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中古系異世界へようこそ!  作者: 高砂和正
2章 黒の猛禽たち
31/57

31 来歴

 転生者がいつから前世の記憶が戻るかは、かなり個人差が有る。

 産声を上げた時、頭部への衝撃を受けた時、臨死体験を経て、と言うタイミングが代表的だ。

 出生から記憶を取り戻すまでの期間が長くなりすぎると、二重人格のようになったり、精神に異常をきたす事も有るのだとか。


 さて、そもそもの話、転生者が異世界の人間の記憶や知識が利用できるということはどういうことなのか。

 当然の事だが、脳は別人である。

 だというのに、転生者は皆、人生の経験によって得られる脳の発達を飛び越した思考力を得ている。

 ということは、前世の記憶が肉体的な脳以外の知能媒体に宿っていることは確実である。

 その媒体を霊と呼ぶべきか、魂と呼ぶべきか、どちらでも無い物なのかは分からない。


 だが、それが転生者の正体だという説が、現在のこの世界では最も有力とされていた。











 アドナック王国のウィケロタウロスからいくらか離れた、カルメという町でトゥレス・ヤルナッハは生まれた。

 カルメは農業と、近くに有る大きな森から手に入る木材や動植物を糧にしている何処にでも有るような町だった。

 彼の生家のヤルナッハ家は、狩人をして生計を立てている家だった。

 家は町の中心から離れ、同業者や林業を営む家庭、会社と共に森に隣接するようにして建てられていた。

 

 トゥレスは割と早い方、生後3ヶ月ほどの時点で記憶が戻った。

 視力がそれなりに整ってきた頃の話である。

 それまでは、普通の赤ん坊として生きて来ていた。 

 転生者である自覚を、まだ持っていなかった。


 その日、部屋で仰向けに寝かされていたトゥレスを、まだ1、2歳に見える幼児が覗き込んでいた。

 

「くそ、妹だったらブラコンになるよう教育して、いずれは禁断の関係に、とか思ってたのになぁ」


 つまらなそうに銀髪の幼児が口を尖らせて言った。

 幼いながらも美しさを感じさせる、性別の分かりづらい子供だった。

 黒い肌に尖った耳と、疑いようもなくダークエルフの特徴。

 そして、その顔立ちには明らかにトゥレスとの共通点が有った。

 美形は特徴が薄くなるというが、種族特性によって生来の美貌を持たされるエルフ系でも良く言われることだ。

 だが、それでもトゥレスと幼児の顔は並べれば血の繋がりが有ると一目で分かるほどだった。


「男なんか使えない……。俺はホモじゃないっつーの……」


 などと、ぶつぶつと呟いていてイラついた様子で部屋を歩きまわる。

 可愛い盛りと称される年頃の顔には不相応な、渋い物を食べたような表情。

 しばらくはそうしていた。

 しかし、


「幼馴染とか、兄妹の男枠とか、どうせインフレした主人公(おれ)の足手まといになるポジじゃんか……。いや、足手まといポジ……?」


 何かを思いついたようにトゥレスを見た。


「……俺のパーティは女だけで固めたかったけど、そっちの路線で考えれば入れてやっても良いかな? 転生者の俺には敵うはずないし、兄弟ってことも有るから引き立て役に丁度良いし」


 朱色の虹彩が打算で輝いていた。 

 幼児の顔が卑しく歪んだ。


「俺に逆らったり、俺の女に色目使ったりしないよう、徹底的に教育しないとなぁ」


 にたりと笑う。

 

「偉大なお兄さまが、上手く使()()()やるよ。光栄だろ……?」


 そう言うと、幼児は去っていった。


 残されたトゥレスは、幼児が部屋のドアを閉めてしばらく経ってからぶるりと身を震わせた。

 囁かれた内容のおぞましさによるものだ。

 トゥレスは、幼児の口にした醜悪な内容を全て理解していた。

 

 そして、彼自身が何故それを()()()()()()()()()()


(そうか……。儂は、転生したのか)


