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男爵令嬢の辺境領主生活  作者: あらまき


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3-16話 奇怪千万こけとりす


 その死闘は三十分を超えるものとなっていた……。

 体毛のせいなのか肉のせいなのか、リカルドの攻撃はわけのわからない謎のもふもふ具合によりほとんど無効化されていた。

 そして、プランの背丈半分を超える巨大な体格であるコケルトの攻撃は、恐ろしいほどに重たかった。

 跳んで跳ねての行動はリカルドの知っている動物の動きをはるかに超越している為全く予測出来ず、あらゆる意味でリカルドは戦い辛そうだった。


 まるで巨大ボールに遊ばれているような死闘の絵面がワイスは妙に気に入ったらしく、妖精の姿のまま地面をぐるぐると転がるような勢いで笑い転げている。

 もしもワイスが本来の姿であったなら、綺麗な白いドレスが茶色に変わっていただろう。


 そんな見るものを笑いに誘う羽毛ボールを相手に不毛極まりない壮絶な戦いが繰り広げられ、四十分を過ぎた辺りでようやく終わりを迎えた。

 ボロボロな上に傷だらけと満身創痍になったリカルドの前には、ワイスが命名したコケトリスという謎種族のコケルトが若干萎んだような楕円形になったまま横たわり、転がっていた。

 それは気絶したというよりも、遊び疲れて眠っているようにしか見えない。

 というか、ダメージはほとんどないから満足して眠っているというのが正しい答えなのだろう。


「なんで俺……鶏相手に全力で戦っているんだ。しかも勝った気がしない勝ち方だし」

 リカルドは肩で息をしながらそう呟いた。

「あっと……えっと……お疲れ様です」

 プランはリカルドに、そう声をかける事しか出来なかった。

 その言葉に対しリカルドは、小さく首を縦に動かし同意した。


「おっ。うまくいったみたいだな、助かったよ」

 がさがさと茂みを揺らしながらラステッドが現れ、リカルドに水の入った袋を投げ渡した。

 それを受け取ったリカルドは一気に飲み干し、ラステッドに尋ねる。

「そっちは?」


 その言葉を聞いたアルトがラステッドの後ろから現れ頭にコケトリスを乗せ現れた。

 確か、コケローと言う名前のコケトリスはアルトの上で満足げな表情を浮かべていた。

「……何で頭に乗せてんの?」

 リカルドの呟きにアルトは苦笑いを浮かべる。

「気に入られた」

「……そっすか」

 リカルドは何かを言おうとしたが、面倒だったので言葉を水と一緒に飲みこんだ。



 

