55 葬儀を終えて
遺族として、皆様に御挨拶を申し上げます。
私は、昨年故人に養子として迎えられた郷川隆利と申します。
他に家庭を持たなかった故人の長男として、挨拶をさせて頂きます。
本日は突然の事にも関わらず、ご多用の中、御会葬、御焼香を賜り誠に有り難う御座いました。
義父は享年76歳。突然のことでこの世を去ってしまいました。
不本意な最期であったと思いますが、故人はこの世界で日々を全力で生きておりました。
ですが、老い、盛期をとうに過ぎてからも生き死にの身近な冒険者として活動していた故人です。何時命を落としてもおかしくない生き方ではあると自身も申しておりました。
一度は憎みもしたこの世界に転移したことに、最期は感謝を申しておりました。
皆様のような先輩、友人に囲まれ幸せだったことと信じております。
本日は誠に有難う御座いました。
数日後には不動産屋に明け渡すことになっている永田秋人の家の居間で、郷川は魔人種の優男、東山ニコラウスとテーブルを囲んでいた。
装いはどちらも、黒系のスーツ。
喪服だ。
「お疲れ」
「どうもっす」
お互い気安い、もしくは雑と言って良い態度でグラスを掲げた。
グラスの中で揺れる透明の液体は日本酒。
ニコラウスの方はなみなみと、郷川の方は未成年であることと初めてのアルコールであることも考えて3分の1程度注がれ、すぐそばに水差しが用意してある。
永田の遺産は大半が郷川の相続となったが、郷川自身の成長を阻害しないため当分の間は生前の永田に後見人を頼まれていたニコラウスが管理することになっており、現時点で自由にできる物は少なかった。
この日本酒は開封されているが故にその中に含まれていた物で、養子として永田の葬儀をやり終えた郷川と、その実施を様々な面からフォローしたニコラウスとで飲んでしまうことにしていたのだ。
「「永田秋人の冥福を祈り」」
ニコラウスはぐい、と一息にグラスを干し、郷川はほんの少しだけ口に含んだ。
初めて飲む酒を味わうように飲む郷川に対して、ニコラウスの方は空けたグラスに一升瓶から新たな酒を足す。
「どうだい? 初めて飲む酒は」
「……甘くて、少し苦くて、熱い? 変な味っすねー」
「あいつ酒はうるさかったから、けっこう良い酒なんだけどな……」
そう言ってニコラウスは用意して来たツマミ向きの精進料理をつつき始めた。
郷川もそれに倣う。
ニコラウスのパートナーであるお柚・エモニエがこしらえたそれらは、肉類こそ含まない物の味のしっかりした箸の進む物だった。
食べながら、ちら、と視線を向けた先には同じ酒の注がれたグラスが前に置かれた桐の箱。
中には永田の遺骨壺が納められている。
郷川はそちらを見ると尚更に義父の死を実感するが、もう泣きはしない。
既に散々涙は流した。
「とりあえず、秋人が逝ったから君は晴れて自由の身となった訳だ」
それを見て、どこかからかうように嫌な笑みでニコラウスが言う。
ニコラウスとて永田が息を引き取る場に居た時は涙を見せていたと言うのに、似た立場の郷川に皮肉をぶつけて来る相も変わらぬ根性悪振りに溜息を吐いた。
「1年前ならともかく、今の俺じゃ喜ばないっすよ?」
「そうか、それは良かった。君は割と酷い扱いを受けていたからね」
一転してニコラウスは嬉しげに言う。
兄弟分が世話をしていた子供に嫌われていないことを喜ぶように。
確かに永田には散々罵倒され、張り倒された。だが、今ならばそれが郷川を教え導こうとするが故の行いだったのだと分かる。
それが一番早くに郷川の思考を矯正出来るからそうした。
それが分かるから、恨んではいなかった。
いや、恨んでいた事も有ったが、既に郷川の中では解消されていた。
「オヤジは、効率厨だったっすから」
「効率厨だったもんねえ」
うんうんと頷き合いながら、ニコラウスと郷川は生前の故人に対する見解を分かち合った。
2人とも不満も有ったが、今となっては永田の理解者でもあった。
効率厨というのは所謂ネットゲームのスラングで、金銭や経験値を獲得する上でひたすらに効率的な稼ぎを愛し突き詰める者、その中でも過激なタイプのことを指す、蔑称である。
永田はそう呼ばれるに足る人種だった。
ちなみに、『効率厨』はネットゲームに疎かった郷川の知らない言葉だったが、たまに永田の家に遊びに来るニコラウスが教え込んだのだ。
「どう考えても前の俺は問題有りな思考と倫理観してたし、オヤジの効率志向を考えれば恐怖と暴力で叩き直す以外の選択は無かったでしょうしねー」
「ははは、あれでも若い頃に比べれば随分マシになってたんだけどね」
「あれで?」
「あれで。20代頃の秋人だったら「異世界は遊びじゃねえんだよ!」くらい言って理不尽な方面にも教育してたかもねぇ」
「……命がかかってる現実のこの世界なら有る意味間違って無いような?」
「お、良い感じに毒されてるね。でもあれだよ。秋人は単純に効率大好き人間だったんだよ」
