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中古系異世界へようこそ!  作者: 高砂和正
2章 黒の猛禽たち
29/57

29 襲撃 

「でぇ、あるからしてぇ」


 ニコラウスは良くこの言い回しを使う。

 割と強引に。

 意味も無く。

 やはりへらへらして。

 こうして、冒険者役場に講師として呼ばれて授業をする時に限って。

 脇に控え、資料を提示するアシスタント役の丘崎は、それを冷めた目で見ていた。

 今、ニコラウスと丘崎は冒険者役場が借りた街の講義堂で多くの冒険者や市民と向かい合っていた。

 皆若い。

 今の丘崎と同年代の10代前半から、高くても二十歳過ぎくらいだろうか。

 そして、その多くは嫌そうな顔をして講義を受けていた。

 本日の講義内容は魔物に関する物だった。


「お次は、……直立二足豚(オーク)と行こぉかぁ」

 

 ニコラウスが言う。 

 かかかっとリズミカルにチョークが黒板を叩いた。

 書かれた内容に、丘崎はフリップボードを掲げて対応する。

 

「ごく一般的な人狩り魔物(マンハンター)であり、森林、荒野、山中といったあらゆるところに生息しているよぉ。魔窟だと滅多に出現報告は無いねぇ」


 丘崎の掲げたフリップボードを差す。


「この絵の通り、外見は猪の頭をした人間に近い。親指が他の四指と向かい合う手、踵を持つ足。棍棒や人間の使う道具を振り回すことも出来るねぇ。けど、幸いにも文明化は確認されてない。彼らの存在を記した最古の文献が5000万年前の物だから、もう「猿人みたいな豚」以上の存在にはなれないだろうと言われてるよぉ」


 丘崎が次のボートを掲げる。

 オークの解体を見事にデフォルメした物が描かれている。

 ちなみに、描いたのはアブドラである。


「弱くは無いけど、左程強くもならず、首から下はほぼ全て利用出来ると言われているオークは、人間にとってたぁいへん重要な資源となってるんだよねぇ。肉なんか〈源世界〉の品種改良した豚にも匹敵する味らしぃよぉ?」


 ニヤニヤしながら、


「で、す、が、彼らは大変嫌われております。市井で暮らす時はそうでもないですが、冒険者にはねぇ」


 そう言った。


「他所のファンタジー的異世界。……という物が実際に実在するかどうかは別として、〈源世界〉で流行したファンタジー物では、オークは雄しかいなくて、人間女性を相手に生殖を行うようなタイプがよく描かれていた。

 この世界でもセトラーが書いた創作物の設定とかのせいで、そのイメージを引きずってる人は結構いるねぇ。

 そういったフィクションのオークでは、人間とオークに種分化が発生していないことになるねぇ。姿かたちはともかく、オークも人間の一種族であるから混血児が発生するという設定にしてある訳だねぇ。

 片方の親がそうであれば子の性や人種が固定されるのは、この世界でも獣相系のヘビ人種(ラミア)のような例がいるから、ゲノムインプリンティング等の似たような仕組みになってるとしよう。


 まぁ、この世界のオークは人間とは異なる種の生き物であり、さらには雌しか居ないということが分かってるんだけどねぇ」


 この世界では知る者の少ない事実を語り始める。

 生徒たちは感心したように、意外そうに表情を変える。


「しかぁし、この世界でもやはりオークによる苗床被害の報告は後を絶たない。

 本当に絶たない。

 悲しいねぇ。

 さて、どうして雌しかいないのにそんな事になるのかと言いますと」


 あんまりな絵面になるため、フリップを用意していない部分をさらさらとニコラウスが黒板に描いていく。

〈源世界〉の保健体育の授業で見る下半身の断面図の様な物、しかし、明らかに人間のそれではない。


「オークの生殖器に見える物、あれ実は発達した産道みたいなんだよねえ。

 単為生殖で子供を(はら)に抱えて、人間捕まえてどーんと産道を粘膜内に突っ込んで仔を産み付けるわけだ。そうすると仔オークは苗床の人間に寄生して栄養を吸って成長するんだよぉ」


 つ、ま、り、と前置きする。

 ニコラウスの笑顔には、明らかな悪意が有った。


「苗床対象に男女問わないということなんだよねぇ! っていうか植え付けられると口からも産む羽目になるんだってぇ!」


 怪しくなってきた途中から生徒らの表情は暗くなっていたが、一部の者らはついに不快感から口元を押さえたり退出しようと腰を上げ始めた。


「ウルギィー帝国に行った時聞いたんだけどさぁ! 女性権利団体が男にも陣痛の痛みを味あわせてやるためとか言ってオークの群れに放り込むべきだと言う訳分かんない事してるんだってぇ! 東の大国ノーガロードの冒険者は男も女も「尻からオーク産んで一人前」なんて格言が有るらしぃんだよねぇ! おっかないよねぇ!」