 ラステッドが寝ているコケルトを軽々と抱え、プランとリカルドはその後ろを歩き村に戻る。


 二人が戻った時には、既に何事もなかったように村は元通りの生活も戻っていた。

 それはつまり……村人はこの程度の騒動なんか慣れっこなんだとプランとリカルドは理解した。


「……やっぱりこの村おかしいわ」

 リカルドがそう呟き、プランは頷いた。

「うん。でもさ、何がおかしいのかわからない……。いやおかしな部分が多すぎて突っ込み切れないというか……」

「はぁ……。もう少し詳しく調査をした方が良いなコレ。何かとんでもない情報が出てくるかもしれん――というかきっと出てくる」

 リカルドは溜息を吐きながらしぶしぶといった感じでそう呟いた。

 コケトリスをただの大きな鶏と思うような大まかな村人の事を考えるプランも、残念ながら同じ感想だった。


 その一時間後、二人はラステッドに呼び出され、少し遅めの朝食を食べに昨日の食事をした場所に向かった。

 夜も幻想的で美しく大変素晴らしかったが、朝もなかなかに雰囲気が良い。


 朝露が木の葉から零れ落ち、朝日を反射しキラキラと光り輝く。

 美しい囀りと共に小鳥が飛んできて地面に落ちている実をついばみ、その横で羊が朝日を浴びながら集団で密着して丸くなっている。

 そして……昨日と違い今日は狐の代わりに鹿が朝食の分け前を貰おうとしているのかテーブルの方をじっと見つめていた。

 その大きな鹿は可愛らしい他の動物と違い大変雄々しく、そして誇り高く見えた。


「……ひつじさん。一匹くらい持って帰れないかしら」

 プランが羊を見ながらそう呟くとアルトは苦笑いを浮かべた。

「もうちょっと交通の便が良ければ良いんだけどねぇ」

「つまり、連れて帰る事自体は問題ないんだ」

「うん。二、三十匹くらいは持ってっても良いよ。それ以上はちょっとまずいかもしれんけど」

「あー。それも十分な土産になるねー。でも持って帰れないよねー。残念」

 動物を連れてあの帰り道は無理であると判断したプランは心底残念そうに呟いた。


「お待たせ! これが! 俺特製の朝飯だ! さあ食ってくれ!」

 ラステッドがドンとテーブルの上に朝食を並べ、高らかにそう宣言した。


 その朝食は、失礼な言い方をすればラステッドのキャラに似合わない繊細な朝食だった。

 大きなボウルに盛られたサラダは緑を基調に赤、黄と形だけじゃなく色まで意識した芸術品のような出来。

 スープは野菜の香りが漂う透明のスープで肉は一切使用していない。

 パンは小さく丸くもちもちしているという少々変わったパンで、見た目がとても可愛らしい。

 総じて評価すれば、大人の女性が好みそうな食事である。


「エーデルワイスさんをイメージして作ったけど、どうかな?」

 ラステッドの言葉にプランはやっぱりと思いながら小さく噴出した。


「素敵な食事をありがとう。ただ、私が妖精だという事も覚えておいてくれたら嬉しいな」

 ワイスが妖精体で出てきて、申し訳なさそうにそう呟いた。

 味覚自体は人と近いが、妖精は甘味を好む傾向にあるからだ。


「ふふふ。これが俺からのエーデルワイスさんへの気持ちです」

 そう言いながらラステッドはストロー付きのグラスを差し出し、それを見たワイスは歓喜の声をあげる。

「きゃー! 美味しそうな香り! 良いじゃない! これはハチミツかな?」

「ハチミツレモンのジュースですね。少々以上に甘めに調整してますけど、妖精的にはそのくらいで都合が良いんじゃかなと」

「もちろん! ありがとラステッド!」

「ラストと呼んでくだされば」

「うん! ありがとラスト! 私もワイスで良いわよ!」

 その言葉を聞き、ラステッドはぐっとガッツポーズを取った。


「……このポジティブさとマメさ。見習うべきかもしれんな」

 リカルドは至極まじめな表情でそう呟いた。




 ラステッドの用意した食事の味付けは、見た目同様に恐ろしいほどに繊細だった。

 味自体は淡泊よりさらに薄いくらいなのだが、だからと言って無味ではなくしっかりと舌に味が残り、美味しいと感じるのだ。

 パクパク食べられる濃い味付けとは違うが、すっきりとした味付けで満足感が高く、リラックスした気持ちになりつつも目がしっかりと冴えるという理想的な朝食だった。


「……んでラスト。これは何?」

 そう言いながらプランはトレーの隅にある小さな白い陶器の器を指差した。

 料理は七割方食べ終わったがソレが何なのかわからず、リカルドもプランも少し困っていた。

「ああ。開けてみ?」

 プランはラステッドの言われるがままに上の蓋を取ると、そこには白い半固体状の何かがあった。

「何に見える?」

 ラステッドの言葉にプランもリカルドも、一つの単語を思い浮かべ同時に声を出した。

「プリン」

 そう、その白い陶器にある存在は暖かいプリンにしか見えなかった。

