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男爵令嬢の辺境領主生活  作者: あらまき


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3-4話 鎧の街2


 強さというものには種類があり、比べる事が出来ないものも多々ある。

 武力一つで考えても技術力、装備は当然として、外交交渉や金銭関係と複数の要素がるつぼのように混ざっている。

 また武力ではないが、ブラウン子爵領の食事研究も一種の強さとも言える。

 どこよりも食事に拘る事により知名度を上げ、国にとって重要であるとアピールしつつ民に還元する。

 それはまさしく強さである。


 強さは千差万別の種類があり、究極的な一というものは存在しえない。

 ただし、どんな強さにも影響を与える強力な要素という物は、確かに存在する。

 それは数、人口である。

 数が多いほど強く、出来る事も増えると言っても過言ではない。

 同じ事を同じだけすれば数が多くなるからこそ、国力という物は人口で計算される。

 しかし、最初に言った通り人口とは強力な要素ではあるが、答えではない。

 多人数でのデメリット――逆に言えば少人数である事のメリットも確かに存在する。

 それは速度である。

 人数が少ないほど伝達速度の時間が減り……迅速に、隠密的に行動出来るのだ。


 何が言いたいのかと言うと……少人数で慌てて出発し、快適に、効率よく移動出来てしまった為……リフレスト領一同は早く到着しすぎてしまっていた。

 訓練所――【メイル練兵所】の方もこんなに早く援軍が到着するとは思っておらず、全く準備をしていないだけでなく、現在この場所は子供の遊び場となっていた。

 一番下の年齢だと四歳ほどで、少年少女達が仲良くきゃっきゃとはしゃぎ周り、上は十四、五歳で大人の兵士達から戦いの指導を受けていた。

 ただ、兵士達のにやける顔や明らかに子供を忖度している状況を見ると、訓練というよりもむしろごっこ遊びに近いような印象だった。


 木の剣を持って素振りをする子供達。

 槍を持って的を狙う子供達、

 そしてそれらを指導する大人の兵士達。

 そんな環境である練兵所の隅っこに置かれた場の空気にそぐわない豪勢なテーブルで、細身の中年男性がぺこぺこしながら二十人分のお茶を用意した。

 二十後半くらいの年齢に見えるが妙に下手に出て覇気というものが感じられない。

 やたら草臥れて見えるのだが……それでも他の兵士達と一線を画す何かを持っているように見受けられる。

 礼儀正しい姿に隠しきっているのに油断出来ない風格。

 この領の武官と見て間違いないだろう。




「えと……ブリックメイル領二党武官のオーギュストと申します。こちらの事情で申し訳ないのですがオーギュとお呼びください」

 お茶を自らの手で用意し全員に配りながらオーギュスト――オーギュは申し訳なさそうにぺこぺこと頭を下げていた。

「えっと、本題に入る前に尋ねたい事あるんだけど……私聞いて良い?」

 アインはリオに目で合図を送りながら尋ね、リオは首を縦に動かした。


「んじゃ、まず、二党武官って何?」

 アインの言葉にオーギュは更に申し訳なさそうに深々と頭を下げた。

「申し訳ありません。そんな当たり前の説明すらしてませんでした。我が領では一党、二党、三党で能力分けしているんです。簡単に言えば、一党は大隊長、二党は中隊長、三党は小隊長って感じですね。つまり私は一党になれない未熟者という事ですはい」

「なるほどー。ん? それって中隊長規模って事でしょ。凄いんじゃない?」

 アインの言葉にリオは頷いた。

「そりゃあ……党分けしないといけないほど武官がいる中で中位にいるのですから凄くないわけないですよね」

 そんなリオの言葉にオーギュは手を横に振った。


「いえいえいえいえ。私など未熟で……」

 何となく、自分の謙遜を延々と続けるタイプだと気づいたアインは話を遮り次の質問に移った。

「もう一つ聞きたい前に新しい質問出来た。どしてそんなにぺこぺこしてるんです?」

 アインの言葉にオーギュはしょんぼりしながら呟いた。

「いえ。わざわざ国に召集まで頼んで来ていただいたのに……何の準備もしてないじゃないですが……もう本当申し訳なくて」

「いえいえ。こちらが早く来ただけですので気にしないで下さいよ。それと最後の質問なんだけど……オーギュさんと呼ぶ理由って何です? こちらの事情でっておっしゃってましたが」

「ああ。それは単純に、オーギュストって名前の二党武官がもう一人いるんですよ。だから私は【オーギュ】であちらを【ギュスト】と呼ぶようにしたんです」

「なるほどー。うん。大体疑問は解けました。話を止めてごめんなさい。丁寧に教えてくれてありがとうございます! んじゃ、続いて本題お願いします」

 アインが明るくそう言うとオーギュは少しだけ微笑み、リオの方を見た。


「はい。本題の話【ルツ平原】奪還についてなのですが……どうしましょうか?」

 オーギュは首を傾げながら二人にそう尋ねた。

「どうしましょうとは?」

 リオの問いに周囲を見回し、しょんぼりしながら呟いた。

「いえ……一党武官の偉い人が来てから作戦開始という事なのですが……忙しくて当分お見えにならないのですよ」

「当分とはどの位でしょうか?」

「えと……その……一月くらいは……」

 オーギュが申し訳なさそうにしている理由が、二人は理解出来た。


「私達の生活ってどうすれば良いです? 外でテント貼って良いですか?」

「いえいえ。武官の方は個室、兵士の方は宿舎がございます。もちろん食事の準備もこちらで行います。ただ、時間だけは短縮出来ずどれだけがんばっても一月待っていただかなければいけません……」


