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中古系異世界へようこそ!  作者: 高砂和正
2章 黒の猛禽たち
30/57

30 ホンファ・セミナーティ

「うぁあっ!」


 イルマが吹き飛ばされた。

 夕方とはいえ、奇妙なほどに人気のない公園の地面を転がる。

 そして動かなくなる。即死するような攻撃ではなかったが、気を失ったようだ。

 トゥレスは数本の矢を撃ち込まれたままの状態で血を流し、仰向けに地面に倒れていた。


 イルマを吹き飛ばしたのは、ホンファ・セミナーティという二十歳前後の獣相系オオカミ人種の女だった。

 整った顔立ちに、170センチ近い長身。

 ライダースーツの様な服を着て、四肢に手甲と足甲を装備している。

 体に密着するような服から浮かび上がるスタイルはかなり良い。

〈鷹羽〉所属の人物で、2人を狙撃したウノの命でアパートから逃走したトゥレスとイルマを追ってきたのだ。

 ホンファは横たわるイルマの頭に駄目押しのサッカーボールキックを、


「!」


 叩き込もうとしたが、水を差すように右の腿付近へ小矢(ボルト)が飛んできた。

 敏感な聴覚はそれを聞き取り、手甲を付けた右腕で弾き落とす。

 半ば反射に近い動きだった。


(獣相系、流石の反応だな。……そう上手くはいかないか)


 不意打ちに失敗した丘崎は舌打したくなる気持ちを抑えた。

 ホンファはキツイ目つきでボルトの飛来した方向、丘崎の隠れている木陰の辺りを睨み付ける。

 獣相系の聴覚と嗅覚を警戒し、魔法や風向きの位置取りを絡めて誤魔化してきたが、こうなっては流石に誤魔化せないと判断してクロークのフードを被ったまま姿を現す。

 クロスボウに小矢を装填してスロットに仕舞い、入れ替わりで木棒を展開する。


「何? あんた。人避けの結界はまだ張ってあるはずなのに」

「……不良品だったんじゃないか?」


 忌々しそうに言うホンファに、丘崎は適当に返した。

 手の内を明かしてやる気は無かった。

 先程のイルマへの攻撃とボルトへの反応からして、恐らくは格闘型だろうと推測する。

 

「そちらの()()()は知らないが、黒精人種(ダークエルフ)の方は仕事仲間なんだ。手当させてくれないか?」

「……死角から矢を打ち込んできて、それ?」


 不愉快そうに言われ、丘崎はそれは確かに、と内心思う。

 しかし、折れるわけにはいかない。


「トゥレス……、ダークエルフの方なんか血が出過ぎている。早く手当てしないと失血死するかもしれない」

「殺すつもりなんだけど? もちろん、ここでアタシを見たあんたもね」


 笑って女が言う。

 

(……こいつ)


 明確な殺人の意志を口にする女に、丘崎は顔をしかめた。 


「……なら、止めなくちゃな」


 相手は格上の可能性が高く、勝てるかどうかは分からない。

 だが、こんなに軽々しく殺人意志を表明する者に相対して、放って置く訳にはいかなかった。

 丘崎は木棒を上段に構え、じり、と間合いを詰める。


「やってみなさいよ!」


 叫び、獣相系の女が飛び掛ってきた。

 速い。

 だが、 


獣相系(おまえら)相手にそうそう近寄らせる訳にはいかない……!)


