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中古系異世界へようこそ!  作者: 高砂和正
少し後の話とけっこう昔の話
49/57

49 閑話 『異世界における老転移者の生き方』

 ながあきは自宅からいくらか離れた仕事場で書類を整理していた。

 壁一面の本棚、整頓された雰囲気の有る木のデスク。

 その向かいには高級そうなソファと机が用意された応接スペース。

 基人系としては珍しく、老境に至っても未だに現役の冒険者として活動している永田であるが、流石に第一線は引いている。

 今ではこの部屋で尻で椅子を磨く時間の方が長くなっていた。


 この一室は自宅とはまた違う、彼の城だった。


 そこにノックも無しに乗り込んで来る不心得者が1人。


「やあ秋人」

「ノックしろや阿呆あほラウス」


 この世界に来て以来の親友にして兄弟弟子だった。

 普段の胡散臭い物とは違う素直な笑顔をしたニコラウスは、スロットから一升瓶を取り出して応接用の机にどんと置いた。


「時間稼ぎしてくれた報酬。ハークステルドの〈大吟醸 二七六八一一代魔王〉を五本」


 続けて同じものを4本、とんとんとんとんとリズミカルに置いて行く。

 先日、ある元冒険者の夫妻の足止めを請われ、ニコラウスが到着するまでだらだらと抑え続けた件で約束していた品だった。


「正直、もうちょっと働いて欲しかったんだけどね」

「ああ? 仕方ねーだろ。俺からして見ればクーデター起こされてから叩き潰した方が効率が良かったんだから」


 にたりと胡散臭い笑みを浮かべて永田が言う。

 笑い方は平時のニコラウスのそれと良く似ているが、よりやさぐれた気配を感じさせる物だった。

 

「……それまでの過程で犠牲が出るんだぞ」

「殺されたとして俺が気にするのはお前らくらいだし、お前の身内はお前が護れば良い。それ以外の犠牲はセトラーの地位を安定させるために上手く使うのが俺の仕事だからなー」


 悪びれずに言う永田にニコラウスが不快そうに顔を歪めた。

 永田は表向きはソロの冒険者だが、その裏でとある組織の幹部格としての一面を持っている。 

 組織の名は〈委員会〉。

 活動目的はこの世界に適応して生きて行こうとする善良なセトラーの地位を守ることであるが、セトラーそのものの評判を下げる反社会的なセトラーやリアクターの粛正も活動内容に含んでいる。

 その構成員は例外なく高い戦闘力を持つセトラーであり、そうであるが故に現地人であれば思いも付かないような手段を選ぶ事も可能だった。

 今回表沙汰になったデヴォニッシュ家と〈鷹羽〉の暗躍も永田らウィケロタウロスの〈委員〉たちは以前から把握していたのだが、反社会的なセトラーとリアクターによるクーデターと善玉のセトラーによる徹底的で劇的な鎮圧を演出することで、善玉のセトラーの地位向上に利用する事を目論んでいたのである。

 そのためには、一般人の被害は有る程度出た方がむしろ都合が良いとすら考えていたのだ。

 ニコラウスは丘崎を保護し、デヴォニッシュ家や〈鷹羽〉と対立して裏を調べるまでそれを知らなかったのだが、有る程度情報を集めた時点でその杜撰なクーデター計画を〈委員会〉が察知していないはずが無いと確信。永田を問い詰めて情報を引き出し、〈委員会〉の計画前にデヴォニッシュ家と〈鷹羽〉を打倒することを選んだのだった。


「いやー、方々に連絡取って()()()()()()()()()()いつでも手練のセトラーが来れるように準備してたのになー。誰かさんのせいで空振っちゃったからなー。もったいなかったなー」


 にまにましながら碌でもないことを言う永田。

 その準備していたことが実行に移されたとしたら、デヴォニッシュ家による非道が為され、人と物の双方に相応の被害が出た後であるとニコラウスには容易に想像出来た。

 ニコラウスならそう想像出来ると分かった上で、永田は露悪的に語ったのであった。


「……ふん、つまんないこと企むからだ。ざまあ見ろ」


 ニコラウスは吐き捨てるように言った。

 永田の目的とやり方が理解できない訳ではないが、それでもあまりに擦れ過ぎた兄弟弟子に何も思わない訳では無かったのだ。

 しかし、言われた永田は声無く笑った。

 自身の計画を無駄にされたというのに、どこか爽快そうな表情だった。


「とりあえずお前もやってけよ。器はいつものな」


 永田は書類を処理しながら言った。

 切りの良い所まで整理にかかっている。

 ニコラウスは肩をすくめ、勝手知ったる何とやらとばかりに備えてある徳利と猪口、湯煎用の容器を取り出し、魔法で熱水を注いで熱燗の準備を始めた。


 しばらくして仕事を切り上げた永田が応接スペースに移動して来る。

 

