50 閑話 泥樹の間の主
実験的に一人称です。地の文の主の正体は本作で重要な存在ではないです。
俺は居間状に構築した空間から、過去に接続したことの有る世界のネトゲで遊んでいるところだった。
無限の時間を有する俺にとって、大抵時間泥棒な上に事実上無限のパターンで遊ぶことの出来るネットゲームというジャンルは大変都合の良い遊び道具だ。
同じ世界の同じ時代の同じゲームで遊ぶとしても別サーバーを使うなりすればその時々で一緒に遊ぶ連中が違うし、1から装備やらキャラやら仕上げる楽しみも有るし、それが世界の数とゲームの数だけさらに有機的なパターンが増えていく。
世界に干渉すれば金もどうにでもなるんだけど、人間だった頃はゲーマーだった者として月額課金系以外は自重している。
精々有り余る時間を利用してるから「何時寝てるんですか?」「実は複数人で交代でプレイしてる説」「常に中身が居て挨拶が返って来るbot」と言われる程度。まあ所謂熟練した廃人ポジだよ!
それだけでも卑怯っちゃ卑怯なんだが、その代わりwikiへのデータ提供とかもやってるから勘弁して欲しいところだ。
違うんだ! 人間じゃ無いから行かなくて良いだけなんだ!
ボトラー疑惑はヤメロォ―――――――――――――――――――ッ!!
はー、はー……。
う、うむ。ここは良いギルドだ。やる気の有るギルマスを頼れる幹部が支え、若手にはしっかりとした教導が行われている。
自分に予知と思考能力周辺に制限をかけてるから、彼らがこの先どういった道を辿るのかは分からないが、まあ悪くない集団として続くだろう。
俺自身幹部格の一人として、人間の能力を逸脱しない範囲で現状の良い雰囲気の維持と面子の精神的ケア、サポートに努めているんだ。そうそう崩れることもないだろ――
「おい、これ何とかしろ」
唐突に横から聞き慣れた声がした。
振り向くと、人間時代からの付き合いが有る仏頂面がいた。
いつの間にか俺の造った空間に侵入していた奴の名前は、ウエダヨウスケ。
大変遺憾ながら俺の義兄的な何かだ。うちの嫁の実兄とかいうわけではなく、ヤーさん的な義兄弟という関係が一番近い様な間柄だった。
こないだ新しい世界に送ったと思ったらもう帰って来よったわ。何こいつインターホンくらい押せよ。
というか赤ちゃんを猫の子みたいにぷらーんとぶら下げるのやめたげてよう!
昔っから子供拾って来る度にやるけどどうにかなんねーのかそれは。
いや、ちゃんと首絞まんないようにハーネス付けてるけどさあ……。
「なんとかって何だよ。お前が拾った子を人任せにするわけでもないだろうに」
俺はプレイ中のネトゲの存在する世界との接続を中断して言った。
ゲーム内ではボスとの戦闘中だったが、この世界の時間は向こうの世界と流れ方が違うので戻った時は中断時にまた接続出来る。
「良く見ろ」
ヨウスケが子供を突き出してくる。
この扱いで人から嫌われないのだからこいつはもう……。
雑な扱いに呆れつつ、しかし赤んぼをほっとく訳にも行かないので俺は両脇から持ち上げるようにして受け取った。
「どれどれ……」
軽く検分して見る。
物質体は珍しくも無い聖杯型ホモ・サピエンス系の純粋種。
ヨウスケの奴ちゃんと世話をしてるらしい。適度な太り方をした受精から1年6ヶ月と15日の雌型聖杯だ。
ベースはコーカソイド系だけど、かなり前の代でモンゴロイドが幾度か混ざってるな。明らかにメラニン系色素支配ではない灰色の髪をしてる。いるんだよねー、人類の遺伝子いじって本当に青髪とかピンク髪の人類とか生み出す馬鹿。
おおう、目が死んでらっしゃる。そのくせこっちを観察するような奇妙な冷たさ。赤ん坊のする目じゃねえな。今ヨウスケが出張ってる世界に多いって話の転生者ってやつか?