 そんな申し訳なさそうにするオーギュに対し、アインはにっこりと微笑んで相談を持ち掛けた。

「ねね、オーギュさん。外部の人間に任せられる仕事ってないの? 一月以内で終わるような奴」

 アインの言葉にリオは感心するような声をあげた。

「ああ。良い発想ですね。思いつきもしませんでした」

 そう、他の領は知らないがリフレスト領から来た人員は今回の徴兵を嫌々来ているわけではない。

 功績を――もっと言えばリフレスト領の偉大さを証明しつつ結果を残すという大切な役目を帯びてきているのだ。

 だからこそ、例え無償であっても余った時間に何か功績を遺すというのは彼らにとって大きな意味があった。


「……そりゃ、ありますけど……していただけるのですか?」

 その言葉に、二十人全員で頷いて見せた。

「なんと優しい人達なのだろう……。じゃ、ちょっと偉い人に聞いてみますから少々お待ちください。あ、この部屋にある物は好きに使ってくださっても構いませんからー」

 そう叫びながらオーギュは外に飛び出していった。


 本来ならば、ここに他の人が来た時点で練兵所にいる子供達、兵士達を追い出すのがマナーであろう。

 確かにリフレスト領は辺境になる小さな領だが、それでも騎士階級、武官が二人見えて子供をうろちょろさせるのは明らかに失礼である。

 だが、オーギュは彼ら兵士を叱り追い出そうとすることもなく、リオもアインも彼らの存在を決して邪見に扱わなかった。

 兵士達の緩み切った顔を見たら理解出来る。

 この子達は全員、兵士達の実子なのだと――。

 武官と違い、兵士達の仕事は死ぬ事を想定しての状況も多い。

 それは作戦の規模が大きいほど死にやすくなり……次の作戦は取られた領地の奪還となる。

 つまり――これが最後のふれあいとなる可能性も十分にあり得るのだ。

 そんな彼らを、逃げ出しもせず尊く生きている彼らを足蹴に出来るほど、リオもアインも落ちぶれてはいなかった。


「……さて、少し待ちますか」

 リオがお茶を飲みながらそう呟くと、兵士の一人が手を挙げた。

「騎士リオ様、お願い、というか行動の許可を求めたいのですが」

 その後兵士の言った言葉にリオは目を丸くし、アインは微笑んだ。




 オーギュが戻ってきた時に見たのは――子供達に混ざって遊ぶリフレスト領兵士達の姿だった。

 何故かやられ役になって木の剣でぶっ叩かれていたり、また逆に戦い方を親と共に熱心に指導をしていたりしていた。

 この時点で意味がわからない状況だが、更にリオとアインもまたよくわからない事になっていた。


 低年齢の子供達を集めて楽しそうにおままごとをしているアインと、木のボードを使って戦略のような物を教えるリオ――訂正、鬼ごっこの逃げ方講座をリオは開いていた。

 ちなみに、リオの講義は男の子だけでなくブリックメイル領兵士達も熱心に受講していた。


「……皆さん楽しそうですね」

 二、三十分ほどしてから戻ってきたオーギュの言葉にリオは我に返り……鬼ごっこ必勝講座を止めようとして――子供、大人両方の悲しそうなジト目に耐えきれずたじろいた。

「あ、時間はありますのでごゆるりと――」

 オーギュの大人の反応にリオは赤面しつつ、無駄しかない効率的な講義を再開した。




「すいませんお待たせしました。そしてお恥ずかしいところを……」

 リオは若干恥じらいつつ席を着いているオーギュに深く頭を下げた。

 ちなみに、子供達とブリックメイル、リフレスト両兵士達はリオの鬼ごっこ講座の実践に向かい今練兵所に残っているのはアインとリオ、オーギュと疲れてすやすやと寝息を立てている小さな子供だけになっていた。

「いえいえ。子供達と遊んでくださりありがとうございます。それに興味深い話でしたよ? 鬼の利き腕に注目しての戦略構築とは鬼ごっこも奥が深いですねぇ」

 オーギュの言葉にリオはひたすら小さくなって頭を下げ、その様子をアインは楽しそうに見つめた。


「と、話を変えてお仕事のお話なのですが……少々女性的に厳しい仕事になるか――」

「大丈夫です。この身は女性であっても騎士です。泥に塗れようと糞尿につかろうと、私の覚悟はゆらぎません」

 オーギュの言葉を差し止めて言い切るアインの言葉にオーギュは驚き、リオはそのアインの言葉に同意するように頷いた。

「ええ。男性である我らと共に生活し、困難な任務も共にこなしております。どのような仕事であれ、騎士アインは役に立つと私からも推薦します」

 その言葉にオーギュは少しだけ考え込み、そしてアインの方を見て頷いた。


「了解しました。そこまで覚悟があれば大丈夫でしょう」

「それで、依頼内容は?」

 リオの言葉に頷きながら、オーギュは一枚の紙を差し出した。

「頼みたい事は――侵略者の対処、処罰です」


ありがとうございました。

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