、引っ込む所は引っ込み、なお全体は細い男と女双方の理想のような体をしていた。

 堂々とした歩き方。強い意志を感じさせる目。

 彼らが感じたように、彼女は有る種の力を発していた。

 それは〈源世界〉で俗に言われる、「有名人のオーラ」とでも呼ぶべき物だった。

 

 しかし、それら自体が重要なのではなく、それらを備えた彼女のもう一つの要素が問題だった。


「……あたし受付に戻るわね。多分担当になるから」


 そう言い残して西郷がテーブルを離れて席に戻る。

 確かに、彼女が担当すべき相手である。


「ウィケロタウロス壁南支部へようこそ。私はここで働いている転移型セトラーの西郷愛美。……お仲間さん(セトラー)で良いのよね?」

「はい。)(はる)(なみ)です」


 受付で問うた西郷に、須賀は鈴の鳴る様な声で応えた。

 近くで見るとなお美しさが際立っていた。

 濡烏のロングヘアに、黒曜石のような虹彩。肌は象牙色でシミ一つなく、まるで絵画から抜け出して来た様な整った容姿。

 右の耳の下から鼻の横まで、一直線に残った刀傷の痕を抱えてすら、それに「損なわれている」思いを抱かせない。

 同じ転移型セトラー女性である西郷でも、最早嫉妬すら感じない隔絶した美女。

 須賀春波は、そんな日本人(セトラー)だった。

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