53 『中古系異世界へようこそ!』
「いやあ、久々の大物だ。人格者じゃない方の意味で」
「〈神授の大特権〉に、〈神授の魔眼〉ね。ロクでもない遺物載せて来たもんだわ……」
「自発的なPAの要求。それらによって成そうとしていた行動。恐らくは性質の悪い転移神に弄ばれたんだろぅけど、救いよぅの無いほどにセトラーだねぇ」
「致し方ないでしょう。今は危険では有りませんが、今の願望のままでいられるのは郷川氏自身もためにならないはずです」
「じゃあ、〈神授の大特権〉と〈神授の魔眼〉は規定値で良いよね? 精神鑑定はどうする?」
「……4で良いのでは? 当人がまだ子供です。善悪の判断が付いていないような者を最警戒対象指定するのは……」
「5だ」
「ちょ、〈長老〉! 正気ですか? そんなことをすれば郷川氏の将来が……」
「俺が世話役になる。それなら良いだろう?」
「……〈長老〉が、自分でやると言うなら……」
「問題無い。……セトラーは治らねー。ならば、奴らが毒であることを理解出来る俺達こそが御するべき、叩いて矯正するべきだ。それに温情の扱いで4になるんだろー? なら5で良いさ。腐臭が漂うほどに増長した馬鹿餓鬼なんぞな!」
「相変わらずセトラーに厳しいねぇ、君は……」
(ど、どうなった……?)
覚醒した郷川は、酷い頭痛を感じながら目を開いた。
薄目で周りを見ると、木製を主とした内装の小部屋。
彼自身はベッドに寝かされているらしい。
(酷い目に遭った……)
気を失う前に受けた仕打ちの事を思い出し、そう思う。
訳の分からないままに老人に拘束、袋の様な物を被せて視界を封じられ、暗闇の中で複数の人間から幾度も質問をされた。
日本人か否か。
能力を神からもらったか。
異世界物の小説を知っているか。
ハーレムは好きか。
無双は良い物だと思うか。
内政したいと思うか。
等々……。
否定か肯定だけで応えられるような問いかけだったが、黙秘しようとすれば関節を極められ、元が平和な現代日本の子供でしかない郷川は痛みに抵抗することが出来ずに「はい」か「いいえ」と言わされ、事実でなければ何故か真偽を見破られた。
その後のことは覚えていない。どこかで気絶させられたのだろう。
(ちくしょう……。復讐物かってくらいの展開だぞ。俺の素性も能力もバレちまったし、厳しくなりそうだ……)
そう、苦々しく思う。
しかし、これだけは言っておくべきだと彼の奥深くからの声が囁いていた。
(そうだな。……よし、お約束ってもんが有るからな……)
僅かな高揚に従い、起き上がること無くまっすぐに天井を見つめ、
「しらな……」
「何だお前、『知らない天井』とでも言いたかったかぁ!?」
嘲笑うような声を被せられると共に、掛け布団が引き剥がされた。
「なっ!?」
「お目覚めした途端にお約束かまそうとするとは思わなかったぜ。ラノベの読み過ぎじゃねえのか?」
見下したようにやにやと笑いながら言うのは、冒険者役場で出会い、郷川を拘束した永田と呼ばれる老冒険者だった。
そして、その後に暴力を絡めた尋問を行って来たのもこの老人だった。
つまり己の敵だと、郷川は判断する。
(……冷静に成れ。自分のペースを維持するんだ)
イメージする。
そう、日本に居た頃に読み、憧れた異世界物の小説の主人公のようにクールで誇り高い態度を再現するのだ。
そう心に決め、キッと老人を睨みつけるが、老人は意に介さずへらへらと笑っている。
「さて、俺の名前は永田秋人だ。この世界で冒険者をやってるお前の先輩様だな。予想は付いてるだろうが、俺もお前と同じ元日本人。分類上は転移型セトラーと呼ばれる人間だ」
「……セトラー?」
老人が同じ転移者であるという発言に郷川は眉をしかめるが、平静を装って聞き覚えの無い単語を問い返す。
「そう。この世界では転移者も転生者もひっくるめてセトラーって呼ぶ」
「転生者もいるのか……?」
「居るぞー。100人に一人くらいで」
「なっ……」
絶句する郷川の様子を嬉しそうに見ながら、永田は言う。
「ま、それは冗談だ。調べた事も無い。……実際に人口の1%が転生者でもまるで可笑しく無い世界だけどな」
「そんなにトリッパーばっかりの異世界? 聞いてねえよ……」
郷川が呻くようにして言う。
「……あぁあん……!?」
それを聴いた永田が、地の底から響くような低い声を出した。
「異害人、だとぉ?」
「ひっ!?」
明らかに怒った口調。
