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収穫の夜明け

 陽菜は、激しい雨に視界を遮られながらも、ようやく目的の場所に辿り着いた。


 雨のカーテンを切り裂き、陽菜の車のライトが前方へ伸びる。そこには、国道を塞ぐように四台もの車が無秩序に並んでいた。

 その中に、見覚えのある翔太のセダンを見つけた。ハザードランプすら点いていないその姿は、暗闇のなかで打ち捨てられた鉄の残骸のように見えた。


 陽菜は、反対車線に停まっている錆びついた大型トラックの脇を、徐行しながら通り過ぎる。


 続いて、そのすぐ先に停まっていたミニバンの横を抜けた。


 車内では、翔太が喉を潰さんばかりに叫び、窓を叩き割ろうとしていたが、激しい雨音とフロントガラスの亀裂がそれを遮る。

 

 陽菜は、その絶望的な叫びに気づくことはなかった。ただ、ライトに照らされたミニバンのドアが、まるで巨大な獣にでも噛み砕かれたように無惨に凹んでいるのが、一瞬だけ視界をかすめた。


「え……? やっぱり、事故だったのかな」

 陽菜が小さく呟く。


 陽菜は翔太の車のすぐ横、反対車線にゆっくりと停車した。

 車内は重苦しい静寂に包まれる。

 サイドミラーに映る自分の顔は、青ざめて引きつっていた。


 彼女が震える手でドアに手をかけた、その時。、後方から一人の影が近づいてきた。

 深い霧と雨のカーテン越しに見える、その体躯。

「……え、翔太?」

 彼女は窓を少し下げた。


 外から聞こえてきたのは、紛れもなく、聞き慣れた恋人の声だった。

『陽菜……来てくれたのか……。ごめん、事故っちゃって……』


 その声を聞いた瞬間、陽菜の警戒心は霧散した。

「もう、びっくりさせないでよ! 何があったの?」

 陽菜は傘を手に取り、ドアを開けた。


 冷たい雨が彼女の肩を濡らす。

 少し離れたミニバンの中で、翔太は狂ったようにフロントガラスを拳で叩いていた。

 手の甲から血が滲み、ガラスに赤い跡がつく。

「逃げろ! 陽菜、それは俺じゃない! 逃げてくれ!!」

 だが、外には届かない。


 陽菜は一歩、また一歩と怪物の元へ歩み寄っていく。

 怪物は、深く被ったハットの影に顔を隠し、翔太の声で喋り続けていた。

『こっちだよ……。車が動かなくて……怖かったんだ……』


 陽菜が怪物の数メートル手前で足を止めた。

 そこでようやく、彼女は違和感に気づく。

 翔太にしては、背が高すぎる。

 その肩幅は、人間離れした威圧感を放っている。


 そして、何より——その足元に広がる、雨水に混じった大量の“赤”。


「……翔太、なの?」

 陽菜の声が震える。


 怪物は、ゆっくりと顔を上げた。

 帽子の影から、爛々と光る眼光が彼女を射抜く。

 そして。

 怪物は、背後に隠していた右手を、ゆっくりと前に出した。

 そこには、巨大な裁断バサミが握られている。


「……ショウ……タ……?」

 陽菜が後ずさりし、転倒した。

 泥が彼女の白いブラウスを汚す。


 怪物は、口元を歪めた。

「……ヒ……ナ……」

 今度は、自分の本来の声——あの何千もの死者の声を混ぜ合わせた、異形の重低音で彼女の名を呼んだ。


 シャキィィィン。

 ハサミが開き、陽菜の細い首筋へと狙いを定める。


 その瞬間、ミニバンの中から、凄まじい音が響いた。

 バリン!!


 翔太が、車内にあった工具——ユータが護身用に持っていたのか、座席の下に転がっていたレンチ——で、サイドウィンドウを叩き割ったのだ。


「陽菜!! 走れ!! 俺の車に乗れ!!」

 割れた窓から身を乗り出し、翔太が絶叫する。

 陽菜はその声に弾かれたように立ち上がり、無我夢中で翔太の車へと走り出した。


 怪物は、予想外の抵抗に僅かに動きを止めたが、すぐに巨体を翻して陽菜を追う。


 陽菜は、翔太の車の運転席に飛び込んだ。

 ホルダーには、まだ通話が切れたままの翔太のスマホが刺さっている。

 彼女は震える手でキーを探したが、そこにはない。

「……ない……キーがない!」

 当然だ。車のキーは、翔太のポケットの中だった。


 ドォォォォォン!!

 激しい衝撃が車体を揺らした。

 怪物が、ハサミの柄で運転席のドアを叩きつけたのだ。

 ドアの鉄板が歪み、陽菜の悲鳴が車内に響く。


「陽菜!!」

 翔太はミニバンから飛び出した。

 自分の足が、泥を捉える。

 恐怖は、今や怒りへと変わっていた。

「こっちだ、化け物!! 俺を殺せ!!」

 翔太はレンチを振り回しながら、怪物へと突進した。


 怪物は、陽菜の車からゆっくりと離れ、翔太の方へ向き直る。


 雨の中に、二人の男と、一人の女。

 そして、トラックの荷台に積まれた麻袋。


 夜明けまで、あと二時間。

 地獄の峠道に、誰のものでもない悲鳴が、また一つ重なろうとしていた。


もしも気にいってもらえたら


☆で評価お願いします。


もちろん、ブックマーク、感想などもお待ちしています。よろしくお願いします。

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