表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
50/72

47話 消えない火種

予想以上に遅れてしまいました。ギアを上げていきたい。

「ほんとごめん。なんか体を動かしたい気分だったんだよ。ほら、寝たっきりだったし」


「……」


「無視しないでよ」


「……ふう」


 僕達が滞在する館の一室。その中央にあるマルチネが作った朝食が並ぶ縦長のテーブルを囲む僕達の雰囲気は、なんとなく重い。


「良いよもう。ほんとに大丈夫みたいだし」


 ヴィネはそう言って朝食を口に運びながらひらひらと手を振った。確かに僕に対してはもう怒っていないように見える。


 ただ、まだ何かにイラついてるような……。


「お水注ぎますね」


「ああ、ありがとマルチネ」


 コップが空になっている事に気づいたのか、いつの間にか僕の脇に立っていたマルチネが水を注いでくれた。マルチネはそのまま席を移動して次はアラストリアのコップへと水を注ぐ。


「……」


 その横で、アラストリアはいつもより明らかに覇気の無い、落ち込んだ様子で食事を続けている。こんなアラストリアの様子を見るのは初めてかもしれない。


 その理由は正直分からない。今回僕は彼女や皆に黙って……いや、騙してと言った方が良いかもしれない。

 ともかく僕は結果はどうであれ勝手に一人で動いた。それに対して僕に怒るのではなく、何故か彼女はああして自分を責めているようにも見える。


 昨日はアルコシアのせいで彼女との話は中断されてしまった。改めての謝罪とか諸々も含めてこの後にでも話しかけてみようと思う。


 アイムはいつものように静かに食事を進めている。ただ、どことなくヴィネと同じような何かを感じる。


 そしてそれはフェニキスも同じだ。底上げされた椅子で食事を続ける小さな女の子は、その見た目に合わない緊張感のようなものが顔に出ている気がした。


「そういえばフェニキスさん、何か分かったことは無いんですか?アルコシアさんとかここで死んでたっていうアンドラスの事とか」


 とりあえずアルコシアの協力を約束させる事は出来たけど、彼女自身の謎とかこの館で何が起こっていたってのはまだ分かっていない。そしてフェニキスにはその事について調べて貰っていた筈だ。


「あー、そうだな」


 フェニキスは頭を掻きながら僕を見た。


「……色々と漁ってみて言えるのは、アイツは自称してる通り()()()()()()()()()()()()()()()()


「マジですか?」


「ああ、事の経緯をまとめよう。まずアンドラスは独自の研究の末に人に憑依させる形で神をこの世に降ろそうした。これは実験や研究というより儀式的だな。そしてヤツはその器としてこの村に居たシトリーを選び、篭絡の後監禁し、準備を終えた」


「準備?」


「シトリーというあの身体の元の人格を可能限り消し去る、もしくは意識の奥底へと沈めて空っぽの肉体を作ったんだよ」


「人格を消すって、そんな……」


「それ自体はまあ可能だ。上手く精神に負荷をかければな。そしてその器を前にしてアンドラスは何らかの儀式を行い、本当に神を降ろしてしまった。そして飲み食いを怠る程の儀式の末にアンドラスは衰弱死、こんなところじゃないか?」


 衝撃的な内容だったけど、確かにそれで謎は解決出来ている。


 シトリーが急にアルコシアを名乗り始めたという事も、アンドラスの死にアルコシアは覚えが無いという事も。


 ただ、一つ疑問があった。


「神様を降ろすなんて出来るんですか?アイムの異能でも力の一部を借りる事しか出来ないのに。それにアルコシアなんて神様は居ないって話じゃなかったですか?」


 そう言いながら僕はアイムの方を見ると、彼女は無言で頷いた。


「そこは私に聞かれても困る話だな。だが人間(わたしたち)人間(わたしたち)が知らない神、とやらが居ても私はおかしくないと思う。逆に質問だが私達は神とやらの全てを知り尽くしていると思うか?」


 フェニキスの質問を向けられたアイムはこれまた無言だった。首は横にも縦にも振られていない。


「そういう事だろう。偶然にもあの狂人は本当に未知の神をこの世に降ろしてしまった、というのが結論で良いんじゃないか?」


「良いんですかそれで。元の身体の持ち主……シトリーさんはどうなるんですか」


「というより、そういう事で良いだろう。こちらとしてはアイツが戦力として使えて私達と行動を共にすると決めたという事が何よりも重要だ。シトリーは不憫ではあるが、かといって私達が何か出来る訳でもない。そもそもシトリーという人格は完全に崩壊してしまってる可能性もあるしな。下手に干渉しようとすればむしろ危険だろう」