 丘崎は迷わず木棒を消して五行魔力球(とびどうぐ)を展開。牽制に魔力弾をばら撒いた。

 接近戦は誘いだった。


「んなっ!?」


 ホンファは両腕を盾にして受けるが、不意を打った連射弾は受け止め切れない。

 射線を揺らすようにして広範囲に撃ち込み、ホンファの全身を叩いた。

 それを嫌って、ホンファはサイドステップで離脱。

 追いかけるように射線を動かすが、それ以上の命中は得られずに魔力球を撃ち尽くした。

 目に見えるダメージは無いようだ。丘崎の魔力弾も少しずつ性能が向上しているが、ホンファの霊法(ブースト)による防護の強固さの前では水鉄砲のような物だった。


「これは〈化け狐〉の魔法……! あんた、〈社畜〉の丘崎ね!?」


 怒りの表情でホンファが言った。

 妙なあだ名を付けられてしまったものだと、丘崎は場違いなことを思う。

 確かにこのふた月ほど色物ギルドである〈変り種〉の地位復権のため、丁寧かつ誠実な対外活動を心がけて来たが、それで定着してしまうのは流石にどうなのかと思っていた。

 

「だとしたら?」

「殺さなきゃいけない理由が増えたわ。あんたらがデヴォニッシュ家を陥れたせいで、アタシたちも面倒を引っかぶったんだからね」

「マーティン関係についてはうちのギルドマスターが自滅するように誘導しただけなんだけどな……。その言い草、そっちは〈鷹羽〉か?」

「だったら何?」

「この半年、お前らの所為で色んな方面に迷惑をかけさせられたからな。ここで叩いておけば良い土産話が出来る」

「言うじゃない。後悔させてあげる……!」


 ホンファが再度、距離を詰めるべく突っ込んできた。

 丘崎も魔力弾を放つが、今度は正面に障壁を展開して弾かれる。

 止まらない。


(なら……)


 踏み込んで来る瞬間、間合いを読み、


「はぁっ!」


 丘崎は無手から木棒に切り替えて、下段から一瞬だけの振り抜き。

 その回避のためにホンファがブレーキをかけ、少しだけ姿勢が崩れた。

 振り終えて即木棒を消し、盾を展開して全身で突っ込む殴撃(バッシュ)

 体幹に優れた獣相系であるホンファは、下位冒険者の丘崎の突進など余裕で受け止められると思っていたが、


「くぅっ!?」


 いざ押し合ってみれば、ホンファの予想を超える圧力だった。

 足元に波が寄せるような、どこか粘性を感じる奇妙な重さを受け、半歩後退してしまう。

 武術の達人を思わせる凄まじい体重移動の技量。

 明らかに駆け出し冒険者の物ではなかった。

 そして、盾の影に隠すようにして、丘崎が右拳を放った。

 

(入る!)


 そう確信できる角度だった。

 しかし、ホンファも反射のみで左拳を突き出している。

 

 交差(クロス)した。


 打撃音と共に、弾かれたように双方の距離が開いた。


「ほ、()んなの顔に……!」


 ホンファは呻いた。

 正面から右ストレートを受け、鼻血の吹き出した鼻を押さえていた。

 形の良い、いや、()()()()鼻を指で掴み、痛みを堪えて強引に戻した。

 丘崎も視線はそらさず、根からへし折られた右の奥歯をへばりついた肉から引き千切った。

 口内の唾液混じりの血を吐き捨てる。


「ごろずぅっ!」


 怒り狂ったホンファが打撃を放って来る。

 拳打、蹴撃、高速で襲いかかる攻撃の7割は捌く。

 しかし、ガードをすり抜け、急所は外れてくれるものの3割が直撃した。

 

(くそ、やっぱ正面からやりあうとパワーもスピードも押し負ける!)

 

 そう思った所で鳩尾に膝が突き刺さった。


「がはっ……!」


 呼吸が止まる。

 両膝をつく。

 ホンファはにやりと笑った。

 丘崎の髪を掴み、体を持ち上げようとする。

 だが、まともなら動けなくなるほどの痛みを感じながらも、丘崎がぎらりと目を光らせた。


(……くらえ!)