「つまみは?」

「何で持って来て当然みたいに言うかね。……まあ有るんだけどね」


 そう言うと、ソファの上に置いていた鞄の中から器を出して並べ始める。


「茄子の煮浸し、金平牛蒡、砂ズリの大蒜漬け、か。皆美味そーだ。お柚ちゃんに有難うって伝えといてくれよ」


 向かい合い、互いに徳利から燗した酒を猪口に注ぎ合うと、軽く杯を交わしてから双方くい、と飲み干す。

 日本酒の甘味、そして酒精と燗による熱が冬の寒さに沁みるようだった。


「何で作ったのがユウだって分かるかねえ」

「そりゃあれだ。俺はあの子にとってキューピッドだからな。供物みたいなもんだ」

「こんな皺塗れのジジイがキューピッドとかまじ無いわー。というかキューピッドとか言える手口じゃなかったじゃないか」

「ひひ、当人は望んだ通りの結果を手に入れたんだ。やり方はどうあれお膳立てしてやった俺に感謝して、お前が俺の所に来る度に差し入れを持たせてくれる。俺が見事にキューピッドを務めた証拠だろー」


 つまみを突つきながらニヤニヤして言う永田に、恨みの篭った目で睨むニコラウスが深い溜息を吐いた。


「ユウが借金して、僕が返済を肩代わりして、ユウが身体で返すなんてことをさせておいて……?」

「うむ、ぱーぺき」

「パーフェクトでも完璧でもじゃないよ馬鹿。大体ユウの借入先って秋人だったじゃないか。なのに呪的契約まで結ばせやがって」

「まー、そー言うなやロリラウス」

「おうロリコン扱いやめようか!?」

「ひゃっひゃっひゃっひゃっひゃっ!」


 苦々しい表情でニコラウスが言うが、それを見てなおさら楽しそうに永田が笑った。

 腹の底から、そんな表現の似合う様である。

 ニコラウスとお柚。

 今や恋人以上夫婦未満のような2人は、外見は20代半ばのニコラウスと二十歳前後のお柚で日本人セトラーの感性で行くと割と似合いだが、今の実年齢はニコラウスが79歳でお柚は28歳である。

 孫と祖父ほどにも年齢差が有った。

 それは長命種同士ならばそこまで珍しい物ではないのだが、リアクターであるニコラウスはセトラーとしての感性も有しており、10年程前にお柚から告白された時には随分躊躇し、考え直すようにと言い続けた。

 そして、ニコラウスの親友としてお柚から相談を受けた永田は、ニコラウスの思考を読んだ上で相当に愉しみ、今でも事有る毎にロリコン扱いして下世話にからかうのである。

 お柚に対してはセトラー流の知識で入れ知恵し、じわじわと外堀を埋めさせ、トドメに呪的契約を使った借金返済の呪いまで仕掛けてニコラウスを捕まえさせておいてこの仕打ち。一度は殴り合いの喧嘩にまで発展したが、件の借金で購入した半月刃の斧槍(バルディッシュ)を持って威圧してくるお柚に気圧されて強制的な仲直りをさせられている。

 ちなみに、お柚はそれ以来資産を超える欲しい物が有る度にニコラウスに借金をするというのが習慣になっていた。


「で、結婚マダー?」


 永田が箸を両手に持ち、軽くつまみの器にぶつけてチンチンと音を立てる。

 ニコラウスは楽しげに急かしてくる永田を半眼で睨み、手酌で注いだ日本酒を一気に煽った。 


「……うっさいな。今はギルドに若い子がいるから当分無いよ」

「はよ! はよ! 生きてる内に子供が見たい!」

「君だって今世話してる子いるんだから、そこら辺は分かるだろうに……」


 呆れたようにニコラウスが言う。

 示唆したのは、半年程前に永田が保護したあるセトラーの事だった。

  