 数人の生徒が講義堂から逃げ出した。

 顔は吐き気で青いか、ニコラウスの性格の悪さへの怒りで赤いかのどちらかだった。


「皆も気を抜かずに対処するんだよぉ!? あははははははははははははははははははははははははははははははははは!」


 講師役にかこつけて要らない知識をひけらかし、純朴な若者らを怯えさせて愉しむニコラウス。


 その後頭部に、丘崎はスロットから展開した巨大ハリセンを思い切り叩き込んだ。


「はがっ!?」


 ニコラウスの本来の相方である、お(ゆう)から借り受けた魔法強化紙の一撃だった。

 性格の悪い魔人種は教壇に引っかかり、一回転して向こうに落ちた。

 丘崎は自然な動作で頭を下げる。


「どうも、うちの上司が失礼しました。復活するまで使えそうな所だけメモ、板書をされてください」


 顔を上げるとポカンとしている生徒もいるが、笑みを浮かべる者もいた。

 いくらかでも彼らの留飲が下がれば良い、と丘崎は思った。






「……ってことが有ってな」

「……へー」


 魔窟に潜った、仕事上がりの帰り道だった。

 今日の午前中の仕事を愚痴る丘崎に、トゥレスは何とも言えない顔をした。

 

(癖の強そうな奴だとは思ってたけどよ、〈便利屋〉はめんどくさそうかもなあ。早まったか……?)


 イルマの保護を求めるつもりだった相手の色物振りを知って不安になる。


(でも、他にアテがねえんだよなあ。そこはもう仕方ねえか)


 そんなことを考えるトゥレスに、丘崎が声をかける。


「なあ」

「うん?」

「今日、どうかしたのか?」


 普段と違い、何か有るようなトゥレスの態度に違和感を感じたのだ。


「あー、いや、何でも……」


 そう言い掛けるが、


「何でも無くはねえか。むしろ丘崎にも関係有るしなあ」

「俺か?」

「おう、ちょっと頼みてえことが――」


――火事だぁっ!


 遮るように誰かが言った。

 トゥレス達からだと至近ではないが、広くに伝えようとする声だった。

 トゥレスも丘崎も、それに反応する。

 大量の黒煙が、住宅の上から顔を覗かせていた。


「うわ……、結構凄そうだな」


 丘崎が他人事ながら顔を歪める。

 

「なぁ、出来る事有るか分からないけど、行って見ないか?」


 そこまで言ってトゥレスの顔を見ると、険しい表情で黒煙を見つめながらも酷く青褪めていた。

 彼の濃い褐色の肌で分かりにくいが、丘崎はそう思った。

 

「……すまん、儂は今日はここまでだ」

「え?」


 青褪めたまま、しかしはっきりと言うトゥレス。


「生きてまた会えたら、その時は頼むわ」


 そう言い残して、トゥレスは跳んだ。

〈影法師〉を使い、有る程度高い建物や街灯を利用して蜘蛛のように。

 普段は脚に痛みが来るらしく、ああいった動きをするにしても衝撃を殺すよう注意していたのに、今はその様子が無い。

 

(……そんな言い方して、「また会えたら」って、おい)


 野次馬か、消火の協力か、火事の現場へ周囲の人が動き出す中、丘崎は取り残されてそう思った。

 既にトゥレスは見えなくなっている。

 今は痛みを無視するか痛覚緩和か何か使っているのだろうと思うが、なりふり構わず〈影法師〉を使ったときの機動力は想像以上だった。

 彼が何を思って黒煙の方へ向かったかは分からない。

 そもそも、「近くで火事が起きた。分かっているのは方角だけ」だったのだ。

 もしかしたら、お互いに心配損になるようなオチが付くのかも知れない。

 だが、

 

(この状況で放って帰るってのは有り得ないだろ……)


