33 ウィケロタウロス市民第2互助サークル
トゥレスが目覚めたのとほぼ同時刻。
ウィケロタウロスの中心部に向かっている丘崎は気が重かった。
今にも溜息を吐きそうな顔をしていた。
「ほぉら、しゃんとしなよぉ」
横を歩くニコラウスがぽんと背を叩く。
「……着いたらちゃんとしますよ。安心してください」
むすっとして言う丘崎を見て、ニコラウスが苦笑する。
「君の外面の良さは信用出来るけどねぇ?」
「外面が悪すぎるニコさんが言うのか……」
軽口を叩き合う。
多少はリラックスになってくれればとニコラウスは思う。
丘崎とニコラウスが向かっているのは、壁内のとある社会福祉施設。
これからそこで待っている者たちと会うことになっているのだが、丘崎は正直、逃げ出したい衝動に襲われていた。
「ま、行きたくはないだろうから仕方ないけどねぇ」
「……いえ、行きます。好き好んで行きたかないですけど、それこそ俺の好き嫌いに関わらず、行かないと」
丘崎の返答に、ニコラウスは強く笑む。
強がりだ。
実際には胃が痛くなるような苦悩を抱えていることだろうとニコラウスは思う。
(現時点でそれなら、十分だ)
今から向かう先へ苦悩し、しかし強がる事の出来るその心根こそが、資格である。
(……そして知ると良い。既に幾度か末端には触れているだろうが、この世界そのものをもっと良く知るんだ)
苦悩が空振りに終わり、そしてまた別の苦悩に襲われるであろうことを、ニコラウスは予見している。
(それを経れば、先に行ける。悪いねオカくん。今まで見てきた君の人となりからすれば必要の無い事かも知れないけど、当初から決めてたことなんだ。君が歪まないように、出来るだけの布石は打たせてもらうよ……)
しばらく歩けば、目的の建物に到着する。
「や、待っとったで」
建物の前にいた青精人種が手を挙げる。
〈魔絶の刻印〉のギルドマスター、〈俊公〉のお嵐・フォルクレだ。
美麗な顔立ちには疲れの陰が有り、目の下には隈が浮いていた。
彼女の立場と状況を思えば、心身ともに酷い事になっているだろう。
仕方ない事だと理解しつつも丘崎は同情する。
「やぁやぁ」
「お久しぶりです」
「2人とも、今日は来てくれてほんまおおきにな」
挨拶の後、丘崎は懐からカードケースを取り出し、
「この度、名刺を作りました」
「おお」
お嵐も応えるように名刺入れを取り出す。
「今後も当ギルド共々よろしくお願いします」
「こりゃどうもご丁寧に……」
双方慣れた動作で名刺を交換する。
(……うちはテキトー路線だから、評判とかどうでも良いんだけどね。そんなだから〈社畜〉なんてあだ名が候補に挙がるんだ)
やりすぎなほど慇懃に振舞う丘崎に、ニコラウスはそんなことを思っていた。
「丘崎さんの活躍も聞いとるで。……あー、あだ名の候補はちとあれやけど」
やはり言われたか、とニコラウスは思った。
苦笑しながら言うお嵐。
丘崎は眉を下げた情けない顔をした。
「ろくなあだ名じゃないでしょう?」
自嘲気味に笑う丘崎に、お嵐は遠い目をして苦笑する。
「……うちの〈俊公〉なんてのは、身内がイキったあだ名付けようなんてさらした結果なんや」
「はぁ」
「そんでな? 悪口系のあだ名やったら割と皆理解有るんやけど、こんなやと初対面の奴から「え、こいつ中二なん?」みたいな目で見られて後からずーっと恥ずい思いすることになるし、ちょっとあほっぽいあだ名の方か良かったんちゃうかーとかも考えるもんやで?」
「……そんなもんですか?」
「せや。あだ名なんて嫌がっとるうちが花やで」
洒落たあだ名を持つ人も、それはそれで生々しい問題を抱えているのだなあと丘崎は思う。
あとセトラーでもないお嵐すら「中二」なんて言葉を慣用句レベルで使っていることも地味に来る。
「いやいやぁ、考え方次第だよぉ?」