「だろうな。まあデザート系じゃないが似たようなもんだ」

 プランは首を傾げながらスプーンをその白い陶器に突っ込んだ。

 柔らかいプリンのような感触ですくい上げられたソレは、やはりどう見ても柔らかいプリンである。

「あーん。…………。あら不思議なお味。でも美味しいわね」

 プランは一口食べて意外そうな表情でそう呟いた。


 食感はかなり崩れたプリンでとろとろ。

 おそらく卵なのは変わらないだろう。

 味付けはさっぱりとしているが卵本来の味か非常に濃厚で、優しいながらもコクが強いという矛盾したような不思議な旨味があった。

 やたらと美味い鶏肉や豆等色々と具材が入っているのがプリンとの大きな差異だろうか。

 初めての味で脳が少々驚きうまく言葉に出来ないが、プランは間違いなくその味が気に入った。

 あっという間に食べきるくらいには――。


「ご馳走様! 最後の本当に美味しかったわ。何て名前の料理?」

 そうプランが尋ねると、ラステッドと隣のテーブルにいるアルトとアイアンは顔を見合わせ、同時に首を傾げた。

「……さぁ?」

 ラステッドがそう呟くと、プランも首を傾げた。

「……名前ないの?」

「んーとな。行商人の人が作り方教えてくれたんだけど、名前聞きそびれた。だから俺達は甘くないプリンって呼んでる」

「……そか。甘くないプリン。美味でした。優しい甘さと旨味がグッドだったよ」

 プランは腕を組みそううんうんと蘊蓄を語る偉い人のように呟いた。

「そりゃ良かった」

 ラステッドはそう言いながら満足そうに、にっこりと微笑んだ。


「あー。プランちゃん。食べかけで悪いんだけど、俺の分食べてくれない?」

 そう言いながらリカルドがさきほどの甘くないプリンをプランの方に差し出した。

 中身はほとんど変化なく、隅の方が少しだけ減っているだけだった。

「あら? 珍しいわね。リカルド好き嫌いとか全くなかったよね?」

 そうプランが呟くとリカルドはバツが悪そうに後頭部をかいた。

「いやさ……なんかプリンなのにプリンじゃない感じがどうも……」

 そうリカルドが呟くとアルトが奥で「あーわかるわかる」と同意し頷いていた。


「んじゃありがたくいただくわ。間接キス程度では照れないけどごめんね?」

 プランが冗談めかしてそう言葉にすると、リカルドは苦笑いを浮かべた。

「何を今更。リフレストで暮らしてる人で気にする人なんて……ああ。メーリアさんは気にしそうだったわ」

「せやね」

 プランはそう適当に相槌を入れながら二つ目の甘くないプリンをスプーンですくい、嬉しそうに口に放り込んだ。


「リカルド。ちょっと良いか?」

 そう言いながらどこかに行っていたラステッドはリカルドの前にサイコロ状の肉を置いた。

 焼けた肉の香りと何か上品なソースの香りは満ち足りていた胃袋を刺激し空腹に感じさせるほどだった。

「ん? なんだこの肉」

「いや。アレがお気に召さなかったようだから代わりにコレでもと思って」

「まじか。なんか悪いな。好き嫌いした俺が悪いのに追加でこんな美味そうなもん貰って」

「食べ慣れない物は仕方ないさ。それに、認めた人に少しでも美味しく食べて貰えた方がそいつも幸せだろう」

 ラステッドの言葉に何か違和感を覚えたリカルドとプランは手を止め、ラステッドの方を見た。

「……なあ。この肉」

 リカルドは目の前に置かれたサイコロ肉を見ながらそう呟く。

 プランもこのプリンっぽい食べ物の中に入っている妙に美味しかった鶏肉をスプーンに乗せたまま固まった。

 プランは、このプリンっぽい物の原材料である卵と中に入っている鶏肉っぽい肉だけ、やたら美味かった事を思い出した。


「――大きな鶏は、自分が食べられる日になると脱走する習性がある。それは食べられたくないからではなく……自分を食べるに相応しい相手かを見極める為だ。と言われているな。……リカルド。しっかり食っとけ」

 ラストがぽんとリカルドの肩を叩いた。


「コケルト……」

 プランは自分のスプーンに用意された肉に、若干の罪悪感を覚えながら感謝を胸にして口に頬張った。

 その肉は、プランの気持ちと関係なく驚くほど旨味が濃縮されていた。


「……まじで超うめぇ」

 リカルドもサイコロ上の肉を口に頬張っているが納得できない表情を浮かべていた。

 その表情の理由は良くわかる。 

 あまりにうますぎて、罪悪感とか感謝の気持ちとかどこかに飛んでいきそうな……。

 それほどにこの肉は美味かった。


「プランちゃん。やっぱりこの村ちゃんと調べないといけないわ」

「そうね。私もそう思うわ」

 二人はどう考えてもさっき食べた肉が鶏肉の味ではない事を踏まえ、そう硬く決意する。


 この神秘の土地には、まだ他に未知なる何かが絶対に出て来る……。

 そう二人は確信した――。


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