 丘崎は再び魔力球を構築し、ホンファの腹に零距離から叩き込んだ。


「がああああああああああああああああああああああああああっ!?」


 ホンファは丘崎の髪を掴んだ手を離し、たまらず後退する。 

 通常の魔力弾では敵の防護を貫通しないことを織り込み、射速と連射性を犠牲に威力を上げた魔力弾を撃ち込んだのだ。

 

(衝撃は全ては殺せないだろ)


 ボクサーが腹部にラッシュをかけたくらいのダメージは期待できるはずだった。


「う、うぶ……」


 吐き気でくの字に上体を折るホンファに対し、丘崎がゆっくりと立ち上がる。


(痛覚に耐えれないってのは辛そうだな)


 そんなことを考えていた。

 実際にはホンファの方も痛覚緩和の霊法(ブースト)は使っており、呼吸困難による苦しみで悶えているのだ。

 同種の苦痛を今も感じたまま、ただのやせ我慢で耐えて動ける丘崎の方が異常なのだ。

 

「ふ、ふざけんじゃ、ないわよ。下位のくせに……!」


 ホンファが壮絶な目で睨みつけてくる。

 怒りに呼応してか、陽炎のように周辺を歪めるほどの〈霊威〉を放っていた。 

 丘崎は向けられた殺気に()されながらも、


(そろそろ、どうだ?)


 思念で語りかけた。


(……おう、いけるぜ。でも、本当にこれでやれんのか?)


対界侵蝕(カイモン)〉を通して倒れたフリをするトゥレスが応えた。


 トゥレスの出血は既に止まっていた。

〈水気〉の制御で体外の血液の水分を移動させ、止血を早めていた。

 貧血気味にはなっているが、見かけほど危険な域に入っていない。

 丘崎が人避けの結界を越えてトゥレスたちを見つけられたのも、〈対界侵蝕〉を利用して「有効範囲内で過去に感応を許可した相手」を探したためだった。

 そして、格上である獣相系のホンファに対応出来たのも、戦闘の開始時点から女の素性を知っていたトゥレスが感覚を共有し、対抗のために記憶を提供して支援していたからだ。

 

(やってくれ。少なくとも俺の不利にはならない)

(分かった。……泥になれ)


 トゥレスが地に伏せて地面に仕込み続けた〈水気〉を活性化させた。

 

「なっ!?」


 丘崎とホンファの視線が同時に数センチ下がった。

 2人を中心とした広範囲の地面が、一瞬で大雨の後のようにぬかるんでいた。

 動揺したホンファが足を滑らせそうになるのと対照的に、


(速ぁっ!?)

 

 氷上のアイススケーターように、丘崎がホンファの側面に回り込んでいた。

 こっそりとそれを見ていたトゥレスは驚愕する。

 普段の丘崎が乾いた土の上を駆けるよりも速かった。

 不安定な泥の上で片足を上げ、丘崎はホンファの頭部めがけてハイキックを放った。


「くっ!」


 ホンファはなんとかガードするも弾き飛ばされる。

 足場からは信じられないほど腰の入った蹴りだった。

 対して丘崎は平然と反動を殺した。

 脚を戻すとフットワークすら刻み始めた。

 泥に塗れてもたつくホンファと、水を得た魚のように駆け回る丘崎。

 回り込むようにして攻め立てる。

 ホンファの防護の強固さにやはり大きなダメージは与えられていないようだが、地の理を得た丘崎は反撃すら許さなかった。


「……何なのよ。スロット2のガキ相手に、どうして5のアタシが」


 息を切らしてホンファが不満を漏らす。

 泥中の行動に慣れ切った丘崎からすれば当然だ。

〈泥の魔窟〉で経験した、自身の記憶に有る最も動きづらかった泥をトゥレスに再現させたのだ。

 そして、それは自身には一切障害にはならない。

  

(格闘のパワーとスピードではリインとどっこいくらいと思ってたが、5か……。あいつ、魔法以外でも食っていけるな)


 油断せずに女に視線を向けながら、そんな事を思う。


(さて……、そろそろ落とすか。今まで殴り有った感触からして奴は〈火気〉が深い)