 丘崎もまた、駆け出した。






 ずだん! と音を立ててトゥレスが彼の住むアパート前に降りた。

 酷い衝撃だった。

〈傷飼〉でダメージを先送りしているが、解除したときの激痛が容易に想像出来て苦笑した。


「トゥレス! あんた無事やったか! 良かった!」


 近くにいた大家の中年の基人系の女性がそう言って駆け寄ってきた。

 越してきて以来、随分と良くしてくれた人だ。


「儂は外にいたからな」


 見れば、近くには同じアパートに住む知人らが避難していた。

 どうやら住人は皆無事らしく、近くで痛ましい表情でアパートを見ていた。

 大家は自身の保有するアパートの炎上に酷く憔悴した様子だったが、それでも店子の無事が全員確認できたことで重たい安堵の息を吐き出した。


「ほんと、良かったわ……」


 肩の荷が下りた、と良いたそうな大家に、まだ心労をかけなくてはいけないことを申し訳無く思った。


「……儂の部屋から誰か出てこなかったか?」

「な……! だ、誰かおったん!?」

「ああ。すまん、出かける前に話しておくべきだった。儂の不手際だ」


 謝るが、誰かに言うわけにはいかなかった。

 トゥレスは〈界威〉をかき集め、可能な限り〈水気〉に変換して全身に纏う。

 大量の水気の一部が現象化し、濃い霧のようになっていた。


「偶然だけどよ、出かけるまで儂の部屋は霧薬吹きで〈水気〉で満たしてたんだ。まだ無事かも知れねぇから、崩れねえ内に行って来る」

「ちょ、無茶やで!」


 大家が制止しようとするが、トゥレスは止まる事無く燃える2階の部屋へ〈影法師〉で飛び込んでいった。


「お嬢ちゃん! 無事か!?」


 トゥレスの高めの視界は黒煙で遮られる。

 口元に手拭いを当てながら叫ぶ。

 満たしたはずの〈水気〉は大量の〈火気〉に押されてかなり減衰していたが、それでもトゥレスの部屋だけは他の部屋に比べて延焼の度合いが軽くなっていた。

 

「けほっ、えほっ、トゥ、トゥレスさん……」


 弱々しい声が足元から。

 涙目になったイルマが、口に布団を当てながら這っていた。

 トゥレスはホッとした。

 火事で最も人を殺すのは窒息させる煙だ。

 この状況でまだ意識が有るなら、彼女自身には全く問題ないだろう。

 痛み故に、這ってしか動けなかった事が不幸中の幸いだった。


「ここは〈傷飼〉を使うぞ」

「……はい」


 イルマのダメージを先送りして背負い、手早く紐で固定する。

〈傷飼〉を使った状態なら動けるだろうが、(そこな)われた筋肉や爪を失ったことで踏ん張りが利き難くはなっているはずだったからだ。


「ぅ……」

 

 異性との密着にイルマが少しだけ恥ずかしそうに呻いたが、それ以上は何も言わない。

 状況は弁えていた。

 

「固定はしたけどよ、しっかり掴まっとけよ」

「はい……!」

「行くぞ!」


 水気で黒煙と火をかき分け、廊下へと脱出する。

 

「うぉ……!」

「わぁっ!」


 ぐらりと、建物自体が傾いた。

 トゥレスの部屋付近はマシだったが、柱の方が焼かれて駄目になっていたのだ。

 

「くそっ」


 トゥレスは毒づき、周囲に〈影法師〉で飛びつけそうな高い建物が無いか探す。


(あそこはどう、だ……)


 猛禽に例えられる彼の優れた視力は、見つけた。

 目的の建物ではなく、一人の男。

 その姿は自身に良く似ていた。

 黒い肌に、ほぼ同じ顔立ち。

 しかし、髪は銀色で、トゥレスのような手作りの鎧ではなく魔鋼製の装甲を取り付けたロングコートのような物を着ている。

 そして、白く光る美しい弓に矢を番えていた。


「ぐぁっ!」


 男が放った矢は、異常な速度でトゥレスの左腕を抉った。

 普通の矢とは違う、避け様の無い速度だった。


「トゥレスさん!?」


 背のイルマが悲鳴を上げ、トゥレスは膝を付いた。

 少し前までトゥレスの頭が有った場所に第二の矢が通り過ぎ、壁に突き刺さった。

 既にトゥレスは脚周りのダメージを先送りしている。新たなダメージは先送り出来ない。


「がぁっ!」


 さらに第三の矢がトゥレスの右前腕を撃ち抜いた。


(い、いってぇええ……。前はウノ、後ろは炎……。陽炎のおかげか奴の照準も鈍ってるのが救いか? だが、ここにいればすぐに、そして確実に御陀仏だ……)


 崩壊するアパート。

 眼下の大家と住人たち、野次馬が悲鳴を上げる。

 トゥレスは痛みを堪え、右腕の矢を引き抜いて捨てると、〈影法師〉を伸ばして跳んだ。

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