 フェニキスは突き放すようにそう言った。

 確かに大事なのは彼女が勇者として戦える事。それに本当に神様が人間に憑依しているとすれば、それはもう僕の手に負える話ではないような気もする。


「だからこそ、私としてはアイツに対してシトリーやアンドラスといった言葉を使う事自体をオススメしない。シトリーという人格の行方が分からない以上は、そういった刺激は面倒な事になる可能性がある。……アイツの事に関して確かな事は何も分からないが、()()()()()()()()()()()。お前はアイツの事を自称神で身長も含め至るところがデカい偉そうな女として接すればそれで良い――分かったな?」


「う、うん」


「なら、良い」


 まくしたてるようにそう言い終えるとフェニキスは食事を再開し始めた。


 やっぱりこの人は頼りになると思うと同時に、言い聞かせるような声の調子と表情から思わず母さんや僕の村の大人達を思い出してしまった。


 まあ、見た目はともかく彼女は僕の何倍も生きてるんだからそう感じるのは当たり前なのかも。というか至るところがデカいって確かにそうだけど、案外自分が小さいのを気にしてるのかな。


 そこまで考えて、今の言葉の最後の部分が気にかかった。


「フェニキスさん、それって僕だけじゃなく他の皆も気を付けないとダメだよね?」


「まあそうだが。……アイツはお前以外に興味を示していないようだからな。アイツとの意思疎通は基本的にお前がする事になるだろ」


「ええ……」


 それは非常に困る。色々あって多少は仲良くなれたとはいえ、あの人と常に接しなきゃいけないのは結構嫌だ。


「そんな事言わないでくださいよ。ほら、皆も仲良く出来るように――」


「マルチネ!朝食を用意しろ!」


 朝とは思えない程の力強い声。当の本人が朝の運動を終えて僕達の居る食堂へと入って来た。相変わらずの彫刻みたいな身体が、水浴びのせいか濡れた髪の毛と窓から射し込んだ日光で光って見える。


「ああはいはい、ちょっとお待ちくださ――ってそれ夜着じゃないですか!ペラッペラですよ!ちゃんと私が用意した服を着てください!」


「知らん」


「はしたないです!乙女の肌はそう易々と晒してはいけないんです!」


 わーきゃーと騒ぐマルチネの小言を無視しながらアルコシアは用意された自分の席へと向かう。と思いきやそこにあった椅子を堂々と持ち上げ、それをわざわざ僕の横へと置きにきた。


「青物が少ないな。マルチネに減らすよう言ったのか?肉も重要だがそれと同じぐらいに青物も重要だ」


「アルコシアさんも肉ばっかり食べるって聞いたんですけど。というか戻ってください」


「そもそも量が足りん。これでは身体が育たんだろう。それに水ではなく乳を飲め」


 注意も空しくアルコシアは僕の真横に陣取った。短い付き合いだけど何となく分かる、もう何を言っても無駄だと。


「はい」


 というかダメだ。本物の神様かもしれないと思ってはいても、結局アルコシアはアルコシアな訳だし面倒は面倒だ。適当に返事を返しておく。


「お前はまだまだ線が細い。これからも伸びていくであろう背丈に合わせて肉を付けねばならん。それを形作るのは日々の食事と鍛錬だ。――聞いているのか」


「聞いてまふ」


 自分の分の朝食が来るまで手持無沙汰なのか、アルコシアは机に肩肘を突いた状態でいきなり頬を抓ってきた。食事中にそれは止めてほしい。


「ふ」


 間抜けな僕の顔がツボだったのか彼女は小さく笑った。いつもどことなく強張ったような表情をしているアルコシアにしては珍しい表情だった。


「ちっ」


 何かが弾けるような――というか明らかな舌打ち音が聞こえた。それがした方向には機嫌の悪そうなヴィネが居る。


 その奥の席を見ると、アラストリアとアイムがこちら側を少し見た後に食事へと戻った。その向かい側に座るフェニキスはぽりぽりと頭を掻いていた。


 何となく、分かった。この場を包む少々の刺々しい雰囲気の正体。


 考えてみれば僕はある程度アルコシアを受け入れる体勢のようなものが整った感があるが、僕以外の皆はそうではない。まともに話しもしてなければ自己紹介すらしていない。そもそもアルコシアは僕以外の名前すら覚えていないような気がする。


 そして、他の皆はそんなアルコシアの自分勝手な行動と態度が目に余らない訳がない。それはフェニキスの言葉が物語っているし、多分さっきヴィネが怒りをすぐに取り下げたのも誘ったのがアルコシアだと分かったからだ。


「……ふ、ふ」


 そんな雰囲気を意にも介さず僕の頬を弄り続けるアルコシアを見て、僕は心中で割と重めの溜息を吐いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on
― 新着の感想 ―
[一言] やったー! また楽しませてもらいます! ここに来て特に大きな爆弾が来ましたね。 彼女を旅の面子に加える以上、どうにかしなければならない問題ですが、うーむ。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