 理解して、絶望した。


 彼が前世で嫌悪していた存在、転生者になってしまったことに。

 赤子から人生を、親から子の無垢さを奪ったのだと。


 そして、兄に当たる人物もまた、同じ転生者であるらしいことに。

 兄は恐らく、相容れない思想をしているということに。











 トゥレスが生まれてから10年が経った。


「おめも、ウノ達みでぇに遊んで来でも良えんだぞ?」


 並んで板張りの床に腰を下ろし、獲物から剥ぎ取った皮をなめしていたらそんな事を言われた。


「良いさ。儂は親父と狩人仕事してる方が性に有ってる」


 背が伸び、歳相応の体格になったトゥレスは視線を外す事無く答えた。


「……そうがぁ」


 トゥレスの前世の感覚からすると20代半ばに見える青年が、どこか寂しそうに笑った。

 顔立ちは少し違うが、トゥレス同様にダークエルフであり、整った美貌を持っていた。

 トゥレス、そしてトゥレスの兄であるウノ・イェーガーの実父、セロ・ヤルナッハだ。

 トゥレスのような大きな子供がいるような外見ではない。

 黒精人種(ダークエルフ)は長命な人種の部類だが、この世界の五精系や魔人種等の長命な人種の歳の取り方は独特だ。

 まず二十歳までは普通の基人系同様の歳の取り方をし、それ以降の老化に時間がかかるようになるのだ。

 三次性徴を有する白精人種(ドワーフ)や二次性徴に特異性の有る黄精人種(ノーミィ)などもいるが、基人系をベースとしている部分は変わらない。

 二十歳を過ぎた五精系は、8年で基人系における1歳分の加齢をすると言われている。

 セロは肉体的には見た目通りの若さであるが、実年齢は52歳。

 20に残りの32を8で割って加えて、基人系の24歳相当ということになる。

 

 トゥレスは己の仕上げた革を見てふんと鼻息を吐いた。


「どうよ?」


 それをセロに差し出す。

 自信が有り、と言いた気な表情だった。

 

「……」


 セロは目を細め、じっくりと検分し、


「50点。ま、自()用さ使(つが)うべ」


 にっと笑って評価を下した。

 トゥレスの顔が悔しげに歪む。


「くっそ。見てろよ……」

「ははは、おめが転生者いうでも、まぁだオラも負げんよ。見でみ」


 そう言ってセロが自分の仕上げた革をトゥレスに渡す。

 熟練の技による、ムラの一切無い見事な飴色の革。

 革としては当然若いが、使えば使うだけ味が出てくるであろう逸品。

 目指すべきは、この域。

 手本としてセロの革を前に置くと、口を引き結んだトゥレスは新たな皮を手に取った。

 脂肪を手早く削ぎ落とし瓶に入ったタンニンを使い、〈水気〉を使って濃度を調整してなめし始める。

 皮内の水分も有る程度制御し、染み込みを調節する。

 そのまま革職人にも成れるほどの業を身につけることは、〈水気〉を司るダークエルフの狩人には珍しくないことだった。

 セロは真剣な息子を見て微笑んだ。


 トゥレスが前世の知性を回復してから数年は、ウノを警戒して転生者であることを隠していたが、この時点では既に周囲に自身が転生者であるということを伝えている。

 転生者も転移者もセトラーとしてありふれた存在であるこの世界の人間は、生まれた子供が転生者でも色眼鏡で見ない心得を文化性の域で有していたこと分かったからだ。

 二つ離れた兄のウノも転生者で、兄弟揃ってというのは流石に珍しいが、全く例が無い訳ではないらしい。

 しかし、何か変わったことをするでなく、セトラーらしい野望を持つでもなく、セロ・ヤルナッハの息子として、市井の狩人として生きていける力と技を身につけることをトゥレスは望んでいた。

 流石に老成した内面から歳不相応に落ち着いた優秀さは見せていたが、世を変える英雄など成れるはずが無いと思うし、なる必要も感じない。

 100年近い前世で人の世の甘いも酸いも十分に味わったトゥレスには、物語になるような派手な生き方に魅力すら感じていなかった。


 逆に、兄であるウノは()()()()()()()()()()子供だった。


 幼少期からの自己鍛錬。

〈源世界〉の知識を使った技術開発。

 近隣の有力者との接触。

 幼馴染の美少女の囲い込み等々……


 転生者の典型的な行動に一通り挑戦していた。

 生憎というか、やはりというか、より優秀なセトラーがいくらでもいる上、既に〈源世界〉の影響を散々に受けてしまった後のこの世界では通用しない事の方が多いようで、最近ではどう活動していくか悩みを抱えているらしい。