霊質体は、おいおい……。
「盗まれたのか? 起源の世界が〈シンヨウ〉だぞ」
呆れて口から出た。
それは、俺達にとっての故郷とも言える世界の名だった。
この泥樹の狭間が終の棲家である俺と嫁と違って、ヨウスケは生まれ故郷である〈シンヨウ〉に帰るべくして異世界間を渡って己の因子を加工・強化している最中でもある。
「恐らくな。向こうの世界のある宗教団体が捕らえていた」
「まじかよ。タケクイの防壁破るとか……」
「正面から突き破ったとは思えん。何らかの〈必然〉によって放り出されたか、防壁が一時的に弱まった所で招かれざる者が侵入して掠め取ったか。そんな所だろう」
ヨウスケが淡々と推察を話す。
確かにそこらへんかな。あの世界は正と負双方の御都合主義まみれで何が起こるか分からんし。
とりあえず、あそこ出身の分霊だっつーなら……。あ、やっぱ弱いけど生命律が活きてる。
存在価は弱いか。どうせだから細めの経路つけちゃえ。
向こうの世界の連中はこういうシンヨウ由来の能力を利用したかったのかね。
後は、ん? んんん?
「おい、ヨウスケ。この子の分霊に思考集積がくっ付いてんぞ。しかも当人のじゃないやつ」
思考集積というのは、シンヨウの一部の人間が有する能力で簡単に言えば脳とは別個に保有できる演算機能で、脳と直接接続して自在に操れるコンピュータみたいなもんだ。
この赤ん坊に付いているのはそこまで高性能な物じゃないが、生前の脳と分霊が培った現世での記憶と知識くらいは保存しているようだ。
「やはりな。何か変だと思っていた」
「……集積が末期の思考で汚染されてやがる。そのくせ分霊の方はほとんど純粋なまま……」
そこまで口にして、俺は酷く嫌な想像、いや、確信と言って良い物を思い浮かべた。
「……反吐が出るな。今お前が行ってるとこの馬鹿共、妊婦を殺して胎児に入ったばかりの分霊を引き摺り抜きやがったんだ」
「そうか」
ヨウスケは眉一つ動かさずに軽く応えた。
しかし、付き合いの長さから変わらぬ仏頂面の中に不快感を感じていることが俺には分かった。
「思考集積は母体の有していた物だな。メインの分霊に対して発達し過ぎてるからこのままだと発育が歪んじまう。切り離した方が良いな」
「どうにか出来るか?」
「問題ねえ。ただ俺のやり方だと1人子供増えるけど良いか?」
「……その場合は養子と養孫という続柄になるか。同い年の親子を同時に育てるのは意外な事に初めてだな」
「どうでも良さそうだなオイ。というか同い年の親子育てるのが意外に初めてという日本語に違和感持てよ……」
受け入れる気満々のヨウスケに呆れながら、俺は抱えた赤ん坊に意識を集中する。
とりあえず安心と信頼の存在の平行化で良いか。
赤子の分霊と思考集積以外の存在価を複製して顕現。
「出来た」
そこには虚空を見つめて呼吸する分霊もそれに代わる物も無い、赤ん坊と全く同じ姿をした聖杯が横たわっている。
お、コピー元の赤ん坊が目ぇ見開いてガン見してるわ。そりゃ驚くわなあ。
思考集積さーん、新しい顔よー。いや首から下も有るんですけどねー。
一方ヨウスケの野郎は平然としてやがる。こらっ! ノーリスクでの存在の平行化とかすげー力なんだぞ! 俺の有難味を分かってねえなこいつは。
「じゃあ移すわ」
そう言うと、赤ん坊の分霊の存在価をコピーしてパターンだけ思考集積に合わせて構築。
思考集積をぺりぺり剥がして~、
「ふ、ぎゃ、ふぎゃあ! ひぎゃあ!」
「おっと! ヨウスケ! パス!」
「分かった」
思考集積を引き離したから普通の赤ん坊に戻ったのをヨウスケに渡す。
……ずっと一緒だった母親と離された様なもんだからか? その割にはヨウスケが抱っこすると泣き止んだ。
呪いみたいな特性だが、相変わらずこういう所では便利な奴。
とりあえず新規作成の疑似母親用分霊に思考集積をくっつけて……。
カーチャン イン ニューボディ!