「知ってたっす」
「だよねぇ」
近しい者同士故に分かる会話で永田を肴に盛り上がる。
暗い物は無く、しかしどこか寂しい雰囲気。
喪失感を埋めるように、郷川とニコラウスは馬鹿のような話をして笑った。
「……サト君のこれからなんだけどね」
ふと、ニコラウスが口を開く。
少なく注がれた酒を飲み終え、冷水とツマミを口に運んでいた郷川が箸を止める。
「これから、すか」
「そう。一応、死ぬ前の秋人は君を冒険者として世に出す土台は整っていると見ていたようだった。後は技術と実践を積み上げて行かせるつもりだったらしいね」
「オヤジが……」
郷川はこの1年と少しの間、知識と身体、魔力制御の基礎鍛錬を徹底して行って来た。
永田はそれしか郷川に許さず、実戦の場に立たせる事も無いままに死んでしまったため自信が無かったのだが、実際の評価は郷川が思っていたよりも低く無かったのだと分かり何とも面映ゆい気分になった。
「今後は冒険者としてやっていく、ということで良いのかい?」
「はい。オヤジが既にゴーサインを出すつもりが有ったって言うなら、遠慮なくそうさせてもらうつもりっす」
その希望はかつて郷川が『異世界で冒険者生活』というフレーズに夢を持っていたことと全く無関係ではないが、永田の教育によって培われた知識と現実的な視点が冒険者の活動経験がこの世界で持つ価値を大きく見せていた。
郷川のような社会人としての経験の無い若い転移型セトラーならば、尚の事その価値と社会的な扱いは無視するべきではないと考えていた。
「ふむ……」
ニコラウスは郷川の眼の奥に有る、軽くは無い思慮を見て取って声を漏らした。
「秋人が遺言状に書いてた通り、あいつは万一君の保護と教育が出来なくなったら僕に任せるつもりだった。何だかんだ歳だったからね。
僕としても一応そういった事態に備えて事前に話は付いてたし、秋人の忘れ形見である君の面倒を見るのは否応は無い」
「……」
「いっそ、うちのギルドに入る気は有るかい?」
「……〈変り種〉に、すか」
勧誘に郷川は鈍い反応を返した。
ニコラウスの提案に、明らかに気が進んでいない態度。
「問題が有るかな? 恐らく、秋人の教育方針を完全に理解、尊重した教導が可能なのはこの世界で僕だけだと思うけど」
「う゛……」
痛いところを突かれた。
今まで指導してくれていた永田を急に喪った郷川は、自身の不完全さを良く理解していた。
また、将来を考えてあの永田秋人が描いていた郷川の戦闘者としての完成形に至れないことはかなり残念に思っていたため、冒険者としての永田と同門で近似の戦闘スタイルと思考をするニコラウスがそれを引き継いでくれるというのは理想的な話だった。
それをニコラウスは理解している。郷川が面識の有る自分やお柚、アブドラといったメンバーに悪感情を抱いていない事も。
「……」
だが、ニコラウスはそれでも快諾の答えを出せない郷川を見て何らかの理由が有るのだと察した。
「まあ、無理にうちに加入しろとは言わないよ。多分、君がこれからやってくには一番良い環境だとは思うけど、そうしなくても出来る範囲での助言はする」
「……すんません。助かるっす」
郷川は深く頭を下げた。
自身の選択がニコラウスの好意で成り立っていることが情けなくも有り難かった。
「といっても、何か有ったら〈変り種〉を頼ってもらわないと困るんだけどね。それに定期的に僕と顔を合わせてもらう必要も有る。僕も時間を用意するから、当分は二日に一度以上の頻度でね」
「隔日で!? ええと、必須すか?」
過保護な指示に郷川は呆れたような表情をするが、
「当然だよ。秋人の死因を考えるんだ」
ニコラウスがそう言うと、逆に表情を酷く険しく変えた。
永田の死は葬儀の挨拶で言った通り突然の物だった。
しかし、それは不慮の事故や心臓発作などでは無く、冒険者として魔物に返り討ちに遭ったわけでも無かった。
何者かに襲われ、重傷を負わされて死亡。
一応、郷川とニコラウスは死に目に会う事は出来たが、事実上の他殺だった。
「あいつを殺した奴は、あいつを殺せるほどの奴が未だウィケロのどこかに潜んでいる可能性が有る。ツケは払わせる積もりだけど、君があまり自由に動き過ぎれば護る事も出来ない」
「……分かってるっす。いや、俺もオヤジの仇が討ちたくないわけじゃないっすけど、今の力で危ない事をする気は無いっす」
「良し」
ニコラウスは頷く。
郷川は感情は兎も角、効率の悪い事は嫌う。
生活を共にするうちに、郷川が多少なりとも永田に似て来ている事を知っていた。
「……でも、誰がやったんすかね?」
「……本当に分からないかい?」
ニコラウスは胡散臭い笑みを浮かべた。
「関わっているよ。直接的にか、間接的にかは分からないけど、必ず」
郷川を嘲笑うようで、それでいて悪意が自分にも向いた自嘲でも有った。
「元日本人がね」