 トゥレスは自身がウノと同じ転生者であることを明かすまでは、近隣の同年代の子供たちのリーダー格に落ち着いていたウノの腰巾着となり、何をするつもりか、どんな前世を持っていたかの推察に努めていた。

 狩人志望としての副産物ではあるが、トゥレスは兄と同じ弓使いになることを選んだ。

 ウノは大人のいる場では弟の世話を焼く風に取り繕うものの、同じ武器を扱うトゥレスに積極的な指導等はして来なかった。

 引き立て役を期待されているのだから、まあ当然だろうとトゥレスも気にしなかった。

 トゥレスが自身のPAの鍛錬を隠れて行うには都合が良かったし、ウノが幼馴染のハーレム要員候補を指導するのを見る限り、ウノに教育者としての資質が有る訳でもないと判断出来たのでなおさらだった。

 それでも、幼少期はそこまで悪い関係ではなかった。

 まだ兄弟としての体を成していた。


 だが、トゥレスが転生者だと告白してから変わった。


 まず、両親が離婚した。

 トゥレスは狩人の父、セロの下に。

 ウノは元弓使いの冒険者、母のスサニタ・イェーガーの下に行くこととなった。

 理由はスサニタが親を騙していたトゥレスを信用出来なくなったという事らしい。

 スサニタとは会う事が出来なくなり、出生時から転生者であることを隠していなかったウノしか信用出来ないと、以降はウノが代理で対応するようになった。

 夫のセロも、共謀して隠していたに違いないという主張だった。

 トゥレスの告白を聞いた時点の彼女の反応は、「驚きはしたが納得した」という感じで、それからすると奇妙な事だった。

 少なくともその場では、告白したことを喜んですらもらえたのだ。

 それを不審に思ったのは当事者であるトゥレスとセロだけでなく、周囲の大人たちもだったが、ウノとその配下とも言える子供達のネットワークによって話を膨らました上で根回しされ、離婚の問題に関しては対抗出来なくなってしまっていた。

 

 しかし、トゥレスとウノの関係はそれで終わりはしなかった。

 ウノがスサニタに何か吹き込んだ、もしくは操られているといった事は推測出来ていたが、証拠を持たないトゥレスの方から表立って敵対することはさらに立場を悪くしかねず、一緒に行動するよう誘われれば有る程度は乗らざるを得なかったのだ。

 その中でウノと取り巻きたちには幾度も嫌がらせを受けていた。

 一緒に遊んだりに罠にかけようとしたり、ウノよりトゥレスと仲の良い子供を引き離そうとしたり。

 幸い、当時配下に子供しかいなかった事に加え、ウノは前世の死亡時点でもそこまで歳を食っていなかったようで、トゥレスからすれば大して狡猾な手口は使ってこなかったので、回避及びスルーは難しくなかったが。

 

「……親父よお」


 革をなめしながら、トゥレスが口を開いた。


「どうしだ?」

「再婚とか、考えて良いんじゃねえか?」


 セロは顔を歪めた。


「……母親さ欲しいが?」

 

 父子家庭故の悩みかと思い、申し訳無さそうに訊くが、トゥレスは皮肉気に笑った。


「まさか。こう言っちゃ悪いが、儂は親父より年嵩の爺みてぇなもんだぜ。お袋恋しさでこんな事は言わねぇよ」

「……」

「……長命だから歪になっちゃいるが、親父だってまだまだ若いんだからな。儂なりの老婆心よ。儂は爺だが」

(ちぢ)親ぁ、子供(あづか)いか?」


 セロが何とも言えない表情で返す。


「息子、そして弟子としちゃ、親として、師として尊敬してるぜ。だが、親父の倍は生きた者としての視点もあんだよ」

「おめのそゆどごは分がらなぐはねぇ、嫌いでもねぇ。……けど、おらはスサニタ以外興味ねぇ」


 どこか拗ねるようにそっぽを向いてセロは言った。

 トゥレスは苦笑するが、内心はひどく痛ましい物を感じていた。


「分かったよ。もう言わねえ。終わったら稽古付けてくれ。曲射が上手くいかねぇんだ」

「おう、まがせどげ」


 2人して軽く笑い、再び黙々と皮をなめして行く。


 その日は結局、トゥレスの革に50点以上を付けては貰えず、弓の出来もセロからすればまだまだの出来に終わった。

 