「よーし入ったぞ。元が元だからやっぱ安定してるな」
空のコピーした身体に分霊が入ったことで、目に力が生まれる。
抱き上げてやるがまだ身体に慣れていないらしく、頭をふらふらと重たそうにしていた。
「……話せるか?」
「赤ん坊だし肉体じゃ舌が回らんて。当分無理だな。とりあえず思考集積から前世の容姿でサブイメージ造るわ」
えーと、えーと、こうしてあーしてほいさっさっと。
出来た。20代半ばの眼鏡の日本人女性だ。
格好は腹は膨らんでないけど、余裕の有るマタニティウェア。
……嫌だね、当たって欲しくない予感が当たっちまうのは。
半透明の女性の思念体が驚いたように自分の身を改めようとするが、手指が自分の身体を素通りしてさらに困惑した表情を浮かべている。
『あ、こ、れは』
「あ、その身体は人とコミュニケーション取る為だけにしか使えんようにしてっから、物質にも霊質にも干渉できねえよ」
俺のイメージとしては物理干渉出来ない「パワーを持たない像」って感じ。
『あなた達は一体……』
「……さって、何て言や良いかな」
正直、彼女の認識がどの程度かわかんねえしな。
回答を迷っていると、
「ふぎ、ふーっ! ふっ!」
「何だ? どうした1号」
ヨウスケが抱っこしていた方の赤ん坊がこっちの赤ん坊に手を伸ばしている。
というか1号って何だ。また人間相手に雑極まりないあだ名つけやがってからに……。
とりあえずこっちにいる2号(仮)を近づけてやると、ふにゃりと笑って抱きついた。
2号(仮)は目の焦点がまだ合ってない感じだが、赤子に似合わない優しげな表情で1号(仮)の頭を撫でる、というかぷにぷにの手を上に置いてやっていた。
『す、すいません』
2号(仮)が展開している思念体が申し訳無さそうに、しかし赤子2人を見下ろしてどこか嬉しそうに言った。
……彼女が受けた仕打ちを考えれば、こうして我が子の分霊が入った赤ん坊を直接撫でてやれるのは確かに嬉しいだろう。
「良いよ良いよ。とりあえず成分調整したミルクでも出すよ」
腹減って泣いてる訳じゃないから茶みたいな扱いで出して飲むか知らんけどな。
「俺には?」
「自分で淹れろっ!」
図々しくも要求してくるヨウスケに怒鳴り返すと、俺は赤ん坊2人のために適温の人類用母乳を哺乳瓶ごと存在構築した。丁度良いから抗体作るのに必要な成分一通り混ぜとこ。
意外に飲んだな……。まあ飲んだ方が今後の健康のためになる物作ったから問題無いけど。
ミルクを飲ませ背をさすってゲップまでさせてやってから、改めてお互いの自己紹介をした。
2号(仮)こと思考集積から再現した母親の精神を持つ赤子は、自らを〈楠市絵里〉と名乗った。生前の名前なのだと。
1号(仮)のことは、楠市が産まれたのが女の子だったらつける予定だった里亜と呼ぶ事になった。
俺とヨウスケの素性に関しては随分と驚いていた。どうも楠市はシンヨウに居た頃の俺達の行動が伝説のように扱われている時代の人物だったようだ。
歴史となったことによる情報の独り歩きや、過度の美化が行われているようで何とも言えない気分にさせられた上、
『さ、サインをお願いしても!?』
とか思念体で言って取り乱していた。今の実体は赤ん坊なのにどうやって持ち歩く気だったのやら。
とりあえず俺達の言葉に予想外の信頼をしてもらえるようになったのは幸いだった。
……流石に、楠市母子の身に起こったことについての俺達の推測を話すと動揺していたようだったが。
もしかすると、俺達の言葉が信頼出来たからこそか。
まあ、異界の高次存在に何らかの目的で胎児状態の娘の魂が誘拐されて、母親本人のオリジナルは既に魂ごと死んでるってのはなあ。
受け皿になる空の魂を用意して思考集積のバックアップから記憶と精神を突っ込んだから、肉体以外は限り無くオリジナルに近い存在に仕上がったが、彼女自身が〈自分〉と定義する者とは別人とも言える。
普通は悩むだろう。
うん?