「彼、後継者にでもする気なのかい?」

「そんな積もりはない。ふん、あれは異世界物ブームに毒された糞DQNチートリッパーだから世に出す前に矯正してやってんだ」

外法チート異害人トリッパーまで使って罵るのか。今は随分素直になったと思うけどねえ」

「セトラーとリアクターは治るもんじゃねー。改善は出来ても現地人にはなれやしねー。……散々俺とお前が味わってきたよーにな」


 淀んだ目をした永田の言葉にニコラウスが顔を歪めた。

 腐臭が漂うような薄暗い物が永田の言葉には含ませてあった。

 

「ま、お前の方こそ例の金髪はどーなんだ。火力とスペックは兎も角、戦い方がお前そっくりになって来たってお柚ちゃん言ってたぞ」

「オカ君か……」


 考え込むように視線を外す。


「彼は、良く分からない。素性から能力、それ以外の部分もだ」

「……どーいうことだ?」


 永田が顔をしかめる。

 永田の知る範囲で東山ニコラウス以上にセトラーについて造詣が深い者はいない。

 当人はリアクターであるにもかかわらずだ。

 永田とニコラウスの師である転生型セトラー、生前のクリスティーナ・サンダーソンでも、もう比較にならないだろう。

 そのニコラウスがセトラーに関して分からないと口にする事に酷く違和感が有った。

 

「自らの転生者の死体に憑依するという経緯。

 憑依であるにも関わらず、それと同時に起こった面影が無くなるほどの変質。

 段階的に強化されて行く異質なPA。

 一体彼は何なんだろう……」


 一瞬あまりにも変な事を言い出すので思考が付いていかなかった。

 咀嚼するように考えて、飲み込めてから改めて問う。


「……そりゃすごいな。自分の転生者にってのは、臨死体験後の記憶復旧型とはちがうのか?」

「そうであれば風貌の変化は発生しないだろう? 幼馴染のリインですら、極一部の性格の近似性しか見いだせなかったんだし」

「PAがおかしいってのはどーいう事なんだ?」


 言われてニコラウスが永田を見る。

 間が有った。

 恐らく、永田が()()()()()()()()()()()であることを気にしたのだろうが、長い付き合い故にむしろしっかり説明し始める。


「PAというのは最終的に生み出される結果が多様であっても、本体の性能自体はシンプルな定義が可能な物が多いんだ。

 例えば、秋人も知ってるアスターさんの〈フカシの旗印〉なんか、戦闘、隠行への応用から、設置したトラップに引き摺りこんだりなんかにも使える汎用性の高いPAだけど、基本的には「相手の意識誘導」を行う能力でしか無い訳だね」

「なるほどな。確かにあれは厄介だが、言われてみりゃそーか」


 共通して知る例を挙げられて納得する。


「だけど、オカ君の〈対界侵蝕カイモン〉は違う。ただの精神感応にしては性能自体が高過ぎる。

 保有者中心型の通信、集団強化に加え、この間の夜に発現した新しい段階では街を飲み込むほどに有効範囲が広がった。

 死者の遺した想念とすら交感し、自らの内に作り出した怨嗟の集合に特定人物を叩き落として精神崩壊させて見せた……。

 しかも明らかに機能的な段階制御が行われている。間違い無く普通のPAとは一線を画す能力だ」

「……やべーな。それに高性能な上に精神干渉が出来るならクリミナル扱いになるんじゃねーか?」

「うん、この間、その新しい段階について役場で再判定受けたらPA危険度が2から3に上がったね」

「お、自分で受けに行ったのか? 偉いな。でもまー3ならどーとでも……」


 永田が感心するが、


「精神危険度は相変わらず1のままだったよ」

「精神危険度で、1? なんてゆーか、異様だが安心っちゃ安心だな?」

「まあ、そこはね。出会った当初は何かに恨みを抱えてるような陰が有ったんだけど、PAを扱えるようになってからは憑き物が落ちたみたいに良い子でねえ」

「くっそ。うちの馬鹿とか危険度5だぞ。今度爪の垢都合してくれ。煎じてがぶ飲みさせてやる……!」


 半ば本気で実行しかねない様子の永田にニコラウスが苦笑する。


「まあ、やたらとセコくなったり如才無くなったり営業活動熱心になったりしても良いなら?」

「えっ、なにそれこわい」

「変に社会人とか就職とかに歪んだ憧れを示すんだよね。こないだ壊した盾とかアブドラが予備だから良いって言ってるのに意地でも下取り金額は稼ぐとか言い出すし。「借金もまた社会人には良く有る事」とか抜かしてたけど、そんな文化〈源世界〉に有った?」