 さらに、5年が経った。


「やあ、待ってたよ。トゥレス」


 カルメの町の乗合馬車の停留所で、銀髪のダークエルフが歯を輝かせて言った。

 トゥレスの兄、ウノ・イェーガーだった。

 ウノの両脇に1人ずつ、幼馴染の美少女。

 そしてその後ろには見送りに大勢の人間が来ていた。


 ウノは装甲を取り付けたロングコートのような服を着ており、布部分の主色は黒。

 相当な金がかかったであろう呪的効果を付与した刺繍が成されていた。

 いつでも消せるだろうに、巨大な弓のPA〈烈光弓〉を背負っている。

 ぱっとしないセロの長男にしては出来過ぎだと言われ、カルメの町では『とんびが鷹を産んだ』の諺になぞらえて〈鷹の子〉と呼ばれているが、色合いからすると白頭鷲(ボールドイーグル)の方が似合うとトゥレスは思う。

 そして、それが配下たちを使って広めさせた半ば自称と言っても良い評価であることをトゥレスは知っている。

 ヤルナッハ父子(おやこ)を「とんび」に位置づけ、自身には「鷹」を印象付けることでより比較させようとしているのだ。 

 余談だが、後にトゥレスの冒険者としてのあだ名が冴えない印象を与える〈とんび〉になったのも、背景にはトゥレスを貶めようとするウノたちの情報操作が存在していた。


「おー、わりいわりい。遅れたわ」


 一方、同じ顔で薄茶色の髪のトゥレスは気だるそうな半笑いで片手を上げて見せる。

 トゥレスは現在15歳。

 さらに背は伸び、父ほどではないが狩人としての技術を一通り身に付けていた。

 こちらは自分で拵えた革製の鎧を着ている。森で採れた植物由来の染料で緑の(まだら)に染め上げた迷彩仕様だ。

 背には弦を外した木製の大弓。

 こうしているとウノと対象的であり、見る者によっては地味な装いのトゥレスをひどくみすぼらしいと感じるだろう。


(未熟もんが……。バレバレなんだから気色悪い芝居を隠せよ。この似非サワヤカめ)


 トゥレスは内心でそう毒づいた。


「ほんと、あんたってアタシたちの足引っ張る事しかしないわよね」

「向こうでもウノ兄さんの邪魔したりしたら、許さないから」


 両脇の少女が口々にトゥレスに文句を言う。


 先に言ったのがホンファ・セミナーティ。

 170センチ近い長身にメリハリの利いた身体付きをした、気の強そうなツリ目の獣相系オオカミ人種である。

 肉弾戦を武器とするため、手足に装甲を付けた以外は革製の動きやすい服を着ている。


 後に言ったのは基人系白人種のデリア・リリーホワイト。

 ヤーチェンとは対照的に背が低く、厚い目蓋で自然と半目になるのが特徴だった。

 パーティのポジションは治癒役で、身体のラインが隠れるローブを羽織っている。


 顔立ちが整っている事以外はデコボコな2人であるが、どちらも殺意すら込めた目つきでトゥレスを睨みつけていた。

 この2人が、ウノが幼い時から育て上げたハーレム要員である。

 以前はもう少し候補が居たのだが、いち早くウノのリアクターとしての精神性を確立した彼女たちがライバルを蹴落として行ったのだ。

 良い意味でも悪い意味でも、選りすぐりである。


「……なあに、ウィケロへ行けば解散して別行動。それで終わりじゃねえか?」


 少女らの剣呑な視線をまるで気にせず、薄く笑ってトゥレスは言う。


 これから、トゥレスはウィケロタウロスへ冒険者修行に行く事になっている。

 17歳のウノ、18歳のホンファ、トゥレスと同い歳のデリアと一緒にだ。

 ウノとホンファは少し遅い部類だが、パーティを組んでいたデリアと一緒に冒険者になるためだった。

 2年ほど前、ホンファの方がデリアを出し抜いてウノと2人きりになろうと、先にウィケロウロスへ行くことを画策したという噂も有ったが、結局こうなっていた。

 噂自体は割と信憑性が高い。ホンファとデリアの共謀で潰されたハーレム要員候補の一人から得た情報だった。

 