 スロットから木棒を展開し、足元の泥から〈水気〉を集める。

 黒い靄のようなものを纏い始めた木棒に、ホンファが顔色を変える。

 あれで殴打されれば、彼女の場合〈水克火〉が働いて相当な威力になる。

 食らう訳にはいかず、しかし泥に足を取られて離脱も出来ない。

 何か無いかと、視線を外さないまま獣相系の嗅覚と聴覚で周囲を探り、


「!」


 最も近くにいた、気絶したイルマに飛び付いた。


「いっ!?」

 

 丘崎が動揺の声を漏らした。

 失念していた展開だった。


「ぐっ、ああああっ!」

「あんた、動くんじゃないわよ……!」


 ホンファはイルマの腕を捻り上げて強引に覚醒させ、霊法で刃物の様に強化した貫き手を首筋に突き付けた。

 あからさまな人質だった。

 ホンファと丘崎が睨み合うが、今までと優位性が逆転していた。

 トゥレスも僅かに動揺した思念を発生させたが、丘崎に何か言ってはこなかった。


「武器を捨てなさいよ。スロットの中の物も、全部よ!」


 ヒステリックな声でホンファが言う。


(おい、この女、()()()()()()!?)

(……やりかねねぇ。人質を無為に殺すほど馬鹿じゃねえが、儂の知っているこいつなら追い詰められたらやると思う。自身と好いた男以外は何を踏み台にしても許されると思ってる女だ)


 思念の会話で得られた答えに丘崎は歯を軋ませる。


「……」


 丘崎は、木棒と片手剣付きの小型盾、クロスボウを順に展開し、手の届かない所まで放り投げた。

 迷いはしたが、トゥレスから〈対界侵蝕〉を通じてある程度イルマの事情は聞いている。

 見殺しにすることは選べなかった。


「澄まし顔してんじゃないわよっ! あんたの手札が他にも、真剣だって残ってるのは知ってるんだからね!」

「……」


 丘崎の顔がさらに歪んだ。

 確かに、丘崎は今回まだ中巻柄の両手剣(ツヴァイハンダー)も片手剣も武器として使っていなかった。

 自身の装備まで把握されているとは思っていなかったのだ。

 見抜かれた動揺を隠しながら、両手剣をスロットから、棒手裏剣の様にも扱える残りの小矢を矢筒ごと、形見のナイフまで地面に投げ捨てた。

 それを見て、


「真剣仕込んどいて使わないなんてね」


 ホンファが嘲笑う。 


「どうせ人間は殺せないとでも抜かす甘ちゃんでしょう? その手緩さ、反吐が出るわ。同じセトラーでもアタシのウノとは大違いよ」


 人間相手に真剣を使う気が無かったのは事実だ。

 地面を泥にした前はともかく、その後ならばホンファに致命的な斬撃を叩き込む余裕だっていくらでも有った。

 それをしなかった理由に殺人への忌避感が有ったのは事実だ。

〈源世界〉に比べれば人死の身近なこの世界だが、だからといって全ての倫理観を投げ捨てて殺傷力の高い武器を人間相手に振り回す気にはならなかったのだ。

 もっとも、人死はともかく()()()()()()()()()はマーティンなどの極一部の者が関わらなければアドナック王国では極めて珍しい物なのだが。


「ぐ、ぅぅぅぅぅうっ……!」

 

 痛みに悶えながらも、意識を取り戻したイルマは周囲から状況を把握する。

 直接の面識は無いが、しかし良く知る少年のセトラーがホンファと対峙している。

 

「……丘崎さん! 武器を拾いなさい!」


 叫んだイルマ以外の3人が目を見開いた。

 イルマの言動が理解できないのに加え、丘崎はこの時点ではイルマの名も知らず、トゥレスが連れて逃げていた少女という認識しか無かったことも有る。

 

「イルマあんた、何言ってんのよ! 今すぐ殺されたいの!?」

「男でしょう!? それも、セトラーの……! 日本男児なのでしょう!? 虚言で無実の他者を貶め、人殺しを誇り、一対一で対峙した相手を人質を取って無力化しようとするような相手に折れる道理が有りますか!」