ドスの利いた声色に、郷川は怯む。
「おい、クソガキ。異害人という言葉を使うな。異繋人と呼べ。この世界で俺らをトリッパーと呼ぶのは顕現したてのセトラーか屑だけだ」
「な、何で……?」
しかし、何とか使い慣れた言葉を禁じられた理由を問い返す。
「『小旅行者』はともかく、『失敗者』も、『幻覚薬使用者』も、『他人を蹴落とす輩』も碌な直訳じゃないだろ? そんな言葉なんだよ。『tripper』ってのはな」
「そ、そうなのか?」
「……脳の腐り具合からすればクスリ極めてるような馬鹿には違いない気もするけどな。あんまりアワレな呼ばれ方を不憫に思ったうちの世界の現地人が提唱したのが『移住者』、『解決する者』の意味で訳せるセトラーってワケだ」
「……」
「良いな? セトラーだ。トリッパーは使わない。オーケー?」
「!」
凄まれ、こくこくと頷く。
反発は出来そうに無かった。
「ついでに、この世界では外法という言葉も使うな。トリッパー同様、直訳が碌でも無さ過ぎるから使われなくなった。
他人を出し抜いて良い相手だと見る馬鹿か、自分が他人を蹴落として良い存在だと思いあがる馬鹿が使う下衆な呼び方だ。
使うならパーソナル・アビリティ。略してPAだ」
「ぴ、ぴーえー……?」
鸚鵡返しに口にして、郷川の思考に一瞬の閃きが走った。
(そ、そうだ! ご、強奪チートでこの爺の能力を……!)
悪意を込めて永田を睨むが、
(な、何でだ。ステータスすら見えない……!? チートが使えないっ!?)
自身が有するはずの、女神から与えられた力が発動してくれなかった。
そして、その動揺を見た永田は郷川が行おうとした事を見抜く。
「……何だお前。……まさか、使おうとしやがったのか!?」
「ひぃっ!?」
郷川が視線に込めた物等とは比べ物にならない程濃厚な悪意、殺気とでも呼ぶべき気配が永田の全身から吹き出した。
蛇に睨まれた蛙のように身動きが取れなくなった郷川を、永田が左手一本で胸倉を掴んで吊り上げる。
「こ、の! 腐れ外道がぁっ!!」
強烈なびんたで頬を打たれた。
「ぐぶあぁっ!」
ベッドの上から一撃で吹き飛ばされ、テーブルを蹴散らして壁に叩き付けられてようやく止まる。
「が、ひ……、ひぃいい……」
何とか身体は動くが、打たれた時の衝撃で全身が痺れ、テーブルに激突した際に打った脇腹が酷く痛んだ。
立てずにいる郷川に永田がつかつかと歩み寄り、左腕一本で再び郷川の身体を持ち上げる。
「この世界では使用を制限されるべき物として扱われるPAが有る」
凄まじい目つきで睨みながら、永田が言う。
「総称はクリミナルPA。能力強奪、能力複製、素性閲覧に精神操作あたりが代表格だ。
お前の〈神授の大特権〉と〈神授の魔眼〉は過去の保有者の行動記録からその判定ど真ん中だ。どちらもガッチリ重度の封印処理が仕掛けてある。外すことは出来ん」
「……ディバインライト? サテライト?」
「前者は過去に幾度となく保有者が現れ、その度に他者の培った物を奪い、非道を為す根源となった能力強奪。後者もまた、勝手に他者の尊厳を踏みにじり、神に送る中継役となる素性閲覧として高次の封印対象となったクリミナルの代表格と言って良いPAだ。
それを、お前はよりによって自ら望んで転移神から授けられた。最悪だな。決して許されない邪悪な選択だ。反吐が出そうだよ」
「なっ!? 何でそこまで言われなきゃいけないんだ!」
理不尽に暴力を振るわれ、言葉で責められ、郷川は堪りかねて叫んだ。
だが、
「あああっ!? お前は言われるだけの選択をしてんだよ! たとえ遊び半分の転移神が仕掛けた罠にかかったのが実際の話だとしてもな!」
永田が郷川を前後に振り揺らしながら逆に怒鳴り返す。
「どんだけそっち系を読み漁って来たかは知らん。精々悪役や魔物から能力を奪うなんて主人公の特権くらいに思ってたろーよ。素性閲覧に関してはそれが罪になるとすら思わなかったかもな……」
永田は僅かに同情するような表情をしたが、
「だがな、この見た目ばかりのファンタジー風異世界におけるお前の行いはな、畜生未満なんだよ」
直ぐに怒り混じりの攻撃的な笑みを向けて来る。
「同じ日本人として絶対に許容出来ない類の腐れ外道だ。恥をこの世界に晒すのを見逃すわけにはいかねー。
他者が生まれ持ち、鍛えた能力を反則みたいな力で横取りして事を成そう等と、一体どんな育ち方をすればそんな事が許されると思うようになった?