露悪趣味による嫌な満面の笑みでニコラウスが言う。
「僕のあだ名は〈便利屋〉だけど、「便利使い出来る奴」だろうとか思って寄って来るが結構いたんだよねぇ。それを上手いこと逆に利用したり、引きずり下ろしたり、とかも出来るよぉ」
にたにた笑うニコラウスに丘崎とお嵐はうんざりした表情で応えた。
「……食虫植物か何かですか、あんたは」
「……自分から仕掛けたって話は聞かへんから、悪い事はしとらへんのやろうけども」
4つの半目を気にした様子も無く喉を鳴らして笑い、ニコラウスは建物を示した。
「そろそろ行こうか」
丘崎とお嵐は双方暗い顔で頷いた。
馬鹿話をしている内は、これから待つものを考えずにいられたのだ。
3人の入った施設の小会議室は、今日会う事になっていた組織が長く使っている一室なのだという。
待っていたのは、10人。
極普通の、一般人にしか見えない者たちの集まりだ。
人種にも共通点は無く、ちらほらと心身に障害を抱えているらしい面子がいることくらいだろうか。
隻腕の少年。足を失い、車椅子に乗った男。虚空のみを見つめる少女と、その手を引く姉らしい2人組み。
ひっそりと、彼らは集まり、そして助け合って来た。
「ようこそおいで下さいました」
組織の代表が頭を下げた。
代表は40代程の、基人系の女である。
丘崎には、「どこにでもいるような普通のおばさん」に見えた。
「〈ウィケロタウロス市民第2互助サークル〉代表、コニー・ワイアットです」
名乗った。
サークル名の「第2」は、ツテの有った第1の代表に下部組織として名前を借りるような経緯を踏んだからなのだとか。
それもまた、このサークルの実態を隠すためのカーテンの一枚。
「〈変り種〉ギルドマスターの東山です。こちらはスタッフの丘崎です」
「……よろしくお願いします」
初見のニコラウスと丘崎が頭を下げる。
ニコラウスの口調は、素に戻っていた。
「〈変り種〉、〈魔絶の刻印〉の両ギルドの尽力によって、私達は目標に対して大いに近づくことが出来ました。意図された結果ではないでしょうが、心より感謝します」
コニーが言う。
サークルの者たちがコニーに倣い頭を下げてきた。
その表情に偽りは無い。
丘崎は彼らの示した態度に動揺する。
「ほら、オカくん」
「っと、ニコさん?」
ニコラウスに背を押され、前に出された。
丘崎は焦って振り向くが、
「君が、向かい合うべきだ」
ニコラウスが言う。
師としての顔をしていた。
覚悟を決めて、コニーたちに向かい合う。
彼女達の真の共通点は、マーティンの被害者であるということだった。
実際には、被害者の家族も含んでいる。
マーティンは競合する同業者を追い落とすため、物理的、社会的に攻撃するとった事を幾度も繰り返していた。
女性の場合は、ほぼ確実に性暴行も伴っている。
多くは無いが、マーティンの元配下や冒険者でなかった者もいる。これはミスに対しての粛清や、発作的な癇癪で被害を受けた結果である。
だが、生きているだけマシかもしれない。
マーティンの嗜虐性によって体の欠損や精神に障害を起こし、エスカレートした結果、命を失った者もいるという。
傷つけられた彼らは秘密裏に身を寄せ合い、今のサークルを作って助け合うようになる。
何時の日か、マーティンの悪行を公の物とするために。
だが、長く声を上げることが出来ずにいた。
マーティンの生家であるデヴォニッシュ家は、ウィケロタウロスに代々続く商家だった。
この世界では珍しい利益最優先の大商家。それ故に敵を作ることも有ったが、資金力というのは絶対的な物である。
良識も手段を問わなければ、この世界でも様々な無理を可能とする力が有った。
当然のように薄暗い部分も多分に抱えており、跡取りの不行状をもみ消す事など日常茶飯事だった。
マーティンが幼い頃から、その凶暴性で事が起こる度に関係者を買収、脅迫、時には抹殺して事件を隠蔽していたのだ。