「だ、黙りなさい! 本当に殺すわよ!?」

 

 殺される恐怖も、痛みを感じていないような大声でイルマが言う。


「敵は殺せなどとは言いません! ですが、立ち向かいなさい! 自分の弱さが理由で貴方が殺されでもしたら恥が過ぎます! 私が生き残ったとしても、その場で腹を切りますよ!」


 トゥレスからしても時代遅れに感じるほどの価値観で、少女はぎゃあぎゃあと喚き続けた。

 八つ当たりのような声色でもあった。

 イルマの主張に、他3人には白けたような雰囲気すら漂っている。

 だが、その「自身を気にせず戦え」というイルマの主張には、一切の嘘は感じられなかった。

 自身の無力による情けなさと、〈鷹羽〉らに対する義憤だけが込められていた。


「……良く言ったね」


 少しハスキーな女性の声した。

 それと同時、


「ごぼっ!?」

「うわぁっ!?」


 ホンファが真横に吹き飛び、捕らえられていたイルマが支えを失った。

 べきべきと木の枝を折る音を立てて、ホンファは公園の木立になった方へ飛んで行った。

 それを成したのは強烈な飛び蹴りで、技の主は鉄色の獣相系の娘。


 リインだった。


「……た、たすかりました?」


 拘束から開放されたイルマが驚きから疑問系になりながら言うと、リインは無言で頷いた。


「リイン? お前、何で……?」


 丘崎が半ば呆然とした感じで問う。


「……今日は直帰する曜日なのに、帰って来るのが遅い」


 視線を合わさないまま、言外に叱るようにきつい声でリインは答える。

 回答になっているかは怪しいが、それが理由で探しに来た。

 そう言いたいのだろう。


(そんなことでか……?)


 状況からすればリインの行動は起死回生だ。有り難くはあるのだが違和感を持つ丘崎に、


(え? これ明らかにアレだろ? つんでれってやつじゃねえの? 気まずくなってるっつってた女友達だろ?)


 トゥレスは思念で意見する。


(いや、そうだけど……。まあ、ぎくしゃくしてたのに帰宿が遅くなったくらいで心配して来てくれたのは嬉しく無くもないから良いんだが)


 気が抜けたのか、丘崎とトゥレスは思念によってそんな場違いな会話をしていた。


「何をこそこそ話してるんだ……?」


 苛立った声でリインが丘崎を、そしてうつ伏せのままのトゥレスを睨む。

 声には出していないが、行動を共にしなくなる前は散々〈対界侵蝕〉を利用していたリインは、2人が思念で話し合っていることを見抜いていた。

 丘崎は目を逸らし、トゥレスは立ち上がらないままだが腕で体を持ち上げ、何とか頭を上げた。


「そ、そんなことより、あの女は?」


 丘崎は取り繕うように捨てた武器を回収しながら、ホンファの吹き飛んで行った方を見る。

 

「が、ふっ……! 何なのよ、本当に人避けの効果が無くなってたの……?」


 ボロボロになったホンファが脇腹を抑えて立ち上がっていた。

 口から鮮血が漏れている。恐らくリインの蹴りが防護を貫いて内臓まで傷つけたのだろう。

 