……普通だと悩むので良いのかな? 俺は普通の人間だったけど周りは変なのばっかだったし分からんな。
友達に似た様な境遇の奴居たけど、あいつは精神的な異常者だったからまるで参考にならんし……。
そもそも普通って何だっけ……?
俺も色んな異世界行って色んな人に会ったけど、その世界の平均に近い人には会った事有るけど普通の人とか知らんぞ。
状況を良くする役には立ちそうに無い思考をしていたところで、
『聞いてもらえるでしょうか……』
蚊の鳴くような声で楠市が言って、ぽつぽつと語り始めた。
一人の女の一生。
いや、一生などと言う壮大な物でもなかった。
少女が女になり、幼い頃からの恋を成就させ、母親になろうとしていく20数年の歴史。
幼馴染の男の子の胃袋を掴むために料理を学んだり、時にはその少年が別の娘と話してるだけで軽い嫉妬を感じたり、同じ学校に行くためにしごいたりしごかれたり……
いじらしくて一途な、ドラマチックではないがとても気持ちの良い物語。
むしろこれからハッピーエンドに進んで行くことしか想像出来ない、人生における序章だった。
まあ、多少の美化は有るのかも知れないけど、騙そうとしてくるなら俺もヨウスケも見抜くのは容易い。
それに思考集積の能力は理性的な人物でなければ発現しにくい。彼女にとっての真実と、実際の出来事の間に有る差異はかなり小さいはずだった。
「う゛、う゛う゛う゛う゛う゛う゛っ!」
そして俺はガン泣きしていた。
鼻水が止まらん。
いや、あかんて。こんな話は俺に効くからあかんて……。
ティッシュ構築しよ。ちーんしないと……
ちーん! ふう。
いかん、ティッシュ使った後に「ふう」は無かったわ。誤解されるわ!
「……」
ヨウスケの奴は無言だが、明らかに悪意しか無い笑顔を満面に広げていた。
楠市は多少は同情してもらうくらいの打算は有ったのかも知れないが、予想を超える俺の効きっぷりと付き合いが浅い相手には分かりづらいヨウスケの表情に動揺していた。
大丈夫だよ。それ多分自分の縄張りでやらかしたてくれた出張先の世界の神っぽいのにガチ切れしてるだけだから。
こいつ普段笑わないくせに怒ると笑顔になるんだよね……。
仕方ないね。俺達幼馴染物に弱いからね。
はーやれやれ……。
「……ヨウスケ」
「……何だ?」
「全面的協力で」
「異論は無い。そもそも俺の世界の御子だ。返してもらうのに何の問題も無い」
「すぐ?」
「いや待て、赤子のままでは流石にゆくまい。それに今の出先には奴が居る可能性が高いからな」
「あー、それが有ったな。……じゃあ、とりあえず有る程度までそっちで育てて帰すってのは?」
「分かった」
よしよし、こうと決まればさくさく話が進むぜ。
『あ、あの、すいません。私の話しなのでしたらもう少し私にも分かるように……」
楠市が不安そうに何か言ってるが、
「大丈夫大丈夫! 万事任せとけって!」
「問題無い。……とりあえず旦那が手を出しても問題無い歳までは養育せねばならんな」
『て、手を出す? あの、ちょっと!?』
「大事だよな。死んだ嫁が帰って来たと思ったらエロいこと出来なくなってるとか若い男には厳しいからな!」
「間違い無いな」
『ひ、ひえぇ!?』
露骨に下劣な内容になり始めた男2人に楠市の思念体が顔を赤くしてドン引きしているが知った事か。
普段ならもうちょっとおとなしくするけど、今回はヨウスケの縄張りで起きた面倒だ。それを言い訳にして多少の無茶をしたって許されるだろう。
自重無しでハッピーエンドを演出してやるとしよう。
初めて一人称を書きましたがクッソ楽しかったです。