マーティンが冒険者としてデビューしてからは、デヴォニッシュ家としても繋がりの出来た〈鷹羽〉に情報操作を要請するなどもしていた。
サークルの構成員に何の背景も持っていない者が多かった事も大きい。
皆無ではなかったが、一度何か行動を起こそうとすれば見せしめの殺人すら厭わなかったデヴォニッシュ家に対抗することは出来なかったのだ。
しかし、ニコラウスが丁寧に丁寧に罠にかけたことで事態は変わった。
言い逃れ出来ない状況での悪行の露呈を引き金に、続々出て来る余罪の数々。
調査の主体は〈魔絶の刻印〉が担当していたが、その好機を逃すまいとしたサークルは、組織の本体は隠しつつも情報や犯罪の証拠を提供するなどして協力した。
加えてニコラウスもイルマを経由して仕入れた情報も渡して公表させ、ついには指名手配犯になるまで追い込んだのだ。
コニー達は皆、穏やかな目をしていた。
その態度が、丘崎の胸に刺さる。
コニーを除く今日集めてもらったメンバーは、この半年間での犠牲者だ。
つまり、丘崎が逃げ回っていた期間にマーティンに目を付けられたりした者たち、ということになる。
それに関して、自分に責が有るわけではないのはちゃんと分かっている。
時間をかけなければ今回の結果は生まれなかったし、計画を立てたのはニコラウスだ。
だが、割り切れなかった。
「……どうして、責めないんですか?」
両手の爪を手のひらに食い込ませるほどに拳を握り締め、搾り出すように丘崎は言った。
言ってしまった。
強化はしていないが、鍛えた握力はかつてと違い、掌の皮膚を突き破っていた。
「丘崎さんが悪い訳ではありませんよ」
首を振り、逆に擁護される。
「……」
しかし、納得は出来ない。
理解出来ない。
「本当に悪い事をしたのはマーティン達であって、丘崎さんはむしろ私たちと同じ被害者でしょう? 責める理由が有りませんよ」
ああ、言われた。
丘崎自身も分かっていることを。
「〈魔絶の刻印〉の皆さんだってそうです。本当に監督不行届で責められる領域を超えています。……私たちのサークルには、元〈魔絶の刻印〉所属の者も何人もいますが、ギルド上層部を庇う者はいても責める者はいません」
鼻をすする音が聞こえた。
多分お嵐だ。
サークルの構成員のうち、比較的若い者達が憐れむような涙目でお嵐の居る方を見ている。
彼らの事がそうなのだろう。
(無い。この人達の表情には葛藤が無い。悪くないと分かっていても他人を責めたくなってしまうという極普通の、誰でも頭を過ぎる葛藤が無い。
同じ事を言える者は居るだろうが、この人達はそれを飲み込んで堪えるという経緯を踏んでいない)
理想的な解答。それ故に、綺麗事にも聞こえる内容だ。
人によっては、人間的でないと全否定するかも知れない。
感情有る人間の物とは思い辛い、そんな正論。
だが、丘崎にはそうは思えない。
なぜなら、この世界の人間達は綺麗事を平気で口にし、可能かどうかをともかくそれを実行に移す事が出来ることを薄々感じていたからだ。
良識的な価値観で板挟みになること等は有るが、生粋のこの世界の人間はセトラーやリアクターとは決定的に違っていた。
「私たちは両ギルドには本当に感謝しています。それは丘崎さんにもです」
慰めるように、コニーが言う。
「人の縁に恵まれた事も有るでしょうけれど、力では私たちとそう変わらない丘崎さんが実力を示し、マーティンや〈鷹羽〉に抵抗して見せてくれたと言う事は、大変な励みになったのですよ?」
分かる。
彼女らの心の在り方の理由ではなく、自身の心が。
「私たちが表に出て活動を始める様になれた最後の一押しは、丘崎さんのおかげでした。本当にありがとうございます」
目に情けなさによる涙を浮き上がらせ、丘崎は確信した。
(これは、劣等感だ)