人のプライバシーをどう考えている? 不躾に、一方的に、利己心から他人を覗き見して何も良心の呵責が無いのか? ええっ!? この屑転移者がっ!!」
「う、ぅうううっ!」
揺さぶられ、怒気を向けられ、己の行いと選択の悪性を突き付けられ、倫理観を問われ、郷川は限界に来ていた。
「はん、一丁前に泣いてやがる」
一方的に精神を追い詰められて涙を流す郷川を見て、永田が嗤う。
(……う、あ、くそ。嫌だ。こんなの夢だ。悪い夢だ。じゃなきゃ、こんなヘイト展開……)
心身の痛みに苦しみながら、郷川は永田から視線をそらして逃避しようとするが、
「ヘイト展開とでも思ったか?」
永田が目を見開いた真顔で言った。
心中を完全に見抜かれ、全身に震えが走った。
「言っとくがな、これは展開でも何でもねえ。物語的に言うとしても、せいぜいお前自身が呼び込んだ伏線回収の必然だ。
都合が悪くすらねーんだよ。
つまりだな、こいつは」
永田が溜めを置いて、
「現実だっ!!」
その逃避すら打ち砕かれた。
ついに力を失い、郷川は絶望した。
涙腺から止まること無く涙が溢れ、己の心痛を治めるべく流れ続ける。
「……今日からお前は俺の監督、監視下に置かれる。
俺がお前を、この世界で生きていける程度には真人間にしてやるよ。なーに、くたばる頃には俺に感謝するようになるさ。
とりあえず、何かお前がしでかす度に一発ずつ殴って修正する。覚悟しろ。そして学べ。殴られた時は自己修正のチャンスと思え。何が悪かったか分からなかったら聞けば教えてやる」
永田は一方的に言って、
「ぎゃあっ!」
一度、先程よりは軽くびんたを張った。
「返事をしないから殴った。殴られた時の返事は『有難う御座います』だ。指導だからな」
「……」
「返事はどうしたぁっ!?」
破裂音と共にもう一撃、返しのびんたを食らった。
「がぁっ! う、ぁ、有難う御座います! 畜生ぉ……!」
「あぁ!? 何だその態度はぁっ!? もう一回食らいてーのか!?」
「ひ、ひぃいいいいっ! 御免なさい御免なさい御免なさい御免なさいっ!!」
「……ふん。絶対に逃げたりするんじゃねーぞ」
そう言うと、永田は右手にスロットから石を展開させた。
投擲用に適当に入れていた物だが、自身の拳程のサイズが有る花崗岩だ。
(誰が、このままで居てやるか! 絶対に逃げ、)
永田は握り込む動きだけで、それを粉々にした。
ヒビが入る等の過程すら無かった。
湧いた反抗心は、石と共に砂へと還った。
「俺がお前を本気で殴れば頭を水風船のように弾け飛ばすことも出来る。逃げたら監督責任者としてそうする。まだそうしないよう手加減してやってる俺の慈悲に感謝しとくんだな」
「……」
もう言葉は出なかった。
嘘を言っているようには思えない。嘘を言うタイミングとも思えない。
目の前の老人がそういう力を持つ相手だということを理解し、改めて戦慄した。
真っ青になっている郷川を見て、永田はにやりと笑った。
「さあ、ようこそ、だ。郷川隆利。
絶対悪なんて雑な定義の出来る敵はおらず、どこもかしこも開拓済みかリミッターに引っ掛かって内政の余地すら残ってねー。
奴隷制も差別も搾取もやろーとするのは日本人くらいで、逆に置いてけぼりになるほどに現地の人心は成熟しきってる。
そんなファンタジーの皮を被った、お前みたいな異世界に夢を見る元日本人ほど生き辛い異世界……」
永田は僅かに懐かしい物を感じながら口にする。
「『中古系異世界へようこそ!』」
それは数十年前、彼の師となった転生者、クリスティーナ・サンダーソンが吐いた酷い歓迎の言葉と同じ物だった。




