26 薄れた繋がり、絡んだ因縁
〈魔絶の刻印〉との合同探索の後、丘崎は駆け出しの冒険者として改めてスタートを切った。
姿を隠さなくなってから、意外にも『晒し』を信じていた者達が何か言ってくることは無かった。
人によっては誤解をしていたことについて謝罪してくれる者すらいた。
人目を避ける事無く街を出歩き、市民と交流し、冒険者役場に顔を出し、同じ下位冒険者と組んで活動したり、中位以上からはアドバイスをもらうようになった。
しばらくは臨時パーティに参加することが多かったが、現在はセトラーの青年、トゥレス・ヤルナッハと組んで、壁西の〈大樹の魔窟〉の探索を行うのがメインの活動になっていた。
ギルドを抜けた訳ではないため、週に1・2度はニコラウス達とも活動しているが内容はまちまちだ。
自衛で精一杯の魔窟を引き摺り回されたり、アブドラと町内の清掃活動に従事したり、ニコラウスが冒険者役場や近隣の学校で請け負っている講習会の助手を務めたり。
自身の調整のため、相変わらず毎日〈泥の魔窟〉に潜ったりはしているが、前よりは刺激の有る日々を送っていた。
先達が与えてくれた力が有り、着実にそれが伸びているのも感じる。
それでも不足が有れば豊富な経験から助言を与えてくれる。
気を抜けないが、切り抜けられなくは無い難度の仕事場で、気の許せる仲間と駆け回る。
仕事が終われば程良い疲労を銭湯で癒し、時には少し奮発した外食をして帰路に就く。
自身の生活費や活動費も無理無く稼ぐことも出来ている。
いずれは〈変り種〉の共用資産から出してもらった金銭の埋め合わせも出来るようになるだろう。
ニコラウスは返さなくても良い物だと言うが、丘崎は意地でも利子をつけて渡している。
日本で自殺する前、自身と社会全体に感じていた閉塞感は無く、かつて二人の自分が願い、成れなかった「自立した社会人」への道が開いていることがさらなる期待と活力を与えてくれている。
今はまだ、ずっと冒険者として生きていくのかは分からないが、出来ることならこのまま行ける所まで行ってみたい。
そう思える程の充実を感じていた。
ただ、変ってしまったリインとの関係だけが心中で重くなっていっていた。
「ただいま」
「おかえり」
宿に帰ってきた丘崎をリインが出迎えた。
ばつの悪い顔、とでも言うのか。
複雑な感情のこもった表情だ。
別行動していた丘崎が戻って来たのを察すると、玄関まで迎えに行ってしまうのは彼女の習慣だった。
探索コンパの打ち上げの夜、リインは丘崎のファイルを、丘崎はリインの記憶を見て、丘崎が彼女の師であり想い人でもあった、〈キース〉と極めて近い別人であることを知った今でもだ。
それから1ヶ月以上経つが、お互いに距離を測りかねていた。
「……今日は冷えるな」
「……そうだね。夜は、食べてきたのかい?」
「ああ、トゥレスと飲んで来た」
「そうか」
リインは少しだけ拗ねるように顔を歪ませた。
トゥレスの事を話すといつもこうなる。
直接の面識は無いはずだが、何故かトゥレスとの付き合いについて話すと面白くなさそうにするのだ。
並んで歩いていた以前とは違い、宿の廊下を前後に少し間を開けて2人は歩く。
会話は無い。
以前は沈黙でも平気だったというのに、今の丘崎は居心地の悪さを感じていた。
リインとは食堂前で別れることになる。
どうやらまた食事中に飛び出して来たらしい。女将さんにまた小言を言われるだろうにと内心のみで苦笑した。
変わらぬ彼女の性根は、やはり嫌いに慣れないと思った。
そして、以前であれば隣で自分が襟なり腕なりを掴んで引き留めてやったのだろうとも。
寂しかった。
すれ違う同宿の冒険者仲間に挨拶を交わしつつ自室に戻り、荷物を下ろす。
惰性のままに装備類を軽く点検し、状態をメモしてまとめておく。
(前に出て魔物抱える分、手足の装甲やボディアーマーに小傷が増えて来てるな。中巻柄の両手剣はまだ問題無し、けど、後2回くらいやったら親方のとこ持って行こうか。魔法薬の消費は体力系が増えてる。順調に被弾が減って来たかな……)
慣れているのでチェックは早々に終わる。
隅に荷物をまとめて冬用の温かい寝巻に着替えると、炬燵に魔力を注ぎながらモソモソと足を入れた。
何かする気にもならず、だらりと台に突っ伏す。
(……キース、か)
今は亡き、この身体の前の持ち主に想いを馳せる。
リインと感応した際、リイン側からの視点ではあったが、11歳前後までのキースについての記憶が流れ込んで来ていた。
(癖、言動、知識の内容……。妙にやさぐれてたけど、やっぱりキースは俺を前世とした転生者だった〉
なのに、今その身体を使うのは前世であるはずの丘崎自身。
(それに、この身体は一度確かに死んでいる〉
ちら、と押入れに視線を向ける。
そこにはナイフ以外のキースの形見が綺麗にされて仕舞って有る。
キースが死亡した証拠と共に。
(キースの防具に開いた穴は、胸から背中に繋がる形で残されていたんだ)
理由の分からぬ無傷での蘇生。
転生者への前世の憑依という矛盾。
変貌した肉体とPA。
セトラーだらけのこの世界でも前例の見つからないらしい異常な内容。
(俺が〈丘崎始〉だという確信が有る。なのに〈源世界〉時代とも異なる性格……。「俺」は本当に〈丘崎始〉なのか……?)