「ただの喧嘩では無かったようなので割り込んだけれど、彼女は倒しても良い相手かい?」


 同じ方向を見て、今更ながらにリインが言う。 


「あんだけの蹴りを打ち込んで言うことじゃないだろ……」


 呆れたように丘崎が言うと、リインは情報を共有するべく外部から〈対界侵蝕〉に接続しようと手を伸ばし、


「……」


 それを止める。

 リインは複雑な表情で自身の手を見つめた。

 それを見た丘崎もまた、言葉にしづらい顔をする。


「……〈鷹羽〉の幹部だとさ」


 結局、トゥレスからの情報を口頭で伝える。


「それならうちの敵だね」


 丘崎の答えを聞いてシンプルに、そして即座に判断を下す。

 リインの〈鷹羽〉に対しての認識はその一言で片付けられる物になっている。

 そして、つい先日までそこに所属していたイルマはひっそりと背筋を震えさせた。


「徒手格闘でならリインと張るくらいだと思うけど、散々距離を詰めようとして来た事から恐らく飛び道具は無い。リインが遠距離から魔法を使えば楽に制圧できるだろ」

「分かった」


 リインが足回りの強化と魔力球を構築させ始める。

 丘崎は支援に回るべくクロスボウを展開する。


「〈化け狐〉か……!」


 丘崎と並んで構えるリインを見て、ホンファは顔をしかめる。

 スロットレベルも近く、同性かつ同じ獣相系。

 噂以上のことを知っている訳ではないが、どうしても比較される条件が揃っていたことで以前から忌々しく思っていた相手だった。

 チャンスが有れば潰したいと前々から思っていたが、自身の消耗、格下と思っていた丘崎が想像以上に厄介だったこともあり、2対1は厳しいと判断する。

 ホンファは懐から文庫本のようなサイズの板を取り出す。


「あんたたち、次は、絶対殺してやるわ……!」

 

 吐き捨てると同時に、その板が光を放ち始める。

 

「祈念札か?」


 その形状に見覚えの有る丘崎が呟く。


「『ポイントR-782 ウィズドロウ』!」

 

 ホンファが祈念札を起動させると、他の4人は急激な乗り物酔いのような不快感に襲われた。

 祈念札の追加効果だ。

 そして、淡い光を放ちながら女の姿が消える。





 

「転移か!? 近距離かも知れない。探すか!?」


 酔いに強いわけではないが、苦痛を我慢出来る丘崎が真っ先に回復して言う。


「ぅ……」

「う。うぷっ」

「気持ちわりぃ……」


 だが、振り向くと他3人が顔を青くしていた。

 

「……無理そうだな」


 それに、トゥレスやイルマは怪我人だ。

 放置するわけにもいかない。

 とりあえず、立ち上がれずにいたトゥレスに左肩を貸す。

 数本の矢は刺さったままだが、いずれも急所ではない。

 この状況で抜けて出血しないよう、刺激しないように注意する。


「一人で、……動けないよな」

「おう、血が抜け過ぎで力入らねぇ。……しかもちょっと眠い」

「それやばくないか?」


 イルマが痛む場所を押さえつつ、ゆっくりと近づいて来る。


「トゥレスさん、大丈夫ですか?」

「何とかな。全く、儂もお嬢ちゃんも悪運がつええんだろなあ」


 心配そうなイルマに、トゥレスが弱々しくも苦笑する。

 

「丘崎、マジで助かった。そっちは丘崎の言ってたキアルージさんだろう? 儂はトゥレス・ヤルナッハだ。有り難うな」

「イルマ・ジャネスと言います。御二方、この御恩はいずれ必ずお返しします」


 丘崎に体重を預けたまま言うトゥレスと、深々と頭を下げるイルマ。


「今度、何か奢ってくれ」


 にやっと笑って丘崎が言った。


「……気にしなく良いさ」


 むすっとした表情でリインが応える。


「んで、厚かましいたぁ思うんだが、まだ頼みが有んだよ」


 トゥレスが言う。


「おう。何?」

「儂、正直いつ気ぃ失うかわかんねぇんだけどよ、今、儂のもう一つのPA使って自分とこのお嬢ちゃんを、……そだな、麻酔状態みたいにしてんだよ」

「2つのPA……、ダブルホルダーってやつだったんだな。それで?」


 丘崎はそれについて知らされていなかったが、気にした様子は無く淡々と促す。


「儂が気を失うとお嬢ちゃんがショック死するかもしんねえから、今のうちに気絶させてやってくんねえか?」

「ええ!?」


 イルマが怯えの混ざった声を上げる。

 ショック死の可能性に加え、「気絶」させるという酷い対処法両方への声だった。


「その後は……、手間かけてわりぃけど、治癒魔法使える人のとこに運んでくれ。そこまで良いか?」

「非常時の怪我人だ。アブドラさんがやってくれると思うから、うちの宿で良いだろ。トゥレスの前々からの怪我も多分一緒に治すと思うけどな」

「……そうなるよなぁ」


 トゥレスは口の端を歪めるような妙な表情をした。

 