「……うちの親なんかは家のローンだの車のローンだの払ってたから、意図することは分からんでも無いけどちょっと変だろ」

「だよねえ」


 そう言って、ニコラウスは溜息を吐いた。 


「何よりも」

「何よりも?」

「運が良過ぎて、運が悪すぎる。今の彼の素体であった人物、キースの弟子であるリインが所属するうちと接触した事や、その前後にふとしたことから酷い目に遭ってうちが保護する切っ掛けとなった事。

 図った様な探索コンパでの強敵レアの出現。

 組む外部の相手として適当に選んだセトラーが〈鷹羽〉の身内だったという奇縁。

 そして今回の騒動では恐ろしく低い可能性でしか無かった、因縁の相手であるマーティンの足止め役を担う事になった。

 まるで彼を、何かが騒動に備えさせると同時に引き摺り込んでいるみたいだ」

「……おい、ニコラウス。〈必然〉だと? あの金髪が()()だってゆーのか?」

「まだはっきりとはしないけど、もしかしたら彼はクリスティーナ・サンダーソン、僕の母親が呼び寄せると言っていた〈必然の因子〉に関係が有るのかも知れないとは思ってるよ」


 話しながら、永田とニコラウスは同じ物を思い出していた。


――僕が、この〈たまふせ計画〉の進行を助ける。100年か、500年か、1000年か。どれだけ遂行が早まるかは分からないけど、きっと僕の居た世界を担う者が干渉してくるはずだよぉ。


――()の世界が司るは〈必然〉。僕の魂に今も残るそれが、きっと因業となって呼び寄せてくれる。それと直接向き合わなければならない君たちやその子孫には悪いと思うけどねぇ。手段はアレだけど、結果としては君らと世界のためになると思う。……頼むよぉ?


 かつて、彼らの師であった女が吐いた遺言だった。


「……金髪自身は、師匠の言ってた担い手とは違うと思うか?」

「自分の利益のために嘘を付ける男なら、精神危険度で1は取れない。恐らく彼は何も知らないだろうね。だけど、あれほど異質な存在に何の意味も無いと考えるのは難しい」

「……そうか。……ふ、ふふ、ふくくくくっ」


 永田が笑いだす。

 実に楽しそうに。

 ニコラウスはそれを見て訝しげな表情を作った。


「何、笑ってるんだい?」

「……ひひ、いや、どの道俺が死んだ後に来る話だと思ってたからな。金髪がお前の前に現れて、〈必然〉に導かれるような挙動をしているとなれば前兆みたいなもんじゃねーか? なら、俺も生きてる内に()()()()かも知れねーだろ」

「……秋人、君は……」

「そうだとすれば、うちに来た馬鹿も〈鬼の魔窟〉のイベントの日に転移して来た事が無関係では無いかも知れねー。半年前、〈五行大行敬〉にウィケロが選ばれたのも、あるいは〈必然〉とやらの因子が導いたのか」


 強い笑みを浮かべ、永田は幾分興奮したように言う。

 諦めていた大一番の予感。

 未練がましく冒険者を続けていたことが無駄では無くなる。

 そういった熱が、鍛えられた老体を焦がしていた。

 久々に見る親友の若い頃のような顔にニコラウスはしばし呆然としたが、やがて嬉しそうに笑った。


「ほら、今期の報告だ」


 永田はそう言ってデスクの上に置かれていたファイルをニコラウスに渡す。


『委員会 〈魂伏計画〉実行部 龍紀110238573年度 第三期』


 そう刻まれていた。

 ニコラウスがそれを〈活字中毒〉に収納すると、互いに燗した日本酒を注ぎ合う。


「……もし近くに事が起きるなら、頼らせてくれるかい?」

「任せろ、兄弟」


 猪口の端を改めて軽く当て合った。

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