以前より考える余裕が増えた丘崎は、そんなことを考えるようになっていた。
思考にふける丘崎の部屋にがちゃり、という音がした。
丘崎は突っ伏したまま、首だけをドアの方に向ける。
ノックもせずに部屋に入って来たのは、見慣れた胡散臭い優男、東山ニコラウスだった。
「帰ってたねぇ」
「ただいま。ニコさん」
姿勢を正さぬまま、だらりとした姿勢で活動記録を渡す。
ちなみに、〈変り種〉やジャファルといった付き合いの有る面々には自身の本当の出自、今の身体が〈キース〉が変質した物であったことまで伝えてある。
今更、丘崎を〈帰りの会〉とやらに売ったりしないだろうと考えている。
いや、そういうことをしない人達だと確信していた。
残念ながら、丘崎のこの世界への出現形態にはニコラウスですら心当たりが無いということだったが。
へらへらした笑みを貼り付けたまま、ニコラウスは活動記録を読みながら炬燵に足を入れて来る。
「ふんふん。……まあ、順調みたいだねぇ」
「トゥレスの視線を借りれるのがでかいですね。高所恐怖症の人も一緒に感応したら危険な気がしますけど、高所から視点を維持できる仲間がいることで視野の広がりが凄い大きいです」
「FPSとTPSの両方の利点を取り入れたような物だからねぇ。FPS×複数程度だったこれまでとも違うだろうねぇ」
「FPSとTPSって何でしたっけ? 学生時代の友達が言ってたような覚えがあるんですけど」
「一人称視点射撃と三人称視点射撃だねぇ。ゲームジャンルだよぉ」
「……ああ、ゲームですか」
丘崎は胡乱な目になりながら視線を逸らす。
〈源世界〉でやった事が無い訳ではないが、中学生になってからはそういった物事に縁遠くなっていた。
「本っ当にサブカル系知識薄いよねぇ。……この非ヲタが!」
それがニコラウスからすると面白くないらしい。
無論、冗談交じりな口調では有るが。
「どういう罵り方だ……。というかこの世界にゲームなんて無いのにニコさんが詳しすぎるんですよ」
丘崎が呆れたように言う。
ニコラウスの言動は異様に実感が込められた感じのする物だった。
本当はやっぱり前世が日本人だったんじゃないかと、どこかで疑う気持ちが残っていた。
ニコラウスは丘崎の反論にへらっと笑う。
「アレだよアレ、育ちが悪かったんだよぉ。うちのおかんがオタだったのが大体悪い」
ニコラウスは彼を生み、育てたという実母に前面的に責任転嫁した。
今までの付き合いで分かったことだが、ニコラウスは自身の母親をそれなりに評価しつつも扱いがやたら悪い。
〈源世界〉由来の知識や価値観絡みだと、基本的に母親の所為で詳しくなったということにしていた。
彼の母親だというセトラーがどんな人物だったのか興味は有るが、既に故人であることも分かっているので詳しくは聞いていない。
中々に屈折していそうであるということだけを頭に入れていた。
「話し変わるけど、リインとはどぉ?」
ニコラウスが何でもないように口にした言葉に、丘崎は酷く苦々しい表情を浮かべた。
眉を八の字に歪め、口の端を下げ、呻き声を漏らして俯く。
「……駄目かぁ」
ニコラウスは苦笑する。
少し前までは、丘崎とリインは暇が有れば一緒にいるような状態だった。
男女の関係になるのではないか、もしくはどちらかが片思いでもするかと予想していやが、不思議とその様子は無かった。
先輩ぶろうとするリインと、後輩としてわきまえながらも、年長者の視点で見守る丘崎。
日常の何気ない事でも〈対界侵蝕〉を使ったやりとりすら許し合い、長年の友人同士のようだったのが、今では酷く余所余所しい物になっている。
〈変り種〉の他の面子も気にしてない訳ではないが、表立って敵対するような関係になったわけではなく、軽々しく助言など出来そうにも無い問題だった。
無論、相談をして来るならば乗るだろうが。
〈源世界〉時代の丘崎自身の転生者にして、別人だという者。
リインが公私双方の面で慕い、再会を待ち望んでいた人物。
キースの死。
2人とも、自分たちではどうしようもないことでぎくしゃくしていた。
死者は生き返らないが、その身体は極めて近い存在が使っている。
丘崎はキースをリインから奪ってしまったような気になっている。
リインは丘崎が憎いわけでもないだろう。
ニコラウスは、心の整理を付けるしか無いだろうと思っている。
そもそも、丘崎とその転生者だというキースが別人だというのがややこしい。
死後、自分の転生者に憑依するセトラーなど聞いた事も無い。
むしろ意味が分からない。
今の丘崎が〈源世界〉時代の「丘崎始」と同じ人格なのだとすれば、キースとは一体何者だったのかという話である。
「まぁ、君の方は外でガス抜き出来てるみたいだから、リインの方は僕らで世話しとくよぉ」
「……すいません、よろしくお願いします」
慰めるように言うニコラウスに、丘崎は情けない顔を上げて頷いて見せた。
リインは余程付き合いの有る相手でなければ人見知りする性質だ。
順調に外に知人を増やし、急に仲良くしていた相手を失ってもストレスを溜めにくい丘崎とは違っていた。
「……じゃあ、本題と行こうか」
ニコラウスが雰囲気を変えてそう言った。
「マーティン・デヴォニッシュ、及び大商家デヴォニッシュ家の動向。潜伏している〈鷹羽〉の現状について」
丘崎は顔を険しくしてニコラウスを見る。
「必ず、奴等はまた動く」
ニコラウスの青黒い双眸に暗い物が混じっていた。




