46話 偽物
すみません、色々あって投稿が遅れてしまいました。マイペースに更新を続けている本作ですが、完結は必ずさせたいと考えているので気長に見ていただけると幸いです。
「――っ!……はあっ、はあっ」
深夜、寝室にてアルコシアは目を覚ました。気温はそれほど高くない。しかし、アルコシアの額には粒のような汗が浮かんでいる。
「何だ……何だこれはっ!」
感情のままに叩きつけた拳がベッドを大きく軋ませた。
アルコシアが見たのは夢のように曖昧な物ではない、記憶だった。
シトリーを名乗る女……恐らく自分の器となった女とアンドラスを名乗る男の記憶。
「何故あの男は神々の情報をああまでも事細かに知っている!」
アンドラスがあの屋敷を訪ねた後、シトリーに話してみせた神々や魔王に関する情報とアルコシアが知る情報と全てが一致している。
アルコシアは思い出す。自身が目覚めた時、アンドラスは拘束された自身の目の前で見知らぬ男として何故か衰弱死していた。
その後拘束を脱したアルコシアはメイドとしてマルチネを雇い、初仕事としてその得体の知れない死体の処理をさせた。
これもまた、記憶の最後の状況と一致している。
「あの男が私を地上へ引きずり下ろしたのか!?」
アルコシアは自身の言葉と記憶の内容が異なっている事を自覚している。
アンドラスは降ろすを意味とする言葉を一つも使っていない。シトリーこそがアルコシアだと語っていた。アルコシア自身の性質を言い聞かせるように、刷り込ませるように呟きながら。
「わ、私が……あの人間を……?」
今この時まで、アルコシアの自意識は完全に独立していた。アルコシアが自身の器と認識しているシトリーの記憶は何一つ干渉していなかった。
しかし眠りの中で見てしまったシトリーの記憶が、この二つを繋ぎ合わせる。
『アンドラスさん』
そしてそれは記憶だけでなく。
『愛してます』
感情も。
「うっ……ぉえっ」
見知らぬようで見知った記憶。見知らぬようで見知った感情。
「違う……わ、私は……」
アルコシアとしての自意識が曖昧になる。
「――セーレっ!」
アルコシアは自室を飛び出した。その足が向かったのは自身を負かし、何か言いようの無い感情を抱かせた一人の少年の部屋。扉を開け、深く眠るセーレの元へと跪く。
「セーレ!私は……私は何だ!?」
「……んん」
「セーレ!」
「……わざわざあそこに行かなくても……アルコシアさんは神様なんでしょ……だったらあの肉を……」
それは寝言だった。セーレが見ていた夢によるものか、呼びかけたアルコシアの声に反応したのか。いずれにせよ、それは何の意思も無い支離滅裂な言葉。
「セーレ……!」
しかし、その中の文言の一つは偶然にも今まさにアルコシアが求めていたモノだった。
「そうだ……私はアルコシアだ……それ以外であるものか」
揺らぐ自己が、他者の存在と言葉によって再び確立していく。
見えてしまった記憶と感情の全てを否定し、彼女は再びアンドラスが夢想した偽りの神を演じ始める。
手で顔を覆い、自身に言い聞かせるような呟きを何度か繰り返した後、顔から手を離したアルコシアは平時の様子に戻っていた。
「ああ……セーレ!やはりお前は特別だ……」
「……んん」
アルコシアの手はセーレへ。迷惑そうに表情を変えるその顔を、アルコシアは頬の緩んだ顔で見つめ続ける。
自分よりも遥かに劣る筈の人間であり、未だ成長途中の未成熟な男であり、一度は自らを打倒したとはいえ、今この瞬間にでも殺せてしまうような少年を、アルコシアはただ見ていた。
「……この感情は――」
☆
「なにこれ」
やけに寝苦しい夜だった。体調が悪いのもそうだけど、変な夢も見たし途中からは何となく息苦しさを感じていた気がする。
そして目が覚めた今、その原因が分かった。
「……」
「……アルコシアさん?何でここにっ……ちょっ、離して……」
僕の頭は何かに締め付けられていた。それがアルコシアの腕である事にはすぐに気づいた。
頭上を見るとアルコシアの寝顔があったからだ。起きてる時のような騒がしさが無く、小さな呼吸音が聞こえる。
なぜか僕のベッドにアルコシアが居て、子供が人形にするように僕は抱えられていた。力が強すぎて動けない。
「も……もごご」
「……む、朝か」
「ぶはっ!……いてっ」
僕が呻いているのが聞こえたのか、目を覚まし力が緩んだアルコシアの拘束から逃げる。ベッドから落ちて尻を打った。
「心地好い眠りだった。他者の感触と熱がここまで――いや、他者では有り得ないか」
「あの、何でここで寝てるんですか?自分の部屋ありますよね?」
「……寝付きが悪くてな。お前は丁度良かった」
「はあ……」
要は抱き枕にされたという事だった。ホント勝手だなこの人。
「流石にこういう事されるとビックリするというか、普通にやめてほしい――」
「そんな事よりもだ、セーレ。体調はどうだ?」
「……多分もう平気です」
「ならば共に修練だ。朝餉の前に汗を流すぞ」
「ええ」
「私は装いを替えた後、外庭にて待つ。あまり待たせるなよ」
一方的にそう言い放って、アルコシアは部屋を出て行った。乱れたベッドが彼女の無茶苦茶さを表わしている気がした。
「……まだ少ししんどいけど、身体を動かしたい気分だし。良いか」
この振り回されるような感覚。ヴィネと居る時と少し似てるけど、アルコシアの比じゃない。
他の皆には無い破天荒さと身勝手さ。迷惑だと思う反面、少し新鮮な感じがする。
そして、何より彼女は強い。その強さには学ぶべきところがある筈。
「良し」
手早く準備を終えた後、僕は少しワクワクしながら外へ向かった。
☆
「何やってんの!?風邪引いてるんでしょ!?」
訓練に熱が入って来た辺りで、起きてきたヴィネに見つかって叱られた。