「はっ! あんたがヘマしたらウノの評判が下がる事も分かんないの?」

「ほんと馬鹿。ウノ兄さんと血が繋がってるなんて信じられない……」

「まぁまぁ、そう言うなよ。こんなのでも俺の弟なんだよ?」


 さりげなくこちらを貶めながら怒れる2人を宥める兄を、トゥレスは変わらぬ表情で見ていた。


(何ともな……。ここまで白々しいと逆に心配になるぜ)


 女性というのは男の下手な演技なんて軽く見破れるものだという認識が有ったトゥレスには、ウノの態度に何も感じていないようなホンファとデリアが不思議だった。

 

(幼少期から洗脳みたいなことしてると、やる事なす事全肯定みてぇになっちまうのかねえ)


 そんなことを考えていたら、定期の馬車が到着した。


 トゥレス以外の3人は、大勢の馴染みの者たちに祝福されて乗り込んで行く。

 トゥレスの方は親しい者達には見送りをしないように言っていたため、誰もいない。

 ウノよりも彼の肩を持ってくれる者もカルメの町には居たが、この場に来れば間違い無く揉めるだろうと予想が出来たためだった。

 今のウノの周囲にいる者達は、恐らくリアクターのレベルにまで価値観が変質しているはずだ。

 自制心が弱くなって集団心理に突き動かされやすくなっているだろうし、下手をすれば大規模な暴力沙汰になる可能性すら有ると思っていた。

 

(そうだ。儂を見てろ。母親に出自を隠し、騙していた薄汚い息子モドキを見る目でな……)


 そんなことを考えながら澄まし顔で馬車に乗り込むと、ウノがトゥレスを見ていた。


「父さんはどうしたんだい? あの人にまで見捨てられちゃったかな?」


 眉を寄せ、心配しているかのように言うウノ。

 だが、明らかに笑いを堪えている。


(儂の見送りが来なくて潰し損ねたからって、わざわざ煽らなければ満足出来ねぇってか。向こうもお袋が来てねえことを突かれりゃ痛ぇだろうに)


 トゥレスは最早哀れにすら感じていた。


「仕方ねぇな。兄貴と違って儂は人望がねぇからなあ」


 心にも無い事を言ってウノの横を通り抜ける。

 ホンファとデリアがやはり睨んで来ていたが、気にもしない。

 馬車の隅の席に腰を下ろした。 窓から、彼の生まれ育った森が見えた。

 

(ん?)


 森の中の、良く目印にも使う高い木の上の方で何かが光った。

 

(……あれは)


 トゥレスは誰かに見られないようにしながら、〈水気〉を使って水塊の望遠レンズを構築する。

 エルフ系の特徴として元から優れた眺視能力を持っているが、それがさらに強化される。

 セロがいた。

 トゥレスは小さな鏡を使い、セロの方に光を返す。

 かなり距離が有るが、矢と違って直進する分、狙撃が身上のトゥレスには難しくは無い。

 しばらくして、チカチカと法則を持った光が見えた。


(やはり光モールス)


 カルメの狩人たちが使う、本来の物とは少し変えられた信号パターン。

〈源世界〉の知識だが、トゥレスやウノが提案した訳では無く、相当昔から使われている物だ。

 これも散々セロに仕込まれている。

 素早く送られた信号だが、そのまま解読出来る。


(は、ははは。ああ、分かった。分かってんよ。親父)


 ひっそりと、トゥレスは笑った。

 

――ヨ・ク・イ・キ・ロ


 良く生きろ。だろう。

 正直、それだけでは意味が分からない。

 頑張れとか、幸運を祈るだとかなら分かる。

 ウノは継がないだろうから、トゥレスが後継ぎになるだろうに、「生きて帰れ」でも無かった。

 しかし、伝わっていた。

 15年、親子を続けた2人だから通じる物が有った。

 

(そうするよ。正直、自信はねえけど、儂に出来る限り……)


 了承の信号を送り返すと、視線を外して流れていく周辺の景色を見始めた。

 





 ウィケロタウロスに到着し、3人と別れた数日後。

 トゥレスはウノたちに襲撃され、下半身に重い障害を負う事になる。

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