「本当は、きっちり対価を用意してからにしたかったんだが、仕方ねぇな」

「後払いで良いだろ? 治ったらまた一緒に大樹回ろう」


 慰めるように探索に誘う丘崎。


「おう。それで何か、楽に気絶させれるような技とか魔法ねぇか?」

「漫画なんかだと首に手刀打ち込むとかか?」

「素人にされるのは流石におっかねぇんだけどよ……」


 首を傾げる男性陣にリインが溜息を吐く。


「私がやろう。 軽く〈木気〉を現象化して電撃を撃ち込めば良い」

「へえ、そんな事出来るのか」

「相性が悪ければ難しいけれどね。マスターとお(ゆう)も使えるよ。〈すたんがん〉とか言っていたかな」

「「ああ」」


 トゥレスと丘崎がハモって納得した。

 

「っと、その前にちょっと良いか?」


 丘崎が言う。

 ずっと言いたかったことが有った。


「あん?」

「トゥレスじゃなくてな。ジャネスさん、ちょっと背中向けてくれる?」

「私ですか?」

「うん。多分、取った方が良いと思うんだ」

「何かついてます?」


 イルマが振り返りながら背を向けると、丘崎がトゥレスを支えていない右手を伸ばす。

 背に直接ではなく、その手前1、2センチの距離で止まり、


「有った」


 何も無いように見える場所で、丘崎の指が何かを摘んだ。

 ゆっくりと、丘崎の手がイルマから離れていく。

 

「ジャネスさん、もう良いよ」


 そう言って、イルマから取り去った物を握り締める。どうやら棒状の物らしい。

 最初それは透明だったが、しばらくすると発色した。 

 

「金属の、杭? 何ですか? それ」

「俺にも分からないんだけど、最近良く見つけては抜いてるんだ。人に刺さっているのを抜いたのは初めてだけど、多分良くない物だと思う」

「はぁ、非実体とはいえ自分に変な物が刺さってたというのは気持ち悪いですし、良いんじゃないですかね?」


 自信無さそうに言う丘崎と、首を傾げるイルマ。

 

(あれは……、あの『針』は……)


 それは『針』には見えない物体だったが、トゥレスはある理由からそう思った。 

 しかし、強烈な眩暈を感じて口に出すのを止める。


(悪い物だと理解して、抜いて回ってくれてんなら急がなくて良い。どうしてそんなことが出来るのかは気になるけどな)


 本当に気を失いかねなかった。


 気絶させる準備を終える。


「それじゃあ、始めよう」

「は、はい……」


 公園のベンチに寝かされたイルマの腹部にリインが掌を当てる。

 

「ひぐ」


 ばちり、と静電気を大きくしたような音がした。

 わずかに痙攣した後、イルマは目を閉じた。

 続いてトゥレスの方へ。


「よろしく頼んますわ」

「……ああ」


 妙に低い声でリインは応える。


(何なんだろうなぁ。儂だけ変に敵視されてる感じがすんだよなあ)


 リインから向けられる視線や態度が意味することをトゥレスは知っているような気がするが、思い出すことが出来ずにいた。


「行くよ」


 リインがトゥレスの腹部に掌を当てる。

 こっそりとリインの顔を盗み見ていると、あることに思い至った。


(そうか、この娘が示してるのはあれだ。そう……)


 ばぢん、という音。


「ぉ……!」


 意味を成さぬ声を紡ぐ口。

 思考が途切れる。

 血が抜けて弱った体は、容易く人為的な眠りに落ちていった。

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